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<インタビュー>名無し之太郎、1st アルバム『名箋』が完成――成長過程を詰め込んだ渾身の1枚に迫る
Interview & Text:上野三樹
林(Vo./作詞)、二瓶(Dr./作曲・編曲)、高橋(Key.)、中野(Ba.)からなる4人組バンド、名無し之太郎。昨年2月にメジャーデビューした彼らが、5月14日に初のフィジカル作品となる1stアルバム『名箋』をリリースした。高校時代にバンドを結成し、ジャズやフュージョンをルーツに持つ二瓶の緻密に世界観を浮き上がらせる作曲と、それをクールにもエモーショナルにも表現する林の歌で、新たなポップスを模索し、メジャーデビュー以降は更なる覚醒と言えるほどの成長を1曲1曲に響かせてきた。今回のアルバムには、そんな4人の挑戦の足跡がしっかりと刻まれている。
インタビューで林は「自分がそうであったように、聴く人が私たちの音楽に生きる意味を見出して欲しい」と語ってくれた。覚悟が生まれたからこそ、みんなが笑顔になれる楽曲も生まれ、希望に満ちている彼らの現在地を感じてもらいたい。
「『成長過程の詰め合わせ』みたいなアルバム」
――昨年2月のメジャーデビューから、1年と2か月ほど経ちました。メジャーデビュー以降、どんな経験をしてバンド内にどんな変化があったかを教えてください。
中野:メジャーデビュー以降、いろんなアーティストさんとの対バンやイベントで他のバンドの演奏や使用されている楽器を見たことが勉強になりました。時にはベーシストの方とLINEを交換して機材のことを教えていただいたり「自分には今こういうことが足りないんだな」と分析したり。たくさん吸収した時間だったなと思っています。
二瓶:昨年インタビューしていただいた時はメジャーデビューしたばかりであまり自覚がなかったんですけど。その後にドラマのタイアップのお話をいただいたり、メディアでの露出も増えてきて、私たちのことを初めて知った方からの声もいただけるようになりました。そこでやっと『僕たちは音楽で仕事をする立場になったんだな』と実感が湧いてきて、ライブのやり方も含め、自己満足じゃない音楽をやらなきゃという心境の変化が大きかったです。
高橋:確かに、この1年で様々なイベントやテレビなどのメディアに出させていただいたことで、人からどう見られるのか、僕らを初めて見た人にどう思っていただけるのかを意識しながら活動できました。
林:ほんとにそうだね。この1年ほどでライブのパフォーマンスや演奏に力を入れるようになりました。曲がいいねって言っていただけるのも嬉しいですけど、私はやっぱり圧倒されるようなライブや、またライブに来たいと思ってもらえるようなライブをしたいと思っているんです。私たちの音楽を聴いてくださる方に、日頃の感謝を面と向かって伝えられるのはライブだけだし、だからこそライブでどんな演出をするのかはメジャーデビューしてからすごく悩んだし試行錯誤して。メンバー同士でぶつかることもありましたけど、最近は「これがもしかしたら私たちのスタイルかもしれない」というのを見つけられた。山あり谷ありでしたが、すごく大きな変化があった1年でした。
――5月14日に1stアルバム『名箋』がリリースされます。名無し之太郎というバンドの新しい側面と確固たる個性が入り混じる渾身の1枚だと感じました。ご自身たちとしてはいかがですか。
林:これは「成長過程の詰め合わせ」みたいなアルバムです。私たちは楽曲のストックがいっぱいあったわけではないので、アルバムを意識して作ったのではなくて、その時々にできたものが詰まった、私たちの自己紹介に相応しい作品です。カオスなくらい盛りだくさんな内容で、聴き応えのあるアルバムになったんじゃないかなと。
二瓶:「融界」なんて高校2年生の頃に作った曲だったりしますし、「春巡り、」は今年に入ってから作った曲。そういう意味ではこの5〜6年くらいで作った曲たちが全部入っています。その間の各々の楽器やプレイングの変化も顕著に出ているし、僕が曲を作るレベルも昔に比べると上がってきて、良い意味で個性を出しすぎずに上手く配分しながら作れるようにもなってきた。それによって昔より、聴きやすく間口の広がった曲もたくさんあります。曲によっては全然違うアーティストが作ったんじゃないかと思うほど(笑)、変化と成長を感じてもらえる作品になりました。
高橋:だからこれは僕らの『名箋』であり「履歴書」って感じもしますね。
名無し之太郎 1st Album「名箋」Teaser
――そんな今作に収録されている「風化」と「毒矢」は、アニメやドラマのタイアップソングで、名無し之太郎のダークでミステリアスな世界観が更に広がりを増したような良い化学反応が起こったなと感じました。
二瓶:「風化」は昔からあった曲が今回のタイアップにぴったりだったので起用していただいたんですけど。「毒矢」は『ゴールデンカムイ』のエンディング曲として書き下ろしたものです。『ゴールデンカムイ』は僕たちの故郷である北海道を舞台にした作品でもあったので、運命的なものを感じました。これは作詞作曲ともに命をかけてやらなければと、作品を読み込み、すごく時間をかけて作っていきました。その結果、「毒矢」という『ゴールデンカムイ』にぴったりな曲ができて、視聴者の方からも大きな反響を頂けて、ちょっと自信に繋がりました。そういう経験があったので最近では好きな作品に勝手にタイアップソングを書き下ろすというチャレンジをやったりしています。
林:「毒矢」は作詞においても原作を読み込んだ上でどんな構成にするかを考えながら制作をした、いい経験になりました。私も好きな作品に出会ったら「勝手にタイアップ」じゃないですけど(笑)、私ならどんな歌詞を書くかな、なんて発想ができるようになりました。まさに私たちの新しい扉を開いてくれた曲ですし、歌の面で言うとキーが高くて曲中で3回ほど転調することもあって歌うのが難しいんですよ。本当に命をかけないと歌えない曲になっていて、それがライブではお客さんを引き込む相乗効果になっている気がします。私も命をかけて歌いますし、お客さんも気合いを入れて聴いてくれて、会場でひとつの世界観が生まれる曲になりました。
「風化」ミュージック・ビデオ
「毒矢」
――他にも新曲が「並行世界」「春巡り、」「Piece of Cake!」「0次元」と4曲あります。これをお1人ずつ担当して解説していただけますか?
二瓶:なるほど。どうする?
中野:じゃあ僕は「並行世界」で。この曲はアルバムの中での僕の推し曲なんですよ。二瓶曰く、ボツになりかけていた曲だったみたいですけど。僕は最初のデモを聴いた時点で好きだったので「やりましょうよ!」って推して。ベースラインも「これしかないでしょう!」という最適解を探す感じで臨んだ曲です。自分のアレンジの引き出しを広げるために、まずはパソコンでベースラインを決めて楽譜に起こしてから実際に弾いてみることを試したり。そういう経験を踏まえて自分の殻を破れた曲でもあります。ギターレスバンドだからこそベースがつまらなくならないように個性たっぷりに弾いています。サビが2段階あって、明るめの印象から一転してダークファンタジーっぽくなるところも「並行世界」の聴きどころです。
- 「私たちの音楽やライブに来ることを生きる意味にして楽しんで欲しい」
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――ありがとうございます。では今年作られたという最新曲「春巡り、」は?
二瓶:じゃあこの曲は僕が。最近はダークな部分を隠してちょっと明るい曲を作ろうと思っていまして。というのも、それこそライブでの見せかたを考えたときに、ダークな曲ばかり10曲ってちょっとハイカロリーかなと。ライブに来てくれる人って、音楽だけじゃなくライブハウスでしか得られないものを楽しみに来てくださる方もいるので、もうちょっとわかりやすい曲というか……僕らの中ではよく「二瓶味(にへいみ)を下げる」って言うんですけど(笑)。そういう曲をいくつか作っていきたいなと思っていたときにできたのが「春巡り、」です。サウンド的には僕がシンセサイザーに触れ始めて、シンセを入れて作ってみた1曲目でもあります。今まではギターレスバンドということでピアノを前に押し出したアレンジにしなきゃという固定概念があったんですけど。それがちょっと取り払われて、シンセメインでアレンジを作って楽器隊の負担を少なくすることにより、メンバーも楽器を見ずに前を向いてみんなで一緒に歌うことができる。そういう意味でもライブ向けの曲として作りました。
――「春巡り、」は地元の函館を舞台に描かれている歌詞なんですか。
林:もともと二瓶からは「函館の冬の情景を思い浮かべながら作った曲」と言われていたんですけど、メロディが華やかで爽やかな曲なので冬じゃなくて春や夏でもいいんじゃない?って提案をスタッフからいただいたんですね。そこから歌詞を書き始めたんですけど、歌詞のサビの部分は縦読みすると〈春隣〉で、それは実は冬の季語だったりして。冬の部分も残しながら春へ移行するときの出会いと別れを描けたらいいなと思っていました。内容的には私たちが高校で出会ってから今では音楽で一緒に生きていくぞっていう覚悟を書いています。ライブでみんなで歌ったら楽しそうですし、みんなに歌って欲しいなって思います。
――歌詞には「五稜星」なんて言葉も入っていますね。函館は路面電車が走っていたり坂道の向こうに海が見えたり、素敵な街ですよね。皆さんの地元への想いはどういうものですか。
二瓶:では私が函館のことを語ってもいいですか?
林:もちろん(笑)。
二瓶:よく日本の観光地で行きたい場所ランキングの1位が函館だったりするのを見ますけど。みんな高校を出たら函館を出て札幌や青森、東京に行ってしまう。でも僕たちは函館を盛り上げていきたいし、函館愛がある。JUDY AND MARYさんやGLAYさんといったアーティストを輩出した街でもありますが、その方たちが20年、30年と活躍されている中で、次は誰が函館出身のミュージシャンとして盛り上げていくのか、僕たちがやらないとなって思っていて。函館にはこれからもずっと貢献していきたいなと思っています。今回のアルバムのツアーは札幌でファイナルの予定でしたけど、その翌日に函館で追加公演をします。函館でライブをした時の皆さんの「お帰りなさい」という愛情をすごく感じているので僕らも還元していきたいです。
――いいですね。では「Piece of Cake!」はどなたに解説していただきましょうか?
高橋:はい。「Piece of Cake!」は僕たちにとってすごくターニングポイントになった曲かなと思っています。ライブでお客さんが手拍子や歌ってくれたりして一緒に盛り上げてくれるようになって、これまで一方通行だったのがそうではなくなった感じがしました。サビの部分では林だけじゃなくて男性陣も一緒に歌えるようになったのもこの曲が初めてなんです。
「Piece of Cake!」(Live Music Video)
――名無し之太郎史上、最も明るくポップな楽曲なのかなと。そういう意味ではチャレンジでしたよね。
高橋:そうですね。今だにライブで演奏しながらどんな表情で弾いたらいいのかなと思うことがあります(笑)。
――では最後の「0次元」は林さん、お願いします。
林:はい、これは私が歌詞先で作っていった楽曲で、本当にもうただただ個人的に書いたものです。私はライブで歌う時、憑依型というか、歌の世界に入り込んで歌うんですけど。本当の自分と歌の世界の自分が両方いるような感じになるんです。そうすると歌っていることで、本当の自分がわからなくなることもあるんです。<私は誰?あなたは誰?><いっておいで忘れて>という歌詞がありますが、内側にいる本当の私が歌う私に対して、ここでちゃんと手綱を掴んで待ってるから行ってきていいよっていう、そういう歌詞になっていて。皆さんも、普段家にいるときと、外で仕事をしたりするときの自分って仮面をかぶっていたり違う部分があると思うんです。私だけじゃなくて色んな方にも通じる内容になってるんじゃないかなと思います。

――林さんご自身は歌っているときの自分と、普段の自分、どういう感じで共存していますか。
林:プライベートではもっと声のトーンが低かったり、全てをマイナスな方向に考えたりして、「これめんどくさいな」とか「行くの嫌だな」とか、そういうことばっかり考えているんですけど。でも人前に出て歌うことを通して皆さんに感謝や愛を伝えたいと思ったりして、変化する部分ってすごく強いんです。まさに陰と陽のように正反対なんですよね。普段の自分だけだったら生き辛いだろうなって思いますけど、どっちも自分だし、どっちも大切で、お互いを支え合っている。今は歌を歌うために生きてるみたいなところがありますし、そういう意味で私も音楽に助けられている。なのでちょっと烏滸がましいですけど、聴いてくれる人の中で生きる意味を見出せないという方がいたら、私たちの音楽やライブに来ることを生きる意味にして楽しんで欲しいなという想いで活動をしています。
――このバンドの歴史も詰まっていますし、すごく充実した制作になったと思います。アルバム『名箋』を作り終えて、皆さんどんな実感ですか。
中野:僕らの高校から大学、そして上京してからの濃い時間が1枚のアルバムにまとまっています。演奏や作曲のスキルだけでなく僕らの精神的な成長も感じてもらえるような作品になったなと。
二瓶:うん。ただ、僕としては早く次のアルバムを作りたいです(笑)。1曲1曲、作ってきてこうしてアルバムにまとめられたことで、「じゃあ次はアルバムに向けて作ったらどんなものになるんだろう?」って興味が湧いています。コンセプトがしっかりあるアルバムも作ってみたいですし、でもこの1枚目のアルバムが、気持ちと意気込みとしては僕たちのベストアルバムです。こういうベストアルバムをこれから10枚くらいは作れたらいいなって思っています。
林:うん、私たちの長い歴史を刻んだ集大成みたいな良いアルバムになりました。
高橋:多分、我々が最初に自分たちで曲を投稿したのは6年くらい前になると思うんですけど。この6年間、僕らのことを追ってくれている方がいるなら、その方たちにまずは聴いて欲しい。そして多様な曲が揃っているので、新しく手に取ってくださる方にも何かいいなと思ってもらえる曲が1曲でも多くあればいいなと思っています。
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