2020/11/24
2015年にスタートして以来、6回目を迎えた【かわさきジャズ】。11月12日のホール公演はTRAD JAZZ COMPANY “Trio”と銘打って、トロンボーン奏者の中川英二郎、ジャズだけでなくJ-POPなどジャンルを超えて活躍するピアニストの宮本貴奈、日本では数少ないソリストとして活躍するバンジョー奏者の青木研による異色のトリオによる公演。特にバンジョーの入ったジャズライブは頻繁に聴けるものではないだけに、レアな機会を逃すまいと会場いっぱいのファンが集まった。
十分なCOVID-19対策が施されたラゾーナ川崎プラザソル。マスク着用、検温、手指消毒が徹底され、座席も間隔を空けて設定されているので、席数は100名程度。演奏中も大声は出さないように、とのアナウンスが流れる。平日の15時スタートということで、来場者はさすがにシニアが多い。入口では前日発売になったばかりの宮本貴奈の最新アルバム『Wonderful World』が販売され、多くのファンが買い求めていた。
ステージは黒幕が張られ、中央に黒字に白で「かわさきジャズ2020」と書かれた垂れ幕が下がっているシンプルなもの。会場が暗転して、スポットライトを浴びながら素敵な柄のシャツを着た中川が登場すると、いきなりトロンボーンを吹き始める。そして宮本貴奈、青木研の二人が登場。曲は「Air Mail Special」。赤と緑のスポットライトに金色のトロンボーンが反射して輝く。その輝きそのままの、煌びやかな音。バンジョーのリズミカルな弦さばき、ラグタイム風のストライドピアノ、これぞトラッドジャズの楽しさ溢れる演奏だ。宮本貴奈がディキシーランド・ジャズを演奏するのはほぼこれが初めてという。何でも出来てしまう多彩なピアニスト、それが彼女だ。
次はぐっと親しみやすい選曲で、アメリカのポピュラーソング「大きな古時計」。これもディキシー風のアレンジ。バンジョーが刻む時計のチクタク音で始まる。青木研のバンジョーを弾くときの笑顔がいい。後半転調して盛り上げる。
中川英二郎のルーツはトラッドなジャズ。ディキシーランドジャズが日本に入ってきたのは戦前のことで、戦後にかけてトランペット奏者だった中川の父親もディキシーを演奏していた。そんな音楽環境に育った英二郎は、「かわさきジャズ」が主催するジャズ講座【ジャズアカデミー】でジャズのルーツを取り上げ、ジャズ初心者にレクチャーも行った。
TRAD JAZZ COMPANYと銘打っているが、モダンな演奏も織り交ぜる。「My Favorite Things」は何の曲か分からないイントロから始まる。青木研はギターに持ち替え繊細なソロを聴かせる。しかし、どこか懐かしい雰囲気を感じるのは、彼が根っからのトラッドジャズ演奏者である故かも知れない。
そんな青木の超絶技巧が聴けたのがバンジョー・ソロで演奏された「Swanee」。まるで複数台の楽器がアンサンブルしているように和音をかき鳴らしながらメロディーを奏でる。その表現力の豊かさに驚く。会場からは割れんばかりの拍手が惜しみなく寄せられた。中川がMCで「1本の指に入るバンジョー奏者」と紹介したのもなるほどと頷かれる。
宮本は1年前から歌も歌い出した。最新アルバムでも歌っている「Tea for Two」を次に披露した。ちょっとかすれ気味の甘い声。1924年の曲だが、彼女が弾き語りで歌うと、ぐっとモダンな感じになる。青木のギターソロの、倍音がたっぷり含まれた感じの繊細な音色も素晴らしい。
トミー・ドーシーのバンドのテーマソングにもなっていた「I'm Getting Sentimental Over You」をゆったりと吹いた後、1stの最後はこれぞディキシーという曲「That's a Plenty」。本来ディキシーランドジャズは管楽器をもっと加えた6~7の編成で演奏されるのだが、それを最小の3人編成で演奏するので、ピアノ、バンジョーともに大活躍。とてもトリオとは思えない音の厚みに、オーディエンスも大満足の拍手を送った。
15分の休憩の後、2ndの最初はなんと「星条旗」。マーチはディキシーのアレンジに良く合う。会場から手拍子が起きる。テンポがだんだん速くなって、バンジョーのソロも白熱。最前列に陣取っていた年配のファンがノリノリで指揮者のように両手を振る姿が微笑ましい。
これもディキシー風アレンジの「Pennies from Heaven」に続いて、宮本の弾き語りで「What a Wonderful World」。最新アルバムでもエンディングで彼女が歌っている。低い声で、しみじみと語りかけるように歌う雰囲気のある歌声がオーディエンスを魅了する。
ここで中川のオリジナル「Lady’s T Steps」。宮本がアルバム制作のために中川に作曲を頼んだのだが忘れ去られていて、制作間際になってたまりかねて、合作にしようとイントロを8小節書いて送ったら、すぐに続きが出来たという。曲名の"T"は貴奈のイニシャル。重厚な和音の鳴るピアノのイントロから、ラテンフィールの、やや憂いを帯びたテーマをアドリブで縦横に展開する様子は中川の面目躍如。
ここで再び宮本の歌で「Smile」。音数少なく控えめにサポートする青木のギターに乗って、ルバートで1コーラス。トロンボーンにテーマが弾き継がれてピアノが静かにバックを務め、最後に再びピアノの弾き語りで静かに終わる。夜更けのジャズクラブの雰囲気が会場を包む。
そんな雰囲気をがらっと変えたのが次のバンジョーソロ。もともとジョージ・ガーシュウィンのオーケストラ曲である「Rhapsody in Blue」を1本のバンジョーで弾きこなす。まるで絵巻物を見ているようなカラフルな展開に、会場から感嘆のため息が漏れる。これは聴きものだった。
大任を果した青木が下がって、宮本のオリジナル「River of Time」をトロンボーンとピアノのデュオで演奏。宮本が18年間米国にいたあと1年間を過ごした英国コッツウォルドの田園風景を描いた曲。朝もやのかかった野の光景、小川のせせらぎ、小動物がときどき現れては消えてまた静寂が訪れる、そんなさまを見るような、穏やかな気分にさせてくれる曲だ。
そしてラストはディキシーらしい元気な曲、アップテンポの「Tiger Rag」で締める。青木はバンジョーのブリッジの下側の弦を弾いて、ピロピロッという高い音を出してアクセントをつける。宮本のストライドピアノが快活なリズムをキープする。中川のトロンボーンソロも炸裂。また最前列のファンが元気に指揮をする。
拍手が止まらない中、アンコールは定番の「聖者の行進」。中川の歌も飛び出し、満場の手拍子の中、ライブは惜しまれつつ幕を閉じた。
中川の安定したハイテクニックのトロンボーン、宮本の芸達者なピアノに加えて、青木のバンジョーの素晴らしさ。これを聴けたのが大きな収穫だった。
文・Ikeda Nori(かわさきジャズ公認レポーター) 写真・Tak. Tokiwa
◎公演情報
かわさきジャズ2020
【TRAD JAZZ COMPANY “Trio”】
出演:中川英二郎(tb)、宮本貴奈(p)、青木研(バンジョー)
日時2020年11月12日(木)
会場:ラゾーナ川崎プラザソル
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