Special
蟲ふるう夜に 『わたしが愛すべきわたしへ』インタビュー
これまで痛く重く苦しい印象のあった蟲ふるう夜にの音が変わった。声が変わった。表情が変わった。6月4日の蟲の日にリリースされた新ミニアルバム『わたしが愛すべきわたしへ』は、一度も愛せなかった自分を愛する為の“変革”の一枚となっている。分かり合う為の“J-POP”アルバム。
今回のインタビューでは、何かと頑なな性格であった蟻(vo)がどうしてここまで心を開くようになったのか。触る者皆傷つける印象すらあった女の子が、何ゆえに自分や他人を愛そうと思ったのか。そして“変革”を果たしたタイミングでオープニングアクト出演が決まった6/25 SuG×BiSツーマン【異端児フェス】ではどんなライブを見せてくれるのか。話を訊いた。
新しいものが世に溢れかえって、逆に新しくなくなった
--最近ツイッター(@arimushimushi)見てると女子会に出たりとか、ガーリーな面が目立つようになってきましたけど、どういう心境の変化ですか?
蟻:私は元々ガーリーですよ! かなりガーリー(笑)。
--女子会でどんな話してるんですか?
蟻:なんで音楽を始めたのか、とか。
--全然ガーリーじゃない(笑)。
蟻:恋の話とかにはならない。世間がイメージしてる女子会とはだいぶ違うと思います(笑)。
--そんな蟻の内面を覗く前に、蟻から見た世界とか世間について話を聞きたいんですけど、今の音楽シーンにはどんな印象を持たれてますか?
蟻:音楽をあまり聴かないから雰囲気で伝わってくるもので話しちゃいますけど、だいぶサブカル的なものが流行っていて、珍しくて新しいものが世に溢れかえっていて、逆に新しくなくなったんじゃないかと。サブカルが本来の意味を失っている。何でもやればいいっていう風には見えてきました。その中で私たちは普通を極めたほうが面白いんじゃないかって(笑)。
--そっちのほうがもはやサブカルっていう。
蟻:そうそう。
--自分に向けられてる音楽を多く感じますか? 少なく感じますか?
蟻:音楽を聴かなくなったってことは少ないんでしょうね。興味がなくなってしまった。
--聴きたい音楽がないから、自分で聴きたい音楽をやってる?
蟻:それはすごくあります。
--バンドマンにとっては、ある意味で目の上のたんこぶであるアイドルシーンに対してはどんな印象を?
蟻:昔、アイドルには本当に興味がなくて。浮ついているイメージがあって聴いたことはなかったですね。ただ、松隈ケンタさん(中川翔子、BiS、蟲ふるう夜に等のサウンドプロデューサー)との関わりからBiSの話とか聞いてたら、周りのロックバンドより全然苦労して、頑張ってて。知れば知るほど応援したい気持ちには変わってきました。
--そのアイドルのムーヴメントも陰りを見せている昨今、次に来るのは蟲ふるう夜にのようなロックバンドだと言いたい気持ちはある?
蟻:それは、なんか来るような気がしてるんですよね。アイドルが流行る理由がすごく分かって。人の気持ちが落ちているときに夢を見せてくれて、気持ちを上げてくれるからだろうなって。で、経済と音楽の流行りってリンクしてると思うので、だんだんと……被災地の復興とかはまだまだだと思いますけど、みんなが元気を取り戻してきた頃にロックを続けてきた人たちが認められるときが来るんじゃないかなと思いますね。
--僕も期待してます。少し歪なガールズポップやガールズロックバンドがシーンを席巻する未来。
蟻:もうだいぶ認めやすくなってきてますからね。そういう歪なものが。私たちが歪かどうかは分からないですけど(笑)。今回のアルバムとかは遠くの人に届けようと思って作ったので、まぁその中でもちょっとしたスパイスだったり、そういうものを感じてもらえたら、ちょっと普通と違うのかなって思ってくれる人がいたら良いなって思うんですけどね。
--どの村にも暮らせないアーティストっているじゃないですか。王道過ぎてとか、何かのジャンルに偏ってなくてとか、流行に乗っかっていないとかで。蟲ふるう夜にもまたそういうバンドだと思ってるんですけど、自分ではどう?
蟻:そうかもしれない。ブッキングを組むのに困るとか、昔から言われますし。私たちは音楽性の違いについて語り合ったりしないから、ある意味自由だし、自由な音楽をやってるし。なんだけど、周りは型にハメたがる。こういう系統と言ってしまいたい。でも私たちはそこに行けなかったというか、行かなかったというか。でも今はポップス作りたいって思ってますけどね。J-POPを作りたいと思ってます。J-POPを作るって一番ダサいと思っていたタイプなんですけど(笑)。そんな蟲ふるう夜にがJ-POPを作ったらこうなりました。っていうものをやってみようかなと思って。
--それはシーンの流れがどうであれ“もっと知ってもらいたい”という気持ちが根本にあるから?
蟻:私はあんまりそれないんです。でも2000円払ってライブハウスに来てくれる人たちに対して“音楽をお金で売ってるんじゃない”みたいな感覚は逆にないんですよ。前までは多分“音楽をお金で売ってるんじゃない”って言っていたんですけど。それがロックだと思って。でもアルバイトで数時間働いて稼いだお金を握り締めて来てくれる人たちに対して、1対1で返していきたいなって。大人になってきちゃいました(笑)。
--それは心地悪いの? 心地良いの?
蟻:今は心地良いですね、すごく。なんか、卑屈にならなくて済む。自分が幸せになれば、幸せを分けてあげられるのかなって、今思っているときなので。
--先日、某ライブイベントの打ち上げで松隈ケンタから「もう蟲ふるう夜には俺から卒業」と言われていましたが、あれはどういった経緯で出てきた言葉なんだと思いますか?
蟻:それほど良いライブをしたっていう風に松隈さんが認めてくれたんだなと思って。メンバーのいくん(郁己(dr))とかは涙腺がうるるるって来てましたよ(笑)。嬉しかったです。
--本人たち的にも、松隈ケンタと共に作り上げられる音楽の到達点を見た感覚ってあったんですか?
蟻:うーん……ライブのやり方とか、そういうものを今すごく変えていってるので、そこで何が自分たちに足りないかとか、何をもっと上げればいいのかとか、そういうのがもう分かった気がするんですよね。みんな、試行錯誤しながらそれを掴めずに暴れてるんだけど、松隈さんはその点において私たちに「あ、分かったんだね」っていう風に思ったんだと思うんです。「じゃあ、俺がアドバイスしなくてももう行けるよね」って。
リリース情報
関連リンク
Interviewer:平賀哲雄|Photo:粂井健太
「蟻を見ろ!」「笑いかけろ!」「愛してるって伝えろ!」
--今のバンドの状態ってどんな感じなんですか? メンバー間のムードとか。
蟻:ムードはすごく良いです。スタジオでの練習内容がガラっと変わりました。今まではスタジオに4時間入って、3時間は音を合わせるのに使って、どこのリズムが狂っていたかとか、どこをミスったかとか探す作業をしていたんですけど、最近はそういうことが一切なくなって、まずお互いの顔を見るんですよ。見ながらやるんですよ。
--前は見なかった?
蟻:そう。みんな前髪がこう……
--そもそも見づらい(笑)。
蟻:見えないじゃないですか。その閉じた、闇の部分を出してきたと思うんで、それはそれで良かったんですけど、でもこうやって私が開いていく中で、メンバーにもスタジオの中で「蟻を見ろ!」と。で、「顔を合わせて笑いかけろ!」って。さらには「愛してるって伝えろ!」みたいな(笑)。
--そしたらみんなどう反応したんですか?
蟻:「分かった!」って(笑)。それで「愛してる!」って音で伝えてくれるんですよね。たまにそこがガチってリンクするときがあるんですよ。メンバーが「これでどうだ!」とか「これ、蟻が好きな音だよね?」みたいなものが伝わると、私の気持ちも上がって、お客さんへの伝わり方が1から10にも100にもなっていく。
--でも最初は戸惑ったんじゃない?「どうした?蟻」みたいなことにはならなかったの?
蟻:それはたしかにうっすら感じてました(笑)。蟻が変なテンションになってしまった、みたいな。
--でもそれに乗っかってみたら。
蟻:そう! 乗ってみたら「楽しい!」「音を出すってこんなに楽しかったっけ?」ってなった。
--じゃあ、最近は殴ったりしてない?
蟻:殴ったりはないですね。前回のインタビューっていつでしたっけ?
--昨年末。
蟻:じゃあ、まだ人を殴ってないのは半年ぐらい(笑)。
--この先は分からない(笑)。でも前より穏やかになった自分がいる?
蟻:うーん……やっぱり歌詞を生み出すときは、精神に支障を来たしますけどね。でも緊張の仕方とかはちょっと変わったかもしれない。前はこういうインタビューがある前日には逃げ出したくて。「明日お休みさせてください」とか言ったりしていたんですけど、今は逃げなくなりました。
--重くて痛くて苦しい歌をうたうバンド、蟲ふるう夜に。今作『わたしが愛すべきわたしへ』はその印象を覆す一枚となっています。自身ではどんな印象を?
蟻:多分、このアルバムで救われる人がいっぱい出てくるんじゃないかなって。すでにもうメンバー自身が救われてたりとか、それで「変われた」と言ってくれたりとかしてるんで。今までも音楽を続けていく中で「人を救いたい」っていう気持ちはずっとブレたことがなくて、でも泥沼の雪女とか言われていて(笑)。お客さんに対して「この沼、心地良いよ。一緒の沼に居れば寂しくないよ」って言っていたと思うんですけど、その沼から一歩飛び出すイメージ。で、そこにみんなを連れて行きたいなって思ってる感じですね。
--ある種、傷舐めあっていた場所から「行こうぜ」となった。でもまだ泥沼のほうが気持ち良いと思っている人はいっぱいいる訳じゃないですか。
蟻:います。でもそれはもう諦めない。ずっと書き続ける。
--ここまで開けた世界へ飛び出せた。その要因とストーリーを教えて下さい。
蟻:とある日に「ボイトレの先生を変えます」と言われたんですけど、その元々の先生のことも大好きだったし、私は新しい人に出逢うのが苦手なので。挨拶しなきゃいけないし、好きになったりとか、好きになってもらわなきゃいけないとか、またハードルが増えるのかと思うと嫌になってしまう。でも新しいボイトレの先生に会ってみたら、まず眉毛を直されたんですよ。
--ボイトレの先生なのに「眉毛を直しなさい」と。
蟻:「ちょっとこっち来な」って暗い小部屋に連れてかれ、カミソリをシャキーン!みたいな感じで。で、剃られて、書かれて。その日に何人かの知り合いにあったんですけど、「あ、顔が変わった」って言われたんですよ。「明るくなったね」みたいな。元々眉毛が動かない位置に書いていたみたいで、さらに私って表情を作るのが苦手だから、無感情に見えていたと思うんです。でも先生に眉毛を書かれて、少し顔が動くようになった。あとは「あなた、心を開かなきゃダメ」と言われ、しばらく心を開く為の、レッスンという名のお茶会をやってました(笑)。
--それがボイトレになるっていう。
蟻:2人でずーっとお茶を飲んで、いろんな話をして、私の冷凍庫を全部洗いざらい解凍していったんですけど、「その冷凍庫の冷凍マグロを出したり引っ込めたりすることで、だんだん出すのが慣れてくんのよね」って言われて。コンプレックスやトラウマがだんだん解凍されていった。私、過去って変えられないと思っていて、変えられないから今の自分が変えられないんだってずっと思っていたんです。でも過去は変えれなくても今の自分は変えれることに気付かされた。それが大きかったかな。
--それで声や歌い方が変わった実感はあったの?
蟻:あります。まず元々すごく緊張しいだから、本番が始まる前にお腹痛くなっちゃうんですよ。それで気分が悪くなっちゃう。でも今はそれが結構軽くなってきた。緊張は声にもよくないと思うので、それが軽くなるだけでも自ずと声は変わってくる。
リリース情報
関連リンク
Interviewer:平賀哲雄|Photo:粂井健太
SuG×BiSツーマンにOA参戦“SuGにもBiSにも出来ないこと”
--今作『わたしが愛すべきわたしへ』は、どういう経緯があって決めたタイトルなんですか?
蟻:私、今まで自分のことを一度も愛したことがなかったと思うんですよね。で、誰かのことが羨ましいじゃないけど、「あんな人だったら人生成功してた」とか「あんな人だったら周りに友達がいっぱいいて、支えてもらえて、ラクに生きていけたんだろうな」とか。それでずっと卑屈なまま大人になったと思うんで。みんなの中にもそういう気持ちって多かれ少なかれあると思うんですけど、まぁ自分のことが嫌いだった自分に「完璧じゃなくていいし、未完成でも、不安定でも、自分を愛していいんだよ」って書こうと思ったんです。で、表題曲が上がったときにすごく良い曲だと思ったんですよ。自分の中で「あの曲があったから自分のことを好きになれた」とか、そういう大きな一歩になる曲にしたかったんですけど、そうなったなと思って。だからさっきも言いましたけど、誰かの力になる曲だと思うんです。
--「愛していいんだよ、愛するんだよ」と歌いきってしまうのは、どんな気持ちだったの?
蟻:いつもこの曲を歌っているときにお客さん全員の顔を見るんですよ。それで必ず覚える。で、最後の「愛していいんだよ、愛するんだよ」でお客さんに対して後押しになればいいなって思って。
--今の発言も含めて、実にポップスですよね。
蟻:そうですね。ポップスって面白い。チャゲアスとか最近話題ですけど、「愛には愛で感じ合おうよ」って歌われたらなんかその気になってくるんで、そのポップスさって何なんだろう?って思うんですよ。
--持論なんですけど、ポップスって何があっても前向いたり、繋がることを求めたり、分かり合おうとする音楽だと思うから、そういう意味では「さらけ出しました」っていうロックを作るよりも、やり続けることが大変な音楽なのかなって思うんです。そこはどう思います?
蟻:やり続けるのは大変そうですよね。でも私たちはそれをやろうとしているから、今まで以上に大変になっていくのかなって思いますけどね。誰もが口ずさめて、しかもすごく良いメロディーとか歌詞ってそうそうないんですよね。でもそこに行きたいって今思ってる。
--その第一弾となる『わたしが愛すべきわたしへ』、どんな風に世に響いてほしいですか?
蟻:聴いて「生きていくのがラクになった」とか「ツラい気持ちが少し報われた」とか、そういう気持ちになってほしいです。
--で、その『わたしが愛すべきわたしへ』収録曲も披露されるであろうライブが決まりました。6/25 SuG×BiSツーマン【異端児フェス】にオープニングアクトとして出演して頂きます。
◎イベント【異端児フェス】
06月25日(水)東京キネマ倶楽部
出演:SuG、BiS ※オープニングアクト:蟲ふるう夜に
OPEN 18:00 / START 19:00
--まずこのイベントにオープニングアクトとして出ると報告されたとき、どんな気持ちになりました?
蟻:自分に対して「落ち着け」って思いましたね。今は使命感みたいなものが沸々とあります。きっとその会場には私たちのファンなんてひとりもいなくて。チケットがソールドアウトって聞いてるんで。で、SuGやBiSを好きになる人たちってどんな人たちなんだろう?って想像したんですよ。勝手なイメージではあるんですけど、何かコンプレックスを抱えていたりとか、それで刺激的な人生を送ってきてるから刺激がほしい。いつも足りなくて「もっと欲しい、もっと欲しい」ってなってる。多分もう……ぶっ飛ばしてほしい感じなんじゃないかなと思って(笑)。
--じゃあ、適任じゃないですか(笑)。
蟻:SuGとBiSを共通に好きになる人って多いと思うんですよ。そういうファン層の中で自分たちが出来ること。SuGに出来なくて、BiSに出来なくて、蟲ふるう夜にが出来ることをやりたいと思ってますね。
--元々SuGにはどんな印象を?
蟻:武瑠さん(vo)とはお仕事のご縁でお会いしたことがあって。ご挨拶程度だったんですけど。その時に別の方との会話の内容が聞こえてしまって、「闇を抱えている方だ」と感じました(笑)。それで「え、こんな煌びやかな世界で生きてそうな人も抱えてるというか、そういう覚悟で音楽をやってるんだな」と思って。多分、ファンはそういう部分もすぐに見つけるじゃないですか。だからSuGの音楽を好きになるんだと思うし、だから応援したいとか、自分が共感するとか、そういう気持ちになるんだろうなって。大きなものを抱えながら、その重圧に耐えながら、すごくもがこうとしてる人たち。
--では、今のBiSにはどんな印象を?
蟻:今のBiSはよく分かんないですね(笑)。もはやよく分かんない。テレビで一度観たときに「あ、もう手に負えない感じになってきたんだな。収拾つかないな」って(笑)。でも解散の発表(BiSは7/8横浜アリーナで解散する)が……こう言ったらおかしいですけど、気持ち良くて。収拾つかないところまでやりきって、もうぐちゃぐちゃになって、でもバーン!爆発!って解散していくのって、美しいなって思ったんですよ。彼女たちのラストに近づく中で溢れる想いとか、ファンはそれを盛り上げようとするし、彼女たちもお客さんに最後のBiSを見せようと頑張ってくるし。だから6/25も絶対エモいライブするんですよ。
--そんなSuGにもBiSにも出来ない、蟲ふるう夜にが出来ることってもう見えてはいるんですか?
蟻:ちょっと見えてますね。まぁここで言うとつまんなくなっちゃうので。
--では、最後に。6/25に対する意気込みを。
蟻:滑り落ちるか、みんなを天国に連れて行けるか。本当に極端にしかならないライブだと思ってるから、だからこそ自分の意思をハッキリと持って、SuGやBiSを好きな人たちに魂みたいなものをぶつける。その魂みたいなものをしっかり磨いてから臨みたいと思います。
リリース情報
関連リンク
Interviewer:平賀哲雄|Photo:粂井健太
関連商品