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2018/08/01 19:00

ヴェルビエ音楽祭の25年(Album Review)

 ヨーロッパ有数の山岳・スキーリゾート地として名高い、スイス・ヴェルビエ。ここに、スウェーデンに生まれて音楽史とロシア語を学んだのちカラヤンと縁を結び、またEMIフランスとも密接な関係を持っていたマルティン・エングストロームという人物が中心となって1994年にヴェルビエ音楽祭を創設してから、今夏で丁度節目となる25年を迎えた。今年も、まさにいまヴェルビエ音楽祭は行われている真っ最中で、その模様は、例年通りmedici.tvで世界中にネット配信され、世界の音楽ファンたちを魅了している。

 若き芸術家の育成を目的としているため、演奏会はもちろんだがマスタークラスも多数開講されるほか、文学や美術のレクチャーなども行われるこの音楽祭、後にドイツ・グラモフォンの副社長に就任したエングストロームの幅広い人脈も相俟って数多くの世界的なアーティストたちがつどったため、またたくまに世界で最も有名な音楽フェスティヴァルの一つへと成長した。このボックスは、そんなヴェルビエ25周年を記念して、DGの所属アーティストたちを軸に未発表録音を集めた4枚組である。

 とにかくこの音楽祭に参加するメンツは桁外れに豪華なのが特徴で、クレジットされた綺羅星のごときスターたちの名前を眺めているだけでもクラクラする。そんな「個」の力を思い知らされるのは、なんといっても室内楽曲だろう。ブラームスのピアノ三重奏曲第1番の奏者がグリンゴルツ、モルクにトリフォノフというのも驚きだが(2015)、レーピン、コルシア、バシュメット、クニャーゼフにキーシンと、フランスのコルシアを除いて全員ロシアで固めたドヴォルザークのピアノ五重奏曲の、なんたる豪華さ! もちろん、これだけ個性の強い奏者たちが揃えば、船頭多くして船山に上る、ということになりかねないのが室内楽の怖いところだが、この演奏における各奏者たちの連携は緊密かつスムース、完成度は極めて高い。恐らくはピアノを弾くキーシンのDG移籍によって日の目をみたこの録音の登場を心より喜びたい。

 しかしこのディスクの主役は、著名なソリストたちや指揮者たちではなく、むしろ世界各地でのオーディションで選抜された精鋭を結集させたユース・オケ、ヴェルビエ祝祭管弦楽団だろう。既に述べたように、ヴェルビエは、すぐれて教育的なフェスなのだから。

 彼らの演奏の中では、弦楽器はもちろん管楽器や打楽器まで含めて、全体としての響きが澄んでいるとともにエッジが立っていて「上手い」としか言いようのない、ゲルギエフが振ったチャイコフスキーの『悲愴』を弾いた2015年オケが出色だ。

 祝祭管から選りすぐられた7人とエルンマン、ドゥダメル指揮によるベリオ『フォーク・ソングス』は、ハースト、ネス、ステファニーなどがソロを取った近年の同曲録音と較べてもまったく遜色がなく、ベリオのファンはもちろん、この曲を初めて聴く方にも強力にオススメできる。

 マズアとユジャ・ワンによるメンデルスゾーンの第1ピアノ協奏曲(2009)は、既にDVDとして発売されていたものの、ようやくの音盤化。ヴェルビエ祝祭管のメンバーを更にふるいにかけたヴェルビエ祝祭室内管が、タカーチ=ナジの指揮のもとアルゲリッチと弾いたベートーヴェンの第2ピアノ協奏曲(2009)、これが悪い筈などあるだろうか?

 プログラミング面でも意欲的な取り組みを続ける音楽祭であることは、ケント・ナガノの指揮でプレトニョフが弾いた、旧ソ連のツファスマン(1906ー1971)による、『ピアノと管弦楽のためのジャズ組曲』(2013)からうかがえる。ビッグバンド・ジャズをピアノとオケの協奏的作品に流し込んだ、という点で、同じロシア系ユダヤ人のガーシュウィンを想起するのは自然だろう。哀愁を帯びた旋律が印象的なこの曲を、プレトニョフがこれ以上ないくらい魅力的に紹介してくれている。Text:川田朔也

◎リリース情報
ヴェルビエ音楽祭25周年記念アルバム』
4枚組

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