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<インタビュー>なきごと、メジャー1st EP『マジックアワー』に浮き出る“共存”のかたち――正反対のふたりが重ねた今までと、これから

Interview:蜂須賀ちなみ
Photo:筒浦奨太
2人組ロックバンドのなきごとが、メジャー1st EP『マジックアワー』を7月9日にリリースした。4月におこなわれたワンマンライブ【超超超超大切なお知らせワンマン×水上生誕祭!】でメジャーデビューをファン“ニンゲン’s”たちに直接報告したことも記憶に新しいふたりだが、今作はそんな新しい環境のなかで、改めて自身を見つめ直し「『はじめまして』の気持ちを込めて作った」作品に仕上がっているという。正反対の個性が交差する“なきごとらしさ”をどう磨き上げたのか――歩みを振り返りつつ、ふたりに今考えていることを語ってもらった。
メジャーデビューを迎えて
――EP『マジックアワー』はソニー・ミュージックレーベルズ内のEPICレコードジャパンからのリリースとなります。まず、メジャーデビューに至るまでのいきさつを教えてください。
水上えみり(Vo. / Gt.):2019年になきごとと出会って、「私がなきごとを売り出したい!」と言ってくれた方がいて。それが今隣に座っているスタッフなので、この話をするのはちょっと照れますけど(笑)。
岡田安未(Gt. / Cho.):照れちゃうね(笑)。
水上:2019年の時点では彼女はメジャーレーベルのスタッフではなかったので、当然メジャーデビューの話が進むこともなく。私たちも私たちで、目の前の目標に向かってひたむきに頑張っていたんです。そのあと、彼女が今の会社に入社して、私たちをとってくれて。物語のようなお話ですよね。
――すごい話ですね。もちろん個人の一存で「このバンドをうちからメジャーデビューさせましょう」と決められるわけではないから、なきごとの良さを社内の人たちにプレゼンしたり、いろいろな段階があったんでしょうし。
水上:私たちも最初は半信半疑だったんですよ。「メジャーデビューって本当?」って。でも、話がどんどん進んでいったり、立ち回りとかを見ているうちに「ああ、本当なんだろうな」「なきごとのことを深く理解した上で、一緒にやろうと言ってくれてるんだ」と分かってきて。なので、メジャーデビューして環境は変わったけど、愛あるスタッフと一緒にやれています。
――それで、4月に開催したワンマンライブ【超超超超大切なお知らせワンマン×水上生誕祭!】で、お客さんに報告をして。
水上:【超超超超大切なお知らせ】というタイトルで存分に匂わせをしていたので、遠方から来てくださる方や、配信を通じて立ち会ってくださった方もいらっしゃって。自分たちの口で直接伝えたくてライブで発表したんですけど、発表後の反応を見て、やっぱり直接お知らせできてよかったなと思いましたね。私たちはこれだけたくさんの人たちと一緒に夢を叶えていっているんだなって。
岡田:ニンゲン’s(なきごとファンの総称)も私たちと同じ方向を向いて、同じものを見てくれているんだなということを、より鮮明に受け止められたライブでした。

――メジャー1st EP『マジックアワー』の内容は、どのように考えていきましたか?
水上:メジャーに行って、チームの人数が増えるということでまず、ディスカッションの機会を多く設けて。今まででやってきたことに対して「本当にこれでいいのか?」と見直したり、「なきごとって、こういうバンドだよね」という部分をみんなで言語化していったりしました。そういう動きを経て、「はじめまして」の気持ちも込めて作ったのが今回のEPです。なきごとがどういうバンドなのか、伝わりやすい一枚になったんじゃないかと思っています。
――今の自分たちの思う“なきごとらしさ”とは?
水上:水上と岡田という、ふたつの“個”が共存している状態ですかね。私はポップなメロディーやキャッチーな歌詞を作って、そこに毒を混ぜるタイプだけど、そこに岡田のロックなギターが加わることによって、「ポップだけどなんかエモさがある」というなきごとの音になるなって。
――確かに役割分担がはっきりしているというか、背中を預け合っている感じはありますよね。ライブ中にふたりが同時に前へ出て行って、水上さんは歌で、岡田さんはギターでお客さんにエネルギーを届ける姿が印象的でした。
水上:分担ははっきりしていますね。岡田はそもそもMCでたくさん喋るタイプではないし、なきごとの曲はギターソロもけっこう多いので。私が言葉担当としてMCで喋って、岡田には音のかっこよさ、ロックの部分を担ってもらっています。ふたりで前へ出ていくところは、挨拶をしているような感覚というか……。
岡田:挨拶なの?(笑)
水上:でも、そんな感じじゃない?(笑) お客さんに“来てくれてありがとう”という気持ちを受け取ってほしいなと思っているし。
岡田:確かにそうだね。
水上:初めて観る人にも「あっ、ふたり組のバンドなんだ」「自分のことを迎え入れてくれてるんだ」ということが伝わったら嬉しいなと思っています。
――今のバランスを見つけるまでには、やはり試行錯誤がありましたか?
水上:そうですね。岡田が「ちょっとやり過ぎたかな? テヘヘ」みたいなことを言っていた時期もあったんですけど、私は「でも、これも共存か」とか思いつつ(笑)。
岡田:(笑)。

――渋々許しているような感じですね(笑)。
水上:正直、20歳前後の頃は「いやーちょっと……」みたいな感じでした(笑)。思えば、結成当初は話し合いをよくしていたし、けっこうぶつかっていましたね。「これは私のこだわりだから」「でも、こっちもこだわりだから」という感じで。だけど、だんだん正解のようなものがお互いに見えてきて。私の場合だったら、岡田に対して「やり過ぎかもしれないけど、まあいっか」と思えるようになるという変化がありました。それは多分、自分たちの中で「ここまでがなきごと」というラインが明確になったから。相手がそのラインを踏み越えたら、お互いにちょっと、(岡田の腕を引っ張りながら)キュキュキュッて調整するという(笑)。
――そのラインを認識するようになったきっかけはあるんですか?
水上:アレンジャーさんに入っていただいたことですかね。1stフルアルバム『NAKIGOTO,』を出したあと、「ここからなきごとをもっと広げていくモードに切り替わります」という感じで、アレンジャーさんに入っていただく機会が増えたんですよ。アレンジャーさんから新しい提案をいただいた時に「それは私たちの中ではちょっと違うんです」というふうに、岡田も私も、同じ部分に対して何かを感じることがあって。お互い背中を預け合って、一見全然違う方角を向いて活動しているように見えていたけど、意外とちゃんと手を繋いでいたんだ!みたいなことがそういう場面で分かったりしましたね。
――外から入ってきた人の存在によって、より自分に対する理解が深まったと。面白いですね。EPのタイトルになっている『マジックアワー』とは、日の出や日没の前後の、空が魔法のように美しく色づく時間帯のこと。このEPも、“混ざり合うことの美しさ”をコンセプトとしているそうですね。
水上:やっぱりふたりが共存しているのがなきごとなので。グッズの色を決めるにも、ひとりが赤と言ったらもうひとりが青と言うくらい正反対のふたりだけど、正反対だからこそ、なきごととして一緒にいることが大切だと思うんです。さらに、ふたりを支えてくれるチームがいて、「このチームって最高なんだ!」というところを表現したい気持ちが、EPのコンセプトに表れたのかなと。それに、歌詞でもふたつの“間”の部分を描くことが多いので。「好き」と「好きじゃない」の間の気持ちだったり、「苦しい、でも生きたい」という気持ちだったり。
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――1曲目の「短夜」は、ドラマ『彩香ちゃんは弘子先輩に恋してる 2nd Stage』のエンディング主題歌ですね。
水上:シーズン1では作中のカップルが付き合うまでが描かれていたんですけど、シーズン2では同棲をして、相手に踏み込めるか、踏み込めないか、触れられるか、触れられないか……という葛藤が描かれていて。この曲でもその葛藤について描きつつ、熱を帯びた感じ、ジメッとした感じも表現しました。なきごととニンゲン’sの関係性もこうであってほしいなと、願いを込めて書き下ろした曲ですね。
――〈好きだよ〉〈一緒がいいよ〉とまっすぐに愛情を表現しつつ、〈でも壊してしまわないかな〉と不安も歌われています。人と人との関係性は、近ければ近いほどいいという単純な話ではありませんよね。
水上:そうですね。近すぎるがゆえに初めて見えてしまうものも、ある程度距離があるからこそできるリスペクトもあるんじゃないかと思っていて。相手も自分も人間だから、どんなに薄くても壁はちゃんとあったほうがいいんじゃないかと私は思います。

――ギターは途中から一気にロックになりますね。
岡田:ギターは、Aメロ~Bメロはドリーミーな雰囲気にしようと思って、空間系(リバーブやディレイなど、残響の広がりを感じるエフェクト)多めにしようと思いました。その反面、サビはストレートなロックで。デモを聴いた時にまず、「サビはガッといきたい」と思ったんですよね。私の思う“なきごとらしさ”を表現する上で、この曲のギターは肝だなと思って、アレンジャーさんとはちょっと意見が食い違うところもあったんですけど、我を通させてもらいました。
――2曲目の「0.2」のテーマはどこから?
水上:「好きって何だろう?」と考えていた時期に、「人が恋に落ちるまでの所要時間は0.2秒らしい」と知って。0.2秒で決まってしまうんだったら、それってだいぶ不公平ですよね、という一目惚れアンチテーゼ楽曲になっています。歌っている内容は一目惚れアンチテーゼなんですけど、歌詞然り、アレンジ然り、“一聴き惚れ”してもらいたいなと思いながら作っていて。頭で何か掴まれて、でも最後までツルッと聴けて、何周してもどこかしらにまだ旨味が残っている、みたいな。かつ、(EPの)5曲の中でもいちばんロックであってほしいというイメージもあったので、岡田には思いっきり暴れ狂ってもらいました。
岡田:この曲に関してはあえて歌詞を深く読み込まず、第一印象を大事にしようと思ったんですけど、私はまず「なんかカタカナ多いな」と思って。そこから「カタカナと言えば硬い」という感じで、マジカルバナナをしていったんですよね。最終的に「カタカナ→硬い→ロック」でロックに辿り着いたんですけど、お互い全然違うことを考えていたのに、最後には同じ場所に辿り着いているのが面白いなと思いました。
水上:確かに(笑)。
岡田:ロックと言ってもいろいろありますけど、この曲はJ-ROCKのイメージですね。私の中でJ-ROCKと言えば、『人生×僕=』の頃のONE OK ROCK。ワンオクのギターソロではスウィープ奏法が使われているので、この曲のソロでは自分もスウィープを取り入れています。

――3曲目の「愛才」は、ドラマ『それでも俺は、妻としたい』のオープニング主題歌です。
水上:夫婦生活のお話なんですけど、旦那さんが脚本家なんですよね。自分も作詞作曲という形で普段ものづくりをしているので、そこがリンクするなと思いながら書き下ろした楽曲です。
――ポップな楽曲ですが、〈愛も才も消耗品〉という歌詞はシビアですよね。水上さんのイメージでは、才能ってどんな形をしていますか?
水上:私のイメージだと、紙に近いかもしれないですね。制作と向き合う中で定期的にスランプに陥るんですけど、誰かのちょっとした一言で全然書けなくなるし……って考えたら、才能って傷つきやすいし、変化しやすいけど、ものすごく柔軟性があるわけでもないものなんだろうなと。たとえば、グシャッとしたらその形がつくし、どんなに消しても一回書いたものの跡は残ったりするし。私は、感情は消耗品だと思っていて。だからこそ出尽くしたと感じた時に不安になるんですけど、“空っぽになる”というよりも“もう使えなくなる”という感覚に近いので、紙みたいなものなのかなと思いますね。曲作りの時は、ギリギリ使えるまで使う、みたいな。「実はまだここに余白があったんだ。じゃあ何か書けるね」とか「ここにちょっと切り込みを入れたら折り紙にできるんだ」とか、そういうことをやっている気がします。
愛才 / なきごと
――4曲目の「たぶん、愛」は、「愛才」とテーマが近いですよね。
水上:そうですね。この曲もクリエイティブと愛情について書いた曲です。さっき話した「好きってなんだろう?」と考えていた時期は、2ndフルアルバム『ふたりでいたい。』の制作期だったんですけど、考えた結果、自分の中で答えが一応出たんです。「好き」の根源は、「あなたのことをもっと知りたい」と「あなたともうちょっとだけ一緒にいたい」だ、というふうに。答えを見つけて、自分の中で一旦探求心が落ち着いたんですけど、そのタイミングで「愛才」のお話をいただいて。そこから原作を読んで「夫婦生活のお話だけど、愛がテーマだよな」と解釈しつつ、今度は「じゃあ愛ってなんだろう?」と考えるようになったんですよね。今思えば、これが“水上ラブ期”の訪れでした。
岡田:水上は、今まで愛について言葉にするのを避けていたと思うんです。避けているんだということを歌った曲もあったと思うけど。
水上:本当にそう。「好き」や「愛してる」と書くのを避けていたし、〈愛してるって/なんか嘘くさい〉という歌詞(「私は私なりの言葉でしか愛してると伝えることができない」)や、「愛してるって言うけど、それって本当なの?」みたいな曲も書いていたし。いわゆる“水上ラブアンチ期”ですね。
愛才 / なきごと
――そもそも「好き」や「愛してる」と書きたくなかったのは、なぜですか?
水上:信憑性がないからですね。自分からすると、「愛してる」という言葉はロマンチックすぎて現実味がない。おとぎ話の世界の言葉だと思っていたんです。
岡田:だけどいろいろな葛藤を経験して、「信じられない」という気持ちさえも歌詞にしてきた“ラブアンチ期”があったからこそ、今こうして愛について書けるようになったのかなと、私は親のような目線で成長を見ていましたけど。
水上:誰かに言われた「愛してる」なんて信じられないけど、自分が自分に言う「愛してる」だったら信じられるんじゃないかと思って。そこから徐々に変わっていきましたね。まず、「好きってなんだろう?」というなぜなぜ期が来て……。
岡田:赤子みたいだね(笑)。
水上:「またたび」という曲で思い切って〈きみのことが好きです〉と言ったあと、吹っ切れたかのように「愛してる」と言えるようになり、“ラブ期”に突入したのが今。そんな変遷がありました。
岡田:次は何期が来るんですか?(笑)
水上:どうだろう?(笑)

――EPのラストに収録されている「明け方の海夜風」は、どのように生まれた曲ですか?
水上:ツアーで山口の周南に行った時に、海を見て書いた曲です。深夜なら誰でも立ち入れそうな雰囲気で、対岸もわりとよく見えるコンパクトな港でしたね。
――景色に影響を受けて曲を書くことは、よくあるんですか?
水上:しばしばですかね。でも、そういう時はなぜか海であることが多い。「ぷかぷか」は江の島の海を見に行った時に書いた曲だし、「ユーモラル討論会」も夜の黒い海を見て「このまま飛び込んだら死ぬかな」と思いながら書いた曲でした。海を見ると曲を書きがちなのは……音がないからなんですかね? 海を見ている時間って、自分が潜在的に考えていたことと向き合う時間になりがち。「明け方の海夜風」を書いたのは3年前なんですよ。
――だから他の曲と毛色が違うんですね。
水上:今の私が愛について考えているのと同じように、当時の私は幸せについてよく考えていて。広い海も知った上で、周南のコンパクトな海を改めて見ながら「ああ、これが人生かもな」と思ったんです。その想いを曲にしました。
――最後に、ライブ活動について聞かせてください。現在は全国ツアー【初心にかえるman to manワンマンツアー】の最中。そして8月から東名阪ツアー【これからもよろしくお願いしman to manツアー2025】が始まります。
水上:今まわっているツアーは【初心にかえる】ということで、昔の曲を中心にセットリストを組んでいて。「昔の曲もやっぱりいいな」と自信を持ちながらライブができているし、「あの頃はこんなふうに考えてたな」と思い返しながら今の自分とも向き合えています。
岡田:ツアーをまわりながら、ニンゲン’sとの関係値、ライブのしかた、チームの結束など、今まで積み上げてきたものの大切さ、ありがたさを再確認しているところです。【これからも~】は【初心にかえる~】で再確認したものを引っさげて、“今”のなきごとを表現するツアーになりそうだなと思っています。
水上:これからのなきごとにもっとワクワクしてもらえるようなツアーにしたいですね。

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