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<わたしたちと音楽 Vol. 65>岡嶋かな多 200%の熱量で誰かの背中をさする音楽を生み出す

インタビューバナー

 米ビルボードが、2007年から主催する【ビルボード・ウィメン・イン・ミュージック(WIM)】。音楽業界に多大に貢献し、その活動を通じて女性たちをエンパワーメントしたアーティストを毎年<ウーマン・オブ・ザ・イヤー>として表彰してきた。Billboard JAPANでは、2022年より、独自の観点から“音楽業界における女性”をフィーチャーした企画を発足し、その一環として女性たちにフォーカスしたインタビュー連載『わたしたちと音楽』を展開している。

 今回のゲストは、作詞作曲家・音楽プロデューサーとして活躍する岡嶋かな多。数々のアーティストへの楽曲提供を行い、子育てとキャリアを両立させながら“楽しく音楽を作る”境地にたどり着いた彼女に、音楽業界での女性の働き方、そして次世代への想いを聞いた。(Interview:Rio Hirai[SOW SWEET PUBLISHING]Photo:Mikito Hyakuno)

スウェーデンでの出会いで
音楽との付き合い方が変わった


――これまでの歩みを振り返って、変化したことと変わらず大切にしていることを教えてください。

岡嶋:最初は「音楽家になりたい」「活躍できる作家になりたい」と、夢を追う感覚で必死に音楽を作っていました。「何がなんでも結果を出すんだ!」と歯を食いしばっていましたが、最近はより楽しく、素敵な人々や素晴らしい才能の持ち主の皆さんと一緒に仕事ができる喜びを感じられるようになっていてすごく幸せですね。 昔から変わらず大事にしているのは、お仕事を受けたからには200%の熱量で取り組むということ。アーティストにとっても一生残る大事な作品ですから、それに携わらせてもらえているのはすごいことだと思うので。受けたからには後悔のないように200%で受け止めて、打ち返す。そのやり取りは常に全力でやりたいなと思っています。


――楽しくなってきた、のびのびできるようになってきたというのには、きっかけはあるのでしょうか?

岡嶋:大きなターニング・ポイントになったのは、初めてスウェーデンで参加したライティング・キャンプです。作曲合宿のような感じのもので、世界中から作詞家、作曲家、アーティストが1つのスタジオに集まり、グループに分かれて楽曲を作るんです。

 それまで私はストイックに1人で自問自答しながら自分を追い込む感覚で制作をしていて、バンド・メンバーとスタジオに入りながらセッションして作ることはあったんですけど、作曲家同士が1つの部屋に入って、アイデアを出し合って切磋琢磨するような制作の仕方はやったことがなくて。

 それが雷に打たれたような楽しさでした。それまではアーティストと作詞作曲家を二足のわらじでやっていたんですけど、「こんな楽しいことが毎日できるなら100%裏方でもいいかもしれない」と思うきっかけになりました。国や文化を越えて、初対面の人と曲を書いて、音楽という共通言語をもって創作を通して仲良くなるという一連の流れが衝撃的でしたね。


音楽プロデューサーに
女性が少ないのはなぜか


――日本では男性と比べて女性の音楽プロデューサーは少ないと思うのですが、世界中から集まるライティング・キャンプでのジェンダーバランスはどうでしたか?

岡嶋:世界で見ても女性は少ないですね。私もあまりにそれに慣れてしまい、むしろ女性がいっぱいいると驚きます。アーティストやトップライナーは比較的多いんですが、プロデューサーとなるとまだまだ少ないな、という感覚です。


――どうして女性の音楽プロデューサーは少数派なのでしょうか?

岡嶋:理由はいくつかあると思っています。1つは、音楽プロデューサーの仕事は実はすごく体力がいるということ。限られた時間の中でのバックトラックの制作、ボーカルのエディット、ミックス。常に締め切りに追われたり、当たり前のようにスタジオに長時間いなくてはならなかったり、タフさが求められる部分があるのかなと。

 あと、音楽制作に使う機材への興味の有無もあるのかなと思います。女性のトップライナーはけっこういらっしゃるんですが、プロデューサーとなると、機材を操らなければならないというイメージがあり、そこに障壁を感じるのかもしれません。

 私も音楽プロデューサーと呼んでいただいているんですけど、どちらかといえばエグゼクティブ・プロデューサーとして、プロジェクトや楽曲全体を誰と組んでどう進めていくかという役割を担うことが多いんです。ただ、どちらにせよ、そのポジション自体も女性は少ないので、これから増えていくと素敵だな、と思っています。


――なるほど。機材に触る機会の少なさも、それらを操る仕事の機会損失に繋がっているのかもしれないですね。岡嶋さんがお仕事の中で、一貫して大切にしていることは何でしょうか?

岡嶋:大切にしているのは、ヒアリングですね。そのアーティストが最近どんなことを考えているか、今回の楽曲ではどんな世界観を届けたいのか。レーベルとしてマネジメントとして何を表現していきたいかということは、なるべく丁寧にヒアリングしたいなと思っています。そこに個性やアーティスト性が出るはずだし、そこがズレてしまうとせっかく良いものを作っても喜び合えないじゃないですか。


子育てとキャリアの両立
スローダウンしない選択


――長くお仕事を続けるために、ご自身のケアで気をつけていることはありますか?

岡嶋:家に帰って家族や子どもたちの顔を見ると、我に帰るといいますか、現実世界に戻るといいますか……スタジオにいるときはある意味、泡の中にいるような感覚で、時間も食べることも忘れてしまって、すごく夢中になって聞いたり作ったりしているんです。その没頭できる感じが楽しくもあり、時に苦しくもあり、終わってみればすごく消耗したりするんですけど。

 でも帰ってきて家族の顔を見ると、ストンとちょっと抜ける感覚があるので、なるべくそこで抱えているものをリリースしてから、寝ようとはしています。


――ご家族がいらっしゃることが、働き方にもすごくプラスになっているのですね。

岡嶋:続けることができているのは家族のおかげですね。私は家族ができるまでは、本当に土日も週末も連休も関係なく、ずっと仕事をしていて。今はさすがに、子どもたちも保育園が休みになる土日は自分も休むようにしていて、そのリミットがあるから強制的に自分自身も一回ストップできる。集中するときと、仕事のことを手放すメリハリをつけられるようになりました。


――お子さんを妊娠したときには、生活の変化への不安や恐れはありませんでしたか?

岡嶋:めちゃくちゃありました。まず妊娠したことを周囲に隠していたんです。心配されたり、遠慮してお仕事が来なくなるのかなと思って、とりあえず8か月ぐらいまではずっと黙っていました。

 隠してもいられなくなったときに「岡嶋さんもついにスローダウンするんだね」と言われて、「スローダウンしなきゃいけないのか」とすごくガックリきちゃって。当時は今以上に頑張らなくちゃという気持ちが強かったので、ある意味「これはミッションだ」と思って、スローダウンせずにやれるということをどうにかして証明してみようと思いました。

 ちょうど出産したのがコロナ禍だったのはラッキーだったかもしれません。全てがオンラインに切り替わったので、画面に映らないように授乳をしたり、ゆりかごを足で揺らしながらミーティングしたりしていて。オンラインでできることが一気に増えて、出産から1週間半ぐらいしか休まず復帰しました。


表現者として、女性として
未来への希望とメッセージ


――それはすごいですね! 母となる経験を経て、創作活動や表現面には影響はありましたか?

岡嶋:子どもを産んでから、生きとし生けるもの全体に対する愛や愛しさが強まりました。それまでは、自分と、自分の好きな人や近い仲間ぐらいにしか本当の強い興味は向いてなかったかなと思うんですけど、今は興味関心がより全体に向いて。本当に他人のお子さんも可愛くて、「元気に生きてくれよ」って思いますし、ちょっとしたことに感情が大きく動くようになりましたね。自分が揺さぶられる感覚は、表現にもつながっていると思います。


――作詞作曲家として、表現する際にご自身の中の決め事や大事にしていることは?

岡嶋:これまで自分自身が音楽にすごく救われてきました。小さい頃に「もう生きたくない」と強く思った時期があったけど、そういうときに音楽を聴いて「明日も生きてみよう」となんとか思えていたんです。

 だから自分が音楽を作るときにも、「明日ももうちょっと頑張ってみよう」とか、「未来も悪くないかな」と思うきっかけになるようなものにしたいと思います。それはわかりやすい応援歌のときもあれば、反対にすごくダークな曲かもしれないですけど、未来を否定するようなことは書きたくないですね。何かしら誰かの背中をさすったり、支えたりできるようなものが書けたらなと思っています。


――お仕事や表現を続ける中で、ジェンダーギャップやジェンダーにまつわる違和感を感じたことはありますか?

岡嶋:私はのびのびやらせてもらえているほうかなとは思っていますが、どうしても、男性陣主導の夜の集まりとか場に呼んでもらえなくて、寂しい思いをすることもありますし、「そこでディレクターさんと仲良くなって、プロジェクトを請け負うことが決まった」とか聞くと、そうかって思うこともあります。自分が男性だったら、どんな人生だったんだろうなって、若いころはよく考えていましたね。

 あとは、後輩の悩みを聞くことがすごく多いんです。「女性だからこそ気にしなきゃいけないこと、背負わなきゃいけないことがあって辛い」という話を聞くので、そういった社会を少しずつ良い方向にしていけるといいなと思っています。


――音楽家を目指す方、自分らしく生きたいと思う若者にメッセージをお願いします。

岡嶋:一度しかない人生ですし、自分らしく生きてほしいです。もちろん日々の生活のこともいろいろあるから、自分らしくいられる時間は限られるかもしれないですけど、でもその葛藤も美しいと思う。

 時に戦わなきゃいけない、ぶつからなきゃいけない、思っていることを口に出さなきゃいけないこともあるかもしれない。そのときは辛いと感じるかもしれないけど、その先により生きやすい世界が待っているはずです。一歩一歩が、より生きやすい日々や生活、人生を作っていくと思います。

 自己表現することは皆さんに与えられている権利で、1人ひとりが自己表現すればするほど世の中はカラフルになっていくはず。「どんどんと表現していってください」って思いますね。




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