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<対談>シナリオアート×雨宮哲監督 『ザ・レンチキュラーズ』でつながった音楽・アニメへのプリミティブな感覚

Text:小川智宏
Photo:石原麻里絵
アニメ制作スタジオ、TRIGGERの公式YouTubeで配信されているショートアニメシリーズ『ザ・レンチキュラーズ』。『SSSS.GRIDMAN』の雨宮哲が、監督やシリーズ構成・脚本、キャラクターデザイン、絵コンテ・演出・作画・色彩と一切を手掛けた、DIYでプリミティブなアニメーション作品だ。とても手作り感に溢れたシンプルなアニメながら、そこにはとても豊かでリアルな感情が詰まっていて、見ているとどんどん引き込まれるような魅力を放っている。
アニメ作りの原点を思い出すために作ったというそんな作品に、主題歌「ザ・レンチキュラーズ」を書き下ろしたのは3人組バンド、シナリオアート。今年上半期は活動を休んでいた彼らの新たなスタートとなるタイミングでリリースされたこの曲は、アニメの物語や登場人物の心情をすくい上げながら、その奥底にある思いまでを浮き彫りにする、アニメにとって不可欠なものとなった。
そんなコラボの背景を解き明かすべく、雨宮監督とハヤシコウスケ(Gt/Vo)、ヤマシタタカヒサ(Ba/Cho)、ハットリクミコ(Dr/Vo)による座談会を実施。作品と楽曲に込めたものを語り合ってもらった。
――そもそも『ザ・レンチキュラーズ』はどんなふうに生まれた作品なのでしょうか?
雨宮:アニメ作りのプロの現場や作業にどんどん慣れてくる中で、最初にアニメを作った時の気持ちが思い出せたらいいな、そういう作品を作りたいなと思ったんです。作れる範囲のものを作ろうっていう。やっぱり1回通過しちゃうと素人の時には戻れないんですが、気持ちだけでもと思って制作しました。その中でお世話になっていた方にシナリオアートをご紹介いただいて、主題歌をお願いしたんです。
――シナリオアートのみなさんはお話をもらって、どんなことを感じましたか?
ハヤシ:まずはTRIGGERという名前を聞いて「やばい!」って(笑)。TRIGGERさんって、もちろんきれいなアニメ作品もやるけど、すごく攻めたこともやる会社っていうイメージがあったので、「どういうのができるんやろな」ってワクワクしました。まだ作品の全体像は手探りな感じの段階ではあったので、自分たちも実験というか、攻めたものを作れるんじゃないかと思いましたね。
ハットリ:これは言っていいか分からないんですけど、初めてミーティングしたときに監督は「このアニメは売れないです」っておっしゃられたのがすごく印象的だったんです(笑)。
雨宮:ああ(笑)。売れる売れないとかの軸じゃないというか、「作るか作らないか」だったので。そういうものがやりたかった。プロの現場だと許してもらえないだろうなっていうことをやれればいいと思っていたので、何かのアピールというわけもないんです。ただ、手作り感をなくすのがプロの仕事なんですけど、まかない飯のような手作り感は結構求めてるものでした。最低限、お客さんが見られるようなものじゃないといけないというところで、たとえば声優さんも学生さんではあるんですけど、声優の専門学校の方にやってもらったりしていて。これを声まで自分たちでやっていたら、それだと見てもらえない。アニメを見てもらえるギリギリというのは意図していたかもしれないです。

――雨宮監督はこれまでさまざまなジャンルの作品を手掛けられてきましたが、今回学園ものをやろうと思ったのはどうしてですか?
雨宮:それも、自分で絵を描かなきゃいけないので背景を描かずに済ませたいっていうところからのスタートなんです。だから全部逆算でやってる感じ。YouTubeで公開するので、もうちょっとグローバルなフィールドのほうがよかったかなとも思うんですけどね(笑)。
――1話あたりの時間も短いし、主題歌の占める割合も大きくて。そこも普通のアニメとは違いますよね。
雨宮:いや、本編はほとんど前菜です(笑)。
ヤマシタ:最初何秒になるかなあとか言っていたんですけど、結構使っていただいてありがたいです。

――そういう意味では、シナリオアートの楽曲がすごく重要な役割を担っていますよね。実際に楽曲を作っていく中ではどんなコミュニケーションをしていったんですか?
雨宮:最初にいろいろお話はしたと思うんですけど、そこからはお任せしちゃったかなと思います。その時点ではまだ何もできていない状態だったので、ちょっとでも何かを受け取ってもらえたらいいなと思って、やりたいことだけをバーって伝えたんですけど、それをだいぶ拾っていただいたなっていう感じです。
――「レンチキュラー」というのは見る角度によって絵柄が変わって見える、あれのことですよね。
雨宮:そうです。昔、小学校で定規が配られたんですけど、それがレンチキュラーで角度によって幼虫と成虫になるみたいなやつだったんです。あれをずっと見ていて、アニメの原点ってこれなのかなっていう。プリミティブにいくなら絵は2枚だなって思ったのがスタートでした。見る角度で物事の捉え方が違うっていうのも、ストーリー上でおいおいそうなっていくかなって感じがしていたのでこのタイトルにしました。「これが起こっている時に他ではどういうことが起こるのか」みたいなこととか、「昔はこう思っていたけど今はこう思う」みたいな考え方が結構好きなんですよね。
――確かにこの作品も説明しすぎない分、いろいろな見方ができる感じがありますよね。コウスケさんは実際に曲を書いていく中で、どんな曲を作っていこうと思っていましたか?
ハヤシ:学園で恋愛ものっていうところは聞いていたので、まずはその感覚を思い出すところからでした。学生の頃の恋愛ってどうやったかなって、過去を遥か遡って、恋愛にあまり免疫がない状態の自分を下ろして書きましたね。1つ1つのことに心を惑わされて、ジェットコースターみたいな感じだった気がするなあとか、恋に落ちた時って、心臓がドクドクして、制御不能な感じになっていたような気がするなあ、とか。その感じを楽曲で表現できたらいいなというところから最初は作り始めていきました。心臓の鼓動がデカすぎて聞こえちゃう感じとかもサウンド感に落とし込めたらいいなと思っていましたね。

――この曲の主人公は、気持ちに語彙が追いついていないというか、言葉にならない感じがすごくあって。<あーたったらったベイビー/トゥットゥルットゥベイビー>っていうサビは斬新ですよね。
ハヤシ:はい。何も言ってない(笑)。何も言えないって感じなのかなって。
ハットリ:サビで何も言ってないやんと思いました(笑)。でも、あえて何も言ってない感じがすごい伝わってきた。コウスケさんが今まで作ってきた曲の中にはこういうものはまったくなかったんですよ。ずっと何か言ってたんで(笑)。それが本当に新しいなと思いました。
ヤマシタ:僕は、歌詞というよりは最初にサウンド面に惹かれました。すごくおもしろいサウンドやなと思って、でも打ち込みの感じとか、コウスケさんの中で完結できてしまうのかなみたいなのもあって、これをバンドで、シナリアアートのものとしてやるためにはどんなふうに3人の楽器を入れていくのかがすごく難しそうだなって思いました。

――おそらくアニメのストーリーを詳しくは知らない状態で書いていったと思うんですけど、気持ちが舞い上がる感じと、でも自分に自信がない感じの対比とか、アニメとすごくシンクロするものになりましたね。
ハヤシ:エンディングで流れるものとして、めっちゃ明るいものでもないし、暗いものでもないし、ちょっと切ない、絶妙な感覚になるところが音楽として鳴っているというのは想定して作れたかなと思いますね。
――この曲は「鏡に歌ってみせる」という歌詞で終わりますけど、これはどういうイメージだったんですか?
ハヤシ:監督から、じつは『ザ・レンチキュラーズ』にはYouTubeで配信する「A面」とは別に「B面」があるんだというお話を伺って。その両面でアニメを作るというお話を聞いた時に、YouTubeに上がるA面でもB面側の気持ちを表現できたらいいのかなと思ったんです。B面の、ちょっとモンスター的な部分というか。そっちの視点を入れたいなと思ったんですよね。
――ああ、じゃあ今YouTubeで見ているこの『ザ・レンチキュラーズ』はA面なんですね。
雨宮:そうなんです。
ヤマシタ:だから、アニメでは触れられていないけど実はストーリーの奥底にある部分が見えたらいいな、みたいなのもコウスケさんの歌詞には入っていて。そういうのも出したいなとは言っていましたね。
『ザ・レンチキュラーズ』が私たちをつなぎ止めてくれた

――確かに、「B面」があることは知らなかったけど、楽曲がアニメでは描かれていない部分を補完しているような感じはあるなと思いました。
雨宮:そういう仕掛けがあるんです。そういう曲を返してもらったので、それこそB面でそのお返しができたらなと思いました。僕も何も言っていないっておっしゃっていたサビの歌詞がすごく好きですね。プロの現場からいかに離れるかみたいなところでいうと、アニメって大勢関わるので、すごく言語化することを求められるんですよ。アニメファンも結構語彙を気にする方も多いし、言語化がすごいよきものとされているんですけど、「そうなのかな」みたいなことも僕はちょっと思っていて。そもそも歌詞ってアニメより文字が少ないから、端的に表さなきゃいけないじゃないですか。端的に表現したいことを入れるのにサビの歌詞がこうだから。
ハヤシ:(笑)。
雨宮:プリミティブに近づけば近づくほど語彙じゃないなって思っているんです。たとえば誰かに料理作ったとして、すごい解説をされるよりも一言「おいしい」と言ってもらえるほうが嬉しいじゃないですか。でも、もちろんプロの現場では伝わるように言葉を用意するから、そういう感じではなかなかできない。そういった意味でも主題歌としてかなりバッチリの仕上がりでしたね。
――シナリオアートはバンド名のとおり言葉とか物語を大事にしてきたバンドだし、そういう曲をずっと作ってきたと思うんですよ。でもここに来てこういう曲ができたっていうのは、コウスケさんの中ではどういう心境の変化があったんですか?
ハヤシ:自分も言葉というか綿密なものからどんどん遠ざかっていってるというか。音楽を作って長くなってくるにつれて、「もう少し言葉にできないところを伝えたいな」っていう気持ちが大きくなってきているんです。思いを伝えるだけなら音楽じゃなく演説とかをしたらいいなと思うし、噺家になったらいいと思うんですけど、そこで音楽でできることって何だろうって。切ないと悲しいの間とか、そういうほんまに言葉にできないところで分かり合って繋がりたいなって思うようになっていますね。
――シナリオアートは今年の上半期は活動を少し休んでいたんですよね。そこから戻ってきて、この曲をきっかけに心機一転みたいなところもあるんじゃないですか?
ハヤシ:何も言わずに休んだんですけど、充電期間みたいな感じでしたね。
ハットリ:半年こっそり休んで戻った時に、みんなまた上を向き始めた感じがあって。私としてはすごくいい半年やったなと思います。そこでちょうど、この『ザ・レンチキュラーズ』が私たちをつなぎ止めてくれたみたいなところもありますね。
ヤマシタ:うん。タイミングも含めて、自分たちにとってもありがたい方向に動いていけたっていうのは感じます。
雨宮:休んでいる間はどんなふうに充電をしたんですか?
ハヤシ:結局それぞれに音楽活動をしてたんですけど。音楽を休むためにまた音楽をするっていう(笑)。
雨宮:ああ、そこはそうなんですね。
――でも、シナリオアートじゃない形でやるということがいい影響をそれぞれに与えたところはあるでしょうね。
ハットリ:本当にそうだと思います。私も別のバンドを始めたんですけど、そっちはそっちで頑張った分、こっちでも頑張ろうって相乗効果で思えたので。
ヤマシタ:うん。休んでいるって言いながら休んでなかったんですけど、ちょっと新しい気持ちを持ってまたできてるかなと思います。

――コウスケさんはそこに至るまでに、スランプに陥ったりもしていたと聞きました。
ハヤシ:まあ、ずっとスランプなんですけどね(笑)。でも、これが正常なのかなと思ってきた。
ヤマシタ:曲作り始めるたびに「曲の作り方がわからへん」って言ってます、毎回。
雨宮:でも、その方が新鮮でいい気がします。僕はスランプとかは一切ないと思ってるんですけど、毎回「これ、どうやって作るの?」って思うんです。絵は描くのは慣れているんですけど、習ったりはしないから、アニメの作り方がわからないんですよね。その慣れない感じが毎回楽しいんです。そういう意味ではずっとスランプなのかもしれない。
――今回の作品はその楽しさの極致みたいなところもありますよね。
雨宮:そうですね。やっていくうちに「こんなに遠回りしなくてよかったな」とか「こういうやり方があるじゃん」みたいなとも出てくるんですけど、それもやってみないと分からなかったので。分業にしたらもっとスムーズにいったとは思うんですけど、そうするとそれこそ言語化しなきゃいけない部分が増えちゃう。作りたいものとちょっと違ってくるのかなっていう感じだったんで、そこは楽しかったです。
――シナリオアートは1月にその名も【[ Chapter #30 ]- Lenticulars -】と題したワンマンライブをやります。ここでも「レンチキュラーズ」をタイトルに掲げていますが。
ハットリ:はい。今回の『ザ・レンチキュラーズ』のお話があったから、またワンマンライブをやろうっていうことになりました。自分たちにとっては大きな会場を押さえちゃったのでビビってるんですけど、『ザ・レンチキュラーズ』のおかげで実現できそうなので、めちゃめちゃ頑張ろうと思ってます。
ヤマシタ:自分たちも男女でやっていたりするし、二面性とか多面性みたいな部分は約16年見せてきたと思っているので。シナリオアートのいろいろな部分を見せられたらなと思っています。
シナリオアート「ザ・レンチキュラーズ」Music Video | Scenarioart「The Lenticulars」
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