Billboard JAPAN


Special

<インタビュー>デジタル時代だからこそ、紙の本が「作品」になる――文学フリマ事務局が語る自主出版の現在【WITH BOOKS】

インタビューバナー

Interview & Text: 伊藤 美咲
Photo: 板場 俊


 Billboard JAPANが展開する書籍チャート連動企画「WITH BOOKS」。今回は、2002年の創設から24年にわたり自主出版の場を支え続けてきた【文学フリマ】の松島梨恵代表理事と望月倫彦監事が登場する。

 ZINEブームの追い風を受け、東京ビッグサイトを舞台に約3,200出店・約3,790ブースが集うまでに成長した文学フリマ。その規模拡大の背景にあった施策とは何か。デジタル全盛の時代になぜ紙の本が求められるのか。そして商業出版と自主出版の関係はどう変わりつつあるのか。出版文化の最前線に立つ2人に、自主出版の現在地と文学の未来を聞いた。


自主出版は、昔から続く自然な営みだった

――出版業界において、自主出版の盛り上がりはどのような役割を持っているとお考えでしょうか?

松島:自分が書いたものを本の形にして読者へ届けるという行為自体は、日本文学の歴史においても「白樺」のような文学史に残る同人誌の時代から、脈々と続いてきた営みです。それが今や多くの人の手に届くものになってきていることは、非常に喜ばしいですね。メジャーなものや大衆的なものに限らず、ニッチなジャンルの需要にも応えられる場を提供したいという思いで、イベントを運営しています。


望月:文学フリマが会場を拡大したタイミングと、ZINEへの注目の高まりがうまく重なりました。こちらが意図して仕掛けたわけではないにもかかわらず、自然と文学フリマが代表的な存在として認知されるようになっていきましたね。



松島梨恵代表理事


――改めて、文学フリマがどのように立ち上がり、続いてきたのかをお聞かせください。

望月:文学フリマは2002年、評論家・漫画原作者の大塚英志さんの呼びかけによって第一回が開催されました。当時80数ブースほどの小規模なイベントでしたが、大塚さんは「主催は一回限り」と宣言しており、その後は出店者だった私が代表を引き継ぎ、有志の組織として現在まで続いています。

立ち上げの背景には、文学の閉塞感に対する問題意識がありました。純文学の赤字を他部門の黒字で補填するような出版業界の構造に対し、作者が自ら作った本を手売りする場、漫画界のコミックマーケットやコミティアのような場を文学にもつくろうというのが、設立の原点です。


――文学フリマでは、小説や評論、エッセイ、詩歌など、さまざまなカテゴリのブースが出店しています。SNS等でエッセイがたびたび話題になっている印象も受けますが、カテゴリごとの動向についてはいかがでしょうか?

望月:10年ほど前は、小説や評論・研究が出店の中心で、ノンフィクション・エッセイの出店は比較的少ない状況でした。それが2017年頃から徐々に変化し、近年ではエッセイが評論の出店数を上回るまでになっています。

先日開催した【文学フリマ東京42】では約3,200の出店があり、エッセイは約600、エッセイを含む「ノンフィクション」カテゴリ全体では800を超えました。全体の約25%にあたります。ただ、「小説」カテゴリの出店はそれをはるかに上回る1,460という数に達しています。エッセイの書き手が一気に増えた分、「文学フリマはエッセイが中心」という印象を持たれることもありますが、実態としては多彩なジャンルが共存しています。



――SNSで個人の発信が盛んになり、Vlogが流行るなど人の生活が見えることへの関心が高まっていますが、そういった時代の流れがZINEやエッセイの盛り上がりにも反映されているのでしょうか?

望月:そうですね。10年以上前の文学フリマの感覚からすると、むしろそれまでエッセイの書き手が少なすぎたとも言えるかもしれません。同人即売会というと「創作の人たちが出るもの」というイメージが強く、エッセイというアプローチで同人誌を作るという発想自体が、あまり馴染みがなかったんだと思います。

転機のひとつはnoteの存在です。noteでエッセイを読む人が増え、「それを本にしてみよう」という流れができ、実際にそこからブレイクした書き手も出てきました。さらにコロナ禍のステイホーム期に、身の回りのことを作品にする人とそれを読む人が同時に増えたことが、文学フリマにもフィードバックされた印象があります。


松島:最近、大学生スタッフと接していると、商業的に編集された「盛った」ものではなく、ありのままの自分を届けるようなメディアへの関心があり、若い世代では特に強いと感じます。ZINEは「自分の考えをすぐ形にして人に手渡せる」ことが魅力の表現手法ですし、文学フリマでエッセイや等身大の自分を発表したいという動きも、そういった感覚と通じているのかもしれません。


均質化するデジタルの中で、紙の本は個性を持つ

――SNSやnoteといったデジタルプラットフォームが普及する中で、あえて紙という形で作品を出すことの価値についてお聞かせください。

松島:デジタル上のコンテンツは同じ画面の上で見るため、どうしても手触りや物質としては均質に見えてしまいます。しかし、紙の本は装丁や判型、紙なども含めて物質としての「個性」を表現できる。いわば「情報」から「作品」になる。つまり、デジタルが普及したからこそ、かえって紙の価値が高まっているのだと思います。

また、デジタルでの発信は手軽になった一方で、背景情報なしに誤った解釈をされた場合に思わぬところまで広がりやすく、表現に気を遣います。その点、文学フリマのように「顔の見える相手に直接手渡す」という形であれば、本当に書きたいことに向き合いやすいという良さもあると考えています。


望月:デジタルでの発表は、読まれている実感が得づらいという側面もあります。アクセス数は見えても最後まで読まれているかはわからないし、いつでも修正できる分、完成品になりきれない感覚もある。一方、紙の本として出した瞬間にそれは完成品になり、手に取った人にとっても「所有した」という感覚が生まれます。また、ページをめくりながらざっくりと読んだり、「あのエピソードはこのあたり」と感覚的に探せる紙ならではの体験も、電子書籍にはないものです。レコードが近年改めて注目されているように、アナログな媒体が底を打って再び支持を集める流れは、本の世界とも通じるものがあると感じています。



望月倫彦監事


――歴史あるイベントとして定着してきた文学フリマですが、最近増えているZINEイベントと比べて、どのような特徴や違いがあるとお考えですか?

望月:そもそも文学フリマはZINEイベントを名乗ったことはなく、最初からのコンセプトは「あなたが文学と思うものなら自由に出していい場所」というものです。プロアマ問わず、出版社も含めて横並びで参加できるというのも、第一回からの考え方です。ジャンルや形式にとらわれず、幅広い作品や参加者を受け入れられる場になっていると思っています。

規模という点でも、長く続けてきた積み重ねがあります。東京はビッグサイトで年2回、関西圏でも大阪・京都で年2回という体制が整っており、多くの方に「この時期に必ずある」と認識していただけるようになってきました。ZINEやリトルプレスのイベントが全国で活発に開催されている今だからこそ、定期的に開催し続ける場としての役割を果たしていきたいと思っています。


――開催スケジュールが固定されていることで、出店者も次回に向けて制作の計画が立てやすくなりますね。

望月:ZINEイベントが各地で盛んに開催されている今、文学フリマがペースメーカーのような存在としてあることで、うまく相乗効果が生まれるといいなと思っています。他のZINEイベントが増えたから文学フリマの出店者が減るという感覚は全くなく、むしろ逆ではないかと。両方に参加している方も多いと思っています。


NEXT PAGE
  1. <Prev
  2. 「SNS発信の設計がイベント規模拡大の鍵に」
  3. Next>

SNS発信の設計がイベント規模拡大の鍵に


――文学フリマの規模拡大に向けて、何か特別な施策はあったのでしょうか。それとも自然な口コミの積み重ねで広がっていったのでしょうか?

松島:よく「文学フリマが人気だから沢山人が来る、だから自分の作品も買われるはず」と思われがちなのですが、文学フリマというイベントに行くために人が集まっているというよりも、来場者の皆さんはまず「作品」を買いに来ているんですよね。そのことに気付いてから作品を作っている出店者自身に「イベント名と開催日時・場所をセットで発信してください」と呼びかけるようになったことが、来場者数の伸びにつながっていると実感しています。どんなに良い作品でも「どこで買えるか」がすぐにわからなければ、足が向かなくなってしまいますから。

SNSの「#文学フリマで買った本」というハッシュタグの施策も、その延長線上にあります。来場リピーターの方々を見ると、何らかの形で作品の感想を発信している方が多い。一方で「作品の感想を書くなんて畏れ多い」と感じて発信を控えがちな方もいるということが分かり、そのハードルを下げるために推奨ハッシュタグを設けました。会場でハッシュタグを勧めるときも、写真一枚でもいい、気軽に投稿していいんだ、というメッセージを伝えるようにしています。作者にとっては、読者からの感想が届くというのは嬉しい事ですから、こういうハッシュタグを通して読者の反応が届く経路ができることは大きいと思っています。


――文学フリマでは、特に話題になった本はありましたか?

望月:以前は有名人が出店するとそこに話題が集中しやすかったのですが、最近はジャンルも出店者も多様になって、各所にそれぞれの盛り上がりがある状態になっています。短歌で長蛇の列ができる方もいれば、小説やエッセイでも話題になる方がいる。一点に集中するよりも、会場全体に熱量が分散している印象ですね。


松島:SNSなどで購入傾向を見ると、詩歌と評論を同時に買う方もいますし、「目当ての本を買いに行ったのに全然違うジャンルの作品も買ってしまった」という感想もよく聞きます。書店よりも、ジャンルを超えて手に取るハードルが低くなっているのかもしれません。


望月:コミック系のイベントだと閉会前に撤収する出店者が多いのですが、文学フリマは最後まで残っている方が多い。来場者側も時間をかけてじっくり見る方が多い印象です。先日の東京開催は、前回と比べると来場者数はほぼ横ばいなのに「今回の方が混んでいた」という声が多かったです。それは滞在時間が長くなっているからではないかと思っています。出店者の方に最後まで残っていただくことで、来場者側も「終了間際でも本が買える」という安心感が生まれる。そういう雰囲気を作るために、撤収を促さないようアナウンスでも意識しています。


松島:閉会5分前まで入場できると明示しているのもそのためで、実際に閉会5分前のタイミングに駆け込んでくる方もいます。「まだ入れますか?」と聞かれて「もちろんです」とお答えする。最後の最後で1冊売れる。そういった積み重ねでイベントの体験価値を高めることが大事だと思っています。



望月倫彦監事


――最近では出版社の出店も話題になっていますが、その点についてはいかがでしょうか?

望月:文学フリマは、もともとプロアマ問わず参加できる場ですし、出版社の出店も古くからありました。規模が大きくなったことで存在感が増しているのは確かですが、それは今の出版業界の現実でもある。出版社の社員が、休日出勤して採算を考えながら参加している姿は、それだけ必死にならざるを得ない状況を表しています。お互いに全力でやっていくしかない、というのが正直なところです。

実際、出版社やプロ作家も含めてほとんどの参加者が、文学フリマのために用意したオリジナルの企画や作品を持ってきています。商業作品だけをそのまま並べているケースはほとんどない。むしろ商業では出せないものを出す場として機能していると感じています。そもそもプロとアマの境界自体が難しくて、アマチュアが翌日に文学賞を受賞するかもしれないし、30年前に一冊だけ出した作家をプロと呼ぶかどうかも曖昧です。作家に免許があるわけではないので、そこで仕分けること自体に無理があると思っています。


商業出版と自主出版、一緒に文学を盛り上げる時代へ


松島梨恵代表理事


――文学フリマを通じて、出版不況と言われる状況について何か感じることはありますか?

松島:イベントとしては商業的な意味での「出版不況」を直接感じるわけではありませんが、業界的に困難なニュースが続く中で、先ほどの望月の話にもあったように、出版社の方々の文学フリマに対する目線は、なんとなく以前より温かくなってきていると感じています。情報過多の時代において、昔より更に、座して待っていてもなかなか売れないという時代だからこそ、こういったイベントや新進気鋭の書き手へのアプローチを積極的に模索されているのだと思います。出版社も書店も、どうすれば作品を手に取ってもらえるかを真剣に考えておられる。そういう意味での一体感は、増してきている気がします。


望月:文学フリマがはじまった2002年からの24年間で、出版が好調だったことは一度もありません。90年代が売り上げのピークで、それ以降はずっと下がり続けている。そういう状況の中で生まれ、参加者が増え続けてきたのが文学フリマです。むしろそうした環境だからこそ、受け入れられてきたのかもしれない。

それに、本当に出版不況なのかという疑問もあります。大手出版社は電子書籍やIPでしっかりカバーして業績は好調です。厳しいのは書店で、紙の本の販売が減っているのは事実。ただ、ZINEブームと言いながら出版不況とも言うのは、広い意味では矛盾しているとも思っています。むしろイベント運営に直接影響してくるのは、不況よりもインフレの方かもしれません。


――出版業界と自費出版やZINE文化は、今後どのような関係になっていくとお考えでしょうか?

松島:私たちとしては、既存の出版文化に対して否定的な気持ちは全くなく、今も昔も一緒に盛り上げていきたいという気持ちです。実際、文学フリマへの出店をきっかけに商業出版でデビューした方も増えてきました。私たちが把握していなかったところでも、文学フリマへの出店を経てプロの編集者やライターになった、という方はたくさんいます。締め切りを守って入稿し、本を完成させたという実績は、出版社からすれば「しっかり書ける人なんだな」というポートフォリオにもなりますから。


望月:出版というものはビジネスでありながら、文化的な側面を育てていかないと将来的にはビジネス自体も行き詰まる、そういう感覚は大手の出版社ほど強く持っているのではないかと思います。ZINE文化や文学フリマについて、大手出版社にどう受け止めているかと聞いたら、絶対に歓迎すると答えるはずです。自分たちにとってプラスになることだから。その気持ちは私たちも同じで、そういう動きが文学の未来につながると思っていますし、文学フリマの活動もそこに少しでも貢献できればと思っています。



望月倫彦監事


――Billboard JAPANブックチャートをご覧になった感想をお聞かせください。

望月:漫画と一般文芸が同じチャートに並んでいるのは、おそらく既存の出版社の発想では出てこないものだと思います。


松島:漫画と文芸が混在するチャートの中に、朝井リョウさんの『イン・ザ・メガチャーチ』や『正欲』、村田沙耶香さんの『コンビニ人間』、柚木麻子さんの『BUTTER』といった作品がしっかりランクインしているのは、文学を扱うイベントを主催する立場としてとても励みになります。


望月:『木挽町のあだ討ち』や『プロジェクト・ヘイル・メアリー』は映画化の影響でランクアップしているんでしょうね。きっかけが何であれ、文芸作品が広く読まれることは素直に嬉しいです。


関連キーワード

TAG