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楽園おんがく Vol.8:「ノンサッチ・エクスプローラー」で世界の旅へ
世界中に存在する“民族音楽”。実際にはどれくらいの種類があるのだろう。おそらく、無数といっていいほどの宇宙的な世界が広がっているに違いない。国や地方といったレベルを超え、村やコミュニティ、または個人レベルの音楽もあるはずだ。すでに遠い過去へと消え去っていったものも含めれば…。
そんな民族音楽の一端を楽しめる素晴らしいサンプラーがここにある。ノンサッチ・レーベルが残したエクスプローラーと呼ばれるシリーズ。1964年に設立されたノンサッチは、もともとクラシック音楽をメインとしていたが、徐々に現代音楽からワールド・ミュージックにまで手を広げ、個性的なレーベルとして発展していった。そのなかで、60年代末から民族音楽のフィールド・レコーディングをスタートし、数々の貴重な記録をレコード化していったことは民俗学的にも重要。
そんな20世紀の記録の一部が、手軽な価格で55タイトル再発される。そのなかから、今回は“楽園おんがく”的レコメンド・アルバムをピックアップ。遙か彼方の大地や大洋に思いを馳せながら、その地の魅惑的なリズムやハーモニーに酔いしれてほしい。
《オセアニア》
南太平洋の音楽~最後の楽園
楽園といえば、なんといっても南太平洋のイメージ。本作には、クック諸島、トンガ、フィジー、ソロモン諸島、キリバス、西サモア、タヒチといった島国の音楽を収録。プリミティヴなパーカッションだけのビートに始まり、コール&レスポンスを重ねる合唱曲や素朴な鼻笛の演奏など、波打ち際でのんびり聴きたい楽曲ばかり。
《タヒチ》
ゴーギャンの愛した音楽~タヒチの歌と踊り
南太平洋のでもっとも東に位置し、画家のゴーギャンも愛した“楽園”という言葉が似合う島国タヒチ。ハワイアンにも似たポリネシア系の陽気なギター音楽から、複雑なポリフォニーを含むコーラスまでそのスタイルも様々。なかでも、小刻みなステップが目に浮かぶパーカッションのダンス・ミュージックは、高揚感たっぷり。
《トリニダード》
太陽のサウンド~トリニダードのスティール・バンド
南太平洋も良いけれど、カリブ海も楽園としては最高ランク。音楽の豊潤さも特筆すべきエリアだが、とくにユニークなのがトリニダード・トバゴのスティール・パン。廃材のドラム缶を利用して作られたという音階の出るドラムは、大人数のアンサンブルで本領発揮。カリプソのリズムに乗って、一晩中踊り明かしたい気分になる。
《バハマ》
ザ・リアル・バハマ1~バハマ音楽の真髄I
同じくカリブの島国バハマはフロリダ半島と目と鼻の先にあり、高級リゾート地としてよく知られている。しかし、実はディープなカルチャーが残っている島のひとつ。アメリカ南部に残る黒人霊歌やゴスペルにも似たブルージーでソウルフルな歌の数々からは、この国がアフリカからの文化流入があったことがよくわかる。
《コロンビア、エクアドル、ブラジル》
南米の黒人音楽~神々への讃歌
さらに南下して南米大陸に向かっても、アフロ・ルーツの黒人音楽の影響は色濃い。マリンバのコロコロと響く音色と掛け合いコーラスが楽しいコロンビア音楽、アンデス風味とアフリカ色が絶妙に入り交じるエクアドル音楽、踊るような格闘技として知られるカポエイラを盛り上げるブラジル音楽と、その種類も多種多様だ。
《バリ》
バリのガムラン1~世界の夜明けの音楽
遠くに行かなくても、ご近所のアジアにだって楽園は存在する。その最高峰が、神々の棲む島バリ。ゴングをを鳴り響かせる民族音楽の王様ガムラン、何十人もの歌い手たちが変拍子で叫ぶケチャ、獅子舞にも似たバロン・ダンス、そして虫の鳴き声をバックに歌う素朴な子守唄まで、様々な伝統芸能が堪能できる一枚。
《チベット》
チベットの仏教音楽1-密教音楽の真髄
楽園おんがくはアイランド・ミュージックに限らない。海から遠く離れたヒマラヤ山脈の麓のチベット高原も、極楽といっていい空間。薄暗い仏教寺院に潜り込むと聞こえてくるのは、強烈なトリップ・サウンド。僧侶たちが重低音で朗唱するド迫力の声明と、酩酊と覚醒を交錯させる鐘の連打によって一気に異世界へ。
《トルコ》
トルコのヴィレッジ・ミュージック
アジアの西の端であり、ヨーロッパへの玄関先がトルコ。様々な文化の混合によって生まれた無国籍感溢れる音楽が、村の各地に残っているのが奇跡的。にぎやかに笛と太鼓が奏でられる結婚式の踊り、宗教儀式に使われていた呪術的な歌、そしてロマンチックな恋歌や癒しの子守唄まで、生活に根ざした音楽がここにある。
《ギリシア》
ブズーキの魅力
エーゲ海に浮かぶ島々に見えるのは、紺碧の海に映える真っ白な家並み。そして、潮風とともに聞こえてくる軽快な音色。ギリシャのロマンチックな風景をさらに盛り上げてくれるのが、琵琶にも似た庶民の楽器ブズーキ。名手ヨルダニス・ツォミディスによる、青空のような陽気さとアラビア風の哀愁を織り交ぜたメロディが絶品。
《ジンバブエ》
ショナ族のムビラ2~アフリカン・ミュージックの真髄II
アフリカ南部のジンバブエという国のことを知らなくても、ムビラの音色を聴けば、誰しも楽園気分になれるだろう。親指ピアノの一種であるムビラは、国民の多数を占めるショナ族特有の楽器。ジャラジャラとにぎやかに響く共鳴胴の効果や、天にまで届きそうな崇高な歌声によって、目の前に広大なサバンナが浮かび上がる。
《ガーナ》
西アフリカの音楽2~ガーナの歌と踊り
ガーナというとチョコレートのイメージがあるけれど、アフリカ中を席巻したダンス・ミュージックのハイライフ発祥の地だけに音楽も充実。ガラガラと鳴るアシャツェーや原始的な木琴、デンノと呼ばれるトーキング・ドラムなどが生み出すのはパワフルなグルーヴ。身体全体で受け止めれば、最高のパワーをもらえるはずだ。
Writer
栗本 斉 Hitoshi Kurimoto
旅と音楽をこよなく愛する旅人/旅&音楽ライター/選曲家。
2005年1月から2007年1月まで、知られざる音楽を求めて中南米へ。2年間で訪れた国は、ブラジル、アルゼンチン、ウルグアイ、パラグアイ、チリ、ボリビア、ペルー、エクアドル、コロンビア、ベネズエラ、トリニダード・トバゴ、パナマ、メキシコ、キューバの、合計14カ国。
帰国後は旅と音楽にこだわり、ラジオや機内放送の企画構成選曲、音楽&旅ライター、コンピレーションCD企画、ライナーノーツ執筆、講演やトークイベント、ビルボードライブのブッキング・コーディネーターなどで活動中。得意分野はアルゼンチン、ワールドミュージック、和モノ、中南米ラテン旅、世界遺産など。2013年2月より沖縄県糸満市在住。