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<対談>『ヒットの復権』出版記念――柴那典がビルボード編集会議に潜入! 礒﨑誠二と音楽の役割について語り合う(前編)

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Interview: 礒﨑誠二
Text: Ayako Kurosawa
Photo: 辰巳隆二


 音楽ジャーナリストの柴那典が、5月8日に『ヒットの復権』(中央公論新社)を発売した。2016年に発売した『ヒットの崩壊』の続編的位置づけとなる本書では、「なぜ、いま日本の音楽が世界に届くようになったのか?」をヒントに2016年からの10年間を辿り解き明かす。

 今回本書の発売を記念して、Billboard JAPANの礒﨑誠二との対談企画が実現した。Billboard JAPANチャートが果たしてきたこと、ヒットチャートの実態等、礒﨑とBillboard JAPAN編集部から寄せられた質問をもとに話を聞いた。(前編)

『ヒットの復権』とビルボードチャート

礒﨑誠二:じゃあ、始めます。皆さん、よろしくお願いいたします。


柴那典:よろしくお願いします。


礒﨑:特別ゲスト、柴那典さんです。柴さんは、この『ヒットの復権』を出されて、これもう一気読みでしたよ。


:ありがとうございます。


礒﨑:もう2016年からのいろんなことが出てるので、私も完全にヒットチャートを作っていたというところでもあり、ビルボードがヒットチャートだ、Billboard JAPAN.comだとか、Billboard Liveだ、Billboard Classicsだというところを大きく広げていったところとすごくかぶるんですね。ので、もうフラッシュバックするっていう感じで、かつ、もうチャートも使っていただいて、非常に光栄でした。


:確かにこの本はビルボードチャートがなかったら書けてないです。2016年から2025年の10年間のヒットの力学の変遷を書いた本なのですが、それぞれの年で年間チャートを引用させていただいているので、これがなかったら、本の骨格が成立しない。非常に参考にさせていただきました。


礒﨑:今回の第一の質問は「Billboard JAPANチャートが果たしてきたことを柴さんはどう評価されますか?」という質問です。いかがですか。


Billboard JAPANチャートが果たしてきたことについて柴さんの評価

:『ヒットの復権』は、個人的には2016年に出した『ヒットの崩壊』の続編として位置付けている本です。『ヒットの崩壊』は2000年代後半から2010年代半ばまでの10年間をイメージして書きました。その頃は特典商法によるCDシングルの複数枚購入によって、CDのセールスランキングから流行から見えなくなった時代だった。それが『ヒットの崩壊』だというのがキーメッセージだった。でも、そこからの10年で起こったのは「復権」だった。ヒットがもう1回、世の中に影響力を持つようになった。そういうストーリーを書いた本になっています。

なので、さっきも言った通り、Billboard JAPANの年間ベストが骨格になっているのは間違いない。それがなかったら書けてないです。もちろん、本の中ではオリコンのランキングにも触れてます。オリコンランキングも2019年にストーミングを加算するようになり、そのことでランキング自体も刷新されてきた。だから、ここはあえて公平に言うと、オリコンがダメでビルボードがいいという話ではないと考えています。それぞれ時代の変化に対応して、ランキングの在り方を変えてきた。

僕の考えでは、ビルボードとオリコンは設計思想が違う。オリコンは、あくまで売上の数字、収益を重視した設計になっています。だから、ストーミングを入れるにあたっても、ストーミングの回数がどれだけ収益に寄与したかを換算している。細かい設計については、僕はもちろん知らないですが、そういうイメージで捉えています。ビルボードは、別に売上は関係ない。もともとラジオのエアプレイが入っているわけなので、レコード会社やアーティストがどれだけ収益を得ているかという判断基準はもともとない。ではなくて、あくまで流行の可視化である。どれだけその曲が流行ってるか、どれだけ話題になってるか、注目を集めているかを可視化する設計になっている。礒﨑さんとしてはどうですか。


礒﨑:この前、自分の略歴を作ってて分かったんですけど、私、レコード会社に入った瞬間にクラブチッタに出向したんです。そこでいろんなジャンルのお客さんが熱狂をしてるのを見てる。その熱量をチャートに反映しないのはおかしいっていう気がしていたのと同時に、いろんな形で音楽を楽しむ人がいるだろうなと思っていて、そこの反映を何とかできないかと、割とずっと気にしながらやってきた気がします。あと、この前、某出版社の某社長がおっしゃってたんですが、市場を見るチャートじゃなくて、市場を作るチャートなんだっていうふうに言われていて、とてもしっくりきました。

そして、いろいろなアーティストを紹介することができてきたんだな、とは、この著作、柴さんの本を読んでて、やっぱり思いました。米津さんだとか、星野源だともそうですし、「PPAP」も拾えて良かったなと思います。


:『ヒットの復権』が音楽書としてユニークなところは、「PPAP」から始まってることだと思います。2016年に何が起こったかという第一章のところで、実は「PPAP」がその後のバイラルヒットの全ての現象の起点だ、みたいなことを書いた。


礒﨑:ですね。首位になって、ピコ太郎さんご本人が、大丈夫ですか、Billboard JAPANさん、みたいなことを言われる、みたいなこともありました。

第2の質問です。日本の音楽コンテンツの売りは多様性と蓄積であるというふうには言われます。ただ、多様性とはいえ、みんなが聞いている話題性があるだろうと。その話題の楽曲をみんなが聴くという方向にみんながなった。では、その日本のコンテンツの売りである多様性と蓄積というところをよりユーザーに頼んでもらうために、たくさんの流行を聞いてもらうためには何が必要だと思いますか。


もっと沢山の曲を聴いてもらうために何が必要ですか?

:これは2問目にして一番難しい質問なんですが、でも、これはたぶん今回の軸になる話だと思うので、言います。選択肢が増えたからこそ、みんなが聴いているという話題性に左右されるようになった。これは『ヒットの崩壊』の最後のほうで書いた話と連続しているんです。要は、日本だけではなく、世界的にもロングテールとモンスターヘッドの二極化が進んでいる。ごくひとにぎりのブロックバスター的ヒットが存在感を示している。一方で、個人がリリースできるようになったし、いろんな人が表現をやっている。再生回数の数字は少ないけれども、めちゃめちゃ多様なものがある。その二極化が進んでいくだろうという予測を10年前に書いたんですが、そのとおりになりました。

ただ、ここで重要なのは「みんなが聴いている」の“みんな”っていう言葉をどう捉えるかだと思います。それを「全世界」とか「全日本人」とかで捉えると、どうしてもモンスターヘッド、つまり、ブロックバスター的なメガヒットしか存在感を示せない。アテンションの総取りになってしまう。なので、大事なのはコミュニティ、もしくは日本語で言うなら界隈だと思ってます。つまり、いわゆる1万人レベルの“みんな”っていうのが成立する場所があれば、多様性が保たれたまま、分厚くなる。


礒﨑:じゃあ、界隈をもっと増やして、いろんな界隈が増えていけばいい、という意味ですか。


:そうですね。界隈が増えていき、そこのコミュニティの“みんな”っていうイメージが共有できるようになれば、その界隈における文化が豊かになってくるし、大きくなっていくっていうことになるのではと。


礒﨑:そうですね。そして、その界隈がいろんな界隈と接続するポイントというのができてくるわけですね。


:界隈っていうのは、当然、ジャンルにしろ、コミュニティにしろ、内に向かってしまうし、閉鎖的なムラになってしまう可能性もある。そのこと自体は仕方ない。でも、ムラっていうものがあったまま、いろんなムラ、いろんなコミュニティとつながりを持ったり、コラボレーションしたりするようになっていけばいい。簡単にいうと、お互いへのリスペクトと交流があればいいかなというふうに思ってます。


礒﨑:ヒットチャートでも、界隈と界隈の激しいトップ争いがあったとすると。結果が出た瞬間に、お互いの界隈がたたえ合うというのがありますね。もっとみんなでツンケンすることなく、ヒットチャートやメディア、イベントやフェスが、界隈を接続することができていけばいいかなと。


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  1. 「誰にでもチャンスがある」というアルゴリズムが明確にありながら
    新人が出にくくなっている?
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「誰にでもチャンスがある」というアルゴリズムが明確にありながら
新人が出にくくなっている?

礒﨑:第3問、そして、アルゴリズムです。柴さんの今回の著作には、アルゴリズムの話がものすごく多いです。そして、いわゆるバズというのは瞬間的なものであって、バイラルは、いわゆるウイルスのように広がっていくものであるというふうに定義を明確にされてます。そこで、みんなにチャンスが起きることが起こりうるはずなのに、今年の新人チャートっていうことになると、HANAの一人勝ちで、ほかの新人が出にくくなっている。これはどうしたもんですか。


:これもむずいっすね。本当に難しい。『ヒットの復権』で書いたことは、アルゴリズムの話が大きな軸になっていて。2010年代のソーシャルメディアは「人間関係の可視化」だったけれども、2020年代のソーシャルメディアは「興味の最適化」になってしまったということを書いている。であるがゆえに、どのアーティストであってもバズを手にするチャンスがある。アルゴリズムというのは、局所的に再生回数が上がれば、それが別の人のタイムラインに送り込まれてくるっていうものでもあるので。なんですが、確かに、「誰にでもチャンスがある」っていうことは、すなわち逆説的に「誰にもチャンスがない」ということになってしまった。これが、頂いた質問の意味合いですね。


礒﨑:そうです。だから、コロナ明けのタイミングでいろいろなアーティストが出てきたというところで、新人が割と出やすい環境ができたはずだ、が、聞かれるものがどんどん固まってしまって、新しいアーティストが本当に出てくることが難しくなってしまった。


:僕としては、アルゴリズムの駆動するバイラルによって世に出るっていうのは、結局、くじ引きなんだと思います。巨大なサイコロを振ってるのと変わらない。だから、何が起きるか分からない。「ヒットは得体が知れない」というのが本書のキーメッセージの一つである。逆にいうと、じゃあ、バイラルとかアルゴリズムがないときは何をしてたかっていったら、やっぱり、例えばフェスの新人枠だったり、ラジオや雑誌やウェブのようなメディア、インフルエンサーたりえる個人がプッシュしていた。もしくはライブハウスの現場の評判で支持を広めて動員を大きくしていくバンドもいた。今もそれは有効性を失ってないし、その価値はあると思ってます。


礒﨑:ヒットチャートも、大きいレコード会社とか、大きい事務所のところがお金に任せて新人を取りあえず売り出していくっていう環境じゃない形で音楽を聞いている人がいるよっていうことをちゃんと見せたかったからチャートを作っていたんです。作ってみたら、割といろんな新人がいるじゃないか、というところはできてきたけれども、よく考えると、割と固まってきたよねと。TikTokが勝ち筋だ、となると、いわゆる“とんちきソング”が上のほうに来る。それだったら、界隈を越えることができるけれども、そうじゃない楽曲は界隈を越えられない。TikTokから越えられないっていう状況。そこが今後の20年代後半でのテーマになってくる気はします。


:そうですね。

チャートマニアの柴さんから見た、現在のヒットチャートの実態

礒﨑:じゃあ、続いて、柴さんは、チャートマニアでもいらっしゃるので、2016年の12月のタイミングから、突出したCD、複数枚購入により売れすぎてしまってるものに関しては、レシオが崩れすぎるので、そこを減算処理をして落としていくっていうのを毎週いろいろな作品に対してやるようになりました。それってどう見てらっしゃいましたか。


:これはさっき語ったとおり必然なことだったし、これによってCDの複数枚購入による底上げが圧縮されたことで、よりチャートが実態に近づいたというふうに捉えてます。


礒﨑:これも賛否世論ありまして、ヒットチャートであって、やっぱりそこは市場を反映するべきだ。実際売れてるものに対して、そういう減算処理をするということはいかがなものか。というのは、現状ではダウンロードだったり、ストーミングに対しても僕らはそういった対応をしているものなので、そこに対する違和感というのはどうですか。つまり、ヒットチャートというのは市場を反映するものが自然に感じるものなのか、それとも、ヒット感というところをちゃんと見せるようにしたほうが、それがヒットチャートなのか。


:これに関しては、さっき話したオリコンとビルボードが異なる設計思想を持ってるっていうのが、実は日本の音楽シーンにとっては、プラスに働いていると思っています。オリコンランキングは売上、ビルボードは話題性や人気を反映するという設計思想がある。

これって、日本語の「売れてる」、「売れる」っていう言葉の両義性とすごくシンクロしてると思うんです。売れるって、もちろん、ものが売れる、対価が支払われるっていう言葉でもあるけども、特にカルチャーとかエンタメにおいては、それだけでない意味を持っている。例えば、芸人さんが「売れてる」っていうときに、彼らは何も売ってないわけですね。だけど、「売れてる」って、普通にみんなが言う。注目が集まってる、人気がある、アテンションが取れるっていうことを「売れてる」という言葉で表す。つまり、実は「売れる」には収益と人気の両義性があって、ビルボードは後者。


礒﨑:2008年のチャートを立ち上げたタイミングから、「ヒット」イコール「売れる」っていう言い方に対する違和感があって、いろんなことを考えてたような気がします。


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  2. 「リカレントルールについて」
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リカレントルールについて

礒﨑:じゃあ、次です。「Lemon」ですね。2019年では、「Lemon」が2年連続でイヤーエンドになりました。つまり、逆にいうとヒットしてる。上のほうで売れてる人たちが固まっちゃってる状態っていうのがあったんじゃないかなと。そのタイミングぐらいから、私、リカレントルールをどうするよ、と考えていて。こういったこともどうですか


:これは必要と考えます。ビルボード本国ではずっと前からリカレントルールがありますし、もしなかったらレッド・ツェッペリンが何十年連続チャートインみたいなことになるという状況でもあるので。逆に遅かったぐらいだと思っています。


礒﨑:そうすると、ヒットチャートの立場っていうのもまた、本当はいわゆる市場を反映した方も良いのは分かるんだけど、やっぱりもうちょっと違う在り方っていうのが必要なんじゃないかなっていうのは常に考えたりします。


2020年は非常に興味深い年

礒﨑:次です。2020年は非常に興味深い年でした。いわゆる瑛人の「香水」が出て、それから、YOASOBIの「夜に駆ける」も出ました。そして、Ado「うっせぇわ」も出ました。本当に象徴的なヒットが続き、いわゆる音楽シーン、このあと、YOASOBIやAdoは20年代の日本の音楽シーンを牽引するアーティストとしていろんなことをやっていくわけなんですけれど、結局、これを売り出すことができたっていうのは、可処分時間の増大である。これがあったからこそ、BMSGも登場することができた。あのオーディションに対して、熱い思いを持ってる推し活がどんどんどんどんメジャーとなっていった。つまり、もっと大きな変化、もっといろんなアーティストを売り出していくということに関しては、可処分時間はもう、またコロナみたいなのが起きないと無理なんじゃないかなとすら思える状況でした。どう思います?


:これは、半分イエスで、半分異論があります。もちろん、コロナ禍があったから、こういったネット発のアーティストが追い風を受けたし、SNSの影響力がすごく増大した。一方で、ライブを主戦場にしていたバンドとか、接触ビジネスによって人気をつかんでいたアイドルは、ものすごく力を失った数年間があった。 でも、基本的な世の中の風潮として、コロナがなかったとしても、デジタルプラットフォームとSNSは社会の基盤になってたはずなので。おそらく変化は必然的に起こったと思います。

可処分時間の話については、これはやっぱり増えないとしょうがない。エンタメに関わる人間として、増えてほしいと思ってます。でも、おそらく増えると思ってます。AIや新しいテクノロジーの変化で、人々が労働から少し解放される未来がやってくることを夢想しています。そうなったときに、いわゆる「推し活」を含むエンタメが人々にとっての新たな人生の意味になる。そういう予測があります。

あと、これはもう一つ、2020年っていう年の特殊性があります。これも本書の中で書いているんですが、2019年11月にYOASOBIとVaundyと藤井風が歩みを始めている。THE FIRST TAKEも2019年11月に始まっている。これはもちろん偶然なんですが、僕はそこに何かの必然があるという仮説を立てています。つまり、ディケイドの転換期には世の中のみんなが無意識的に変化を欲している。そのタイミングで新しい才能が世に出るという。そういう年が2019年だと僕は本の中で書いている。だから2020年が転換期になったということもあると思います。


礒﨑:なるほど。でも、たぶんここに参加されてる方々も皆さんそうだと思うんですけど、もうコンテンツ、音楽に限らず、もう何でもかんでもコンテンツ。とにかくあふれかえっている。もうどれ聞いたら分からないみたいな状況で、だから、早送りして、みんな取りあえず見ちゃうみたいなところをやっている。つまり、可処分時間に限界があるから、取りあえず、もうとにかく触っとくだけ触っとくみたいな状況が常態化している。


:してます。


礒﨑:その中で、本当に聞かせていくっていうのは非常に大変だろうなと。


:そうですね。これはなかなか解決しにくい問題だと思ってます。


礒﨑:これが20年代後半の問題になる。


著作の信頼性、Authenticityについて

礒﨑:次に、著作ですごく気になったのは、この信頼性、Authenticityですね。曲を知ってもらいますっていう状況から、アーティストを知ってもらうっていう状況につながるのは、聞き手とアーティストとの間に信頼性を醸成するというのが大事だというところ。これは結構、強調されているように感じました。


:強調してます。


礒﨑:そこに関して、ぜひその意図をぜひお話いただきたい。


:まず、Authenticityという英語を直訳的に日本語に訳すと、たぶん「本物らしさ」とか「真正性」と訳する例が多いと僕は見てるんですけど、その訳語を当てても、ちょっと日本語の響きとしていまいち通りが悪いなと思ったんで、あえて意訳で「信頼性」っていう訳語を当てました。なぜそうしたかと言うと、それはもちろんバズやバイラルっていうものがその対極にあるからです。バイラルっていうのは、基本的には話題性である。それはアーティストの本質とか才能とかカリスマ性にはひも付かない。楽曲だけが切り取られて、動画と一緒に人々の認知に届き、興味を引くきっかけになる。それがもちろんヒットに結び付くっていう例もたくさんある。だけれども、そこには信頼性がない。だから、皆さんご存じのとおり、バズが起こっただけじゃ何もならない。それをどうやってアーティストの支持に結びつけていくか。そこで一つの大事なキーワードがAuthenticityなんじゃないかと思います。「本物である」というのは、その才能が信頼できるということ。たとえば、藤井風のグローバルな楽曲のバイラルと、この間の【コーチェラ】のライブアクトを見れば、彼が本物である、つまりは才能のポテンシャルと音楽の豊かさを持っているのが伝わる。これが何より大事だということを、繰り返し書いてます。


礒﨑:つまり、それを伝えるように、いわゆる運営側は、このアーティストが本物なんだということを何度でも、いろいろな形で伝えていくっていうことが大事なんだと。


:そうですね。だから、藤井風の例でいうと、効果的な施策だったのは、「死ぬのがいいわ」のバイラルが起こったタイミングで武道館のピアノ弾き語りのライブ映像を上げたこと。あれって、つまりは曲だけ知ってる人に、藤井風がどういう人であるか、彼のポテンシャル、彼のミュージシャンシップがどういうものであるかっていうのを、言葉がわからずとも、そのものとして示す動画だった。結果的に「死ぬのがいいわ」がTikTokで使われたことだけでなく、そのバイラルが走ってるタイミングでYouTubeにライブ映像があったことが何より大きかったっていう実例だなと思います。


礒﨑:そうですね。僕らはBillboard JAPANだけじゃなく、Billboard Liveだったり、Billboard Classicsといったブランドを浸透させていくっていうところに関してもずっとトライを続けている。そこでも同じことが言えるような気がします。

これもまた強調してるなと思ったのは、音楽があるべき姿というところに関しても、割といろいろコメントされてるなというふうに受け取りました。現在地的なところで、音楽のあるべき姿に関してはどうお考えですか。


:これは結構、明確にスタンスがあります。あるべき姿を僕は一切提示していない。僕自身の音楽の好みはもちろんありますが、「こうあるべき」とは決して言わない。特にポップミュージックについては、僕は現象として見ているので、常にカオスであり、何が起こるか分からないし、法則化されないものであると思っています。『ヒットの復権』の中では、あえて2020年代の新しいヒットの方程式は「アニメ×バイラル=グローバル」であると書いてるんですけど、でも、本を全部読めば、その方程式からはみ出す部分がとても重要であるということも伝わるようにしている。そして、ヒットっていうのは得体の知れないものであるし、得体の知れないカオスな状況こそが豊かである、みたいなことが結論部分に書いてある。なので、もし僕が「こうあるべきである」って言ったら、それがすぐさま覆されるような状況のほうが素晴らしいと思ってます。


――後半につづく(※後半は、近日公開予定)

      
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