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<インタビュー>ケイコ・リー、“声”を追い求めて30年 ハプニングや苦悩を乗り越えて培った経験を次世代へ

インタビューバナー

Interview: 永堀アツオ

 アルバムデビュー30周年を迎えたジャズシンガー、ケイコ・リー。長い年月をかけて自分と向き合い、ジャズの魅力を丁寧に掘り下げてきた彼女が持てるすべてを注いだのが新作『Keiko Lee Sings Super Standards 3』だ。不朽の名曲に向き合うシリーズ第3弾のテーマは「愛と平和」。自身の体験を重ねることで、スタンダード・ナンバーに新たな温もりと深みが宿っている。

 現在はアルバムを携えたリリースツアーを開催中。2月にはビルボードライブ大阪での公演も控える。インタビューを通して伝わってきたのは、30年を重ねても変わらない、音楽へのしなやかな探求心、そして次世代への継承だった。

──レコードデビュー30周年を迎えた心境から聞かせてください。

ケイコ・リー:じわじわ来てますね。この30年はあっという間に過ぎたんですけれども、アルバムのリリースライブをやり始めてから、ファンの皆さんから「小さい頃から聴いていたんですが、大人になって初めてライブに来ました」とか「昔(ライブに)連れて来てくれた母が最近、他界しました」ですとか、「25年前に行ったライブではお腹にいた子がもう結婚しちゃって」といった背景をいろいろ聞くと、「そうか、私も意外と長く歌ってるんだな」って実感して。ファンの方々とお話しすると、じわじわと30年という時間を感じますね。

──ご自身にとってはどんな30年間でしたか?

ケイコ・リー:もともとはヴォーカリストではなく、ピアニストとして仕事を始めました。「もしかしたら歌が向いてるんじゃない?」って背中を押してもらい、20代半ばすぎから歌手活動を始め、あれよあれよと30歳でデビューをしたわけですが、最初の数年間はジャズ・ヴォーカリストとしてデビューしてしまったことに自分が追いつかない状態でして。もしかしたら今もまだ追いついてないのかも。音楽家としては30年以上やってますけど、常に下積みの感覚です。

──今も下積みの感覚ですか。

ケイコ・リー:はい。だって、“上に上がるしかない”から。ライブだって、うまくいく日もあれば、思うようにいかない日もあるんですよ。それでも次に進むべく、自分でいろいろと探求する日々を過ごしています。


──自分の気持ちが追いついた時期はなかったですか?

ケイコ・リー:うーん、どうだろう。ただ、知恵や経験はたくさんついてきた一方で、体はやっぱり年齢を感じるようになってきて。60歳を境に、これからは違う意味の努力や向き合い方があると感じてます。そのせめぎ合いは一生続くんでしょうけど、私たちの世界で60歳なんて、まだまだ若輩者で。私のバンドメンバーも皆さん、私より年齢が上なんですね。先輩がたくさんいらっしゃる世界で、私が力をいただいたり、彼らの背中を見たり。70歳前後の先輩方が活動を続けてくれていることが本当に幸せでならないですし、長年一緒にやってくれてることに感謝しかないですね。

──長く続けてこれたのはどうしてだと思いますか?

ケイコ・リー:私は昔から自分の体を楽器だと捉えてるんです。自分の音楽を表現するツールと言えばいいのかな。いい楽器を持っていても、常にいい音を出そうと追い求めないと、宝の持ち腐れになっちゃうじゃないですか。ジャズ・ヴォーカル向きの声だと言われてから現在まで、どう向いているのかいまだに自分でもわからなくて、ずっと考え続けてる日々なんですね。あと、同じ曲でも会場が違うと「もうひとつだったな」とか「ハプニング中のあの体の使い方がよかったな」とか思うことはまだまだあって、ミュージシャンはみんなそうだと思うんですけど、顔や筋肉の使い方、音色やビブラートなどいろいろ追い求めていたら、いつの間にか30年経っていたという感じですね。

──その中でも特に印象に残ってるライブや出来事はありますか?

ケイコ・リー:デビューして日が浅い頃に、全員違うメンバーで5デイズ(5日間連続ライブ)をやったことがあって。同じスタンダードでも、ピアノトリオによってアプローチの仕方が違う。上手いだけでなく、個性が強い先輩方に出演をお願いしたんですけども、「毎日同じ曲を歌ってるけど、おもしろいな」と感じたのを今でも覚えています。もちろん汗もかきましたよ。酔っぱらっちゃって開演までに会場に到着しない人とか、いろんなハプニングもあったけど、おかげで瞬発力を鍛えられました。あと、自分の声がまったく出なかった日があったんです。30代の頃の話で、いろいろ試してもどうにもならなくて、怖すぎて本番前に涙が出ました。満席だし、客席の半端ない熱量が楽屋まで伝わってきて、「これはやばい!」と思ってたら、「すいません、停電になりました」って言われて。

──えー!

ケイコ・リー:声は出ないし、停電にもなるし、どうしようと思ってね。「もう、喉潰れちゃってもいいや」と思って、大きなグラスでウィスキーを一気飲みしたんです。そうしたら、怖がってた自分が解放されたのか、火事場の馬鹿力というか、いろんなことが相まって奇跡的に声が出たんです。お客さんからも大きな拍手をいただいて、喉もすっかり回復したっていう。若いからか、気持ちが上向きになったことで体の中が活性したのか、明確な理由はわからないんですけど、やっぱり気持ちって大事なんですよね。何かをせき止める理由は心の中にあるって思うんです。30周年を迎えた今でも、そう思う時があるんですよね。そういうのを乗り越えてきたから、今の自分があるんだと思います。経験って本当に無駄がない。無駄どころかね、血となり肉となっていると思う。それは精神面でもね。

──ありがとうございます。このアニバーサリーイヤーに13年ぶりとなる『Super Standards』シリーズの最新作がリリースされました。2012年にリリースされた前作は5組の男性ヴォーカルを迎えて制作されました。

ケイコ・リー:玉置浩二さんや村上てつや(ゴスペラーズ)さん、ATSUSHIさんという交流のある方々や、私が好きだったジェラルド・アルストン、教えていただいたラウル・ミドンという、本当に素晴らしい方々とコラボしました。ラウルとは1時間、二人っきりで向き合って、いろんな話をしましたね。

──ちなみにどんなお話をされたんですか?

ケイコ・リー:彼も昔はお金がなくて、本当にとんでもないところで演奏したって(笑)。私もコンビニの前とかで歌ったこともあったんですよ。今なら、「ちょっと、そういうところではもうやめようよ~」って言えるけど(笑)。ただ、演奏する上で、何よりも喜びを忘れちゃいけません。喉が苦しい時や体や足が痛い時もありますけど、それでも喜びを感じてやっています。そして喜びを感じられなくなってきた時は、子どもの頃とか新人だった頃に聞いていた音楽を聞いて、心がキラキラしていた自分に引き戻すようにしてます。「あんなに楽しそうにステージに立ったじゃないか」「あんなにワクワクしてレコードをかけていたじゃないか」って。情熱を忘れないようにすることが、私の座右の銘みたいなものですね。

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大人も子どもも無条件の愛の光が毎日必要ですよね

──第3弾はどういう作品にしようと考えていましたか?

ケイコ・リー:今回もジャズのスタンダードとポップスをあまりカテゴライズせずに取り上げていて、今までほぼ歌ったことがない曲を選びました。周りのスタッフの方々のご意見も取り入れながらディスカッションして選曲しました。どちらかというと、わりとアコースティックな作りになりましたね。

──そうですね。打ち込みは映画『バクダット・カフェ』の主題歌「Calling You」だけで、アルバム全体はケイコ・リーさんのアカペラから始まりアカペラで終わる作りになってます。

ケイコ・リー:気づいたら、そうなってたんですけど(笑)、ピアノとのデュオやピアノトリオとヴォーカルという編成がメインになので、私の普段のライブの形が反映されたアルバム作りだったと思います。

──何が選曲の基準になったんでしょうか?

ケイコ・リー:この世知辛い世の中で一人のシンガーが歌って届けることもなかなか難しいですけど、「愛を持って、皆さんの心に届けたい」ってことで、本当にシンプルに“愛と平和”という本質的な内容で選びました。

──愛と平和をテーマで選曲した全11曲の中で、まず、ジャズ・スタンダードでケイコ・リーさんがこだわって入れたものはありますか?

ケイコ・リー:難しすぎて何十年も背を向けてきた「LUSH LIFE」に今回は臨まなくてはいけないって思ってました。しかも、野力奏一(P)さんとのデュオで残したくて、それはある意味、私の挑戦でした。歌詞の主人公がジャズ・ミュージシャンなのかわからないですけど、「そんなに飲んで大丈夫?」って心配しちゃうような先輩の顔が思い浮かぶんです。ま、自分も含めて、若い頃はよく飲んでたな~と思って(笑)。

──先ほどウィスキーを一気飲みしてライブに出た話を聞いたばかりです。

ケイコ・リー:今はもう終わってからしか絶対に飲まないですよ(笑)。この曲を歌うために、参考資料として先輩方々の歌を聴いたんですけど、本当にみんな違うんですよね。私が培った音楽経験を自分の中で咀嚼して、この曲のレコーディングに臨みました。現場では、30年以上一緒にやっている野力さんとの信頼関係が大きかったなと思います。ルバートだったり、間合いひとつひとつに感動しちゃって。名人が読めば『桃太郎』でも涙が出ちゃう、みたいな(笑)。そういう境地に自分もいきたいと思っていて、レコーディングは頑張りました。ここから私の「LUSH LIFE」はどんどん変化していくと思います。この曲は本当に楽しいですね。

──一方で、収録曲の中で一番古いスタンダード・ナンバーである「Body & Soul」(1930)は若きジャズピアノニスト、高橋佑成さんとのデュオ編成です。

ケイコ・リー:私が「ベタベタなジャズのスタンダードを一緒にやろう」って誘って、「僕もスタンダード好きです」って、ここ1年ぐらい一緒にデュオで回ってるんです。スタンダードは100年以上の歴史があるジャンルで、私はディキシーランド・ジャズからモダン・ジャズまでのほんの一部しか勉強してないんですけど、自分がやってきたことを少しでも伝えられたらいいなと思ってて。押し付けるんじゃなくて、彼の音楽性や才能がより引き立つ伴奏の仕方でっていうのかな。でも、やっていてやっぱり思うのは、茨の道だってことですね。彼も今、いっぱい棘に刺されながら歩んでいるところだと思います。刺されては傷が癒え、どんどん丈夫になっていく。一生ゴールは見えないと思いますけど、彼もがっちりと付いてきてくれるので、今回いいトラックができたと思います。

──ピアノとヴォーカルという同じデュオ編成ながらもヴォーカル表現の違いが明確にわかる2曲でした。一方、ポピュラーソングとしては、マイケル・ジャクソンやエルヴィス・プレスリー、ビートルズやクリストファー・クロスのヒット曲を取り上げてます。ケイコさんが特に歌いたかった曲はありますか?

ケイコ・リー:ミルトン・ナシメント「Bridges」かな。20代初めの頃に、ミルトンとサラ・ヴォーンが一緒にやってるアルバム(『Brazilian Romance』)を初めて聴いて。サラがメインで歌ってて、途中でミルトンがポルトガル訛りの可愛い英語で入ってくる。若い頃はさらっと聞いてたんですけど、歌詞を調べてみたら、今回の作品にバッチリ合うなと思って。いろんな思いをしてきた大人が演奏すると人の心に響く曲だなと思って、感動してしまって。「これは今回のアルバムのコンセプトにぴったりすぎ」と思って、途中からこっそり選曲リストに忍ばせました。

──生きている限り、愛を伝え、愛を探し続けるっていう曲ですよね。唯一のオリジナル曲「Light of Love」とも通じるメッセージだと思います。

ケイコ・リー:そうなんですよね。「Light of Love」は私の「DISTANCE」をはじめ、いろんな曲の歌詞を手がけてくれたダニー(・シュエッケンディック)さんが書いてくれました。愛について歌っている「Bridges」に近いものがあるんだと思います。さらに、「UNCONDITIONAL LOVE」= 無条件の愛がキーワードにもなってる。

私たち大人も子どもも無条件の愛の光が毎日必要ですよね。自分も努力して、周りの仲間と手を取り合って、みんなで協力して素晴らしい人生をつかみ取る。愛に生き、愛を与えていこうっていう曲です。センチメンタルになりすぎないメッセージ性のある歌詞が、彼のダンディズムだなと思います。今も歌いながら、いい歌詞だなとしみじみ感じています。

──すでにアルバムのリリースを記念したライブがスタートしていますが、新曲も含めて、実際に歌ってみて感じたことはありますか?

ケイコ・リー:気持ちの込め方がレコーディングの時よりさらに深まっていますね。それは私だけじゃなく、メンバーも。レコーディングは決められた時間内で仕上げなきゃいけない。もちろん音楽のことに向き合って作りましたけども、一旦距離を置いてから向き合ってみると、違う側面が見えてきて、曲の深さがより身に染みるんです。来年ビルボードライブ大阪で歌う時には、さらに深まっている気がします。

──その2月のビルボードライブ大阪の公演はどんなライブになりそうですか?

ケイコ・リー:野力さんはいらっしゃるんですけど、ドラムスとベースが(今まわっているプレイヤーと)違う方になって、パーカッションに岡部洋一さんが入るというイレギュラーなメンバーで行います。野力さんと岡部さんとはずっと一緒にやってきているのでとても安心感があり、そこにいつもと違うメンバーに入ってもらうことで、一曲一曲がよりカラフルになるんじゃないかと思ってます。曲っていうのは原石みたいなものなんですよね。いいミュージシャンといいお客様といい小屋で研いで磨いていくと、どんどん素晴らしいものになっていく。そして、それに終わりがないっていう。これがまた楽しくて、音楽をやめられない理由の一つでもありますね。

──これから先の未来をどう考えていますか?

ケイコ・リー:このまま音色やフレーズを探求し続けて、自分の体(楽器)と向き合いながら、素晴らしいミュージシャンとやり続けていきたいですね。そして、ある時期から——もうすでに始まってるかもしれないんですけれども、若いミュージシャンにスピリッツを伝えていきたいかな。やってきたこと、その精神性を口で伝えるんじゃなくて、一緒にやることで継承されていけばいいのかなって。まだまだ私も若輩者ですけど、芸術はそうやって受け継がれていくものだと思うんですよね。自分を磨くことも大事ですし、精進し続けることも怠りたくない。そんな背中を若い方たちは見てるのかな(笑)。「いやいや、まだまだ終わらないから、こっちは」っていう気持ちでいますけどね(笑)。

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[CD]

¥2,860(税込)

ビューティフル・ラヴ
ケイコ・リー ケニー・バロン セシル・マクビー グラディ・テイト アート・ファーマー「ビューティフル・ラヴ」

1999/05/21

[スーパーオーディオCD]

¥3,850(税込)

イフ・イッツ・ラヴ
ケイコ・リー「イフ・イッツ・ラヴ」

1998/06/20

[CD]

¥2,860(税込)

ビューティフル・ラヴ
ケイコ・リー「ビューティフル・ラヴ」

1997/06/21

[CD]

¥2,670(税込)

キッキン・イット
ケイコ・リー「キッキン・イット」

1996/06/21

[CD]

¥2,670(税込)

イマジン
ケイコ・リー「イマジン」

1995/10/21

[CD]

¥2,670(税込)