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<インタビュー>日食なつこが語る最新アルバム『ミメーシス』、起点は“オタクの一人遊び”



インタビュー

 シンガー・ソングライターの日食なつこが、4thアルバム『ミメーシス』を3月にリリース。現在は同作を引っ提げ、全国10か所を巡るツアーを開催中だ。

 前作『アンチ・フリーズ』から約8か月という早いペースで届けられた本作には、配信限定シングル「悪魔狩り」「hunch_A」「うつろぶね」、さらにリード曲「√-1」や映画『ミュジコフィリア』主題歌のセルフカバー「小石のうた」などを収録。“擬態”を意味する“ミメーシス”という題名通り、映画、小説、マンガ、アニメなど様々な作品を取り込みながら、「二次創作的に書いた曲が多い」という作品に仕上がっている。コロナ禍以降も奔放かつ自由な創造性を発揮し続けている彼女に、本作『ミメーシス』の制作について聞いた。

オタクの一人遊び

――ニュー・アルバム『ミメーシス』がリリースされました。前作『アンチ・フリーズ』からわずか8か月というインターバルですが、制作はずっと続いていたんですか?

そうなりますね。『アンチ・フリーズ』を出して、一呼吸してすぐに制作を始めたので。前作はお客さんに向けたメッセージ性が強いアルバムだったんですけど、今回は真逆というか、私が一人で遊んでいる様子を見せるという感じの作品になっています。

――“擬態”して遊びながら曲を作っていたと。

はい。“擬態”が具体的に何かというと、コロナ禍になって、しばらく触れていなかったもの……例えば映画や小説、マンガ、ゲーム、アートなどに触れる時間が増えたんですよ。そのなかで「いいな」ってビビッときたものへのオマージュというか、二次創作的に曲を作ってみたんです。オタクの一人遊びなんですよ、つまり(笑)。

――日食さん、自分がオタクだという自認があるんですか?

めちゃくちゃありますね。子どもの頃からオタク気質だったし、何かにハマると周りの人にどう思われても「私はこれが好きなんだ!」って言いまくって、ウザがられるタイプだったので(笑)。その部分はけっこう隠していたし、音楽活動を始めてからはあまり触れないようにしていたんですよ。

――コロナ禍で時間ができたことで、もともと好きだったものに向き合い直した?

その通りですね。けっこう苦しい時間を味わったミュージシャンも多いと思いますけど、私はいろんなものを観たり聴いたりしていたし、いいところもかなりあったので。あと、音楽活動を始めてからは“嫉妬”が先に来ちゃって、人の作品に触れられなかったんです。音楽はもちろん、マンガもアートもゲームも映像作品もそうなんですけど、素晴らしい作品に出会うと嫉妬してしまっていたんです。でも、2020年の春に音楽業界がストップして、「今だったら嫉妬でグチャグチャになっても大丈夫かも」と思って。

――なるほど。いろいろな作品にインスパイアされて、“擬態”して曲を作るのはどうでした?

合ってるかもしれないなと思いました。もともと人に合わせがちなところがあるし、好きな作品の世界にそっと寄り添うのも得意なのかなと。ただ擬態って、日常のなかで誰もがやってることだと思うんですよ。例えば、営業先に行くときに“仕事が出来る人”に擬態したり。私もステージに立つときはカッコいいミュージシャンに擬態してるかも。ライブが終わるとスッと自分に戻っちゃうんですけど(笑)。

――たしかに(笑)。アルバムの起点になった曲は?

リード曲の「√-1」ですね。インスパイアの元になった作品は言わないようにしてるんですけど、元ネタを知ってる人が「√-1」を聴けば、「ああ、アレだね」ってすぐにわかると思います。もちろん元ネタを知らない人が聴いても、それぞれの人生に重ねられるように作ってるんですけどね。この曲を書いたのは2020年の秋口なんです。元ネタの作品を楽しんでいた最中に音楽仲間が亡くなって。現実に起きたことと作品のなかのシーンがダブってしまって、そのときの感情を叩きつけるように書いたんです。主観が強すぎて、いまだに一歩引いて聴けないんですよね。



日食なつこ - '√-1' Official Music Video


――曲にせざるを得なかった、と?

そうですね。お客さんに聴かせるためというより、自分の気持ちの整理をつけるためだったので。曲にしないとどう動いていいかわからなかったし、すごく原始的な動機から生まれた曲だと思います。アルバムに先がけてMVを公開したんですけど、曲名だけで元ネタが分かる人もけっこういて、オタク仲間同士の暗号みたいだなって(笑)。聴いてくれる人それぞれが好きなように受け取ってほしいですね。あと、この曲に呼ばれるように他の曲もどんどんできたんですよ。すぐに4~5曲書けて、「これはアルバムになるな」という流れですね。


「なんでこんなに難しい曲を作ったんだろう?」

――なるほど。1曲目の「シリアル」は、鋭利な緊張感に溢れたロック・テイストの楽曲。日食さんのピアノ、BOBOさんのドラム、田渕ひさ子さんのギターによるアンサンブルが素晴らしいですね。

ありがとうございます。「シリアル」を書いたときに、「この曲はキャスティングが勝負だな」と思って。BOBOさん、田渕さんが参加してくれたことで「勝ちだな」と(笑)。ただ、田渕さんがナンバーガールやPEDROで忙しかったから、一緒にレコーディングできなかったんです。まずはBOBOさんと二人でピアノとドラムの音源を作って、それを田渕さんに送ってギターを入れていただいて。楽曲自体の題材が“シリアルキラー”だったから、「笑いながら人を切り殺す人物のイメージでお願いします」ってお伝えしたんですけど、まさにイメージ通りのギターを弾いてくださいました。たぶん田渕さんは「この人は何を言ってるんだろう?」って思ったでしょうけど(笑)。

――日食さんのなかでは「シリアルキラーをテーマにした曲には田渕さんのギターだ」というイメージがあったんですね。

そうですね。田渕さんのギターは以前から大好きで。勝手な印象なんですけど、シリアルキラーに重なる音色も出していた気がするんですよね。「シリアル」のフレーズもすごくて、いちファンとして嬉しかったです。

――そして「meridian」は、ピアノの弾き語りとエレキギターのシンプルなアレンジ。<希望だけじゃ生きてゆかれないよ>という歌詞もそうですけど、今の現状にすごく重なっているし、共感度が高い曲だなと。

申し訳ないんですけど、この曲、実は12年前くらいに作ったんですよ。高校3年生の受験期のときなので、だいぶ前の日食さんの曲ですね(笑)。それを引っ張り出してきてレコーディングしました。

――そうなんですね! いつか形にしようと思っていた曲なんですか?

そうですね。自分にとっても大事な曲だし、いつかレコーディングしようと思っていて。ただ、メロディラインがものすごく複雑なんです。ブレスの場所もそうだし、ピアノとの兼ね合いも大変で。実は何度かやってみたことがあるんですけど、歌えなくて断念していたんですよ。今回、ようやく収録までこぎつけました。

――この曲を表現するための技術が身についた、と。

そうですね。「なんでこんなに難しい曲を作ったんだろう?」と思うし、どうやって作ったのかわからないんですよ。記憶があいまいなんですけど、たぶん「歌えなくてもいいから、思いついたメロディを乗せよう」と思ったんでしょうね。それこそ自分のためというか……。18歳のときはお客さんはゼロに近かったので。

――「meridian」を歌うと当時の気持ちを思い出す?

うん、すごく蘇りますね。この歌詞は実際のエピソードがもとになってるんですよ。進路に悩みまくった友達が、悩んだ末の結末を話してくれて。学校の女子トイレだったんですけど、そのときの風景も覚えているし、あの時間のことが身体に吸いついて離れないんですよ。

――日食さん自身も未来に対して明るい希望を持てずにいた?

明るい希望はなかったですね(笑)。暗い曲しか書いてなかったし、30歳になった自分もまったく想像できなくて。18歳のときの自分が今の私の作ってる曲を聴いたらビックリすると思います。


怖いと感じるのは守りたいものがあるから

――「必需品」は、2021年4月に実施したクラウドファンディング・プロジェクトで制作された楽曲。

“一発録りで20曲宅録ベストアルバムを制作”というプロジェクトだったんですけど、「必需品」は21曲目に録った曲ですね。もともとは『アンチ・フリーズ』に入れようと思っていたんですけど、(楽曲が)豊作だったし、ちょっとコンセプトに合わないなと思って。タイトル通り、生活感に溢れた曲ですね。

――<どれほど使えど 君の手元から/なくなることのない必需品でいてみせるよ>というフレーズも印象的でした。コロナ禍におけるミュージシャンの気持ちが強く出ているなと。

不要不急と言われましたからね。ライブができなくなって、存在を否定されてるような感じもあったし、それによって傷ついている人も多くて。私はまだ大丈夫でしたけど、特にバンドマンのみなさんは未来なんてまったく見えなかったと思うんですよ。“あなたは必需品だ”と言いたい気持ちもあったし、リスナーというより同業者向けの曲かもしれないです。

――日食さん自身はそこまで落ち込まなかった?

どちらかというと恩恵のほうが大きかったかもしれないですね。2020年の夏に山奥に引っ越したんですけど、それも「こういう状況で東京にいたらこの渦に巻き込まれて、音楽をやめてしまうかもしれない」と思ったからで。周囲の人に「自分を守るために逃げます」と言って引っ越したんですが、正解だったと思います。

――「小石のうた」は、映画『ミュジコフィリア』主題歌のセルフカバー。

『ミュジコフィリア』は京都の音楽大学の生徒のお話で、「小石のうた」はもともと「ヒロインの凪(役/松本穂香)が歌う曲を書いてください」というオファーをいただいて作ったんです。原作を読ませてもらって凪の目線で書いた曲なので、まさに擬態ですよね。



『ミュジコフィリア』特報


――凪というキャラクターに共感できる部分もあった?

半々ですね。とにかく音楽が大好きというところは似ているし、明るく真っ直ぐに人にぶつかるところは真逆で。そこは私が知っている実在の人を重ねたり、谷口正晃監督ともいろいろ話をしながら歌詞を書きました。あとは、要所要所に京都の裏路地や鴨川の風景を入れて。

――「悪魔狩り」はどこか不穏な雰囲気の楽曲。タブゾンビさん(SOIL & "PIMP" SESSIONS)の不穏なトランペットが効いてますね。

タブさんには「悪魔の笑い声みたいなトランペットがいいです」とお願いしました。何度かやり取りして、すぐ「掴みました」と言ってくれて。「シリアル」の田渕さんのギターもそうですけど、私のふんわりしたオファーに応えていただいて素晴らしかったですね。

――この楽曲に出てくる“悪魔狩り”や“魔女裁判”という言葉はすごく現代的なテーマでもあって。SNSでは毎日のように犠牲者が出ている印象もあって……。

そういうところはかなり反映されてますね。コロナ禍になって、ペストや天然痘が流行した時期のことが取り上げられたりもしましたけど、「私たちは結局、いろんな差別を乗り越えられてないんだな」と思って。歴史の教科書に載っていたことが、今まさに再現されているというか。同じことを感じてる人も多いだろうし、声を大にしてそのことを歌いたいと思いました。



日食なつこ - '悪魔狩り' Official Music Video


――日食なつこさんも名前を出して活動しているわけで。自分が発した言葉が曲解されて、責められる怖さを感じたりはしないですか?

どうなんだろう? 怖いと感じるのは守りたいものがあるからだと思うんですよ。私は失うものが何もないし(笑)、「悪魔狩り」のような曲はそういう人間が歌うべきだろうと。私が日食なつこのファンだったとしたら、「時代の流れを無視したままでいるのはイヤだな。声をあげてほしい」と思うだろうし。曲のなかだったら何を言ってもいいというズルいところもあるんですけどね。


曲を書ける状況にいることがいちばん大事

――「うつろぶね」は、成人を迎えた人たちに向けた楽曲だとか。これも現実とリンクしてますね。

就活に向かう時期の人たちをテーマにしてますからね。<真っ黒い船が海に出た>というのはリクルート・スーツの集団のことなんですよ。スーツに身を包んでるんだけど、まだ未来はまったく見えてないし、中身は空っぽからもしれない。それでも大きな流れに乗って、沖に出ていくっていう。

――<ああ僕ら 選んだのか選ばされたのか>というフレーズもありますが、安易な希望を歌わないのが素敵だなと思います。

自分は就活をやってないんですけど、22~23歳くらいのときに同世代の人たちを見ていて、「いびつなことをやってるな」と思ってたんですよ。就活のためにサークル活動をするとか、ちょっと嫌だなって。その時期のことは今もずっと残ってるし、根本は変わってないんでしょうね。



日食なつこ - 'うつろぶね' Official Music Video


――日食さんは音楽を生業にしているわけですが、仕事と創作のバランスはどう取ってるんですか?

仕事という感覚があまりないんですよね。映画やドラマのために曲を書くこともあるけど、ひっきりなしに依頼があるわけでもないし、いまだに趣味の延長線上みたいなところもあって。相変らず商業的なことは考えられないし、「音楽を仕事にしている」とか「社会人」と言われるとちょっと肩身が狭いです(笑)。

――アルバムの最後に収録されている「最下層で」のアレンジとトラックメイクは、ロンドンに拠点を置くエレクトロニカ系のアーティスト、Kin Leonnが担当。彼はシンガポール国籍なんですね。

そうなんです。前作でも海外のクリエイターと共作したんですけど、今回もプロデューサーに紹介していただいて。オファーするときに言葉だけじゃなくて「こんな風景をイメージしています」と写真を送ったんです。「風の谷のナウシカ」に出てくる腐海の底のような雰囲気なんですけど、それを汲み取ってくれて、思い浮かべていた通りのサウンドを作ってくれて。今回参加してくれたミュージシャンはみんなそうなんですけど、私の抽象的な言葉を音に変換してくれてすごくありがたかったです。



Kin Leonn - 'Desire #9 + Somewhere' (Live Session)


――全体を通してサウンドの幅も広がってますよね。「最下層で」には<正論の雨を体に浴びて 尊厳の類は流れ落ちて>というラインがあって。現在の格差社会を描いているのかな、と。

というより、自分のことだけを歌ってるんですよね。曲を書いたのは3~4年前くらいで、今よりもっと最下層にいたというか、劣等感もだいぶ強くて。自分で戦略を立てられる優秀なミュージシャンにどんどん追い抜かれていたし、深い穴に落ちていた気分だったんですよ。なので「最下層」は擬態ではなく、完全に私自身のことを歌ってるんです。アルバムの最後は、聴いてくれる人たちが私に擬態してくれたらなと。

――擬態をテーマにしたことで、逆に日食なつこさん自身の感情が強く感じられるアルバムになった印象もありますね。今まで以上に素の部分が見えてくるというか。

そう言ってもらえるのは嬉しいですね。最初にも言いましたけど、日食なつこというより、オタクの自分を出しながら作ってたので(笑)。

――制作は今も続いてるそうですね。

はい。すでに何曲かあって、「次のアルバムはこんな手触りになるだろうな」というイメージができつつありますね。

――日食さん、曲作りのスランプってないんですか?

以前はありましたけど、山奥に引っ越してからは無限に曲が書けるようになりましたね。

――磁場がいいのかも(笑)。

そういうレベルの話かもしれません(笑)。さっきも言いましたけど、私は戦略とかまったく立てられない人間だし、曲に導いてもらうしかない。なので、曲を書ける状況にいることがいちばん大事なんです。あと、「田舎で暮らしていても音楽を続けられるよ」というモデルケースになりたいという気持ちもありました。今もそうですけど、東京にいることで弱っているミュージシャンもいるので。もちろん人それぞれですけど、自分の力を最大限に発揮できる場所にいたほうがいいですよね。

Interview by 森朋之

日食なつこ「ミメーシス」

ミメーシス

2022/03/30 RELEASE
367-LDKCD ¥ 3,300(税込)

詳細・購入はこちら

Disc01
  1. 01.シリアル
  2. 02.√-1
  3. 03.クロソイド曲線
  4. 04.meridian
  5. 05.必需品 (album ver.)
  6. 06.夜間飛行便
  7. 07.vip?
  8. 08.un-gentleman
  9. 09.hunch_A (album ver.)
  10. 10.小石のうた (Natsuko singing ver.)
  11. 11.悪魔狩り
  12. 12.うつろぶね
  13. 13.最下層で

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