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<コラム>ハク。がシングル「それしか言えない」でメジャーデビュー、結成からの道のり/ハク。の持つ表現力

Text:天野史彬
なんて魅力的なバンドだろう。大阪出身の4ピースバンド「ハク。」。
9月10日に配信のシングル「それしか言えない」でメジャーデビューを果たす彼女たちの音楽が放つみずみずしい輝きに、僕はいま強く魅了されている。自由な感性とやわらかさを感じさせながら、同時に芯の通った力強さも感じさせるその演奏は、パンクやオルタナティブロック、インディロックといった言葉で語られてきたバンド音楽の最良の遺伝子がハク。にも受け継がれていることを感じさせる。そしてまた、スピッツやチャットモンチーといった偉大なバンドたちがそうであるように、ハク。にも、「インディ」や「オルタナ」という言葉がときに持ってしまうジャンルの閉塞感に囚われないポップな解放感がある。
なにより、ハク。の音楽には、生きることの淋しさから目を逸らすことのない眼差しがあり、ほんの数分のうちにも上がったり下がったりを繰り返す僕らの気分に呼応するリアルな体温がある。生きることが、とりとめなく、揺らぎに満ちていることをハク。の音楽は知っている。
ただ、それでも「これだけは譲れない」と言えるものを持っていることの強さもまた、ハク。の音楽は伝えている。祈りや、怒りや、すべてのことが起こり得る予感、あるいは子どもの頃から変わらない目線といった、未来に向けて歩いていくために必要なものたちをポケットの中でしっかりと握り締めている――そんな決然とした意志が、ハク。の音楽に、目に映ると力をもらえる宝石のような輝きを与えている。僕もそれなりに長くバンド音楽を聴いてきているが、最高なバンドに出会えたときの最高の気分というのは、いつになっても変わらないことを、ハク。を聴いて、僕は改めて思い出した。

ハク。は2019年に、あい(Vo/Gt)、なずな(Gt)、カノ(Ba/Cho)、まゆ(Dr)の4人によって結成された。あいとまゆ、カノとなずながそれぞれ同じ高校の同級生であり、のちに4人が入学することになる音楽の専門学校が高校生を対象に開催していたサークルで4人は出会い、ハク。は誕生したという。
2021年に関西のライブハウスがプロデュースする10代限定のオーディション【十代白書 2021】でグランプリを獲得すると、2022年にはミニアルバム『若者日記』をリリースする。『若者日記』は、初のミニアルバムとは言え、もう既にハク。に無限の可能性と才気が宿っていたことを感じさせる1作だ。1曲目の“ワタシ”のイントロが聴こえてきた瞬間に鮮やかな色彩が目に浮かび、切なくて懐かしい匂いが漂ってくる。この時点で鋭敏なリスナーたちは、ハク。のバンドサウンドがただ直線的なカタルシスをもたらすだけではない、情景を描くような豊かな表現力によって成り立っていることを感じるだろう。
この『若者日記』には、バンドが2020年に初めてレコーディングした楽曲であり、新人アーティスト専門の音楽プラットフォーム「Eggs」に公開していた「アップルパイ」も収録されているのだが、この曲の歌詞の一節が僕の心に深く残っている。それはこんな一節だ――<このラブソングは/青春の味なんて知らない/ただ僕らのための言い回し/この気持ちでいなくちゃ/もう、だめなの/もう、だめなの>。「アップルパイ」という、いかにも甘い味がしそうなタイトルの曲だが、この曲に描かれる景色は甘くない。むしろ主人公は失意の中にいて、ぼろぼろだ。そんな状況の中から零れ落ちる、歌にならなければ誰に届くこともなかったかもしれない、たったひとりの人間の静かな心の叫びのような言葉の奥から、ふいに<僕ら>という主語が表れる。まるで、この悲しみで繋がる誰かが、この世界のどこかに存在していることを察知しているかのように。この<僕ら>という時空すら超えうる主語は、言わば、「祈りの主語」なのだと思う。ただ「みんなで同じ気持ちになりましょう」と押し付けるためではなく、今を懸命に生き、過去があることを知り、未来というものを信じてみたいと思う人間が手繰り寄せた、道標としての主語。この「僕ら」という言葉は、2023年にリリースされた2nd EP『僕ら』、同年リリースの1stフルアルバム『僕らじゃなきゃダメになって』といった作品のタイトルにも受け継がれていく。
EP『僕ら』以降は河野圭をプロデューサーに迎え、着実に作品のリリースを重ねていったハク。の名を一躍、世界規模で知らしめたのは、2024年の7月に公開されたMONO NO AWARE「かむかもしかもにどもかも!」のカバー動画。
自主企画【ハク。の日】でのMONO NO AWAREとのツーマンライブに向けて公開したこの動画がYouTubeやTikTokを通して世界的に拡散されたのだ。この原稿を書いている2025年8月末時点で、YouTubeでの本動画の再生数は1,500万回を超えており、コメント欄には日本語以外の言語による書き込みもたくさん寄せられている。原曲はNHK『みんなのうた』のために書き下ろされた楽曲であり、リズミカルな演奏と早口言葉のような歌唱が印象的な1曲。幼い子どもにも、なんだったら動物にだって通用しそうなチャーミングさと中毒性を持つこの曲をノリノリで演奏するハク。の姿は世界中の人々を魅了した。この動画から伝わるピュアな音楽への愛情と情熱と喜びこそ、ハク。の本質にあるものだろう。
【ハク。Cover企画】MONO NO AWARE "かむかもしかもにどもかも!"
この「聴く」側だったら楽しいが、「やる」側に回ればいかにも難しそうな「かむかもしかもにどもかも!」を見事にカバーしてみせる音楽的な運動神経のよさと自由さは、ハク。のオリジナル作品にも確かに反映されている。たとえば今年1月にリリースされたEP『Catch』に収録の「dedede」で見せる、1曲を通してハイスピードで疾走するドラムンベース的なビートのアプローチは新鮮だ。さらに、乳幼児向け子ども番組『シナぷしゅ』のために書き下ろされた「あいっ!」は、「かむかもしかもにどもかも!」にも通じる聴いたら自然と体が動き出してしまうような中毒性の高いリズムと、ギターロックのドラマチックな叙情性が融合した1曲。これらの楽曲を聴いていると改めて思う。「ハク。は可能性の宝庫のようなバンドだ」と。「この先どんな場所に向かってもおかしくない」と思わせる、そのくらいの未知で神秘な可能性が、ハク。には秘められている。
ハク。"dedede" Live Movie - 2025.08.09 ハク。の日 at Music Club JANUS
そして、このコラムの冒頭に書いたメジャーデビュー曲となる新曲「それしか言えない」でハク。は、透明なシューゲイズギターとドライヴするグルーヴに乗せて、「心の世界」への肯定を高らかに歌っている。曲の中で繰り返される<それしか言えない>というフレーズは、一切説明的になることなく、「絶対的なもの」が存在することを言い当てている。「もう何も言えない」と、その優しさと繊細さゆえに口をつぐんだ誰かの心の奥にある絶対的な想いと、この曲は繋がろうとする。まさに、新しい時代の「僕らの歌」と言うべき名曲である。ハク。を聴いていると僕は、今を、未来を、輝こうと思える。

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