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<インタビュー>米津玄師 「1991」へ“自分”が滲んだ理由――実写版『秒速5センチメートル』と“抗えない”ほど深く交錯する視点、人生

インタビューバナー

Interview & Text:柴那典


 米津玄師の新曲「1991」(読み:ナインティーンナインティワン)にまつわるインタビュー取材が実現した。

 「1991」は奥山由之監督による実写映画『秒速5センチメートル』の主題歌として書き下ろされた一曲。映画の主題歌であると同時に、1991年生まれの米津自身の半生を重ね合わせたような楽曲になっている。

 「1991」に込めた思いについて、そして来年に予定されているツアー【米津玄師 2026 TOUR / GHOST】についても話を聞いた。

『秒速5センチメートル』と
奥山由之監督との縁

――まずは曲を書くきっかけについて聞かせてください。奥山監督から主題歌のオファーがあって書き始めたんでしょうか?

米津玄師:そうですね。奥山さんからご指名をいただいて取り掛かりました。アニメーション版の『秒速5センチメートル』は高校生の頃に公開されて観たんですけれど、それがすごく記憶に残っていて。その時が新海誠さんの作品を初めて観た体験だったんですけど、当時の自分にとって、どこか心当たりがあるものだった。美麗な背景美術にも「すごいものを見た」という感覚がありました。小説版も好きでした。修学旅行に持っていって、大部屋の隅で一人で読んでいた記憶があります。そういう意味でも『秒速5センチメートル』は自分にとってすごく思い入れの深い作品であって。そして、奥山由之監督とは数年前に出会って、ミュージックビデオの監督として「あの人は本当にすごい」と全幅の信頼を置いている人で。その奥山さんが映画監督になり、商業長編作品の第1作目が『秒速5センチメートル』で、自分にオファーをくださった。これは自分にとってこれ以上はない機会だな、と。なので、これはぜひともやらせてくださいとお返事しました。そういう経緯ですね。


――曲を制作する段階では、実写版の映画はどれくらい完成していたんでしょうか。

米津:撮り終わって、ほとんど編集も終わって、あとは最終的な加工を残した状態の映画を観させてもらいました。なので、原作のことを思い出しつつも、あくまでこの映画のために曲を書くことができました。


――新海誠監督の『秒速5センチメートル』にはどういう衝撃がありましたか?

米津:ああいう色合いが緻密に描かれた背景美術って、新海さん以前には存在しなかったと思うんです。その衝撃はやはりすごかったですね。予告編のカットだけで「なんだこれは」という感覚がありました。物語が素晴らしいのはもちろん、今思い返してもやはり背景美術の美しさが自分にとっては第一に来る作品で。子供ながらにそれに衝撃を受けた。そのうえで、どこか流れる寂しさ、センチメンタルな感じに強く惹かれるところがありました。


――奥山監督からは、こういう曲にしてほしいとか、こういう役割を担ってほしいとか、そういう話はありましたか。

米津:ありましたね。一度打ち合わせさせてもらって、この映画の意図について、詳細かつ熱意を感じる話をしてもらった。それを受けて、生半可なものは作れないという意識がありました。今までは自分が奥山さんにお願いして映像を撮ってもらってきたけれど、今回は立場が入れ替わる。それはすごく嬉しい出来事だと思いました。奥山さんは自分と同い年(1991年生まれ)で、そういう意味でも共通する部分がある。同じ時代を生きてきて、表現方法は違えど、似たようなタイミングで似たようなことを考え、時に同期しながら生きている。そういう感覚がありました。なので、そこに対してより誠実に作らなければならないと強く意気込んだことは覚えています。


――新海監督の『秒速5センチメートル』には、もともと主題歌として山崎まさよしさんの「One more time, One more chance」があります。もともと作品と結びつきの強い曲があるということは、主題歌を書くにあたってかなり高いハードルになったのではないかと思ったのですが、その辺りはどうでしたか。

米津:『秒速5センチメートル』といえばあの曲と言っても過言ではないので、自分がやるとなると、相当高い壁を目の前にしなきゃいけないというのは強くありました。恐れ多いと断ることもできたとは思うんですけど、それ以上にやりたいという気持ちが大きかった。なので「One more time, One more chance」のジェネリックバージョンみたいな形にだけは絶対してはならないと思いました。それは誰の得にもならないし、自分なりにその存在から独立したところでものを作らなきゃならない。そういう感覚でこの曲は作りました。


――歌詞にある〈1991僕は生まれた 靴ばかり見つめて生きていた〉というフレーズがとても印象的で、これは米津さんの一人称の言葉だと思います。主題歌としては掟破りであると思うのですが、新海誠作品から米津さんが受け取ったものや、奥山監督との1991年生まれで同い年であるという関係性、そしてすでに主題歌があるという状況、いろいろ踏まえるとこういう曲にならざるを得ない必然性があったのではないかと思います。

米津:そうですね。物語の主題歌や劇中歌を作る経験を長年やってきたうえで、ここまで差し出がましい曲を作ったのは初めてだと思います。もちろん『秒速5センチメートル』に目がけて曲を書いた自負もあるし、それは大前提なんですけど、それと同じくらい自分の人生を振り返らざるを得なかった。そういう作品だったんですよね。個人的な感覚として、どうにも抗えないというか、それをしないことにはどこかで歪みが生まれるだろうという感覚になってしまった。山崎まさよしさんのあの曲ではなく自分のこの曲が主題歌であることに、納得しないという人もたくさんいるだろうなとは思うんです。けれど、差し出がましいのは承知の上で「納得しないのは非常によく分かります。ただ、少し私にも付き合ってくれませんか」というような気持ちがある。この作品においては特にそういう感じがありますね。


――原作および小説版では、物語の始まりは「90年代初頭」という設定でした。けれど、実写版では「1991年春に貴樹と明里が出会う」というストーリーになっています。そこには奥山監督の意図を強く感じますが、それを踏まえて、1991年という年の意味性や象徴するものをどんな風に捉えて、どう表現しようと思いましたか?

米津:まず、これは今回に限らずいつも大事にしていることではあるんですけど、その作品の物語が持っているものと、自分の人生の中で培ってきたものの両方が重なる部分を見つけて、それを軸に曲を作っていくんです。今回もそれを踏襲したんですけど、松村北斗さんが演じる貴樹に対して、どこか自分を見ているような感覚が否が応にもありました。劇中に「1991年」が重要なキーワードとして出てくるのも含めて、強固に結びついてしまう部分がある。1991年という設定自体は奥山監督によるものだし、新海さんの原作もあるとは思うんですけれど、どれだけ別の場所を見ていても、どうしても自分にフォーカスが合っていく。それに抗えない感覚があって、そうすることでしか自分がこの作品に対して誠実でいられなかったという感覚がありました。


――『秒速5センチメートル』の実写版の主題歌を書くということは、貴樹というキャラクターの視点で世界を見るということである。そうなると、自分がどう生きてきたかということを重ねざるを得ない、という感じになった。

米津:そうですね。自分のフィルターを通してこの映画を観た時にそう感じざるを得なかった、という感じがあります。



劇場用実写映画『秒速5センチメートル』予告2


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    そうすることによってしか
    宿らないものがある
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誰も入れずに一人で作る、
そうすることによってしか
宿らないものがある

――サウンドについてはどうでしょうか。これまでの話を踏まえて、自分の半生を重ね合わせた曲を作るとして、どんな曲調でどんなメロディを作るかというのはなかなか大変な選択ではあると思います。結果として、シンプルなピアノの美しいメロディの曲になった。この選択になったのはなぜでしょう。

米津:この曲のサウンドが必ずしも自分の根幹にある本質だとは思わないところもあるんです。そこにはもちろん、新海監督の映画が持つニュアンス、奥山さんが撮った実写映画のニュアンスが反映された形であるのは間違いないことで。ただ、この曲を編曲するにあたって、個人的なものにしたかったんですよね。ピアノを誰かに頼もうかなと思ったりしたんですけど、いろいろ考えた結果、誰も入れずに一人で作ったほうがいい気がした。目に見える形で言えば、クレジットに自分の名前しかないという状況を作りたかった。そうすることによってしか宿らないものがあると思ったんです。『秒速5センチメートル』とは関係ないですけど、『ほしのこえ』はほとんど新海監督が一人で作り上げたもので。彼が持つインディペンデント性も含めて、とにかく自閉した、内に向いた感覚の中でものを作る。ただし閉じ切るわけじゃなくて、基本的に足元を見ながら、しかしある一瞬にパッとあなたと目が合う。そういう曲が作れないものかなという感じがありました。


――歌詞はどうでしょう。まさに今までお話しいただいた通りな歌詞だと思うのですが、米津さんの中で手応えがあったフレーズ、この言葉で言い表すことができたと思える言葉をピックアップするならば、どういうものがありますか。

米津:どっちかというと、この曲は言葉というよりシンセなんですよね。サビの〈君のいない人生を耐えられるだろうか〉の後に鳴るシンセを軸に作ったところがあります。内的な情動というか、泣きわめくようなニュアンスというか、そういうものをシンセに代弁してもらおうという。それを言葉にしてしまうとあまりにも直接的すぎて、この映画が持つ静謐さに対して強すぎると感じたのもあって。あのシンセができてから、ここが軸だなと思うようになりました。



1991 / 米津玄師


――これは深読みなんですが、「1991」の読み方が「ナインティーンナインティワン」であって、それを歌として聞くと、その言葉の中に「泣いて」という響きが隠されているように聴こえるんですね。〈1991恋をしていた〉という歌詞が空耳として「泣いて泣いては恋をしていた」という日本語にも聴こえる。そこも味わいになっているように思ったんですが、これは結果論としてそうなったという感じでしょうか。

米津:自分が意図したところではないけれども、そういう含みを持った曲になったんだなというのは、今の話を聞いて思います。そういうことを他の人にも言われたんです。〈雪のようにひらりひらり落ちる桜〉の「桜」が「さよなら」に聞こえる、みたいな。この曲は大別すればバラードにあたる曲だとは思うんですけれど、ごくありふれたバラードにしたくないという気持ちがすごく強くあったんです。なので12/8拍子のシャッフルのリズムにして、歌の譜割りも含めてどこかオルタナティブなものを宿したいという気持ちがあった。それもあったのかもしれないとも思います。


――ツアーについても聞かせてください。【米津玄師 2026 TOUR / GHOST】というタイトルは言葉は直感で思い浮かんだものですか。

米津:直感です。


――どんな直感がありましたか。

米津:その時、幽霊みたいなことについて考えていた記憶が残ってるんですよね。幽霊というワードとたびたびニアミスすることがあって。自分の曲には幽霊という単語がいっぱい出てくるから、そういう人間であるのは間違いないんですけど。その時たまたま自分のそばをそういう単語が通り過ぎていった。そこから直感的につけたという感じですね。だから、「あのタイトルだからこういうライブにしよう」みたいな、「こういうライブにしたいからこのタイトルにした」みたいな、そういう考えは一切ないです。今でもどういうライブにするかよく分かっていない状態ですね。


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