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阿部芙蓉美 『町』インタビュー
多くのシンガーソングライターが自身の感情や経験、思想を表現するのに対し、阿部芙蓉美はそのすべてを排除したがる。その上で「音楽と仲良くなりたい」と願う。そんな自分を自分でも説明できないと彼女は悩みながらも“大袈裟に飾り立てなくとも光る楽曲の創造”“出逢いなくして音楽は成り立たないという価値観”“阿部芙蓉美が曲を作り、歌っていく理由”など、音楽本来の魅力にも通ずる核心的な話をたくさん残してくれた。やはり彼女は面白い。
状況と音楽を結びつける必要も全然ない。
--3.11直後のライブでは「3月はいろいろあったから、正直“歌をうたう”ってどんなことだったっけかなって……。すごくモヤモヤしたまま今日もここに来て。」と語っていましたが、あの頃はどんな精神状態だったの?
阿部芙蓉美:「静かにしてよう」って。それは静かにしていたかったのかも知れないけど、あんまり音楽がどうこうっていうことも深く考えなかったというか、考えるタイミングじゃなかっただろうし。だから本当はライブはちょっとお休みしようかなって思っていたんです。でも……やりましたね。ちょっと不思議だったけど、自分の中で。
--ライブをするつもりはなかったのにすることになった。どういう気持ちで臨んだの?
阿部芙蓉美:個人的な「どうしよう?」とか「大丈夫なのかな?」みたいな気持ちは排除。排除する分、人前に出ていって歌をうたって演奏するっていうことが、一体どういうことなのか。そこへ意識は行ってて。だけどやっぱり人としてどうあるべきなのかを問うエネルギー、誤魔化さないエネルギー、そういうのを掻き集めてやってはいましたね。
--実際、やり切ってみて何を思ったの?
阿部芙蓉美:自分のことはあまりよく分からないというか、あんまり考えなかったですね。その後にコトリンゴさんの演奏(ライブ)を聴いて、音楽の時間、音楽の空間に触れることができて「今日は来てよかった」と思って(笑)。やっぱり自分にとって音楽ってすごく影響のあるもの、エネルギーをもらえるものなんだなっていう風に確認できました。
--どんな状況であれ、音楽あった方がいいじゃんと。
阿部芙蓉美:そうですね。なんかね、頭でっかちになり過ぎるのもよくないなって。いろいろあるにせよ、純粋に音楽がある空間は大事なんだなって思いました。
--3.11があって「今まで歌ってきたことは間違ってなかった。このまま続けていいんだ」と思えた人と「このままじゃダメだ。今歌える曲がない」と思った人がいます。阿部芙蓉美の場合はどうだったんでしょう?
阿部芙蓉美:どちらもある。「震災前にこういうことが書けていたんだな」って思える曲も、歌う気になれない曲もある。だからこれから変わっていくのかと言ったら、そうじゃないと思うし。これからはあんまり登場しない世界観はあるかもしれないけど、それを永遠に閉じこめるようなことはしない。人間は起こった出来事や今置かれている状況に左右される。でもそういうことと音楽を結びつける必要も全然ないし。そう考えていてもいろいろと付いてきやすい時代だとは思いますけど。
--響き方は変わりましたよね。あの日のライブは聴き手の感じ方としては、どうしたってドラマティックになってしまいました。歌詞も深い意味を持つし。それ自体は阿部芙蓉美の中でよろしくないことだったんですかね?
阿部芙蓉美:いや、良いんじゃないですか。それでどんどん肉が付いていって、変わっていって、それが人の栄養になるか毒になるかっていうのは読めないですけど。でもだからこそ安心して曲を書ける部分もあるし。まぁなるべく毒にはならないでほしいけど(笑)毒になっちゃったとしても人が生きていく上では必要なことかも知れないし。そのときはそのときで一緒に考えていけばいい。その為にもライブは大事というか、人と空間を共にする機会はすごく特別だと思ってます。
--正直なところ、自分の温度が高くなっている感覚もありませんか?
阿部芙蓉美:関心があるかないか。知りたいことがあるかないか。そのどちらか、というか。最近はやっぱり「知りたい」と思うことが圧倒的に多すぎて、普段から「知りたい」ってなるし、ライブとか人前に立つときも「知りたい、知りたい」ってなる。そういう意識はすごく強くて。飢えてるまでは行かないにしても、知らなきゃいけないことがすごくあるのかな~。あんまり見過ごしたくないなって。
--何故にそんなに知りたがりになったんですかね?
阿部芙蓉美:前から「これはどういうことなんだろう?」って考えるのは好きだったんですよ。知りたいし、ちょっと人恋しいのかもしれない。ただ、いろんな物事と距離を置いてきたんです。少し引いてたり、傷付きたくないという気持ちの表れだったのかも知れないんですけど。その距離感がちょっと近くなったのかも知れない。今は引いてる場合じゃないのかなって。顔突っ込んで、煙たがられてもいいから「なんで?なんで?」「どうしたの?」とか言ってみたいのかも知れない。
Interviewer:平賀哲雄
音楽と仲良くなりたい。でも一貫して片想いです。
--音楽家って明日の保証がほぼない職業じゃないですか。その上で人に何かを届けていく人種でもありますよね。そういう意味では、大震災のような出来事があると現実的な面でも精神的な面でも追いつめられ易いと思うんですが、そこはどう思われますか?
阿部芙蓉美:分かんない。私は極力「音楽家です」とか「音楽をやってる」って言わないようにしていて。私のことを音楽をやっている人として接してくれるのは嬉しいけど、「音楽家」と呼ばれてもあんまりピンと来ない。だから今お話頂いた部分と自分は結び付かない。けれど、曲書くし、歌もうたうっていう。ただそれだけで。「音楽家」と言われるところへ行きたくないとか、そういうことじゃなくて、ただポカンとしている存在だから。
--相変わらずナチュラルですね。
阿部芙蓉美:ナチュラルですかね(笑)?
--さっき話していたような衝動や変化って「このままじゃいけない」とか「このままじゃ危険」って感じて大概生まれるものじゃないですか。だから今の質問をしたんですけど、そういうメカニズムではないことが分かりました。
阿部芙蓉美:(笑)。
--ただ、阿部芙蓉美は音楽にピュアを求める人ですけど、いろいろ知りすぎてしまうことがその弊害になったりはしないんですかね?
阿部芙蓉美:自分が知ること、経験すること。それってその辺に染み込んでいく感じがしていて、あんまり蓄積されている感じもない。だから音楽そのものと自分のそれは関係ないというか。でも“知ること”は明日また歌をうたえるように準備する上での必要最低限なことで。ちゃんと答えられてるかな?
--“知ること”は音楽を続けていく為の環境作りに必要なことで、音楽そのものとはあまり関係ないということですよね。
阿部芙蓉美:そうそう。
--今日久々に話を聞いて思いましたけど、どれだけ純粋に音楽であるかが大事なんだろうね。阿部芙蓉美は。
阿部芙蓉美:そこさえも「はい、そうです」って言えなくなってて。自分では説明がつかない。もう悩みになってます。説明する気がない訳ではないんですよ。できるなら、本当に喜んで説明したいんですけど。でも説明ができないから、曲を書いちゃったりするのかも知れないし。それは普通に考えるとゾクッとするんだけど(笑)。だからこういうインタビューとかをして頂くのが申し訳ない。
--そんなこと思わなくていいよ!
阿部芙蓉美:そうやってみんなを困らせているかも知れないから、それをそれだけで終わらせない為にちゃんと曲を残して「どう?」って手渡せるようにしていきたいなって。
--ちなみに自分は「困ってる」というよりも、申し訳ないですけど「面白がってる」んで(笑)。
阿部芙蓉美:(笑)。有り難いです。
--阿部芙蓉美って、なんで「音楽と仲良くなりたいな」的な感覚を強く持つようになったんですかね?
阿部芙蓉美:私の場合はたまたまそう思ったのが音楽だった。それ以上でもそれ以下でもない。
--そのきっかけは谷本新さんとの出逢い? 曲作りを始めたこと? それとももっと前からそう思っていたんですかね?
阿部芙蓉美:ずっと前ですね。ここまで来るきっかけになった出来事たちより前です。本当に音楽を聴いたり、音楽のことを考えている時間はすごく特別だったんですよ。それがずっと続いている。ただ、詞や曲を書くようになってからより、リスナーとして無邪気に楽しんでいた頃の方が音楽と仲良かったかも知れない。今は今でその頃とちょっと違うところで仲良くなりたいと思っているんですけど。でも一貫して片想いです。
--楽曲を作ったり、ライブをする中で「こうしないと、音楽とは仲良くなれない」みたいなラインはあるんですか?
阿部芙蓉美:……基本的に仲良くなれてないかも知れない。なりたいっていう気持ちはあるけど。多分「仲良くなれた」と思ったら、そこで終わっちゃう気がするから、ずっと好きで「仲良くなりたいんです」って言い続けていたいとも思うんですよね。
--でもその中で軽く振り向いてくれる瞬間はあったりするんじゃないですか?
阿部芙蓉美:あります! ちょっとだけ目配せをもらえる瞬間が。具体的に言うと、作品が出来て、いろんな人に聴いてもらって「聴いたよ。良かったよ」「好きだよ」とか言ってもらえる瞬間にチラチラって。あと、作ってるとき、作ったとき、自分で聴いたときにも風吹く瞬間があって、そのときは振り向いてはくれないけど「ついてこいよ」って言ってもらえてる気がする。でも自分の勘違いかも知れないから、やっぱり投げ掛け続けるしかなくて。その為には作品を作り続けるしかなくて。
--では、阿部芙蓉美が音楽をやっていく中での、至福の瞬間ってどんなときなの?
阿部芙蓉美:それは「どうしようかな?」ってうーんうーん悩みながら書く作業中。頭にあることをどういう風に書き表せばいいのか。それを考えている時間ってすごく幸せなのかも知れない。誰しもがそういう時間を持とうとして持てるものじゃないし。私の場合は悩んで迷って怖くて震えながら書いたりもするけど、そういう時間は実は一番良い時間なのかも知れないですね。
Interviewer:平賀哲雄
出逢いなくして音楽は成り立たないので。
--そんな阿部芙蓉美からして、今作『町』はどんなアルバムになったと感じているんでしょうか?
阿部芙蓉美:代表的な曲が多く入ってるんですけど、そもそもこのミニアルバムをリリースすることになった要因の大半は、リード曲『町』(NHKドラマ10 向田邦子ドラマ「胡桃の部屋」エンディングテーマ)が占めているんです。また、思い掛けずテレビで曲を流してもらえる機会があって、大友良英さん(「胡桃の部屋」の音楽全般を手掛ける。阿部芙蓉美とは阪神・淡路大震災15年 特集ドラマ「その街のこども」主題歌『その街のこども』でもタッグを組んでいる)と作ることができた楽曲なので、巡り合わせというのはすごく大事だなって。そんな風に思わせる1枚です。逆にどう思いました?
--やっぱり阿部芙蓉美の音楽はグッと来ます。もちろん声も音もその要因だけど、言葉の選び方がなんだかんだで優しいし、力強いですよね。ちゃんと安心だったり、鼓舞に繋がる。それがアルバムになるとすごく明確になるなと思いました。
阿部芙蓉美:人っぽさとか、生活している感じとか、よりフォーカスしたい気分なんです。人間臭さとはどういうことなのか、とか。人の営みや呼吸、匂いとか。リード曲『町』もドラマ「胡桃の部屋」のそれぞれ人間が持っているものとか、抱えているものとかがあって、そういう人たちが身を寄せ合ったり、もしくは離れていったりする暮らし。そのエンディングテーマは決して大袈裟じゃなくていいし、でも「人間っぽさを曲にできたらいいね」とは制作のときに話していて。それは今後もテーマになっていくのかなって。あんまり飾り立てたり、美しぶったりする必要はないけど、そういうものをすべて排除してもキラキラ光るものは光るから。そうやってどうしようもなく光るものを覆い隠さずに見せることが必要なのかなって。
--「明日は儚い それでも信じて待つ(町)」「あなたはもう泣かなくていい(Birthday)」「君のしあわせをずっと願うよ(空に舞う)」等々、それは今作の歌詞だけフォーカスしても伝わります。そんな今作『町』において『世界』の「世界でいちばんにあなたが好きよ」は新鮮でした。今まで見たことのない、キュートな阿部芙蓉美が出てきたというか、女の子が描かれたというか。こうした歌詞が、楽曲が生まれた要因って何だったんでしょう?
阿部芙蓉美:何なんでしょうね。この曲の歌詞は世界を使い分けていて、実はトライアングルというか、パラレルワールドみたいになっているんです。でもキュートに響いたりする部分もあるのは面白いなと思っていて。感じ方はそれぞれなので、最終的には聴いてくれる人に料理してもらいたいんですよね。
--あと、歌詞のなかった『lullaby』が、カタカナ表記の『ララバイ』になりました。まさか家出の曲になるとは思いませんでした(笑)。
阿部芙蓉美:そうなんですよ(笑)。ララバイって子守歌という意味だけど、子供が親に向けて「おやすみ、じゃあね。私はもう行くわ」みたいな。そういう子守歌があってもいいのかなって。
--あと、歌詞が加わってもなお、いろんな想いや状況が想像できる曲だなと思いました。先日、山下達郎さんが「レコーディング風景が思い浮かぶような作品はつまらない。歌っている姿や演奏している姿ではなく、何かしらのストーリーや光景をイメージさせるものじゃないと」的なことを仰っていたんですが、そこは阿部さんも大切にしているところ?
阿部芙蓉美:ひとりひとりの自由な感性の上で、如何に遊んでもらうか。扱ってもらうか。それがすごく大事。こちら側が「これはこういうものなんです」って決めつけてしまうのは本当につまらないことだし。
--大雑把な言い方をすれば「そっちで完成させてください」と。
阿部芙蓉美:そうです! それが楽曲にとって一番素敵な在り方だと思う。そこには夢も希望も絶望も全部入ってくるだろうし。それでは商売とかビジネスとしては成り立たない部分もあるかも知れないけど、本来の音楽の素敵な部分というのは巡り合わせだし、1曲1曲と1人1人の出逢いでしかないから。出逢いなくして音楽は成り立たないので。
--阿部さんは「売れたい」と思ったりすることもあるんですか?
阿部芙蓉美:売れることを必要とされるところもあると思うけど、あまりムチャしてよく分からないものを残すことが一番怖いから。できれば、落ち着いて、冷静にやっていきたいなとは思います。ただ、聴く人にとって易しい構成とか言葉とかは絶対にあるんですよ。普段、生活している中でもそういう音楽はあるなって思うし。自分の世界観とかやりたいことがあるにしても、そういう人に直接届けやすい、伝わりやすい言葉にはいつか自分自身も出逢いたい。
--今、ヒットチャートを賑わしているような音楽ってどんな風に映っているんでしょう? 別モノって感覚なんですかね?
阿部芙蓉美:分ける必要はないし、多くの人たちが楽しむ作品というのはそれだけの魅力があるんだと思う。ただ、もっとみんながいろんな曲に触れる機会があれば、それはきっと賑わうんじゃないですかね。私は昔より流行っている曲を聴かなくなって、逆にiTunesとかで「これはどこの国? 誰が歌っているのか分からない」みたいな曲しか聴かなくなってるし。
--では、阿部芙蓉美の曲はどのような広まり方をすればいいなと思いますか?
阿部芙蓉美:タンポポみたいに飛んでいって、想像もしなかったところから咲いたり。その可能性はなくはないと思います。植え付ける感じではないかも知れない。どこかに目掛けていくことが必要な土壌にはいるかも知れないけど、どこへ飛んでいってどこで咲くか分からないものである。というところに音楽の価値があると私は思いたい。僅かな可能性かも知れないけど、その為に曲を書いて、歌う。それが阿部芙蓉美なのかなって思います。
Interviewer:平賀哲雄
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