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<インタビュー>yutori メジャーデビュー、2作連続アニメタイアップを経て“あなた”とともに広がる新たな「yutoriらしさ」
Interview & Text:小川智宏
2025年4月にテレビアニメ『ヴィジランテ-僕のヒーローアカデミア -ILLEGALS-』のエンディング・テーマ「スピード」でメジャーデビューを果たした4人組バンドyutori。その後リリースされたミニアルバム『Hertzmetre』を経て、バンドへの注目度がますます高まる中、早くも次なる新曲がリリースされた。テレビアニメ『ウィッチウォッチ』第2クールのエンディング・テーマとなっている「月と私のかくれんぼ」である。佐藤古都子(Vo. / Gt.)が作詞作曲したこの曲は、「スピード」とも、そしてそれ以前のyutoriとも明らかに違うニュアンスを帯びた新機軸。シンプルに研ぎ澄まされたサウンドの中で佐藤の歌声がとても心地よく響いてくる、確かな体温を感じる楽曲だ。メジャーデビューを経ての心境の変化、そして新たな挑戦となる新曲が生まれた過程について4人に語ってもらった。
メジャーデビューを経ての
“新しい感覚”
――yutoriは4月にメジャーデビュー曲として「スピード」をリリースしましたが、あの曲は本当にそれまでとは違う広がり方をしていって、新しいリスナーがyutoriの音楽を発見して聴くという状況が生まれてきています。そうやって多くの人に気づいてもらえたという事実はどんな影響を与えていますか?
浦山蓮(Dr.):やっぱり普段とは違うファンの人というか、アニメのエンディング・テーマになったこともあって、海外の方も含めてそこから入ってきてくれた方もいて。今までに感じたことのなかった手応えがあるんです。それがすごく新しくて。これがメジャーデビューで広がっていってるということなんだなって思いました。
豊田太一(Ba.):今開催しているワンマンツアーも、韓国、イギリス、中国、台湾とか、いろいろ国の方が来てくれていて。それがアニメの影響なのかは分からないですけど、そういうのを見ると「すごい広がり方をしてるな」って感じますね。
内田郁也(Gt.):でも、特にやっていることとかやりたいことが変わったわけでもなく、ただ届ける人の量が増えるなっていう感じですね。スタッフさんや関係していただく方が増えたのって、自分たちだけでは届かない部分を広げてもらうためだと思うんです。自分たちの思いを伝える方法がより増えたっていうことだと思うので、そこに感謝することは忘れず、でも言うことを変えていってしまうとやっぱり芯がブレていくなと思うので。だから特に個人的にはまったく変わったように思ってはいないです。ただ同じことを同じように伝えられたらなって。

――そんな中で出るのが「月と私のかくれんぼ」という新曲で。「スピード」とはまったく違う側面を見せる曲ですね。
佐藤:そうですね、もう真逆ぐらい(笑)。
浦山:この曲は古都子の作詞作曲で、「スピード」は自分が作詞作曲だったので、男女の物事の捉え方の違いがいい意味で顕著に出たかなって。「スピード」は古都子には絶対書けないし、逆に「月と私のかくれんぼ」は僕には書けない。でもそれが面白い。
――古都子さんは今までいろいろな曲を書いてきましたけど、その中においてのこの曲っは、自分の中でも新しい感覚はありますか?
佐藤:そうですね……自分が書いてきたものが、ラブソングでもそうじゃなかったとしても、結構“幸せじゃない”というか、「もう私なんて」みたいな楽曲が多かったんですけど、それに比べると「月と私のかくれんぼ」はハッピー路線な感じはしますね。
――うん。そこが聴いていて新鮮だったんですよ。あまりひとつのイメージで語るのはよくないですけど、明るいか暗いかでいえば暗い曲の方が多かったですよね。
佐藤:そうですね(笑)。
――この曲も底抜けに明るいわけじゃないけど、あたたかいというか、体温を感じるような曲になっているなと感じて。そういう曲がこのタイミングで出てきたのがすごく興味深い。これは『ウィッチウォッチ』というアニメのエンディング・テーマですが、どういうふうに生まれてきたんですか?
佐藤:本当に、ベランダにボーッと座っていたら、電柱があって、満月が出ていて。月が動いていくにつれて電柱に隠れていくのを「かくれんぼしているみたいだな」と思って書いた曲で。それを『ウィッチウォッチ』にあてはめたらいいかもしれないなと思って、原作を読んで、作中の雰囲気と自分が思ったことの雰囲気とを合わせていきました。

――それを受け取って、メンバーのみなさんは最初どう思いましたか?
浦山:古都子の中でも、今までとは違ったアプローチをしている曲だなっていうのはありました。今までのうちの楽曲って、古都子の曲でも楽器が動くこと(フレーズの展開)が多かったんですよね。「白い薔薇」だったり「ワンルーム」だったり、静けさの中にも激しさがちゃんとあるというか。でもこの曲は明るいというか、温度があるなと思ったので、あえて叩きすぎずシンプルにしようと思いました。ドラムに関しては、シンプルでリズムを崩さないという。この曲って、ライブで手を振って聴いてもらうこともできるし、浸って聴けるような強さもあると思うんです。そのどちらにしてもリズムが大事なので、ずっと“乗れる”ことを意識しました。
豊田:僕は、この曲はとにかく“佐藤古都子ワールド”だなって思いました。
佐藤:何それ(笑)。
豊田:今までyutoriでやってきた曲っぽいことをやったら、これは佐藤古都子ワールドじゃないよなって。シンセを入れる試みとか、今までそんなやったことないというか、そこまでシンセが前に出てきたことはないんです。踊れる雰囲気を作ろうっていうこともあって、踊れるベースを僕も入れようかなって思いましたね。あと、古都子さんはポップミュージックに結構影響を受けてるんだっけ? ユーミンさんとか。
佐藤:そうね。
豊田:そういうのが如実に出てるなって。蓮さんはクリープハイプさんみたいなロックを聴いて育ってきているから、この曲においてはふたりの違いを出したいなっていうのはありました。ポップミュージックらしさが前面に出たような曲は、yutoriが成長していく段階で絶対必要だなって思っていたので、今回この曲をやれてよかったなって思いますし、この歌詞の古都子さんらしさっていうのは潰さないで出していった方がいいんじゃないかなと思っています。
――今言っていた“佐藤古都子ワールド”というのは……。
佐藤:分からない(笑)。
豊田:いや、分かんないかもしれないけど、出てるよね。
浦山:孤独への寄り添い方がまったくの別ベクトルだなって思います。ふたりとも、ずっと“弱い”ことを歌っているんですけど、この曲は月を見ていて。自分はどちらかというと、曲を書くときに空は見ないんですよね。下だったり、まっすぐな目線だったりの物事を書くのが好きなんですけど、古都子はどちらかというと上を見ていることが多い。それが、この曲は顕著に出たなって。
佐藤:確かにそうだと思います。曲を書いているときに外に行っても、蓮はずっと下を向いて無言なんです。でも私は、本当に微かな隙間から「月ないかな?」って探しているタイプなので。そこの差はありますね。

――だから、豊田さんがおっしゃった“佐藤古都子ワールド”というのはもちろん今までもあったものだと思うんですけど、この曲はそれをより素直に曲にしていくということができている感じがするんですよね。
豊田:今までは古都子さん作詞の曲でも、yutoriらしさを出そうとして押し込んでいた部分はあったと思うんです。でも、この曲に関してはかなりの割合で出せているなって。
浦山:それを歌詞に落とし込めたのは成長でもあるし、年齢を重ねてバンドをやっていくことによって、いろいろな物事の見方とか心境が変わったんだろうなっていう。それを歌詞でいちばん感じましたね。
――その“視線の変化”みたいなものによって、この曲はポップスになった感じがしますね。あと、さっき話にも出たユーミンや歌謡曲は、古都子さんのルーツのひとつとしてあると思うんですけど、この曲には確かにそれを感じる部分がある気がします。それは自覚してはいなかったんですか?
佐藤:はい、まったく。
――この曲でいうと〈暮らしの中〉~っていうところとか、ユーミンを感じましたけどね。
浦山:うん。
佐藤:本当ですか。
浦山:歌詞もそうですけど、メロディの歌謡曲感がすごくいいなと思います。
佐藤:でも確かに、ここは作りながら「っぽいな、いいな」って思っていたので。その成分が強いのかもしれないですね。
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「yutoriが鳴らせばyutori」
――この曲、ギターについてはどうですか?
内田:俺としてはあまり自我を出していない曲だなと思っていて。今までの曲は「yutoriっぽさ」みたいなところに結構押さえ込んで作っていた感じはあったので、それを1回外してみたくて。うちの型にはめるのではなく、「楽曲を完成させたい」と思ってアプローチしました。逆に言うと、すごく曲ファーストに考えてフレーズをつけたので、歌が本当にいちばんよく聞こえるように、歌と歌の間を縫ったり、曲の中で必要なパーツを作る役割だったりをしたなと思います。特にコードとかが、うちの他の曲と違って“雰囲気”みたいなのを作り出していると思っていて。舞台背景みたいなものをコードがすごく担っていると感じたので、そこを支えられたらなと思っていました。
――そう、アレンジとかサウンドメイクの発想が今までとはガラッと違いますよね。
浦山:そうですね。今まではやっぱり自分の楽器を聴かせたいっていうのがあって。それはこの曲ももちろんそうなんですけど、どちらかというとこの曲は楽器4人と声でひとつのパッケージというか。誰が誰がっていうよりは、ひとつの曲としてちゃんと届けようという感じでした。「してやったぞ」っていうのは別に必要ないというか、もっと楽に聴いてほしいなと思って。
内田:「スピード」が足し算なら、この曲は引き算だなっていう感じですね。情報量を詰めすぎないように作ったというか、その情報量は全て“歌”に託している感じの曲だなっていう。
浦山:歌のフェイクとかね。でも(ライブではなく)音源でフェイクをやっているのを聴くのも久々というか、あまりなかったよね。
佐藤:そうね。
浦山:しかもこの感じの、ミドルテンポ、4つ打ちで乗れる感じの曲調で。うちとしてそういう曲があんまりなかったっていうのもあるんですけど、古都子のフェイクがすごく映えたなと思っていますね。
――すごくいきいきと歌っている感じがしますよね。今言ったようにサウンドはガラッと変わったわけですけど、レコーディングで歌っている時の感覚はどうでしたか?
佐藤:すごく難しかったです。8~9時間くらいかかって、蓮も途中で終電で帰る、みたいな(笑)。
浦山:僕がディレクションしていたんですけど、16時ぐらいから始めて、24時ぐらいに「終電やばい」ってなって。でも古都子は帰るわけにはいかないじゃないですか(笑)。
佐藤:夜中の2時か3時ぐらいに終わったのかな。
浦山:結局それぐらいかかったんだ。でも、ディレクションしていたときも、歌っていて全部楽しそうなんですよ。ただ、こちらとしては「すごくいいテイクじゃない?」って言っても、たぶん自分の中で何か違うんでしょうね。こっちはこっちで提示するけど、それを踏まえた上で、ディレクション側と歌う側がどんぴしゃになるまで歌いたいっていう。本当に突き詰めたいんだなと思いました。

――ポジティブに悩んでいたんですね。
佐藤:そうですね。私は曲ごとにひとりずつキャラクターがいると思っているんですけど、この「月と私のかくれんぼ」に関しては、自分で書いて作ったはずなのに、いちばんキャラクター性がよくわからなくて。楽曲の中でそこを見つけるのがすごくしんどかったですね。でも、8時間も歌っていたら勝手に見えてくるもので……なんていうんだろうな、この楽曲の子は、幸せだけど拗ねてる感じで、いじらしいなって思いましたね。
――この曲に限ってそこまで悩んでしまったのはどうしてだと思いますか?
佐藤:このキャラクターが自分じゃないんですよ。自分と本当に真逆で、いちばん自分とはかけ離れている存在だった。私自身がいじらしい人間ではないので(笑)。この曲の子は、たとえば意中の人がいて「好きなのになんで気づかないの……?」って思っているキャラクターだと思うんですけど、私は「なんで気づかないんだ、お前!」ってなるタイプなので、そこの噛み合わせがすごく難しかったですね。
浦山:でも、やっぱり心境の変化とか、さっきも言った「上をよく見る」っていうのが初めてちゃんと曲に出たんじゃないかなとも思うんです。だから「難しい」って言っているのもわかるんですけど、“自分すぎる”ところもあるから、どこまでどういけばいいんだっていうのもあったんだろうなって。
――僕もそう思ったんですよね。ある意味遠い部分もあるんだろうけど、ある意味すごく自分な曲ができてしまったっていうのも、一面ではあるのかなっていう。
佐藤:ああ、そうですね。自分がこうなりたかった人物像みたいなのがいるので、きっと。
浦山:それに追いつくのに時間がかかったんだろうなというか。自分なんだけど自分じゃないし、でも「自分じゃない」で歌うとそれはそれで……みたいな。
佐藤:そうなると違う人間が歌っているみたいで、声は一緒なのに違う、難しい!みたいな感じがきっとあるんですよね。私だって「なんで好きになってくれないの……?」とか、女性らしい一面を見せたいわけなんですよ。
浦山:そうなんですか(笑)。
佐藤:でも、強がっちゃうタイプなんで。
浦山:だから、理想像だったんじゃない? 確かにそれは時間かかる。
――そういう意味では、これまで以上にさらけ出した曲でもあるのかなと思うんですよ。それは歌詞もそうだし、サウンド面もそうだと思うんです。「yutoriってこうだよね」っていうイメージや見せ方みたいなものを自分たちで全部解除していって、いちばんありのままの部分で素直に曲ができたんじゃないですか? だから、そこには産みの苦しみがあったんだと思います。
浦山:そうですね。アレンジをガラッと変えるっていうのもあったから、難しかったなとは思うけれど、アレンジャーとか編曲者を特に入れずに4人だけで完成させることができたっていうのがいちばんでかいのかなと。もちろん、曲によっては(外部の人に)依頼することもあるし、それもそれでいいエッセンスになるから大好きなんですけど、こうやって自分たちで模索しながらアレンジを進めたっていうのが今後財産になるというか、自分たちで“学べた”曲だなっていう感じですね。
――かつ、それをメジャー第2弾シングルとして出すっていう冒険、チャレンジっていうのもありますよね。
佐藤:結成から5年経って、メジャーデビューもしているけど、ずっと“yutoriらしさ”という言葉に甘えているわけにもいかないので。常に何かしら新しい挑戦とか、またちょっと違う楽曲の雰囲気を出したりとかは、ずっとやっていきたいですね。
浦山:やっぱり、こういう曲があると制作のマンネリ化が一回リセットされるというか。「こういうアレンジがいいんじゃない?」みたいなのが、曲を書いているうちにどんどん増えてきちゃうと思うんですけど、「分からないからこそやってみよう」っていう。
佐藤:それでやってみて「違うね」とか、その繰り返しでもあったりするので。その繰り返しの中で、ハマるものが新しく見つかったりもするし。今までとは違った楽曲の完成させ方だったので、これはこれで面白いなと思いましたね。
――しかもこの曲、結果的にyutoriらしくないかというとそんなことはないと思うんですよ。でも作る過程はそれまでとはまったく違う。つまりyutoriらしさというのは、たとえばギャンギャン鳴っているギターとか3つの音がガンガンぶつかり合っているとか、すごくエモーショナルに歌っているとか、そこだけにあるんじゃないっていうことだと思うんですよね。形の話じゃないんだなっていう。
浦山:そうですね。新しいyutoriらしさを見つけたというか。yutoriが鳴らせばyutoriだな、というのを再確認できました。
内田:「スピード」や今まであった曲って、「yutoriらしさの中にある佐藤古都子」だったんですけど、今回は「佐藤古都子の中にあるyutoriらしさ」が出たっていう。概念が別だと思うんです。古都子にあるyutoriらしさが出たっていうのが、自分の中でいちばん腑に落ちた解釈ですね。

――確かに、今までというか、もちろんこれからもそういう曲は生まれていくと思いますけど、鎧を着て武装している感じもちょっとありましたもんね。
佐藤:今まではね。本当に自分を守るための、めちゃくちゃ分厚い鎧。でも今回は鎧を脱ぎ捨ててますね、完全に。
内田:その鎧がyutoriというものだとしたら、今回は本当に佐藤古都子っていう人間になってる感じだと思います。
佐藤:今までのyutoriは「私は弱い、だから相手を攻撃する」だったんです。でも今回は「私は弱い、だから逃げる」「隠れる」みたいな。身軽になっている感じはありますよね。
――しかもそこには“あなた”っていう、弱さも含めて受け止めてくれるような存在がいるっていうのもすごく大きいなと思います。
浦山:うん。鎧を脱いだ時もひとりじゃないっていう。これはもうずっとそうだと思うんですけど、yutoriの曲ってひとりでは完結しないんです。ずっと“あなた”がいる。鎧を脱いだ時の弱さ、でもずっとあなたがいるんだよっていうのが、歌詞とサウンドの全面で感じられる曲になったなと思いますね。

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