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<コラム>会社員ボカロPから武道館へ――syudouの軌跡を振り返る

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Text:沖さやこ


 10代でボーカロイドクリエイターとしてヒットソングを生み続けたハチが、2012年に米津玄師名義でシンガーソングライターとして活動を開始し、一気にスターダムへと上り詰めた。それはまさしくインターネットシーンから革命を起こしたヒーローで、同世代の若者たちを大いに奮い立たせた。それは当時高校生だったsyudouも例外ではなかった。

 syudouは高校在学中にボーカロイド楽曲の制作と投稿を開始し、コンスタントに制作をするなかで、2020年にAdoへ提供した「うっせぇわ」が大ヒットを記録し格段に知名度を上げる。2021年にシンガーソングライターとしての活動も開始し、ボカロPとしてもシンガーソングライターとしても精力的に活動を重ねてきた彼が、とうとう2025年5月31日にアーティストの登竜門とも言うべき日本武道館公演【syudou Live 2025「美学」】を開催する。

ボカロPと同じ名義で武道館へ

 ボカロPがシンガーソングライター/バンド/ユニットとして活動することも珍しくなくなったが、シンガーソングライター枠では米津玄師、キタニタツヤ、須田景凪、TOOBOEなど、ボカロPとしての名義とアーティスト名義を分ける者は少なくない。バンド/ユニットとして活動しているAyaseやn-buna、ツミキなどはボカロPと同じ名義であるものの、それぞれYOASOBI、ヨルシカ、NOMELON NOLEMONのメンバーとして活動し、女性ボーカリストを立てているという点でもボカロPとの活動にある程度の差別化がうかがえる。

 その反面、syudou、すりぃ、GuianoなどボカロP名義で自身の歌唱曲をリリースしているクリエイターも増えている。彼らに共通するのは、ボカロPとシンガーソングライターというふたつの活動を偏ることなく両立・並行させているということ、自身が制作する楽曲の構造やメンタリティの差異がさほど大きくないということだ。syudouの場合も、キーやメロディこそボカロや提供曲ならではの表現がそれなりにあるものの、彼の制作する楽曲にはどれも彼の本音やリアルがしたためられている。

 syudouの生々しいほどの人間味が溢れる楽曲は、ライブという生歌唱と生演奏が実現できる空間と相性がいい。初のライブパフォーマンスとなった2022年5月の【syudou Online Live 2022「狼煙」】と同年8月の中野サンプラザでのワンマンライブ【syudou Live 2022「加速」】以降、楽曲制作や楽曲提供の合間を縫ってコンスタントにライブとツアーを行っている。会場も音楽ホールはもちろんアリーナを擁するホールやライブハウスなど多岐に渡り、着実に場数を踏むことでライブへの意欲を体現してそれを血肉にしてきた。だからこそ“ボカロPと同一名義で自身の歌唱曲をリリースしているクリエイター”というくくりでは、おそらく初となる日本武道館単独公演へとたどり着けたのではないだろうか。

“正直さ”が生んだ強烈な共鳴

 syudouはかねてより「武道館ワンマンをやりたい」と公言し続けてきた。遡ると2013年の時点で「俺も武道館をいっぱいにしたい」と友人に話したエピソードや、「一人武道館ごっこをしていた」という彼のSNSの投稿が存在している。当時の彼が自身で歌唱することを思い描いていたかは定かではないが、音楽に没頭したひとりの少年にとって、日本武道館という憧れのアーティストが多数立った会場はそれだけ輝いていたのだろう。

 高校生、大学生、会社員と順調にライフステージを変えながらも、彼はボーカロイド楽曲の投稿を続けた。音楽で生活していくことへの漠然とした憧れはあったためデモテープをレーベル各所に送ったものの、大きなリアクションはなく厳しい現実を受け入れた。だが「機材があれば自宅で楽曲制作ができる」というDTMやボーカロイドのフットワークの軽さは、趣味の域でありながらも彼と音楽を深くつなぎとめていた。

 そんな彼のターニングポイントが、卒論を書いていた時期に制作した「邪魔」だった。それまで流行や大衆性を意識して楽曲制作をしていたが、「どうせ音楽でメシを食うわけじゃないなら、ウケを気にせず好き勝手正直な表現をしてみよう」と思ったところから、自分の気持ちいいと思う音に乗せて友人への愚痴をしたためた。同曲を2018年1月に投稿すると、ダークでありながらもキャッチーなメロディとサウンド、生々しい本音とどこか憎めないユーモアが絶妙なバランスで織り込まれた歌詞が少しずつ人々の心を掴み、のちにAdoとの出会いを生む。彼は「作品作りにおいて大事なのは自分に正直になることだ」という気づきを得た。

▲「邪魔」

 その後も社会人としてフルタイムで働き、家に帰って朝方まで曲を作る生活が続いた。2019年1月発表の「ビターチョコデコレーション」は、内心はおどろおどろしい感情が渦巻きながらも己を殺して耐え忍ぶ姿がシニカルに綴られ、「邪魔」以上のヒットを記録する。会社員としての生活があったからこそ生まれたであろう同曲は、厳しい日常で苦虫を嚙み潰す現代人の心の傷に、自分事のように染みた。そこから楽曲制作のオファーが増え、同人音楽即売会でツミキやすりぃなどの同業者と出会い、初アルバム『最悪』をリリース。その年末に退職をして音楽一筋の生活となり、コロナ禍に見舞われながらも「うっせぇわ」がヒットした。そこからのsyudouの活躍は周知のとおりである。

▲「ビターチョコデコレーション」

自分の牙を磨いて正々堂々挑む

 彼がシンガーソングライターとして活動しようと思ったのは、応援してくれる人が増えたからこそ何をしたら自分のファンに喜んでもらえるかを第一に考え、自分の色がより濃く出た音楽を提示することではないかという結論に至ったことがきっかけだった。ゆえに感情や人間性だけでなく、生きてきた軌跡さえも映し出してしまう自身の声を音楽に使うことを決めたのだ。

 そんな“声”や彼の踏んできた轍にフォーカスしているのが、最新シングル曲「マイマイノリティ」である。冒頭から《混ざれないままラララ/馴染めないままラララ》というマイノリティを彷彿とさせるワードを用いたシンガロングパートが置かれ、そこに軽快なギターとターンテーブルが絡みつく。冒頭からライブチューンであることだけでなく、自身のルーツであるバンド音楽とヒップホップを掛け合わせたサウンドメイクを施し、彼の音楽家としての歴史と日本武道館公演の景色を結び付けているのが印象的だ。メロディを活かしながらラップ風に歌うAメロはこれまでの数多くのソングライティングと歌唱経験があってこそ実現できるものであり、Bメロからサビへのドラマチックな高揚感もポップスの様式美の真骨頂と言えるだろう。マイノリティとして生きてきた人間が、自分を曲げることなく自分の牙を磨いて正々堂々とポップスに挑む姿が歌詞にも音にもありありと刻まれている。

▲「マイマイノリティ」
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 《誰かが言う勝者の定義なんかに/染まらずに生きる》《その結果残ったちゃちなプライドは/何をしたって守り切んないとな》《譲るもんかマイマイノリティ/僕がその意味を作るんだ》など彼のポリシーが綴られた歌詞は、日本武道館というひとつの大きな到達点でネクストフェーズへと足を進める決意表明として響くだろう。そこにsyudouの音楽に心を奪われてきた観客の歌声が重なるのは、非常に意味深い。これまでの経験をすべて大切に抱きしめて、syudouはこれから先も独自の道を切り開いていく。日本武道館ではそのパワーと生き様を十二分に感じられるはずだ。

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