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楽園おんがく Vol.14:世界一の音楽大国ブラジルの最新音楽シーン
旅と音楽をこよなく愛する、沖縄在住ライター 栗本 斉による連載企画。第14回は、世界一の音楽大国ブラジルの最新音楽シーンを紹介。
いよいよ始まるFIFAワールドカップ2014。サッカーはもちろんだが、ブラジル音楽も急激に盛り上がってきている。今年は、新旧様々なアーティストが精力的に新作を発表。日本盤も数多くリリースされるようになった。
そんなわけで、今回は最新のブラジル音楽シーンを紹介しておこう。サンバやボサノヴァといった日本でもなじみのある音楽はもちろんだが、エレクトリックからアコースティック、歌モノからインストゥルメンタル、洗練されたMPB(ブラジリアン・ポピュラー・ミュージック)からアフロ・ブラジリアンのテイストを取り入れたブラック・ミュージックまで、その豊潤さは想像以上に奥深い。ここに挙げたアルバムを、順に聴いてみるだけでも目眩がするようなクオリティと幅広さに圧倒されるはずだ。
ただし、ここで紹介する音楽はあくまでもごく一部でしかないし、実際には国土の面積も人口も世界第5位という大国だけに、地方によって様々な民族音楽や大衆音楽が存在する。そこまで追究するか否かはあなた次第。まずは、ここ数カ月の間にリリースになる新作だけでも、チェックしておこう。世界一の音楽大国へようこそ!
『マジック』/セルジオ・メンデス
まずは、皆さんよくご存じ「マシュ・ケ・ナダ」でおなじみのセルジオ・メンデス。ウィル・アイ・アムとのコラボから始まったここ数年の企画の流れではあるが、今回はオリジナルの書き下ろし曲を多数収録。ジョン・レジェンドやウィル・アイ・アムといった気心知れた豪華ゲストの他、ミルトン・ナシメント、カルリーニョス・ブラウン、マリア・ガドゥ、アナ・カロリーナといったブラジルのスーパースターたちが集結。とにかくゴージャスでメロウなセルジオならではの傑作だ。
『ハイス ~私のルーツ~』/ジョイス・モレーノ
「フェミニーナ」など80年前後にボサノヴァ・ヒットを多数生み出したシンガー・ソングライターのジョイスも、日本で人気を誇るアーティストのひとり。新作はタイトルにもある通り、自身のルーツを見据えた内容になっている。生まれ育った場所を歌う「コパカバーナ」に始まり、「小舟」や「ヂザフィナード」といったボサノヴァの名曲、誰もがリスペクトするアリ・バホーゾのナンバーやドリヴァル・カイミのメドレーなどを、ホベルト・メネスカルをはじめとするベテランとともに落ち着いて歌い上げている。
『Coisa Boa』/モレーノ・ヴェローゾ
MPB界の重鎮カエターノ・ヴェローゾの息子。そんな形容詞はもはや必要ないくらい、現在のブラジルのシーンで大きな存在となったモレーノ・ヴェローゾ。ジルベルト・ジルやガル・コスタといった大御所たちのプロデューサーを務め、カシンやドメニコといった新世代ブラジル音楽の精鋭とのコラボレーションも盛んに行うだけあって、ルーツ音楽と最新のサウンドが一帯となった未来の音楽が展開される。高野寛や嶺川貴子といった日本のアーティストとも交流しているところも注目。
『F to G + A』/フィロー・マシャード&源之新
圧倒的なブラジリアン・グルーヴを紡ぎ出すギター弾きであり、存在感のある美声を持つフィロー・マシャード。そして、日本人離れしたリズム感でパーカッションを爆裂させる安井源之新。彼らが共演した傑作『F to G』から11年ぶりに続編が登場。しかも、超絶なパフォーマンスで来日公演も喝采を浴びたピアニスト、アンドレ・メマーリが参戦。マルコス・ヴァーリ、トニーニョ・オルタ、ジャヴァンなどの名曲を中心に、三位一体となったアンサンブルでブラジル音楽の神髄を聴かせてくれる。
『ジ・インヴェンション・オブ・カラー』/チガナ・サンタナ
植民地時代にアフリカからの奴隷貿易拠点となったのが、北東部に位置するバイーア州。ここから現れた新しい才能が、チガナ・サンタナだ。いわゆるアフロ・ブラジリアン・ミュージックをベースにしているが、アコースティック・ギターを主体にしたシンガー・ソングライターというたたずまいは、パワフルにゴリ押しするタイプとは一味違う。“黒いニック・ドレイク”などともいわれるような内省的な歌世界を聴けば、緻密に交錯するブラジル文化の一端を感じられるだろう。
『ゼ・マノエウ』/ゼ・マノエウ
バイーアよりさらに北に位置するペルナンブーコ州。この地で最近注目されているのが、ピアノを弾きながら歌うシンガー・ソングライターのゼ・マノウ。アフロ・ブラジリアンだけでなく、リオ・デ・ジャネイロで発達した室内楽風のショーロや、ジャズ、サンバ、ボサノヴァまでを取り入れているのが特徴。多様な音楽性を持ちながらどこか繊細で郷愁を誘うような雰囲気は、ブラジル音楽の魅力のひとつであり、彼はその精神を現代のセンスで体現しているといえるだろう。
『インスタンチ』/ファビオ・カドーレ
ブラジル版シティ・ポップなんていう形容詞を付けたくなるのは、サンパウロを拠点に活躍するファビオ・カドーレ。ソウルやファンク、AORからボサノヴァまで様々なジャンルを咀嚼し、ブラジル音楽というフィルターを通して作り上げた独自のメロウネスは、まさに大都市生活者ならではのアーバン・ミュジック。アルゼンチンのピアニスト、エルナン・ハシントが参加していたり、韓国のキム・ジョンボムとの共作があるなど、国境を越えた活躍ぶりにも注目したい。
『ニュー・エアー』/ホドリゴ・デル・アルク
同じくサンパウロの精鋭のひとりであるホドリゴ・デル・アルク。5年前のデビュー作は、全編英語詞によるコンテンポラリー・ボサノヴァという印象だったが、今作ではポルトガル語曲をメインにバンド・サウンドを主体としたMPBに仕上げている。ボサノヴァはもちろん、サンバ、マラカトゥ、バイァオン、イジェシャーといったブラジルの様々なリズムを大胆に取り入れているのがポイント。凝ったメロディ展開も相まって、絶妙なバランスのポップ・ワールドは唯一無二だ。
『Coffee & Novo Compositores』/ダニ・グルジェル
前述の通り、サンパウロの音楽シーンは非常に活性化しているのだが、その中心に存在するのがプロデューサーでもあるシンガーのダニ・グルジェル。本作は彼女が仲間のアーティストをプレゼンテーションするコンピレーション。自身のプロジェクトであるダニ&デボラ・グルジェル・クアルテートを筆頭に、アントニア・アジネーやラファエル・マルティーニといった注目株が大集結。鎌倉の名物カフェ「ヴィヴモン・ディモンシュ」の20周年記念作品だけに、コーヒーがよく似合う一枚だ。
『ひとり ~プレイズ・スタンダード』/ポリーニョ・ガルシア
ミルトン・ナシメントやトニーニョ・オルタといったアーティストを輩出したミナス・ジェライス州は、浮遊感のある独自の音楽を発信するエリア。ポリーニョ・ガルシアも、そういった意味ではミナスらしいアーティストかもしれない。そっと優しく爪弾かれるアコースティック・ギターと、ソフトなヴォーカルで綴っていくボサノヴァの名曲とジャズのスタンダード・ナンバー。太陽が照りつけるイメージのブラジルとは、正反対の世界がここにある。クールダウンするにはぴったりのアルバムだ。
『スタジオ・リオ・プレゼンツ・ブラジル・コネクション』/VA
これはちょっと反則技ともいえる企画アルバム。アレサ・フランクリン、マーヴィン・ゲイ、ビリー・ホリデイといったレジェンドたちが残した名曲のヴォーカルトラックを抜き出し、マルコス・ヴァーリ、マリオ・アジネー、ホベルト・メネスカルといったブラジルの巨匠たちが新たにアレンジを施してブラジル風に料理している。仕掛け人は、ハンソンやバハ・メンなどを手がけたドイツのプロデューサー・チーム、バーマン・ブラザーズ。あの歌手がブラジル録音していれば、なんていう妄想を現実にした夢のような作品。
『ヴァモス!ブラジル』/VA
最後はやっぱりサッカー・ソングで締めたい。さすがにブラジルのミュージシャンはサッカー狂が多数いるため、サッカー讃歌も限りなく存在する。サンタナの新作にも参加していたロック・バンドのスカンキによる「サッカー・ゲーム」を筆頭に、ブラジル中のアーティストの楽曲をピックアップ。サンバやアシェーといった土着的リズムから、ファンクやヒップホップなど新感覚のサウンドまで、とにかくアッパーなナンバーが目一杯詰め込まれている。とにかくこれを聴いて盛り上がれ!
栗本 斉 Hitoshi Kurimoto
旅と音楽をこよなく愛する旅人/旅&音楽ライター/選曲家。
2005年1月から2007年1月まで、知られざる音楽を求めて中南米へ。2年間で訪れた国は、ブラジル、アルゼンチン、ウルグアイ、パラグアイ、チリ、ボリビア、ペルー、エクアドル、コロンビア、ベネズエラ、トリニダード・トバゴ、パナマ、メキシコ、キューバの、合計14カ国。
帰国後は旅と音楽にこだわり、ラジオや機内放送の企画構成選曲、音楽&旅ライター、コンピレーションCD企画、ライナーノーツ執筆、講演やトークイベント、ビルボードライブのブッキング・コーディネーターなどで活動中。得意分野はアルゼンチン、ワールドミュージック、和モノ、中南米ラテン旅、世界遺産など。2013年2月より沖縄県糸満市在住。
マジック
2014/06/18 RELEASE
SICP-4140 ¥ 2,640(税込)
Disc01
- 01.ワン・ネイション feat.カルリーニョス・ブラウン
- 02.マイ・マイ・マイ・マイ・ラヴ
- 03.ドント・セイ・グッバイ feat.ジョン・レジェンド
- 04.ソウ・エウ feat.セウ・ジョルジ
- 05.ホエン・アイ・フェル・イン・ラヴ feat.グラシーニャ・レポラーセ
- 06.メウ・リオ feat.マリア・ガドゥ
- 07.マジック feat.スコット・マヨ
- 08.サンバ・ヂ・ホーダ feat.アイラ・メネゼス&グラシーニャ・レポラーセ
- 09.アトランティカ feat.アナ・カロリーナ
- 10.オーリャ・ア・フーア feat.ミルトン・ナシメント
- 11.ヒドゥン・ウォーターズ feat.グラシーニャ・レポラーセ
- 12.シンボーラ feat.カルリーニョス・ブラウン
- 13.ドント・セイ・グッドバイ (radio version) feat ジョン・レジェンド <日本盤ボーナス・トラック>
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