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<インタビュー>浜渦正志が考える人工歌唱の可能性 「偶然」をどう表現に結びつけるか――次世代プロジェクト“夢ノ結唱”連載Vol.3
Interview & Text:田中久勝
Photo:堀内彩香
「夢ノ結唱 BanG Dream! AI Singing Synthesizer」——アニメ、ゲーム、コミック、声優によるリアルライブなど様々な展開を行っている次世代ガールズバンドプロジェクト「BanG Dream!(バンドリ!)」による、メディアミックスプロジェクトだ。このプロジェクトではPoppin'PartyのGt.&Vo. 戸山香澄(CV.愛美)と、RoseliaのVo. 湊友希那(CV.相羽あいな)、Pastel*PalettesのVo. 丸山 彩(CV.前島 亜美)、ハロー、ハッピーワールド!のVo. 弦巻 こころ(CV.伊藤 美来)のそれぞれの歌声を深層学習等のAI技術を使い、声質、癖、歌い方をリアルに再現した人工歌唱ソフト「夢ノ結唱 POPY・ROSE・PASTEL・HALO」を用いて、音楽クリエイターがコラボレーション楽曲を制作している。
この、よりリアルで人間らしい歌声にフォーカスした「夢ノ結唱」の最新アルバム『CULTIVATION』が7月16日にリリースされ、大きな注目を集めている。BOOM BOOM SATELLITES/THE SPELLBOUNDの中野雅之、川谷絵音、長谷川白紙、Cö shu Nie中村未来、yuigotなど錚々たる顔ぶれのクリエイターが参加している。「ファイナルファンタジー」シリーズや「サガ」シリーズなどのゲーム音楽、アニメなどの多彩なフィールド、そしてMinaとのユニット・IMERUATで活躍する作曲家・浜渦正志もその一人だ。東京藝術大学音楽学部声楽科卒の浜渦は、この人工歌唱ソフト「夢ノ結唱」とどう向き合い「停止線上の障壁(バリア)」「比較言語学における陰謀的研究法の可能性について」という2曲を作り上げたのかインタビューした。「夢ノ結唱」で拡張された創作の可能性とは——。
「『不自由』さが逆に制作者としての自由度を広げてくれた」
――アルバム『CULTIVATION』には多彩なアーティストが参加していますが、最初にオファーが来た時は、どう受け止めましたか?
浜渦正志:ボーカロイド文化の枠組みを大きく拡張した「夢ノ結唱」に、僕のようにクラシック音楽や劇伴をやってきた作曲家が参加していいのかと正直戸惑いがありました。
――(取材に同席しているプロデューサーに)浜渦さんにオファーした理由を教えてください。
浜渦:それ聴いてなかったな…(笑)。
プロデューサー:このプロジェクトでは“普通”じゃないことをやりたくて、セオリー通りのことは避けようと。この『Synthesizer V』というソフトが、そもそも枠にとどまっていない性能を持ったものなので、様々な音楽性をもった作曲家の方々とコラボしたらどうなるんだろう、というのが発想でした。知り合いから浜渦さんの音楽を紹介してもらって、『ファイナル・ファンタジー』シリーズや『サガ フロンティア2』や『シグマ ハーモニクス』等のゲーム音楽を全部聴かせていただいて、私はそんなにゲームはやってこなかったのですが、その音楽に魅了され、お願いしました。
浜渦:それはすごくありがたい言葉です。ゲームをやらないけど音楽を評価していただけるなんて、嬉しいです。ゲーム好きがゲームをやればそこに流れる音楽は否が応でも好きになる。はっきりというと駄作でも名曲扱いされてしまう危険性がある(笑)。いつも思っていることは、世界の様々な国の国歌と、野球の個人応援歌とゲーム音楽は、繰り返し聴かされるのでその手の問題を抱えているということです(笑)。

――各アーティストにオファーした際、テーマとかキーワードは伝えたのでしょうか?
プロデューサー:このソフトの声を使って曲を作るとしたら、どういう曲を作りますか、ということだけで、お題は一切出していません。
――浜渦さんはこのプロジェクトへの参加をSNSで「踏み入れさせていただきます」と発信していました。
浜渦:僕からするとこの世界に足を踏み入れるのは恐れ多い感じはありました。ボカロカルチャーでモノを作っているクリエイターのみなさんは、本当にもの作りに対して自由で、素直というか、やりたいことを突き詰めている。中には作曲から演奏、ミックス、さらにはミュージック・ビデオまでオールインワンでこなしてしまうクリエイターもいます。そんな方たちが集まっている世界を本当にリスペクトしていました。
――浜渦さんはこれまでボーカロイドを使って……。
浜渦:ほとんど使ったことがなくて、今IMERUATというユニットで歌ものをやっていますが、基本はインストものを作ってきたので、歌ものも本当に数えるぐらいしかやったことがなくて、まずそこがハードルでした。でもせっかくいただいたお話で、しかもお任せということでしたので気合いが入って。まず音声合成ソフト『Synthesizer V』の使い方を覚えるところからスタートしました。でも操作し始めてから1~2時間で使いこなせるようになって使いやすさにびっくりしましたね。うちの子も私が作った楽曲を聴いて早速『Synthesizer V』を購入していました。実は昔、うちの子もボカロPをちょっとやっていて、その様子をいつも横目で見ていたのですが、作ったものが何百万回再生もされていて、 僕が作った作品の動画より全然再生されていて(笑)。それを観てすごいなと思っていました。その子は今は絵師をやっているのですが、その影響もあって僕も3年くらい前から独学でイラストを勉強し始めました。YouTubeに指南動画がたくさん上がっているので、本当に便利な世の中になりましたね(笑)。

――人工歌唱ソフト「夢ノ結唱」の印象を教えてください。
浜渦:実際に使ってみるまでは、歌声合成ソフトは独特のクセや不自然さが強いのでは、という先入観がありました。でも「夢ノ結唱」は想像以上に「人間らしさ」が再現されていたし、技術の進化に比してここまで細やかな歌唱ニュアンスが出せることに正直驚きましたね。息継ぎ、抑揚、語尾の表情など、人の「演奏」と「表現」に必要な要素がしっかり備わっていたのが印象的でした。その一方で、人間のボーカリストをディレクションする時と全然異なる「語りかけ方」や「声の作り方」が必要なので、最初は試行錯誤が続きました。
――制作で感じた課題や面白さを教えてください。
浜渦:実際にボーカリストや合唱団と対面でディレクションをするときは、その場での最高の表現を引きだすことが使命ですが、「夢ノ結唱」のようなAIシンガーの場合は「打ち込み」と「パラメータ調整」でしかディレクションできないという“制限”がある。でもその「不自由」さが逆に制作者としての自由度を広げてくれた面も大きいです。自分の頭の中にあったフレーズやニュアンスを、パラメータやエフェクトによって「現実の声にない質」で表現できたり、思いも寄らないリアクションが返ってくる瞬間が面白かったです。
- 「ソフトとじっくり“対話”しながら」
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「ソフトとじっくり“対話”しながら」
――「停止線上の障壁(バリア)」(夢ノ結唱POPY)と「比較言語学における陰謀的研究法の可能性について」(夢ノ結唱ROSE)という全く違うタイプの2曲を制作しました。「停止線上の障壁(バリア)」はどんなイメージで制作したのでしょうか?
浜渦:まずボカロの世界という自分にとっては新しい世界に足を踏み入れるので、勝負ではないですが、劇伴と同じような作り方をしてるのでは? と思われたくなかった。かといってボカロの世界に寄せすぎないようにしようということも考えました。普段はミックスはエンジニアさん任せということも多いですが、最初から最後まで自分の気持ちを込め作りあげました。
我々の世代がそうかもしれませんが、自由にやってくださいと言われても、常識の範囲内とか、あまり逸脱はしないようにしようとか、自然と自分でリミッターかけていることも多かった。その逆も然りで、自由にやっていいよって言いながら、「常識の範囲内で」って条件をつけてしまうクセがありました。ずっと悩んでいることそのものがテーマになると思い、書いたのが「停止線上の障壁(バリア)」です。この曲ができたことで、石橋を叩いて叩いて叩き壊して渡れなくなる日々に別れを告げる一歩になったように感じています。
Synthesizer V AI 夢ノ結唱 POPY×浜渦正志/停止線上の障壁(バリア)
――繊細なピアノとストリングスのアレンジ、エレクトロサウンドが融合して豊潤な音像が出来上がり、夢ノ結唱POPYの透明感ある歌声が“立って”います。「比較言語学における陰謀的研究法の可能性について」はどういうテーマから制作したのでしょうか? 冒頭の<タライとトレイって似てるね>という言葉から引き込まれます。
浜渦:この曲は、私が尊敬してやまない物理学者の寺田寅彦の随筆『比較言語学の統計的研究法の可能性について』から引用して作詞しました。 言ってみれば「陰謀論の萌芽のようなものを恐れること」を歌った曲です。例えばアイヌ研究者の本を読むと、富士山って火山ですがアイヌ語で「カムイ・フチ」という言葉があって、火の神という意味で、どちらも火だし「フジ」と「フチ」が似てるから富士山の語源はアイヌ語だって騒ぐ人がいるんです。それくらいで騒がないで欲しいと。よくある陰謀論も含めて、無数の事実の中でちょっと条件が重なっただけで「これはきっと何かあるに違いない!」とバタつく愚者を、ROSEが演じてくれています。AIの理知的な響きを前面に出して、言葉遊びや多層的なコーラスワークも重視しています。
――浮遊感のあるサウンドの中に、奥行とスケール感のあるシンセも入っていて、この滑稽な風潮をリアルで温もりのある声で歌わせるという、そのコントラストが印象的です。
浜渦:やっぱり音楽ってそこのずるさがいいと思います。IMERUATでもやばい曲を書きますが(笑)、そういう曲ほどかわいらしくしたりします。「比較言語学における陰謀的研究法の可能性について」もそうです。でも歌詞は騒ぐなとか断言するのではなく、考えるきっかけになって興味持ってもらえば、という思いで書きました。この曲がきっかけで寺田寅彦さんの『比較言語学の統計的研究法の可能性について』に興味を持って、手に取ってもらえると嬉しいです(笑)。
Synthesizer V AI 夢ノ結唱 ×浜渦正志/比較言語学における陰謀的研究法の可能性について
――実際の歌声データ編集はどのようなプロセスだったのでしょうか。
浜渦:思った以上にソフトとじっくり“対話”しながら進めた感じです。リアルなシンガーなら数回の指示やテイクで形になるところを、パラメータで数百回の調整を重ねました。この人間には絶対できない精度で編集できるのが最大の武器。でも感情のニュアンスや空気を持たせようとすると、微細なズレも強く出てしまうので、1音1音を丁寧に仕上げていきました。
――夢ノ結唱ならではの“表現の幅”と今後への期待を聞かせてください。
浜渦:最終的には作曲家の独自性や美学がすべて現れる。人工歌唱といえどもクリエイターの表現哲学が問われる時代だと痛感しました。道具がどんなに進化しても、人間的な驚きや創造性、現場で生じる「偶然」をどうやって表現に結びつけるか。それは人間もAIも共通して追い求めるべき音楽の醍醐味だと思っています。誰でも自分のイメージした歌を手軽に、しかもすぐに試せるのは「夢ノ結唱」の最大の魅力だと感じました。楽器を持たない人、歌が得意でない人にも“音楽に触る喜び”が開かれた点は、ものすごい発明だと思う。しかも、人間には不可能なほど“精密な”音作りや、ギミック的・実験的なフレーズも組み込める。同時にどう使うか、なにを表現したいかまで突き詰めて考えることも重要だなと思います。

――浜渦さんのキャリアをして、新たな気づきや発見があった今回のプロジェクトへの参加だったようですね。
浜渦:「夢ノ結唱」に挑戦してみて、音楽の「進化」と「本質そのもの」を同時に考える貴重な機会をもらえたと感じています。これはよく言うことですが、情熱と、技術や理論というのは決して相反するものではなく、お互いをブーストさせる存在であるということ。どうやったらうまく作れるだろうと思って、色々な技術や理論を勉強していって、それを得たらこれを使ってもっとできるんじゃないかというその情熱が最も大事です。それを再確認できました。
――今回の制作の経験が、今後のクリエイティブに影響を与えそうですか?
浜渦:刺激を受けました。今IMERUATで歌ものをやっていますが、それとは違う新しい表現の仕方を手に入れたので、表現の幅がどんどん広がっていきそうです。
浜渦正志
1971年ドイツ・ミュンヘン生まれ。東京芸術大学音楽学部声楽科卒業。数々のゲーム、TVアニメ、劇場映画、CM等、さまざまな媒体に楽曲を提供し、また欧州を中心に数多くの室内楽曲・現代音楽も発表し世界的に活動している。楽曲はヨーロッパ、北米各国でオーケストラ楽団によって演奏されている。自身がプロデュースする音楽ユニット「IMERUAT」では音楽制作の他、写真、ミュージックビデオ、アートワークなども手掛けている。主な作品:ゲーム音楽『ファイナルファンタジー』シリーズ、『サガ』シリーズ、TVアニメ『クラシカロイド』『不滅のあなたへ』(エンディングテーマ)、『貧乏神が!』、映画『くまのがっこう』『台風のノルダ』、企業音楽「SONY α CLOCK」「シャルマン」、バンドリ!音声合成ソフトウェアプロジェクト「夢ノ結唱」等。
CULTIVATION
2025/07/16 RELEASE
BRMM-10953
Disc01
- 01.停止線上の障壁(バリア)
- 02.世界中に響く耳鳴りの導火線に火をつけて
- 03.Little Lazy Princess
- 04.汀の宿
- 05.ポータルB
- 06.Hatch
- 07.ヌード
- 08.antidote
- 09.流れ星のダーリン
- 10.比較言語学における陰謀的研究法の可能性について
- 11.最も濃いもの
- 12.マルカリアンチェイン
- 13.Singer
- 14.あなたなんて幻
- 15.手を叩け今ここで祈るだけ願うだけ
- 16.私がマスター
- 17.すべてがそこにありますように。
- 18.透明の縁
- 19.Leap up Lollipop
- 20.心の愛
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