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特集:ボビー・コールドウェル ~日本デビュー時のディレクター、黒田日出良氏が語る「ボビー・コールドウェルとAORの時代」



 今年も1〜2月にビルボードライブで公演が予定されている「Mr. AOR」ことボビー・コールドウェル。彼の出世作となったファースト・アルバム『イヴニング・スキャンダル』が日本でリリースされたのは約40年前の1978年。ウエストコースト・ロック、フュージョン、ディスコ・ミュージックが人気を呼んだその時代以降、ボビー・コールドウェルと彼の音楽が日本で愛され続ける一枚となったのはなぜなのか? 当時の“伝説の”担当ディレクター、黒田日出良氏にその時代の空気やリリース秘話を訊く。

ボビー・コールドウェル来日記念 1stアルバム『イヴニング・スキャンダル』制作時に聴いていた楽曲のプレイリスト

デートや遊びを楽しむ一般の若者が好んで聴く音楽

――黒田さんがボビー・コールドウェルを知ったのは?

黒田:僕は当時、CBSソニー(現ソニー・ミュージック・エンタテインメント)の洋楽制作部にいて、ボビーは僕がキング・レコードの洋楽部から移って初めて担当したアーティストでした。彼はCBS傘下にあったマイアミのレーベルTKレコードのアーティストで、「What You Won't Do for Love(風のシルエット)」が全米チャートで好調だったので日本でのリリースを決めた記憶があります。

――1978年の1stアルバム『イヴニング・スキャンダル』は黒田さんが名付けた邦題ですか?

黒田:そうです。日本でもすでにボズ・スキャッグスやTOTOを筆頭にAORの人気が高まっていたのですが、ボビーは彼らと違って音楽的なルーツやバックグラウンドが資料からは見えにくかった。そこで何とかインパクトを与えるためにシングルの日本語タイトルを「風のシルエット」、アルバムには『イヴニング・スキャンダル』と名付けたんです。邦題はジャケットやサウンドのイメージからですね。邦題を付けるのはキングにいた頃から得意だったんですよ。レオ・セイヤーの「恋の魔法つかい」、アレッシーの「ただ愛のために」も僕がつけました。

――アルバム・ジャケットはシルエットのみ。ハットを深く被りサングラスをしたアーティスト写真は印象的でした。

黒田:アメリカから来たアーティスト写真は一枚だけで、それしかなかったんですよ。彼はソウルフルな歌声だし、R&Bチャートにも入っていたので、FMやディスコを中心にプロモーションしました。当時はディスコ・ブームでもあったので、紙媒体、電波以外にディスコ担当の宣伝マンがいましたからね。そんな経歴もよく分からないボビーの名前を何とか知ってもらうために、彼の写真を僕の顔に刷りかえて、ダジャレで“ボビー・クロダウェル”と書いたハガキを媒体や評論家に配ったりしました(笑)。ただ、彼を含むAORは音楽専門誌ではあまり扱ってもらえなくて、『POPEYE』や『FINE』といった若者のライフスタイルやファッションに特化した一般誌の読者層の方が受け入れられたし、人気も高かった。


▲Bobby Caldwell  - What You Won't Do for Love

――AORという名称は、1978年当時はもう認識されていたのですか?

黒田:1976〜77年あたりにはもうあったんじゃないですかね? 日本ではAdult-Oriented Rock(アダルト・オリエンテッド・ロック)=大人向けのロックと認識されていますが、本来はシングルではなくアルバムで聴かせるAlbum-Oriented Rock(アルバム・オリエンテッド・ロック)に由来しているんじゃないかと思います。当時はレコード会社同士に横の繋がりがあって、皆が集まる飲み屋でAORをどうプロモートしていくか、話しあったりしていましたね。

――そんな戦略が功を奏し、70年代後半から80年代にかけて日本でAORが定着していったんですね。

黒田:そうですね。ボビーの2ndアルバム『Cat in the Hat』 (1980年)の邦題も『ロマンティック・キャット』にして、サーフィンやドライブを楽しむ若者に支持を拡大していきました。ちょうど田中康夫さんの小説『なんとなくクリスタル』が話題を呼んだ頃で、映画化の際には田中さんが僕に話を聞きに来たり、映画のワンシーンを青山にあったレコード店「パイド・パイパー・ハウス」で撮影して、本編ではカットされてしまったんですが、僕もちらっと出演したんです。80年代に入ってからも「哀愁のカサブランカ」で知られるバーティ・ヒギンズ、ランディ・ヴァンウォーマーの『アメリカン・モーニング』、映画『なんとなくクリスタル』の主題歌になったポール・デイヴィスなどのAOR系を数多く手がけました。AORは今でこそ通好みのジャンルになりましたが、その頃はどちらかといえば音楽通よりデートや遊びを楽しむ一般の若者が好んで聴く音楽でしたね。

――その中にはジャケットを日本のマーケット向きに変えたアルバムもありましたね。

黒田:バーティ・ヒギンズやポール・デイヴィスは、オリジナルの髭面の男性の写真ではAORのイメージにそぐわないんじゃないかとジャケットを日本でデザインし直したりしました(笑)。CBSソニーに限らず、レコード会社各社の洋楽担当が頭をひねって邦題を考えたり、帯の文面に凝ってみたりと、工夫をこらしながら宣伝に力を注いでいた佳き時代でもあったと思います。

――最近もAORの国内盤LPの帯のコピーを紹介し、AORを啓蒙するBOTが話題を集めるなど根強い人気があります。

CD
▲『バッド・ガール・ソングス』

黒田:それは知らなかった。今回の帯も、自分が書いたのにまったく忘れていました(笑)。まあ、僕もフランク・ザッパのアルバムに『フランク・ザッパの〇△口』(1982)という邦題をつけたりしましたが、それも洋楽を普及するために日本のレコード会社が伝統的にやってきた策でもありましたからね。ただ、その一方では、同時期に[It’s a Beautiful Rock Day]と銘打ったシリーズで、シンガー・ソング・ライターのトニー・コジネクの『バッド・ガール・ソングス』の再発など、なかり渋いものも手がけていたんですけどね。その後、僕は邦楽の制作に異動になり、最初に手がけたのがスティーヴ・ハイエットの『渚にて…』(1983)というアルバムで、最近CDで再発されたんですが、僕の別名でもある渚十吾はそこから取ったんです。(*渚十吾の名義で作詞、エッセイなどを手がけ、自らアーティストとしても活動)

――日本人気が先行していたボビーも、コンポーザーとして1986年には全米1位に輝いたピーター・セテラ&エイミー・グラントに提供した「ネクスト・タイム・アイ・フォール」や、ボズ・スキャッグスの「ハート・オブ・マイン」などで本国でも実力を認められる存在になりましたね。

黒田:その後、彼はレコード会社を移籍し、僕も担当を離れたので、熱心に追いかけていたわけではないんですが、「第二のボズ・スキャッグス」とこちらが勝手に付けてプロモートしたのは間違いではなかったということですね(笑)。「風のシルエット」は沢山のアーティストにカヴァーされているし、いまなお現役で活動を続け、毎年のように来日しているのは素晴らしいことだと思います。『イヴニング・スキャンダル』から40年。今もアルバムがそのタイトルで親しまれているのは洋楽ディレクター冥利に尽きます。


▲Bobby Caldwell "What You Won't Do for Love" Live at Java Jazz Festival 2008

ボビー・コールドウェル「イヴニング・スキャンダル +1」

イヴニング・スキャンダル +1

2013/09/25 RELEASE
VICP-75111 ¥ 2,970(税込)

詳細・購入はこちら

Disc01
  1. 01.スペシャル・トゥ・ミー
  2. 02.マイ・フレイム
  3. 03.ラヴ・ウォント・ウエイト
  4. 04.キャント・セイ・グッドバイ
  5. 05.カム・トゥ・ミー
  6. 06.風のシルエット
  7. 07.カリンバ・ソング
  8. 08.テイク・ミー・バック・トゥ・ゼン
  9. 09.ダウン・フォー・ザ・サード・タイム
  10. 10.キャント・セイ・グッドバイ (TKヴァージョン) (日本盤ボーナス・トラック)

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