Special
<インタビュー> 「心の中は誰にもわからない」 ―― 朝倉かすみの新刊『けんぐゎい』に込められた、「圏外」への眼差しとは

Interview & Text: 黒田隆憲
Photo: 公文一成
朝倉かすみによる時代小説『けんぐゎい』が刊行される。舞台は文政期の江戸。痘痕のある姉・ふゆと、逆上せ癖のある妹・りよという対照的な姉妹の数奇な運命を軸に、周縁へ追いやられてきた女たちが、自らの人生を取り戻していく姿を描いた作品だ。ルッキズムや家父長制、女性の身体をめぐる抑圧といった、現代にも通じる問題意識が色濃く流れているのも本作の特徴である。
これまで現代小説を通して人間関係の機微や、生きづらさを抱えた人物たちを描いてきた朝倉だが、なぜ今回、江戸時代という舞台を選んだのか。長年憧れてきたという時代小説への思い、物語の着想やキャラクター設定、さらに創作と音楽の関係まで話を聞いた。
話芸に魅せられ、小説で表現したいと感じた
――これまで現代を舞台に人間関係の機微を描いてこられた朝倉さんが、今回初めて江戸時代を舞台にした理由から聞かせていただけますか。
朝倉:時代小説は、デビューした時からずっと書きたかったんです。学生の頃から落語や講談がすごく好きで、寝る前にもよく聴いていたくらいで。たぶん大きかったのは、話芸の魅力なんだと思います。音で聞く言葉の面白さというか。少ない情報しかないのに、一人の人が演じているだけで、いろんな情景が見えてきたり、音まで聞こえてきたりする。そこにすごく面白さを感じていたし、ああいう言葉だけで成り立つ世界を、小説でもやってみたいというのが大きなモチベーションでした。
――そうした伝統芸能の場合、時代の洗礼を受けながらも残り続けてきた「古典」としての強度にも惹かれますか。
朝倉:うーん、古典としての重要性というより、むしろ噺家さんが語ることで、昔のことが案外近く感じられるところに惹かれているのかもしれません。そういえば昔、戸籍をたどって自分のルーツを調べたことがあるんですけど、わりとあっという間に明治とか江戸に行き着いちゃうんですよ。そのくらい実は近いんだなと。遠いようで近い、その感覚がずっと面白いんです。
――今回、時代を文政に設定したのはなぜだったのでしょうか。
朝倉:時代小説を書こうと思って、まず書き方の本のようなものをいろいろ読んだんです。そうしたら、「初心者は文化文政以降にしなさい」と書かれているものが圧倒的に多かったんですよ。江戸時代と聞いてみんなが思い浮かべる生活道具や風俗、そういうものがだいたい揃ってくるのが文化文政くらいかららしくて。なるほどなと思いました。
――実際に書くにあたって、どんなことを調べましたか?
朝倉:私はもともと歴史が大好きだったわけじゃなくて、まず時代小説を書きたいという気持ちがあって、そこから調べ始めた人間なんですよ(笑)。だからまずは大まかな流れを知りたいと思って、日本史を改めて振り返ろうと。ただ、テキストだけだと頭に入ってこないので、角川まんが学習シリーズ『日本の歴史』と小学館版学習まんが『日本の歴史』を何回も読みました。
あとは浮世絵を見に行きましたね。そうすると、絵の中にごにょごにょしたミミズみたいな字が書いてあるでしょう? あれを読めるようになりたくなって、古文書のスクールにも通いました。そこでは江戸時代の犯罪の判例集や、農民がお代官様に出した直訴状なんかがテキストになるんですよ。そこで読み方を教わりながら、基本的な知識やちょっとしたトリビアなんかも学ぶことができました。
――それはめちゃくちゃ面白そうですね。
朝倉:面白いんですよ(笑)。そこから今度は、どんな動物がいたんだろう、どんな花が咲いていたんだろう、どんな食べ物があったんだろう、と興味がどんどん広がっていくんです。

――今回の物語は、最初からこのストーリーがあって時代を当てはめていったのか、それともまず時代小説を書こうと思って骨組みができていったのか、順番としてはどんな感じだったのでしょう。
朝倉:最初は、作中の最後の方に出てくる双子の赤ちゃんの話を書きたいと思ったんです。捨て子だった双子が生き別れになり、一人は老舗の商家に、一人は江戸時代にはないようなコミュニティで育つ、という話。そんなコミュニティが急に出てくるのはおかしいから(笑)、そこができるまでの話をまず短編で書こうと思ったんですね。いわば「エピソード0」みたいなつもりで。でも、実際に書き始めてみたら短編では収まらなくて。それで連載にしていただいたんです。
――なるほど。では、時代小説である必要性はどこにあったのでしょうか。
朝倉:たぶん、「全部はっきり書けるから」だと思います。現代だと、やっぱりちょっとはばかられることってあるじゃないですか。「こんなにはっきりみんな言わないよね」「これは完全にセクハラだからやらないよね」「親だってそんなこと面と向かって言わないでしょ」みたいな。それを「あからさま」に書くには時代小説が向いているなと。
もともと「思いっきり書きたい」という欲求はあったんですよね。現代ものだと、どうしても縮こまってしまうところがある。でも時代をずらすと……さっき「遠いようで近い」と言いましたが、それでもやっぱり読者はある程度の「距離」を感じるんですよね。現代小説だと「これは今の話だ」とみんな思うけど、江戸時代だと「これはこの時代だから」と思う人もいるし、「今も同じだね」と思う人もいる。その幅があるぶん、伸び伸び書けるような気がしたんです。
- 「メッセージよりも、情報として贈る一冊」
- Next>
メッセージよりも、情報として贈る一冊
――時代小説というと、時代考証が強く求められる印象もあります。言葉遣いや価値観など、どのあたりのバランスを意識されたのでしょうか。
朝倉:どの小説でもそうですけど、まず「枠」は変えないようにしました。江戸時代なら車は出てこないし(笑)、電気も通っていない。住まいはこういう感じ、電話もテレビもない、そういう社会の仕組みの本当の枠組みですね。それと、言葉はなるべく現代のものを使わないようにしました。
――価値観についてはどうでしょう。
朝倉:そこは難しいです。研究する人によっても違いますし。ただ、私としては「心の中で思っていることは誰にもわからないんだから、何を書いてもいいじゃない」と思っているところがあるんです。だから、外側の枠だけ固めれば、ある程度はいいんじゃないかと。
――確かに、「当時の人はそんなこと考えない」と決めつけることもできないですよね。
朝倉:そうなんです。もし誰もそんな疑問を持っていなかったんだとしたら、幕末の時にあんなに急にアクションを起こす人たちが出てくるわけがないじゃないですか。そう考えると、もっと前からいろんなことを考えていた人がいてもおかしくない。制度や風習に甘んじていたことに、自分で気づく人がいても不思議じゃないと思いました。
――ふゆとりよは、とても対照的な姉妹として描かれています。この二人の人物像はどこから生まれたのですか?
朝倉:まず、圧倒的に引け目を感じやすい部分といえば、女の子の場合は顔だろうと思ったんです。だから、みんなが「これは駄目だ」と思う世界の中で、はっきりした引け目を与えることが大事だった。それがふゆですね。頭がいいのに、自分の外見に強い引け目を抱えてしまう人。
りよの方は、古文書講座で読んだ判例にヒントがありました。ちょっと神秘的な感じで、ふっと別の世界に行くような女の人が出てきて、「こういう人ってきっといるんだろうな」と思ったんです。りよの「逆上せ」というキャラクター設定は、そこから膨らみました。

――タイトルにも通じる「圏外」の人たちを書こうと思われたのは、どうしてだったのでしょう。
朝倉:今までもずっと、ちょっと弱い立場の人とか、少数の人とか、そういう人たちのことを書くことが多かったので、今回はそれをもっと思い切って振っていきたいなと思ったんです。
――いわゆる「生きづらい」人たちですね。本作には、今でいうルッキズムや家父長制のネガティブな部分がかなりあからさまに出てきます。現代の読者も、自分の中にある差別意識や無意識の偏見に向き合わされるところがあると思うのですが、そのあたりはかなり意識されていましたか。
朝倉:私は意識して書きましたが、それが読者にどう伝わるかは、わからないです。
――宗三郎や女医のおこま様も非常に印象的でした。まず宗三郎はどこから生まれた人物なんでしょう。
朝倉:宗三郎は、双子の話より前に、講談で「畔倉重四郎」という人物の話を聞いたのがきっかけです。江戸のサイコパス、みたいな人なんですよ。自分だけの理屈でいっぱい人を殺していく。これが面白くて、「江戸時代のサイコパスを書きたい」という欲がまずあったんです。その名残が宗三郎になったんだと思います。
――どうしてそういう人物に惹かれるんでしょう。
朝倉:底知れなさみたいなものに興味があって。もし宗三郎がただ嫌なだけの人物に見えなかったとしたら、ルッキズムに抵触してしまい申し訳ないけれど、「美しさ」があると思います。彼は綺麗で、物腰が柔らかで、言葉遣いが優しい。この表側の感じのよさの裏側にとんでもない気味悪さを隠している。加えて心の奥でのさまざまな葛藤が、宗三郎という人物の小説的魅力になっていればいいな、と思います。
――本作では、性暴力や妊娠、女性の身体を巡る過酷な現実も描かれています。そこに何か強いメッセージを込めたという感覚はありますか。
朝倉:私はあまり「メッセージを伝えたい」というタイプではないんです。でも、情報として持っていってほしい、という気持ちはありました。たとえば流産しようとして木の茎を入れた、とか、本当にどっちにしても命がけだったんだ、とか。そういうことを調べていて、私自身すごく驚いたので、「こういうことがあったんだ」というのは知っておいてもいいんじゃないかと。
――時代小説を書いてみて、特に難しかったことは?
朝倉:やっぱり、現代小説と同じようには書けないことですね。描写が難しい。調べても調べても、はっきりわからないことがあるんです。洗い桶はあるのか、井戸で洗っていいのか、何で洗うのか、タワシの大きさはどのくらいなのか、みたいなことを全部調べなきゃいけない。それは時間がかかりました。今度はもう少し、思ったように書ければいいなと思います。今回は自分の中で緊張しすぎて、ちょっと硬いところがあったので。それが少し抜ければいいな、と。
普段聴いている音楽
――最後に少し、音楽の話も伺わせてください。普段はどんな音楽を聴いていますか?
朝倉:邦楽だと、じーんとくるものとか、勇気をもらえるものとか、勢いがつくものが好きですね。今ちょうど引っ越し前で断捨離をしているんですけど、そういう時にずっと聴いているのが、ザ・クロマニヨンズの「デカしていこう」です。断捨離する時は絶対に聴いた方がいいです(笑)。
海外だと、とにかく流行ってるものが好きなんです。テイラー・スウィフトとか、セレーナ・ゴメスとか、サブリナ・カーペンターとか。びっくりするぐらい流行ってる人が好きです。昔からそうでしたね。
――執筆中は音楽を聴かれるんですか?
朝倉:書いてる最中は無音です。ただ、小説ごとにテーマソングみたいなものは決めます。『けんぐゎい』では宇多田ヒカルさんの「traveling」と、セレーナ・ゴメスの「Love You Like a Love Song」でした。宇多田さんの曲って、いつも移動してる感じがするんですよ。「traveling」は特に次元を移動する感じがあって、自由で、ユニバース的で、こういう感じを書きたいなと思いました。
――なるほど。『けんぐゎい』の後半で、圏外にいた人たちが別の世界へ移動していくような感覚とも通じますね。
朝倉:そうなんです。歌詞にも引っ張られていると思います。「壊したい」とか「踊り出す」とか、そういう感覚は影響されていると思いますね。
Billboard JAPANのブックチャートについて
――ところで、Billboard JAPANで展開しているブックチャートもご覧いただいたと思います。ジャンルやカテゴリーごとに並び替えながら、さまざまな本に触れられる仕組みになっていますが、こうしたチャートをBillboardが作ることの意義について、朝倉さんはどうお考えですか?
朝倉:どうだろう。「なるほど、こうなってるのね」と思いながら見ていたんですけど……江戸時代の史料を調べていると、昔の人って本当に番付が好きなんですよ。何にでも番付を作りたがる。今でも年末になると「私のベストバイ」みたいなものをみんな発表するじゃないですか。そんなの人に言われても、というところもあるんだけど(笑)、それでもやっぱり見たくなるし、発表したくなる。そう考えると、やっぱり人はこういうものが好きなんだろうなと思います。私も好きです。
それに、流行っているものが好きな、いわゆるライトな層って絶対にいるじゃないですか。どこから手をつけていいかわからない時に、「今これが流行っているんですよ」と見えるのは、やっぱりいいことだと思うんです。一方で、流行っているものがあまり好きじゃない人もいるわけで、そういう人はそういう人で、そこから外れたものを選べばいい。どちらにとっても意味があるんじゃないでしょうか。
――たしかに、どちらにとっても指標になりますよね。今後、書いてみたいものはありますか?
朝倉:まだ話せる段階ではないんですが、ぼんやり思っているのは、バスガイドさんの話を書いてみたいな、ということです。北海道に「流しのバスガイド」さんがいるらしいんですよ。面白いじゃないですか。きっと、いろんなことがあるだろうなと思って。
――それもまた、移動の話ですね。
朝倉:確かに! そうですね。




























