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<インタビュー>初来日記念、静謐でスモーキーな声が時代を超える――アルージ・アフタブの音楽の現在地

インタビューバナー

Interview & Text:Hiroko Shintani

 南アジアの伝統音楽やジャズ、エレクトロニック音楽、フォークを交錯しウルドゥー語のドリーミーな歌が浮遊する、唯一無二の世界にリスナーを引き込むアルージ・アフタブ。10月に控える初来日公演を前に、故郷パキスタンのカルチャーを源泉とするそのイノベーティブな表現が世界的に認知されるに至った彼女の歩みを、本人の言葉を交えて辿ってみよう。

 ※この記事は、2025年9月発行のフリーペーパー『bbl MAGAZINE vol.211 10月号』内の特集を転載しております。記事全文はHH cross LIBRARYからご覧ください。


パキスタン人初のグラミー受賞者、アルージ・アフタブの歩み

 2022年4月に開催された【第64回グラミー賞授賞式】で、ひとつの歴史的な出来事が起きた。この年新人賞候補にも挙がっていたアルージ・アフタブが、3rdアルバム『Vulture Prince』の収録曲「Mohabbat」で〈最優秀グローバル・ミュージック・パフォーマンス〉賞に輝いたのである。パキスタン人のグラミー受賞は史上初。新人賞に南アジア出身者がノミネートされたのも初めてだった。


 「私はパキスタンからやって来て、自分を表現するために才能ある仲間を探し、独自のサウンドを追い求めていたわけですが、非常にニッチでパーソナルな音楽を作っていると思っていただけに、あれほど多くの人が〝私たちも大好きです〟と言ってくださるとは思ってもみなかった。受賞を機に私のキャリアは大きく開花しましたし、もっともっとグラミー賞が欲しい。私の自宅の本棚に飾ってあるトロフィーは、ひとりぼっちですごく寂しそうですから(笑)」。




 そう語るアルージは1985年、サウジアラビアのリヤド生まれ。11歳の時に両親の故郷パキスタンに移り住み、ラホールで育った。音楽をこよなく愛する両親の影響で国内外の様々な時代・ジャンルの音楽に聞き親しみ、ミュージシャンを志した彼女が、地元で最初に注目を浴びたのは、レナード・コーエンの「Hallelujah」のギター弾き語りのカバーをネット上で公開した18歳の時だ。そして渡米し、ボストンのバークリー音楽大学に進むと、プロダクションとエンジニアリングを専攻。卒業後は現在も暮らしているニューヨークに向かい、音響エンジニアとして働きながらジャズ・シーンで仲間を集め、自身の活動を続けてきた。


 その後2015年になってアコースティック路線のアルバム『Bird Under Water』で、インディ・レーベルからデビュー。故郷の伝統音楽とジャズとフォークを境目なく融合させ、ウルドゥー語で歌う深くスモーキーなボーカルをそこに配した、ユニークな表現を打ち出す。4年後には、その歌声をアンビエント・サウンドに溶け込ませた2ndアルバム『Siren Island』を発表。続いて、バイオリンやハープのレイヤーで幽玄なサウンドスケープを構築した3rdアルバム『Vulture Prince』が、冒頭で触れたようにアルージに転機をもたらした。




 そう、相次いだ弟と親友の死を受けて喪失感を克服するようにして完成させた同作では、自作の歌詞に加えて、主に恋愛を題材にしたガザルと呼ばれるウルドゥー語の叙事詩、イスラム神秘主義スーフィズムに根差した詩などをアップデートし、歌詞に転用することで、さらに独自色を強めていく。


 「私は何かしら深い意味を持ち、かつ比喩的なことを歌う方法を探していました。すると自分が求めていたもの全てを、過去に偉大な詩人たちが綴っていたことに気付いて、〝すでに素晴らしいものが存在するのに新しく作る必要があるのか?〟と疑問を抱いたんです(笑)。ウルドゥー語はメタファーを多く含む言語で、あまり直接的な表現はしない。婉曲的な形をとる上に、僅かな語数で多くを語ることができる。そこにすごく惹かれるんですよね」。



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進化を刻む最新作『Night Reign』から、世界を巡るツアーへ

 『Vulture Prince』を経てアルージは、共に南アジアにルーツを持つヴィジェイ・アイヤー(Pf.)及びシャザード・イスマイリー(Ba.ほか)とのトリオ名義のアルバム『Love In Exile』(2023年)を挿んで、新たに契約したヴァーブ・レコードから昨年5月に最新作『Night Reign』を送り出した。タイトル通りに〝夜〟をテーマにした今回は、ペルシャ文学を代表する13世紀の詩人ルーミーや19世紀を生きたチャンダ・バイ、1982年生まれの詩人ヤスラ・リズヴィによる詩を歌詞のベースにすると共に、英語詞の割合も増やし、現代アメリカの詩人ムーア・マザーとのコラボ曲「Bolo Na」では今の社会を考察。また、ギタリストのカーキ・キングら多数のゲストを交えて曲ごとに編成を大きく変え、ジャズ色を強めた最も実験的な作品に辿り着いている。



 「私はここにきて非常にユニークな表現を確立したと自負していますし、『Vulture Prince』から『NightReign』にかけてその表現をさらに広げて、進化の可能性を示しているんです。私にとってそれは非常にエキサイティングな作業で、本作ではブラジル音楽やフラメンコにインスパイアされたり、角度を変えてジャズの要素を取り入れたりして、とにかく拡張させるということですね。また結果的に『Night Reign』は、より希望を含んだアルバムにもなりました。私は悲しんでばかりいたくはない、希望を抱きたい、癒されたい、それが叶わなくても努力はしたい。だから音楽もそういう方向に進化したんでしょうね。私たちは喜びやイノベーションを探求する自由を自分に与えることで、生きる力を得られます。それは癒しの手段であり、自分の中のささくれ立った部分、誰かに壊されてしまった部分を治癒することができるんです」。


 そんな『Night Reign』に伴うツアーは、リリースと同時にスタート。つまり日本を訪れる頃には1年半にわたって世界を旅してきた計算になる。ステージで彼女を支えるのは、テリー・ライリーの息子でアルバムにも参加したギャン・ライリー(Gt.)、南アフリカ生まれのツウェラケ・デュマ・ベル・レ・ペレ(Ba.)、エンジン・グナイディン(Dr.)、いずれもニューヨークを拠点とするミュージシャンだ。




 「今回のセットは、『Vulture Prince』と『Night Reign』の曲を織り交ぜていて、『Vulture Prince』のすごくエモーショナルな曲、『Night Reign』のよりプレイフルな曲、多様なフレイバーや色彩を含む素晴らしいショーになっています。バンドのメンバーはいつも一緒にプレイしている仲間たち。音楽監督も長年のコラボレーターであるベーシストのペトロス・クランパニスにお願いしました。他者を信頼して権限を委譲し、クリエイティブな意見を反映してもらうことは素晴らしいと思うんです。実際、今回のライブ・サウンドを作り上げる上で彼の存在は必須でした。と同時に公演ごとにアレンジを変えていますし、そうやって緊張感を保っているからこそ1年半もツアーを続けていられるんです。毎回新鮮な体験になりますからね」。


 中でも前述した親友が綴った詩を歌詞に用いた「Saans Lo」(『Vulture Prince』より)を披露する際は、「ひどく心が揺さぶられ、注意しないと泣き出してしまいそうになります」と話すが、全体的にはハピネスが勝るショーだとアルージは強調する。




 「私はオーディエンスを高揚させたい。実際過去のツアーに比べて、今回のツアーではオーディエンスがより楽しんでくれているように感じます。みんな踊っていて、リラックスしていて。だから笑って、ハグし合って、ぜひみんなで楽しみましょう」。

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