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<コラム>ヴァーサタイルにダンスホールを伝える、ビジー・シグナル20年の軌跡

インタビューバナー

Text:池城美菜子

 ビジー・シグナルは、ジャマイカのダンスホール・レゲエ・シーンを20年以上、引っ張っているDJ(レゲエでいうところのラッパー)だ。出発点はDJだが、歌うようにDJするシングジェイも、本腰の歌唱も得意で器用に切り替える。最大の武器はトラック(リディム)をミュートして聴いても、彼のア・カペラだけで踊らせるほどのリズム感。2025年9月17日に、そのビジーがビルボードライブ東京に登場する。本稿では、彼の魅力と軌跡をアップデートしたい。

2000年代ダンスホール・ブームの立役者

 「ビジー・シグナルってだれ?」。この質問にたいして「“Reggae Music Again” や“Night Shift”の人でしょ?」とすぐ、答えが浮かぶなら、ジャマイカ旅行がライフスタイルに入っているような熱心なレゲエ・ファンの可能性が高い。「メジャー・レイザーの“Watch Out for This”でフィーチャーされていたよね?」と答えるなら、洋楽の流行をきちんと抑えていたり、クラブに行ったりするタイプかもしれない。


 ビジー・シグナルという名前は、電話をかけた相手が話し中だったときの音を指す。口癖のように曲に入れる“hotti head (hot head)”は短気や頭に血が上っている様子だ。「子どもの頃からじっとしていられない性格だったから」と2005年におこなった初めてのインタビューで話してくれた。いま、ネットで彼のキャリアを確認すると、2006年のデビュー・アルバム『Step Out』がキャリアの起点のように見える。だが、同名のシングルなどで話題を集めて、2004〜05年にはジャマイカとダンスホール・レゲエ・ファンの間ではよく知られる存在になっていた。ちなみに、海外ではUKのレゲエの名門レーベルからリリースされた本作は、日本ではビクターから国内盤が出た。




 00年代前半は、ジャマイカのダンスホール・レゲエが世界的に大流行した。ビーニ・マンがジャネット・ジャクソンと「Feel It Boy」(2002)を、ビヨンセはショーン・ポールを招いて「Baby Boy」(2003)をアメリカやヨーロッパでヒットさせ、エレファント・マンがワイルドな体操のお兄さんさながら、キングストンの屋外パーティーで生まれたかけ声に合わせて同じフリを踊るダンスを世界中に伝えた、そんな時代。いま、30代半ばから上の世代で、当たり前のように洋楽を聴いていた人たちでも、ジャマイカの音楽として意識しないまま流行の音楽として懐かしく覚えているのでは。

 ジャマイカ国内でもっともリスペクトされていたのが、バウンティ・キラーだ。いまでもダンスホールの番長ともいえる彼の元に集まった若手のアーティストが、マヴァードにヴァイブス・カーテル、アイドニア、それと本稿の主人公、ビジーだった。ゆったりしたレゲエから派生したダンスホールだが、ヒップホップ並みに競争や派閥争いが激しく、攻撃的なリリックも多い。この時期のビジーも「バッドマンDJ」であり、自分の強さや悪さを誇示するリリックが多かった。『Step Out』にも収録されている「Badman Place」や、「Full Clip」などの共演曲もビッグヒットになったマヴァードとヴァイブス・カーテルがライバル関係になり、DJクラッシュで闘う展開になったことも。




 このとき、ビジーはマヴァード側についていたが、地元を巻き込んでかなりキナくさくなったから、ジャマイカ中を巻き込んだこのビーフとは少し距離を置いていた。




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2作目『Loaded』から3作目『D.O.B』への変化

 カーテルやマヴァードといった同世代で勢いのあるアーティストが自分の派閥を作るなか、ビジーはバウンティ・キラー率いるチーム「アライアンス」に居続けた。20年が経ってふり返ると、自分がリーダーになるよりひたすら新しいサウンドを探求していたビジーの姿勢は正しかったように思う。彼は、トラック作りにも参加するタイプのアーティストでもある。


 2008年にはVPレコーズから『Loaded』をドロップ。「2度と刑務所には行かない」と宣言する「Jail」や、ギャルチューン「Wine Pon Di Edge」などがヒットした。速いBPMで女性を踊らせる「Wine Pon Di Edge」はいまでもダンスの定番曲だ。大きく腰を回すワイニングはレゲエやソカで大切な要素であり、レゲエから生まれた頭を激しく回転させるダンスはリアーナ経由でK-POPまで届いている。




Busy Signal - Jail | Official Music Video


 この頃までにはアメリカのヒット・チャートにおけるレゲエ・ブームは一段落していたが、その分、よりハードコアな曲がレゲエ好きのあいだで求められた。「ワルっぽい曲ばかりやりたいわけではない」と兼ねてからインタビューで言っていたビジーは、大ベテランのマイカル・ローズとの「Real Jamaican」のように、よりトラディショナルなレゲエを取り入れた曲を作るように。また、歌にも力を入れ、80年代を代表するフィル・コリンズの「One More Night」のレゲエ・カヴァーを熱唱した。これが大ヒットして、サウンドの幅を広げたのもこの頃だ。


 2010年にVPレコーズからリリースした3作目『D.O.B』はさらにさまざまな音楽の要素が入っていた。この作品をドロップしたときのインタビューでは、自分の制作姿勢について、「ドラム・マシーンは扱えるよ。でも、浮かんだアイディアをミュージシャンに伝えて仕上げることが多い」と話していた。ヒットした「Money Tree」はラップのようなフロウを聴かせているし、スパニッシュ風の「Picante」や「Busy Latino」があったり、「How U Bad So」ではすでにアフリカのドラムを入れたりしている。レゲトンやアフロ・ビートがメインストリームになる以前のこと。ビジーの先見の明がよくわかる。




Money Tree


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レゲエへの回帰とアメリカでの逮捕劇

 2012年は、ビジー・シグナルにとって吉凶が入り混じった年だった。ジャマイカの大御所プロデューサー、ドノヴァン・ジャーメインと組んだ「Reggae Music Again」がヒット、同名アルバムが高い評価を受けたのは吉。90年代初頭、ジャーメインが率いたペントハウス・レーベルは破竹の勢いだった。



Busy Signal - Reggae Music Again | Official Music Video


 すでにベテランだったベレス・ハモンドや、ボブ・マーリーのバック・コーラス・グループ、アイ・スリーからキャリアをスタートさせた“レゲエの女王”のマーシャ・グリフィス、それからまだ10代だったブジュ・バントンたちが、レゲエの土台ともいえるスタジオ・ワンの名曲を引用したヒットを連発したのだ。すべてのポピュラー音楽にリサイクルの要素があるが、レゲエはとくにその傾向が強い。90年代の流行りを2012年に移植させる試みは成功し、ビジーはレゲエ・アーティストとしての信用度を高めたのだ。


 ところが、5月に無名だった頃にアメリカでドラッグ売買に関わった罪で、ジャマイカ・キングストンのノーマン・マンレー空港で逮捕されてしまう。罪に問われた当時、アメリカに滞在しているあいだに出頭しなければいけなかったところ、ジャマイカに逃げてしまったのが原因だ。「子どもの頃、クリスマスプレゼントとは無縁だった」とインタビューで語っていたように、彼は苦労して育った人だ。移民先として人気のアメリカで法に触れるような金儲けをしてしまうのは、珍しくはない。結局、たった6ヶ月で釈放されたので深刻な罪ではないはずだが、レゲエ・ファンはとても心配した。ちょうど、前年にヴァイブス・カーテルが殺人罪で逮捕されたあとのタイミングでもあったので、シーン全体が沈んでしまった記憶がある。ビジー本人が不在のなか、『Reggae Music Again』から「Come Over(Missing You)」などが長くヒットした。



Busy Signal - Come Over (Missing You) | Official Music Video


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メジャー・レイザーとの新しいダンス・ミュージック

 釈放後の2013年、ビジーはV字回復を果たす。メジャー・レイザーとの「Watch Out for This(Bumaye)」が爆発的にヒットしたのだ。



Major Lazer, The Flexican, FS Green & Busy Signal - Watch Out for This (Bumaye) [Official Video]


 メジャー・レイザーは、レゲエを取り入れたダンス・ミュージックで、00年代の終わりに頭角を表したユニットだ。中心人物のディプロはフィラデルフィア出身のプロデューサー。メンバーを入れ替えても基本は作り手中心のチームで、曲ごとにマイクを握るアーティストを招く形で活動して2010年代のダンスフロアーを制した。ビジーはまず、2010年のEP『Lazers Never Die』の「Sound of Siren」でサンティ・ゴールドと参加。メジャー・レイザーのセカンド・アルバム『Free The Universe』でとくにフロアー受けが良かったのが、ビジーをフィーチャーした「Watch Out for This(Bumaye)」であった。スペイン語圏の人気ジャンル、レゲトンとバチャータにハウスを融合させたムーンバートンの原曲「Bumaye」を仕立て直した曲だ。サビのところで上半身をかがめるダンスと一緒に世界中のダンスフロアを席巻したのも懐かしい。


 さまざまな局面を乗り切りながら、ヴァーサタイル(多様なスタイルをもつ)なアーティストとして改めて評価されたビジーは、以来、「Stay So」や「Jamaica Jamaica」などコンスタントにヒットを放っている。





 前述の件のせいで2017年までアメリカに入国できなかったが、無事に行き来できるようになった2019年に『Parts Of the Puzzle』をドロップ。この最新作は、リリック聞かせる安定のシングジェイをたっぷり堪能できる良作だ。おもしろいところでは、初音ミクの「イエヴァン・ポルッカ」の流行に乗って、彼女の声をサンプリングした「Everybody Move」がLGエレクトロニクスのアメリカでのCMに使用されている。




 最近でも新人のプリティ・プリティとコンシェンスとの「Mek Eh Bounce」や、メジャー・レイザーとの「Gangsta」などで話題を集め、絶好調だ。ビジー・シグナルはステージ・パフォーマンスにも強いアーティストでもある。筆者はなんども彼のステージを見ているが、売り出し中だった頃からつねに全力投球で見飽きない。レゲエ・サンフェスのような晴れ舞台では仕立てのスーツを着用し、緩急をつけたパフォーマンスを披露する彼が、東京に来るのが心から楽しみだ。




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