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2018/11/01

トリフォノフとネゼ=セガンのラフマニノフ第2・4協奏曲 均整の美が生み出す凄味(Album Review)

 今をときめくピアニストを何人か挙げよ、と言われて、ダニール・トリフォノフの名をその列に加えない人はおるまい。そしてロシア出身の彼が、祖国の大作曲家、ラフマニノフのピアノ協奏曲を、それもこれまた今をときめくヤニック・ネゼ=セガンのタクトで遂に録音した、と耳にして胸ときめかせない人もおるまい。このディスクは、発売のアナウンスに触れただけで期待に胸高鳴る録音だ。

 そして遂に届いた演奏に耳を傾ける。肝腎の演奏はどうだろう? 結論からいえば、このはち切れんばかりの期待を、裏切ることはない。

 テンポは第2番第1楽章から少々遅いし、その感は、ラフマニノフ編曲によるバッハの無伴奏を除く、2曲の協奏曲を通じての印象でもある。しかし、雄大なるスケール感でロシアの土くさいローカルな薫りをぷんぷんと匂い立たせるのか、といえば全くそうではない。彼らの聴かせる音楽は、もっと素直にテクストに相対しようとした、こう言ってよければ都会的でスタイリッシュな風情である。

 これは、驚異的なダイナミックレンジを誇るトリフォノフにマイクがクローズアップしすぎない絶妙の録音セッティングの賜物でもあるのだが、なにより、指揮するネゼ=セガンの志向するサウンドの特性によるところが大きい。

 彼は、塗り重ねた音の分厚さ、音の塊を聴き手にぶつけて圧倒するタイプの指揮者の対極にいる指揮者の1人である。彼のアプローチは、それぞれのパートに緻密な彩色を施し、て細部にマークアップを埋め込みつつ、それらを丁寧に重ね合わせ、その結果として、綿密細心な音楽のうねりに聴き手を巻き込む、そんな指揮者だ。言うなれば室内楽の延長線上にあって、部分が稠密な連携を保ちつつ、全体としての交響的サウンドの構築に寄与している。

 そのようなタクトの元でソロを務めるトリフォノフも、もちろんソロゆえに目立つのは当たり前なのだが、曲の全体を見渡す、ネゼ=セガンの大局的で俯瞰的なヴィジョンに無理なく糾合されている。

 かといって、トリフォノフの輝かしさは、なすがままにされて埋没したりなどするわけがない。この絶妙のバランス、均整こそが、この録音の最も重要な聴き所を与えてくれる。

 トリフォノフ自体、超絶技巧に目が行きがちだが、基本的には細部のテクスチュアに誠実な光を当てていく沈着さを持ち合わせたピアニストである。それだけに、彼らの相性はすこぶるよく、ピアノが無闇やたらと突出してすることのない、豊かな色彩感をまとった録音に仕上がっている。

 トリフォノフのピアニズムは、しかしやはり驚異的なものがあって、要所要所で光っている。思わぬところで跳ねるセミ・スタッカート、恐ろしいほどくまなく聞こえる左手の細かいフィギレーション。巧まざる内声部の強調は、主旋律の魅力やバスラインの力感を更に引き立たせる。

 ラフマニノフの自作自演以来、これらの曲には数多の名演が刻まれてきたが、こと均整、という意味においては、絶頂期のウラディーミル・アシュケナージとベルナルト・ハイティンクによる流麗の粋を極めた録音(DECCA)などに比肩するとともに、アンスネスやハフなどに匹敵するメカニカルな切れ味と、雄大さに包まれて深呼吸をしたくなるような深々とした抒情味を共存させることに成功しており、近年のラフマニノフ録音のなかでも一頭地を抜く録音といえる。

 極めて認知度の高い第2協奏曲はもちろん、知名度が低い第4協奏曲を初めて聴く、という方にも、ファーストチョイスとして強力にお薦めしたい1枚だ。Text:川田朔也

◎リリース情報
『ラフマニノフ:ピアノ協奏曲第2番・第4番 他 』
UCCG-1816 3,024円(tax in.)

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