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<インタビュー>身体と音が一体になるような感覚がある――水咲加奈、9年ぶりのアルバムで誘う“音楽への没入” 君島大空や石若駿らも参加

Interview:黒田隆憲
Photo:Shintaro Oki(fort)
シンガー・ソングライターの水咲加奈が、およそ9年ぶりとなるフルアルバム『immersive』をリリースした。
SNS時代における承認欲求や自己肯定感の揺らぎ、他者との距離。「自分らしさとは何か?」そんな現代的な問いを静かに掘り下げる全10曲が収録された本作は、プロデューサーの保本真吾とのタッグのもと、じっくりと時間をかけて完成された。君島大空や石若駿ら注目の若手から、後藤次利や中シゲヲ(The Surf Coasters)といったベテラン勢まで多岐にわたるゲスト・ミュージシャンも参加し、楽曲ごとに異なる温度と視点が交差する、音楽的にも豊かな仕上がりとなっている。
5月にはアルバムを携えてのワンマンライブも控えるなか、水咲が今作に込めた思いや制作の裏側をじっくりと語ってくれた。
“音楽に没入する時間”を大切に
――まずはタイトル『immersive』の由来から教えてもらえますか?
水咲:“immersive”という言葉には“没入感”といった意味があります。例えば、日々の忙しさや考えごとに頭がパンパンになって「もう限界だ…」と感じるときが、多かれ少なかれあると思うんです。私は上京して3年になりますが、東京という都会の中では、いろんな音が混ざり合って、時にカオスのように感じる瞬間があって。そんなとき、目を閉じてイヤホンやヘッドホンで好きな音楽を聴くと、ふっと自分の身体と音が一体になるような感覚がある。まるで海の底へと深く沈んでいくように、どんどん静けさに包まれていく感覚が何度も私を救ってくれました。だからこそ、情報や刺激が溢れる今の時代に“音楽に没入する時間”を大切にしてほしいという思いが強くあったんです。そうした思いをタイトルに込めました。聴いた方が「よし、明日からもなんとか頑張ってみよう」「自分らしく生きてみよう」と感じてくれたらうれしいです。
――制作には約9年かかったそうですね。保本さんとの出会いも大きな転機だったとか。
水咲:出会いは5年前です。ちょうどコロナ禍の真っただ中で、私自身ライブもできず、音楽制作の仕事もほとんどストップしていた時期でした。保本さんも「本当に仕事が激減してしまった」と同じように感じていたそうで、Twitter(現X)に「自分と音楽を作ってみたい人はいませんか?」と投稿されていたんですよ。そのツイートにはたくさんのアーティストがリプライしていて、私もその流れで勇気を出して、音源を送らせてもらったのが全ての始まりでした。
――なるほど。では早速、曲ごとにうかがっていきます。冒頭曲「シャッター」は、フィルムカメラのシャッター音などSE(効果音)を使ったアンビエントな質感も印象的でした。
水咲加奈「シャッター」MV
水咲:あの曲は、私が表参道にある『ふくい南青山291』で開催していた【水咲カフェ】というイベントがきっかけで生まれました。『ふくい南青山291』は私の地元、福井県のアンテナショップ。【水咲カフェ】イベントでは毎回テーマを決めて、ライブやトークショーをしたり、新曲を披露したりしていたのですが、昨年7月に“フィルムカメラ”をテーマにしたことがあって。私は写真やカメラが大好きなのですが、写真家ではないのでカメラの魅力をただ語るのではなく「音楽とどう結びつけられるか?」を考えようと。そのことを保本さんに相談したところ、「じゃあ(カメラの)シャッター音を使ってみたら?」という提案を受け、レコーダーで録音したシャッター音をサンプリング素材にして音源を作ってみたんです。
――へえ!
水咲:その後も保本さんと、「あの曲、結構良かったよね?」という話になって。『immersive』というアルバムのテーマにもすごく合うし、カメラのシャッターを切るように目を閉じて耳をすませて聴いてください、という思いを込め、正式に仕上げてアルバムの冒頭に収録することにしました。
――「舞踏会」は君島大空さんとのコラボレーションですが、どのようなやりとりを経て完成したのでしょうか。
水咲:以前、君島さんと共演させていただいたときから「次はぜひ曲作りでご一緒したい」と。その思いからこの曲が生まれました。まずピアノと歌だけのデモを録り、それを保本さんに聴いてもらったところ「すごく良いから形にしよう」と言っていただき、「ここに入れるガットギターは君島さんにお願いしたい」と伝えたら、「それはいいね」と即決で。君島さんにオファーをかける一方で、保本さんには君島さんのギターをイメージしつつアレンジを進めてもらいました。実際に制作が動き出すまでには少し時間がかかったのですが、いざ始まるとあっという間でしたね。君島さんから深夜に突然、音源がポンと送られてきて。「最後のソロ、ちょっと弾きすぎたかな」「確かに、曲調にしてはうるさいかも」「やりすぎギターは大抵お蔵入りだよね(笑)」なんてやりとりをしながら、ほんの数時間でギターが完成しました。保本さんも彼のギターをすごく絶賛していて、本当に良い形で仕上がったなと思っています。
水咲加奈「舞踏会」MV
リリース情報
アルバム『immersive』
- 2025/4/16 RELEASE
イベント情報
水咲加奈ワンマンライブ『羽化の日』
2025年5月25日(火)
東京・渋谷WWW
開場16:45 / 開演17:30
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最後には必ず“希望”があるようにしたい
――「あおい」は“友人への鎮魂歌”と資料にありましたが、どんな背景で生まれた曲ですか?
水咲:歌詞や曲調で心配されることもあるのですが、その友人は今、とても元気に過ごしています。彼女は一時期、鬱状態に陥ってしまい、何度も自殺未遂を繰り返していました。私はそのとき一番近くにいた友人だったのに、何も言ってあげられなかった。「生きて」とか「大丈夫だよ」なんて軽々しく言うことはできなくて、でも本当は生きてほしかった。そんな願いを、この曲には託しています。
水咲加奈「あおい」MV
――構成もドラマティックで、アルバムの中でも特に印象深い一曲です。
水咲:実はデモ自体はかなり前にできていたんです。ただ「テーマが重すぎるかも」「今の時代にフィットしないかも」と迷い、一度はお蔵入りにする判断をしました。それでもライブで演奏する機会が何度かあって、そのたびに手応えを感じていたんです。保本さんとも「やっぱりこの曲は良いよね」と話していました。そういうタイミングで石若駿さんとのコラボが実現し、「じゃあこの曲でお願いしよう」と。実際、石若さんのアレンジによって、曲の感情がより深く引き出されたと思っています。
――実際に石若駿さんと制作をしてみて、印象に残っていることはありますか?
水咲:一番驚いたのは、自分が弾き語りでやっていたときのピアノのモチーフが、アレンジから全て取り払われていたことです。「ここだけは絶対に残るだろうな」と思っていた部分だっただけに、まるごと消えていたのがすごく新鮮でした(笑)。冒頭で鳴っている効果音……あれはスーツケースとクルミの音なのですが、それが本当に絶妙で。何の音かはっきりとは分からないけれど、自分の身体から鳴っているというか、感情と地続きになっているような必然性を感じたんです。最初のアレンジデモを石若さんに送ってもらった瞬間から感動してしまって……「これはもう、何も言うことないね」と保本さんと話したくらいでした。レコーディングも驚くほどスムーズで、私はほとんど何もしゃべらなかったんですよ(笑)。石若さんの頭の中で、この曲の世界観が完全に出来上がっていたのを感じましたし、ただひたすら「最高っす」と言っていただけでした。それで十分というか、本当に素晴らしい時間でしたね。
――「終点」は“創作への絶望”を描いた曲だそうですね。
水咲:2023年の年明けくらいから「時代に合わせた曲を作らなきゃ」という意識に初めて本格的に傾いていったんです。でも、それは私にとってすごく苦しい時期でしたね。感情をいったん脇に置いて、「ウケる曲とは何か」を考えながら月に10曲くらい書いていたのですが、どれもまったく好きになれなかった。どの曲にも自分自身は“不在”だったから、歌詞も全然書けなくなり、無理に書いてもまるで心がこもらなくて……。「終点」や「鏡よ鏡」も、その時期に原型はできていたのですが、当時は全然違う歌詞が乗っていて、自分では「もう二度と歌いたくない」と思うような状態でした。
――それは辛い状況でしたね。
水咲:毎日が本当にしんどかったです。でも、時間が経ってから聴き直すと「メロディーはやっぱり良いよね」と思えるようになり、保本さんにも背中を強く押してもらったんです。「どんな状況で作った曲でも、自分が生み出したものであることに変わりはない。それを否定するのは、過去の自分に対して失礼だよ」って。その言葉に救われ、歌詞をすべて一から書き直すことにしました。かなり絶望的な歌詞ですが、そこには「誰にも自分の世界は渡さない」「自分らしく生きていこう」という強い意志も込めました。この曲は、自分自身に向けた“祈り”のような一曲でもあると思っています。
――「鏡よ鏡」は、SNS時代における“承認欲求”や“自己肯定感の揺らぎ”がテーマになっています。
水咲:おっしゃるとおり、「誰かに評価されたい」「褒められたい」「愛されたい」という気持ちをテーマにしています。きっと誰にでも、少なからずそういう欲求はあると思うんです。とはいえ、そうした感情にあまりにも引っ張られてしまい、SNSで誰かの言葉ばかりを気にしたり、無意識に“誰かに寄せた”自分を演じていたり……気づいたら自分自身がどんどん曖昧になってしまっている。それってすごくもったいないことじゃないかと。他人の評価に振り回されず、自分らしく生きてほしい。それがこの曲で言いたかったことなのですが、とはいえ「終点」のように“熱く真っ直ぐに伝える”というよりは、少し皮肉っぽく、ちょっと上から目線で書いています。「そんな自分、もうやめちゃいなよ」と突き放すような、ある意味、挑発的な一曲になっていると思います。
水咲加奈「終点」MV
水咲加奈「鏡よ鏡」MV
――「透明な落葉」は、ご自身よりも圧倒的な才能を持つ人と出会ったときの感情がもとになっているそうですね。
水咲:はい。これは、私が20歳のときに出会ったあるアーティストとの経験から生まれた曲です。当時はちょうど感受性がとても強い時期だったのですが、彼女のパフォーマンスを目の当たりにしてものすごく衝撃を受けたんです。それまで自分が信じていたことや、積み重ねてきたものが一気に崩れていくような感覚がありました。私なんてもういなくてもいいんじゃないか……そう思ってしまうくらい圧倒されていました。これはきっと、音楽に限らずどんな分野でも起こり得るのではないかなと。自分の存在意義が見えなくなって、軸がぶれて、「これまでやってきたことは、全部誰かの模倣だったんじゃないか」とさえ思えてしまうような。
――とてもよく分かります。それでも「終点」と同じくこの曲は、最後に希望を描いて終わっていますね。
水咲:そうですね。私はどれだけ絶望的な気持ちで曲を書いても、最後には必ず“希望”があるようにしたいと思っていて。完全な絶望をそのまま世に出すことにあまり意味を見出せないんです。だからこの曲も、最終的には「この経験も時が経てばきっと良かったと思えるはず」「もしかしたら私もいつか誰かの憧れになれるかもしれない」という、未来への祈りが結末に描かれています。
リリース情報
アルバム『immersive』
- 2025/4/16 RELEASE
イベント情報
水咲加奈ワンマンライブ『羽化の日』
2025年5月25日(火)
東京・渋谷WWW
開場16:45 / 開演17:30
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ライブは“没入の極み”
――アルバム全体を通して“自分らしさとは何か”、“他者との距離感”、“自己像との葛藤”といったテーマが根底に流れているように感じました。そうした問いは日々、ご自身の中にもあるものですか?
水咲:あると思います。私はずっと「自分とは何なんだろう?」という問いに向き合ってきました。ひとりでピアノに向かっていると、自分がつかめなくなることもあるんですよね。でも、誰かと会話するなかで「この人とは考え方が違う」とか「自分にはこういう面がある」と気づける。そうやって、ようやく自分の輪郭が見えてくるような気がしています。
――なるほど。
水咲:「BGM」という曲では、「好きなものに理由なんていらない。私が愛するものを、私だけは信じよう」というメッセージを歌にしましたが、これも結局、「自分を信じよう」ということ。どの曲もテーマやトーンは少しずつ違っていても、根っこには「自分らしく生きたい」という思いがずっと流れているんだなと、自分でも驚くくらいです(笑)。
――サウンド的な挑戦や、新たに試したことはありましたか?
水咲:やはり「あおい」は特別な曲でしたね。数年に一度あるかないかの、自分の100%の思いを注げた曲で、こういう曲は本当に“降りてくる”タイミングでしか書けない。だからこそ、形にできてよかったと思っています。その後に作った「クリスタル」も、ある意味では実験的な曲です。石若さんにピアノ弾き語りのデモをお送りしてから、クリック(メトロノーム)を聞かずに録音していたことに気づき、慌てて録り直そうとしていたら、その前にもうアレンジが届いたんです(笑)。譜面まで自分で書いて、「ノンクリック楽しい!」というコメント付きで驚きました。こちらが準備する前に音楽が走り出していく、そんな感覚が昔の自分のやり方と重なったんです。しかもレコーディングでは、譜面も曲も知らずに来てくださった演奏者の方々が、呼吸や感情に寄り添って音を重ねてくれて。「テンポが速くなってる」じゃなくて、「ここは感情が高ぶってるんだね」と解釈してくれるのが本当にうれしかったです。ピアノも録り直さずに自宅で録った拙いテイクをそのまま使っていて、歌も前と新録のテイクをミックスしました。石若さんが「声がレイドバックしてるのがいい」と言ってくれて、そこからあえて息を細くして歌うなど、表現にも新しい挑戦がありましたね。しかも、歌詞も後から直したところがあるんです。
――それはどこですか?
水咲:〈長い冬が終わったよ〉と歌っているところ。最初の段階では〈ルッキズムだって同じだよ〉だったんです。でも、当時読んでいた本の言葉をそのまま使ったことで、どうしても浮いて見えてしまい差し替えました。その一行を変えるためだけにボーカルも録り直し。でも、そこには自分の中での明確な“切り替わり”があったので、超パーソナルな思いとして声に残したかったんです。
――デモに反応して演奏が重なっていくのはある意味、“時空を超えたセッション”のようでもありますね。そういう裏話を知ったうえで聴くと、曲の味わいもまた深まるような気がします。
水咲:そう感じてもらえたらうれしいです。制作の背景を知ってもらえることで、音の奥にある感情や空気感もより伝わるんじゃないかなって思います。
――5月にはワンマンライブも控えています。このアルバムを引っさげて、どんなステージを作りたいですか?
水咲:10曲入りのアルバムを出すのは9年ぶりになるので、この『immersive』を軸に、これまでで最大規模のステージを完成させたいと思っています。今回は4人編成のバンドでのライブを予定しているのですが、その人数では再現しきれないアレンジもたくさんあって。それをどう再構築して届けていくかという点も、ひとつの“制作”として楽しみにしています。アルバムタイトルの『immersive』、“没入”という言葉のとおり、ライブは“没入の極み”じゃないですか。非日常的な空間の中で、その日、その瞬間にしか起こらない体験ができる。そういう意味でも、このタイトルがまさに今回のライブにぴったりだと感じました。渋谷の喧騒を抜けた先に、そんな時間が待っていたらと願っています。
リリース情報
アルバム『immersive』
- 2025/4/16 RELEASE
イベント情報
水咲加奈ワンマンライブ『羽化の日』
2025年5月25日(火)
東京・渋谷WWW
開場16:45 / 開演17:30



























