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<コラム>ビリー・アイリッシュ『ヒット・ミー・ハード・アンド・ソフト』リリースから1年、今なお人気の高い名盤の魅力を解説 著名人からのコメントも



コラム

Text: 松永尚久

 ビリー・アイリッシュのアルバム『ヒット・ミー・ハード・アンド・ソフト』が2024年5月17日に発売されてから一年が経った。本人が「今まで作った作品の中で、最も偽りがないアルバム」と語る本作は、ファンそして評論家からも愛される名盤へと生まれ変わった。【第62回グラミー賞授賞式】で主要4部門をすべて受賞した史上2番目のアーティスト、そして18歳での最年少記録かつ初の女性アーティストという偉業を成し遂げたのが、2020年1月のこと。以降、作品ごとに新しい魅力を発信してきたビリーが本作で見せる本当の自分とは? 本作の聞きどころを楽曲ごとに解説する。

 さらに、本アルバムのリリース1周年を記念して、ビリーを愛する著名人からコメントも届いた。

 <私を叩いて。時に強く、時に優しく>というタイトル通り、ハードでアグレッシヴな部分と包容力のあるソフトな一面、その両面を多彩なサウンドと独自の視点で描いたビリー・アイリッシュの3作目となるスタジオ・アルバム『ヒット・ミー・ハード・アンド・ソフト』。リリースされて一年が経過、アルバムはすでに100億以上の再生数を獲得し、収録曲のすべてがシングル・チャート上位にランクイン、【グラミー】をはじめとする音楽賞にも数々ノミネートされるなど、2024年を代表する作品のひとつとなった(国際レコード産業連盟によると、この年において世界で2番目のセールスを誇る)。ここ日本においても、リリース直後の6月にプロモーションのため来日、東京・原宿でポップアップ・ショップをオープンし、ファン数人を呼んでトークセッションを開催したり、人気音楽番組へ緊急出演したりした。パフォーマンスはしなかったものの、出演ミュージシャンやMCとトークをし、写真を撮影するなど、和やかな雰囲気で日本を楽しんでいる様子が話題を呼んだ。


6月21日、タワーレコード渋谷店にて

 そんな来日の際にビリーはアルバムについて以下のように語っていた。

「過去の作品もありのままの自分ではあるのだけれど、弱さをさらけだすことに抵抗があった。また、以前は『みんながこれを聴いたら喜んでくれるのかな?』みたいな期待に応えられるものを作ろうという気持ちが心のどこかにあったのだけれど、今回は自分が本当に描きたい音楽というものをとことん追求することができた気がする。」

 これまでのアルバム同様、実兄であるフィニアスとともに制作された作品。水中写真家であるウィリアム・ドラムが撮影したアルバムのアートワークからも伝わる通り、ビリーの深層に深く潜ったような楽曲ばかりが揃っている。


『ヒット・ミー・ハード・アンド・ソフト』ジャケット

 冒頭を飾る「スキニー」は、アコースティック・サウンドとファルセットを駆使したメランコリックかつドリーミーな雰囲気の楽曲。映画『バービー』のために書き下ろし、【第96回アカデミー賞】にて<歌曲賞>を獲得した「What Was I Made For?」(2023年発表)の世界を引き継いだような印象だ。現実逃避的なサウンドであるいっぽうで、歌詞に関しては瞬く間に時代を代表するポップアイコン(人形のよう)になってしまったゆえのジレンマなど、これまでクローゼットの奥に隠してきた思いを赤裸々に表現。「周りから見ると幸せそうに見えているかもしれないけれど、実はそうでもない」というフレーズが、せつなくも美しい余韻を残す。

 続く「ランチ」は、アンニュイな雰囲気が漂いながらもヒット曲「バッド・ガイ」のような雰囲気が伝わるバウンシーなダンスポップであり、アルバムからの最初のシングルでもある。「あの子をランチの代わりに食べちゃいたいくらい」という歌い出しがインパクト大。セクシャリティなど周囲の決めた価値観に左右されることなく、自分の尺度で好きなものを見極めて追求していきたいという、ビリーのアート/人生観が伝わってくる楽曲になっている。


 「チヒロ」は、本作のなかでもビリーがお気に入りという、ダークな印象のエレクトロ・ポップ。タイトルからもお察しいただけるかと思うが、日本のアニメーション作品からインスパイアを受けて制作したという。また、自身がディレクターを務めたミュージック・ビデオにおいても、その世界を連想させるような映像を展開。かつてベッドルームで自分自身と向きあっていた頃と外の世界と接触をしはじめていくなかで生まれたギャップ、つまり徐々に<オトナ>になってしまうことへの葛藤を描いている気がした。


 4曲目の「バーズ・オブ・ア・フェザー」は、2024年に開催されたパリ五輪の閉会式において、次の開催地であるロサンゼルスのプレゼンテーションのセクションに登場、披露して話題を呼んだナンバーだ。英語の慣用句「birds of a feather flock together(同じ羽根を持つ鳥は群れをなす)」から引用したタイトル。羽をつけて世界を浮遊しているような雰囲気のするトラックにのせ、一途な思い(必ずしもポジティヴではない)を綴っている。また、ミュージック・ビデオに関しても、誰か(もしくは見えない何か)に引きずられるようにさまざまな場所へ連れていかれるビリーを表現。不思議な力に振り回されることの喜び、戸惑いを感じることができた。また、この楽曲は2024年に最もストリーミングされ、かつ現在も全米チャートの上位にランクイン、新たなビリーの代表ソングになっている。


 アコースティック・ギターのシンプルな音色から徐々に音色が広がっていくドラマティックな展開のバラード「ワイルドフラワー」は、どんなに渇望しても叶うことのない思いを聴き取ることができる。パリ五輪の閉会式で披露したもう一曲の「ザ・グレイテスト」も展開が印象的な楽曲。イノセントな雰囲気から、感情を爆発させ、最後にはオペラのような壮大さが広がるサウンドにのる、ビリーの多様なヴォーカル表現力も楽しむことができる。また、せめて別れ際くらいは、最高の日々を過ごせたと(嘘でもいいから)言ってそれぞれの道へ進みたいという思いを感じることができた。


 続くフランス語タイトルの「ラムール・ドゥ・マ・ヴィ」も<自分の人生における最愛の人>という意味が示す通り、大切な人との関係について綴った楽曲(だが、それはプライベートなものだけをさすのではなく、ファンに対する思いも込められている気がする)。前半は、シャンソンやジャズなどの要素を感じさせるアンニュイな雰囲気だが、終盤に入ると1990~2000年代のフレンチ・エレクトロを連想させるダンストラックに変化していく(このパートはフィニアスが以前に自身のエクササイズのために作った音源「Over Now」を活用したものという)。フレンチテイストをふんだんに織り交ぜながら、緩急のある展開が、多くのリスナーに興奮をもたらした。また、このエレクトロニックなヴァースを拡張させた「ラムール・ドゥ・マ・ヴィ[オーバー・ナウ・エクステンデッド・エディット]」も発表。よりフロアライクな仕上がりになっており、世界で展開中のツアーでも熱狂をもたらすナンバーになっている。また、ビリーはこのエレクトロニックなサウンドをさらに追求、8月にはチャーリーXCXの楽曲「Guess」の新ヴァージョン「Guess featuring Billie Eilish」に参加。さらにエッジの効いたグルーヴを展開させたのと同時に、大量の下着を駆使したミュージック・ビデオも衝撃を呼んだのだった。


 陶酔感がありながらも奇妙な雰囲気を感じるサウンドが印象的な「ザ・ダイナー」は、誰かに執着しすぎるあまり暴走していく姿を描いたナンバー。シンセサイザーの音色で幕を開ける「ビタースイート」は、途中からはダブのリディムを刻みだし、全体的に気だるいムードが漂う内容だ。またタイトルを甘い“sweet”ではなく、ホテルのスイートルームの“suite”に変えているところから、他人からは華やかな場所で過ごしていると思われているかもしれないが、実際は自由に街を行き来できない現在のビリーの<生きづらさ、やるせなさ>が感じられる。


Photo by William Drumm

 そしてラストに収録された「ブルー」は、音楽活動を開始した当時に制作した「True Blue」と、前作『ハピアー・ザン・エヴァー』の際に録りためていた「Born Blue」をミックスさせ完成させたという楽曲。前半は軽やかな印象のサウンドが響き、後半は幽玄的な世界が広がる。自分の思いに白黒をはっきりつけたいけれど、結局はその思いをどうすることもできないブルーな状態のなかにいることを伝えている印象。心の闇を感じる低音のヴォーカルが新鮮だ。また、前作ではグランジやオルタナティヴ・ロックを感じさせる激しいサウンドで幕を閉じたが、今回はストリングスを駆使したクラシカルで落ち着きのある雰囲気で着地。一聴すると美しい静寂の世界だが、デビュー盤のアートワークにあったような我々を睨みつけるような毒々しさを隠し持っているような、そんな印象のするエンディングである。


 自分が思いを寄せる誰か(それはもしかしたら我々リスナーやファンも含まれるのかもしれない)との関係について、ハードでアグレッシヴなサウンドとソフトに包みこむような音を駆使して表現している本アルバム。発売から一年が経過した現在も、それらの楽曲は鮮烈な光を放ち続けている。

 また現在、ワールドツアー【Hit Me Hard and Soft: The Tour】を敢行中のビリー。そこでも楽曲をさらに深化、拡張させ、観客をトリコにしているようだ(現状、残念ながら日本はツアーリストに入っていないが)。まだまだ世界にセンセーショナルを与える勢いの『ヒット・ミー・ハード・アンド・ソフト』。これまで聴いていなかった人はもちろん、何度も耳にしているヘヴィーなリスナーも、向きあうたびにビリーとの特別な関係(つながり)が持てた気分にさせてくれるのと同時に、今まで知らなかった自分の深層にも出会えそうな作品にも仕上がっていると思う。じっくり堪能いただきたい。

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仲里依紗

“HIT ME HARD AND SOFT”は、ビリーが“いちばん自分らしくいられた”って語ってたアルバム。心に静かに、でも確実に深く刺さる。甘さも痛みも全部引き受けてくれる覚悟みたいな強さがあって、聴くたびに、水に飛び込んだ直後のあの感覚が、少しずつ深く染みこんでくる。見失いかけた“自分”を取り戻す旅の音が、私の背中をそっと押してくれます。ビリーの存在そのものが、私の勇気で、これからもずっと、心から大好き。1周年おめでとう!

ゆりやんレトリィバァ

This is Billie Eilish!!!!!!!!
神秘的なかっこよさと芯の強いエナジーをもらえます
Billieの曲を生活に取り入れると、目の前のあたりまえの光景が、自分だけの世界になっていくような気がします!!!最高ッッッ!
だいすき。。

紫 今

紫 今です。
今回のアルバムの中では、BLUEが1番お気に入りの曲です。
ビリーの歌声には、人間の精神のとても繊細な根底の部分、深淵を覗かせるような表現力がある。
日本の音楽と通ずるものを感じます。
深い海に沈んでいく泡のような、それでいて、重い。
その矛盾を成立させている、歌声。
それが、ビリー・アイリッシュというアーティストの凄みだと思います。

TaiTan(ラッパー)

ASMR的なのにスタジアムロック級。
こんな矛盾を達成している音楽を知らなかった。
まるで粒子の運動と銀河系の爆発を同時に観察しているような体験は、圧倒的に奇妙で圧倒的に新しく、そしてなにより超気持ちがいい。
音楽の長い歴史の中で、以前以後を発生させてしまうようなアーティストがどんな周期で出てくるのかは知らないけれど私にとってはビリーアイリッシュはそのひとり。歴史そのものみたいな作品を、リアルタイムで味わえることはなんて幸福なことだろう!!

3年ぶり来日公演が決定!

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