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アリ・シャヒード・ムハマド&エイドリアン・ヤング“The Midnight Hour”来日記念特集

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 Netflixの人気ドラマ『Marvel ルーク・ケイジ』のサウンドトラックを手掛ける西海岸の奇才エイドリアン・ヤングとア・トライブ・コールド・クエストのアリ・シャヒード・ムハマドのコンビが、コラボ開始から5年目にして発表したアルバム『The Midnight Hour』を引っ提げて来日する。シー・ロー・グリーン、ビラル、ラファエル・サディーク、マーシャ・アンブロウジアス、クエストラヴ、ジェイムズ・ポイザーらの参加でも話題のアルバムは、70年代ブラック・ムーヴィーのムードを湛えたジャジーでファンキーでサイケデリックな音世界を繰り広げる“真夜中のサウンドトラック”。エイドリアンが自身の音楽仲間を従えてアリと起こす化学反応は1+1を2以上にする。そんな彼らの来日公演を前に、アルバムの背景や聴きどころをおさえながらライヴへの期待を高めたい。

 2016年9月に配信がスタートしたNetflixのドラマ『Marvel ルーク・ケイジ』。現在はシーズン2に突入しているこのドラマは、NYのハーレムを悪から救うマーベル・コミックのヒーロー、ルーク・ケイジの実写版で、70年代ブラック・シネマの名作『Shaft(黒いジャガー)』(71年)の現代版とでも言いたくなるハードボイルドな世界観が注目を集めている。そのスコア(劇伴)を手掛けているのが、エイドリアン・ヤングとアリ・シャヒード・ムハマッドのコンビである。シーズン1のサントラでは“Bulletproof Love”をメソッドマンと、シーズン2のサントラでは“King’s Paradise”をラキムとコラボするなどして話題を呼んでいるが、そもそもエイドリアンとアリが共同作業を続けてきたのは、この度リリースされたプロジェクト・アルバム『The Midnight Hour』を完成させるためであった。



▲ 「Bulletproof Love」


▲ 「Kings Paradise」


 78年生まれのエイドリアン・ヤングは、ヒップホップ的な“ディグ”感覚で、彼が黄金期と定める60年代後半~70年代初頭のサウンドを生演奏によって現代に蘇らせる西海岸のプロデューサー。ソウルズ・オブ・ミスチーフをはじめ、デルフォニックス(ウィリアム・ハート)、ゴーストフェイス・キラー、ビラルなどのアルバムを手掛けたことで知られるエイドリアンは、敬愛するエンニオ・ モリコーネのような映画音楽の巨匠にオマージュを捧げた架空のサントラ『Adrian Younge Presents Venice Dawn』(自主制作のEP)をヴェニス・ドーンというバンドを率いて2000年に発表したのを筆頭に、ローファイで歪んだサイケデリックなサウンドのソウル・アルバムを出してきた。2011年にWax Poetics Recordsから出した『Something About April』(2016年には自主レーベルのLinear Labsから発表した続編『Something About April II』も登場)は、その収録曲がジェイ・Zやコモン、タリブ・クウェリなどにサンプリングされ、DJプレミアとロイス・ダ・5'9”によるプライムが2014年に発表したアルバムでは『Something About April』の曲を中心に引用していたことが話題を呼んだ。こうした作品を作り始めたのは、MPCのようなサンプラーに限界を感じ、ヴィンテージな楽器を使って生演奏で曲を作りたかったからだといい、エイドリアンはひとりで20種類以上の楽器を操り、自分の理想とするサウンドを鳴らしてきた。そして、その志やセンスに共感し、SNSでのやり取りを通じて知り合ったのが、ア・トライブ・コールド・クエスト(ATCQ)のDJ/プロデューサーであるアリ・シャヒード・ムハマッド(70年生まれ)だったのだ。ATCQ時代にはロン・カーターをベース奏者として招き、自身の初リーダー作『Shaheedullah And Stereotypes』(2004年)ではクリス・デイヴ(ds)やロバート・グラスパー(p)などを迎えていたアリにとって生演奏への憧れは高まるばかりだったのだろう。そうして意気投合したふたりが興したのが、ミッドナイト・アワーというプロジェクトでありアルバムなのである。ここでは黒人の誇りや優秀さを称える〈Black Excellence〉を謳い、1920~30年代のハーレム・ルネッサンスがもたらした文化/音楽的な洗練を現代に受け継ぐことをテーマにしているようで、ケンドリック・ラマーを中心としたサントラも話題となったマーベルの黒人ヒーロー映画『Black Panther』(2018年)が注目を集める昨今だけに、今回のアルバム・リリースはタイミングとしても相応しかったのかもしれない。


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 『Marvel ルーク・ケイジ』のサントラ制作に専念するため一旦は作業を中断していたミッドナイト・アワーのアルバムだが、このプロジェクトがスタートしたのは2013年のこと。つまり、アルバム発表までに5年の歳月を要している。途中、エイドリアンがプロデュースしたソウルズ・オブ・ミスチーフの『There Is Only Now』(2014年)、またLinear Labsのレーベルお披露目的なコンピ『Linear Labs: Los Angeles』(2015年)に収録された“Feel Alive”(イスラエルの女性シンガー=キャロライナとエイドリアン作品の常連ローレン・オデンをフィーチャー。今回のアルバムに再収録)にアリが関与していたのは、今にして思えばミッドナイト・アワーの予告でもあったのだろう。

 サンプリングに限界を感じていたふたりだけに、アルバムの楽曲は基本的に生演奏で、グランド・ピアノ、フェンダー・ローズ、アナログ・シンセ、ハモンド・オルガン、ウーリッツァー、ベース、ヴィブラフォン、フルート、サックス、クラリネット、ドラムス、パーカッション、ティンパニなどをエイドリアンもしくはアリが担当。一部の曲では今回の来日公演にも同行予定のデヴィッド・ヘンダーソン(ドラムス)やジャック・ウォーターソン(ギター)といったエイドリアン一派が参加し、タイトなリズム・セクションにエイドリアンが指揮するリニア・ラブズ・オーケストラのストリングスをかぶせて、アイザック・ヘイズがスコアを手掛けた『Shaft』(71年)のような70年代ブラックスプロイテーション感を生み出している。以前70sブラック・ムーヴィーにオマージュを捧げた映画『Black Dynamite』(2009年)のサントラを手掛けたエイドリアンらしいセンスとも言えるが、このプロジェクト名を拡大解釈するなら、“真夜中のサウンドトラック”とでも言うべきか。アナログ・テープによる録音ならではのローファイな音の質感も70年前後のムードを感じる一因だろう。レコード・ディガーにしてレコード・ショップも経営するエイドリアンらしいこだわりが、ここにも表れている。



▲ 「The Midnight Hour Performing live on KCRW」



 アルバムはエイドリアンやアリと関わりの深いシンガーやラッパーの参加も話題で、エイドリアン作品の常連であるローレン・オデンやサウディア・ヤスミンをはじめ、『Something About April II』(2016年)にも客演していたビラルやラファエル・サディークが登場する。“Do It Together”でプリンスのような悶え声を交えたカメレオン・ヴォイスで歌うビラルは、エイドリアンがプロデュースした2015年作『In Another Life』にてエイドリアンとアリとの共作となる“Sirens II”(『Something About April』に収録されていた“Sirens”のヴォーカル版)を披露しており、今思えばこれも本プロジェクトの一環だったのだろう。一方、“It’s You”にヴォーカルとエレキ・ギターで参加したラファエル・サディークは、アリも関与したディアンジェロのデビュー作『Brown Sugar』(95年)にソングライターとして名を連ね、トニ・トニ・トニを離れた後、アリとドーン・ロビンソン(アン・ヴォーグ)とともにルーシー・パールを結成するなど、アリとの関係も深い。2004年に70sブラックスプロイテーションをテーマにしたアルバム『Raphael Saadiq As Ray Ray』を出していたラファエルだけに、このプロジェクトとの相性の良さは言うまでもない。

 そんななか特に注目したいのが、シー・ロー・グリーン(グッディ・モブ~ナールズ・バークレー)が歌うボッサ・タッチの“Questions”だ。アルバムのリード曲となったこれはミッドナイト・アワーのスタートとなった原点とも言える一曲で、この未完成デモを気に入ったケンドリック・ラマーが“Untitled 06 | 06.30.2014.”(2016年に発表したデモ/未発表音源集『untitled unmastered.』収録)にて引用したことでも話題を呼んでいた。今回のアルバムでシー・ローが歌うのは、その完全ヴァージョンとなる。また、2005年に他界した故ルーサー・ヴァンドロスのヴォーカルを遺産管理財団から許可を得て使用した“So Amazing”も重要な一曲。ルーサーが86年のアルバム『Give Me The Reason』で披露した(もともとはルーサーの制作でディオンヌ・ワーウィックが歌っていた)同名バラードのリコンストラクションで、ルーサーへのトリビュートにして新世代に向けた伝統継承も目的としたこれは、〈Black Excellence〉を謳った本作を象徴する曲と言えるのかもしれない。


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 他にもゲストには、ATCQとともにジャジーなヒップホップの流れを作り出したディガブル・プラネッツのレディバグ・メッカ、元フロエトリーで現在ソロとして活躍するマーシャ・アンブロウジアス、故プリンスの“Baltimore”(2015年)に客演していたシカゴの女性シンガー/ソングライター、エリン・アレン・ケインなどが参加。さらに、『Something About April II』にも起用されていたステレオラブのレティシア・サディエールがスキャットを交える“Dans Un Moment D’errance”ではザ・ルーツのクエストラヴがドラムを叩き、キーヨン・ハロルドがトランペット・ソロを披露している。インストの“Together Again”ではフェンダー・ローズをジェイムズ・ポイザー、パーカッションをノーI.D.と、フィラデルフィアとシカゴの才人が駆けつけ、最近ポイザーが出したインストのリーダー作『Sessions,Vol.1』にも通じるモダンなフュージョン感覚を運び込む。思えばアリがQ・ティップやJ.ディラと組んだプロダクション・チームのジ・ウマーは、ザ・ルーツ~ソウルクエリアンズの音作りにも影響を与えたわけで、このプロジェクトではそうした流れもさりげなく回顧させる。

 『Marvel ルーク・ケイジ』の劇中ではエイドリアンとアリがパフォーマンスする姿も映し出される。それだけに今回の来日公演への期待も高まるが、今年の7月には米NPR(アメリカの公共ラジオ放送=National Public Radio)の名物企画「Tiny Desk Concert」にミッドナイト・アワーが登場し、アルバムに参加した仲間たちとパフォーマンスを披露した。フェンダー・ローズを弾くエイドリアンとベースを弾くアリを中心に、今回来日が予定されているローレン・オデン、サウディア・ヤスミンのほか、インスタグラムへの投稿がキッカケで新たにファミリーに加わった16歳の若き女性シンガー、アンジェラ・ムーニョスがアルバム同様“Bitches Do Voodoo”を歌って注目を集めたことも記憶に新しい。エイドリアンは2016年以来の来日となるが、アリ・シャヒードとのミッドナイト・アワーとしての今回の公演は、アルバムのジャジーでファンキーでサイケデリックな音世界を繰り広げる、さらに濃密なショウになると信じている。



▲ 「The Midnight Hour: NPR Music Tiny Desk Concert」