Special
<インタビュー>さかいゆう、思い出の地パサデナで制作したニューアルバム『PASADENA』を語る
Interview & Text:猪又孝
さかいゆうが通算8枚目となるニューアルバム『PASADENA』をリリースした。アルバムタイトルは、さかいが音楽家を志した頃に単身渡米して暮らしたロサンゼルス郊外の都市名に由来していて、今回のアルバムには思い出の地であるロサンゼルスで録音した4曲と、当時日本に戻って切磋琢磨したShingo Suzuki(Ovall)がプロデュースした東京制作の4曲を収録。さらに昨年、配信リリースのみだったニューヨーク録音による3曲をボーナストラックとして収めている。昨年10月にメジャーデビュー15周年を迎えたさかいが、キャリアの原点に立ち返って制作した本作には、どのような思いと願いが詰まっているのか。先日、ワシントンD.C.で『NPR Music Tiny Desk Concerts』に出演してきたエピソードも併せて教えてもらった。
「忘れようにも忘れられない曲になりました」
――今回のアルバムは、いつ頃、どのような流れで制作が始まったんでしょうか。
さかいゆう:ベストアルバム(『さかいゆうのプレイリスト [白と黒]』)にまつわる活動が全部終わったあとですね。アルバムのツアーを昨年3月に終えて、夏頃からロサンゼルスと日本、両方でレコーディングを始めました。
――昨年3月にNYでのスタジオライブ音源を中心にした『Singing Nippon in New York』を配信リリースされました。あの作品と今回のアルバムは連動しているんですか?
さかい:まったく別物ですね。あのアルバムに入れた新曲3曲(「縄文のヒト」「虫」「蘇州夜曲」(カバー))は、今回ミックスとマスタリングをし直したんです。めちゃくちゃ違いがあるけど、フィジカルで出してなかったし、CDはCDでCDの音がするので、これはこれでいいんじゃないかということでボーナストラックとして入れました。
――15周年イヤーから続く形で、NY、ロサンゼルス、TOKYOで制作をしたのかと思っていました。
さかい:いや、16年目からの第一歩という感じです。ベストアルバムで一区切りついて、16年目からどうしましょうか?というときに、自分をミュージシャンにしてくれた街がパサデナだし、日本に戻ってすぐの頃から音楽を一緒にやってきたShingo Suzukiと一緒に作ろうと。あと、僕が映っている映像で最初に世に出たのはPUSHIMのミュージック・ビデオだと思うんですね。
――「a song dedicated」(2004年)にバックコーラスとして参加していましたね。
さかい:PUSHIMはミュージシャンになる前からすごく好きで、ミュージシャンになってからは尊敬するシンガーだったので、今回のアルバムを締めくくる曲にいいなと思って「Understanding」という曲に参加してもらったんです。だから、今回のアルバムには自分なりのヒストリーがあるんですよ。
「Understanding feat. PUSHIM」ミュージック・ビデオ
――サウンド面はどのような方向を考えたんですか?
さかい:スタッフの間では、“ポップさかい”と“ブラックミュージックさかい”という区分けがあるらしくて。
――“白さかい”と“黒さかい”ですね。それがベストアルバムのタイトルにもなっていた。
さかい:その区分けはピアノの白鍵・黒鍵にも繋がるということでベストアルバムのタイトルにしたんです。それで言うと、今回は“黒さかい”を出して欲しいと。J-POPっぽい音楽を勉強して作り始めたのは、ロサンゼルスから戻って少し経ってからなんです。ロサンゼルスで音楽をやり始めた頃はスティーヴィー・ワンダー、ダニー・ハサウェイ、マーヴィン・ゲイ、キース・ジャレット、マイルス・デイヴィスくらいしか知らなくて、自分を音楽家にしてくれた音楽は“黒さかい”の方なんです。なので、ダンサブルでソウルフルなさかいゆうを好きな人は今回のアルバムを気に入ってもらえるんじゃないかと思います。
――まずはロサンゼルス録音の方から話を訊かせてください。今回参加したプロデューサーやソングライターは、過去にジョン・レジェンドやアッシャー、TLC、アンダーソン・パークなど、世界的アーティストを手掛けていますが、曲作りはコライトで行ったんですか?
さかい:完璧にゼロからコライトですね。
――現地のスタジオに入って、さかいさんがピアノを弾くところからスタート?
さかい:そうです。大きな声で言えないけど、元々用意されていたトラックは自分が求めていたものとは合わなくて全部ボツになりました。向こうが僕をイメージして作ってくれていたんですよ。それらはすごくかっこいいんだけど、わかりやすい顔の特徴がないというか。作ってくれた顔にあとから書き足していっても訳がわからない感じになるし、ゼロから作った方が早いと思って、今回は4曲ともゼロからコライトです。
――ロサンゼルス録音に参加したクリエイターの中で特に印象的だった人物を教えてください。
さかい:「甘くない危険な香り」を一緒に作ったサム・バーシュはピアニストとしてもかっこよかったですね。ふたりきりで1日、“ピアノ・ハングアウト”したいなと思いました。今回の曲には彼の良さが出てるんです。ファンキーでジャジーで、ビートのあるアーバンなハーモニーが出てますね。
――先行配信された「PASADENA」は、どのような楽曲をめざしたんですか?
さかい:これはもう“ロサンゼルス”ですね。これはニューヨークじゃ作れない(笑)。
「PASADENA」ミュージック・ビデオ
――このカラッとした爽快なグルーヴはロサンゼルス制作だからこそ。
さかい:そうです。聴いてすぐ景色が浮かぶ音が欲しかったし、この曲を1曲目にすることと、最後はバラードで締めたいということだけ最初から決めていました。今回のアルバムタイトルが『PASADENA』になったのは、この曲をコライトした日なんですよ。「絶対このアルバム、PASADENAっていうアルバムでしょ!」と思って。シンプルに♪パーサーデーナー♪って歌うのは面白いし、しかも日本だと吉祥寺くらいの感じだし(笑)。
――パサデナに行ったことがないので吉祥寺と同じ感じなのかわからないです(笑)。
さかい:♪きーちーじょうじー、ビューティホー♪って、何言ってんだ、こいつ?みたいな歌詞だなと思って(笑)。そこから自分の中にある懐かしさと対峙して仕上げていきました。
――さかいさんは2000年から約1年、パサデナで暮らしたそうですが、どんな街なんですか?
さかい:とっても静かで、散歩するのにちょうどいい街です。空気は乾いてますけど自然もあって、50分くらいのドライブで行ける裏山は2000メートルあるような高い山。海に行くのは遠いですけど、音楽をやったり、遊学するにはいい場所でした。
――当時、パサデナでどんな音楽活動をしていたんですか?
さかい:まだピアノを始めていなくて。でも、なぜかわからないけど、弾いたこともないピアノに惹かれたんですよね。それで弾き始めたら楽しくなってきて。まだレコーディングをできるような身分じゃないのでダウンタウンに行って覚えたての曲でストリートライブをしてました。今、振り返るとびっくりするくらい下手なんだと思うけど、練習を重ねていくと、自分が聴いてきた名盤たち……マーヴィン・ゲイとかスティーヴィー・ワンダーの秘密がわかってくるわけじゃないですか。
――楽曲の構造とか。
さかい:そんなに難しいことをやってないんですよ、ああいうソウルミュージックの巨匠たちは。プレイそのものに難しさはなくて、譜面で表せないニュアンスが素晴らしい人たちなので。ひとりでロサンゼルスに住んだから誰とも比べなくていいという環境がプラスに働いたし、楽しみながらピアノを覚えていくっていうのが良かったんですよね。
――「PASADENA」は昨年12月に先行リリースされましたが、今年1月、パサデナは山火事の被害に見舞われました。
さかい:まさかこんなことになるとは思ってなかったですね。
――不運ですが、“帰って来たよ”で始まり、サビで“Pasadena Beautiful”と歌うこの曲は、パサデナへのエールのような曲にもなりました。
さかい:本当ですよ。今もパサデナことを心配してますし、被害に遭われたみなさんに心からお見舞いを申し上げます。忘れようにも忘れられない曲になりました。
- 「無関心でいることができても無関係ではいられないですからね」
- Next>
「モチベーションは……、『夢』ですね」
――日本で制作した4曲はOvallのShingo Suzukiさんが全曲プロデュースしています。彼との縁はいつ頃から始まったんですか?
さかい:2005年くらいですね。2003年頃から2008年頃まで渋谷界隈のクラブイベントでセッションライブするのが流行っていたんです。ジャズでもないし、フュージョンでもない、独特のジャムシーンがあって。その頃、ディアンジェロの『Brown Sugar』とか、その辺りの音楽に影響を受けてオーバーグラウンドに表れてきた人たちの中にOvallがいたんです。
――日本制作の楽曲を丸ごとShingoさんに任せようと思った理由は?
さかい:シンゴっち(Shingo Suzuki)はまとめる力がある人だし、バランスが良い。古い感覚を持ちながら新しいR&Bに挑戦していってると思うんです。自分の魂までは売ってないけど、自分の心変わりを感じられる人なんですよね。今、生音でやっても誰も聴いてくれないよなと思ったら使わない。でも、自分の中には生音のグルーヴがあるから、その魂までは売ってない。「それでも生音でファンクやるんだい!」という頑固な懐古主義でもない。そういうところが僕とも似ていて呼吸が合うんです。
――Shingoさんとの作業は、原型となるスケッチをさかいさんが描いて、Shingoさんに渡していったんですか?
さかい:そうです。「アイのマネ」と「What About You」と「Understanding」は僕の作曲で、シンゴっちがサウンドプロデュース。「諸行無JOY」はシンゴっちが持っていたトラックで僕がメロディーを作りました。そういう共作ができるから今回お願いしたんです。
「アイのマネ」ミュージック・ビデオ
――アルバム発売日にミュージック・ビデオを公開した「What About You」にはKダブシャインを迎えました。彼との繋がりは、いつ頃から?
さかい:今から4年前くらいだと思います。
――結構、最近の話なんですね。
さかい:誕生日会に呼んでくれて、遊びに行ったらいろんな話をしだして。話しているうちにKダブさんはヒロイズムがある人なんだと思ったし、だからああいうラップが書けるんだなと。僕はもっと冷めてるから、世の中はクソだっていう精度は僕の方が高いんです(笑)。
――ドライなぶん、諦観・達観してる。
さかい:そうです。だからKダブさんとは仲良くなれるんですよ。そんな流れからKダブさんのピュアな思いを受け止めて、曲を一緒に書きたいですねという話をしていて、そこから「What About You」ができたんです。
――「What Abou You」でテーマにしたことは?
さかい:政治です。“あんたはどうするんだ?”っていうことです。僕は積極的諦観っていう姿勢で、僕の考えは「甘くない危険な香り」や「Gotta Get Up」に集約できてると思います。
――伝えたかったことは、政治への参加意識を持て、ということですか?
さかい:無関心でいることができても無関係ではいられないですからね。「What About You」と「Gotta Get Up」は、同じことを言ってるんですけど、敵が大きすぎて問題の解決策が見つからず、自分の無力感から政治参加を諦める人もいると思うんです。問題の解決は僕らみたいな民(たみ)ができるわけがない。でも、ひとつできることは、政治家が適当なことを言っていても、政府のデータは嘘をついていないと思うから、それをちゃんとウォッチして声を上げていくこと。それだけで小さなライトになると思うんです。
「What About You」ミュージック・ビデオ
――「甘くない危険な香り」は、どんな思いを書いたんですか?
さかい:今の世の中のでたらめを歌にして楽しく過ごすための曲です。なんだか世の中ヘンっていう匂いはするじゃないですか。でも全然見えない。それなのに「ホラ見えたよ!」「いや、なんで見えねえんだよ!」って争ってる。そのことを歌ってるんです。論争はいいけど、ケンカさせるために相手は分断させてるんだから。みんな、やっぱり団結しないとダメだなって思うんです。
――それは「Understanding」の相互理解というテーマにも繋がっている。
さかい:そうです。「Understanding」も政治と歴史がテーマなんですけど、今回はそのモードだったのかなって思います。
――今回そういう歌詞が増えた理由は?
さかい:でも、全部ラブソングでしょ?(笑)
――確かに。
さかい:地元の高知県土佐清水市に移住して4年くらい経ちますけど、自然の中にいたら、むしろ世の中のそういうことを憂いますね。田舎にいると人間に会う時間の方が少ないから。でも、人が多く集まる都会の人間社会以外にも世界を構成する要素はたくさんある。海もあるし、山もある。空は都会にだってある。そうすると自然と言いたいことが増えていったんですよね。
――自然に囲まれて暮らす中で、人間社会に対して何か言いたくなったと。
さかい:ぼやきですね(笑)。今回はぼやきが多いです。そのぼやきをどうやってラブソングにしようかなと考えていったんです。
――現代社会への警鐘というより、ぼやきなんですね。
さかい:アラームを鳴らすほど、僕は大したことないんで。良いこともでたらめなことも、世の中は小説より奇なり。面白いことが常に起こってますから。それに対して意見を持つこともいいけど、相手が間違ってると感じたときに、もしかしたら自分が得ている情報以外の情報があるのかもしれないと想像を働かせること。田舎にいる方が、そういう想像力や心の余裕が生まれる気がしますね。
日本人シンガーソングライターとして初となる『NPR Music Tiny Desk Concerts』出演
――話は変わって、今年3月に、ワシントンD.C.で本家『NPR Music Tiny Desk Concerts』の収録をしてきました。率直な感想を教えてください。
さかい:自分の旅行史に残る楽しさでした。3泊6日でしんどかったけど(笑)、緊張と興奮で収録の前日は一睡もできなかったですね。喉をケアするために喋らないでずっと横になりながら「楽しみだなぁ、楽しみだなぁ」って。「どんな感じなんだろ。オフィスだから音はデッドなのかな。でもネイト(・スミス)のドラムで歌えるのか、楽しみだな」って。
――どの曲を演奏してきたんですか?
さかい:「Get it together」という以前ロサンゼルスで録った曲。ゆるい感じの曲なんですけどテンポを少し上げてオープニングアクトにふさわしい感じにしました。あと、J-POPメドレーをやりたくて、「ストーリー」「まなざし☆デイドリーム」「薔薇とローズ」の3曲を1分半くらいずつ繋げて、最後に「桜の闇のシナトラ」です。NYのことを歌った曲ですけど、ワシントンは桜が有名だから演奏しようと。普通に20分のライブをしてきました。あっという間の20分でしたね。
――演奏してみて、周囲の反応はどうでしたか?
さかい:スタッフもすごく楽しみにしてくれていたし、サウンドチェックが終わったら、オフィスにいる人たちもめっちゃノリノリで盛り上がってくれて。エンジニアとかカメラマンの人たちも心から楽しんでくれたし、なによりもヘッドのキース(キース・ W・ジェンキンス)とスラヤ(スラヤ・モハメド)が本当に喜んでくれましたね。
――本国版に日本人シンガーソングライターが出演するのは初めてですが、1視聴者として『NPR Music Tiny Desk Concerts』にどんな印象を持っていましたか?
さかい:シンプルにとてもファンでした。ミュージシャンの素が出るんで貴重でしたね。ボーカルもありのままだし、「本当はこんな感じの音なんだ」っていうのがわかる。ゴリゴリにバンド演奏が鳴ってる中、今回の僕みたいに歌っている人はあまりいないんじゃないかなって思います。今回はネイトにもゴリゴリに叩いて欲しくて、最後の方は僕の声をかき消すくらい叩いてました。

――今回の伴奏は大林武司(Pf.)、ベン・ウィリアムス(Ba.)、ネイト・スミス(Dr.)から成るTBN TRIOが務めていますが、彼らはどんなミュージシャンなんですか?
さかい:ネイトは今をときめくファンクドラマーだと思っていて。ネイトとベン・ウィリアムスっていうリズム隊も強力ですし、今のジャズとかファンク、グッドミュージックをかき集めたような奇跡のバンドだと思いますね。
――大林さんはどんなピアニスト?
さかい:音楽の探究家ですね。速いパッセージをわかりやすく繰り出すような派手なピアニストじゃないけど、かといって古いジャズだけを追い求めているような懐古主義じゃない。ポップミュージックも好きだし、ソウルやR&Bにもアンテナを張っているし、現代の音を吸ってケミストリーを起こしてる。トリオの場合、誰かリーダーがいて、それを支えてる感じが多いけど、TBN TORIOは3人全員がリーダーなんですよね。僕の中ではビル・エヴァンス・トリオか、キース・ジャレット・トリオか、TBNかっていうくらい好みです。
――今回の『NPR Music Tiny Desk Concerts』で注目して欲しいところを教えてください。
さかい:本場のワシントンのオフィスでJ-POPがかき鳴らされるところじゃないですか。アメリカの誠実な音楽ファンたちがJ-POPを聴いて心から喜んでいるところを観て欲しいですね。
――10周年を迎えた辺りから海外録音をしたり、海外ミュージシャンとのコラボが増えましたが、現在、さかいさんは海外での音楽活動にどのように向き合っているんですか?
さかい:縁ですかね。僕は作為的なことができない人間なんで運命を受け入れるだけ。【グラミー賞】を獲りたいとか、特にゴールもないですしね。くれるんだったらもらいますけど(笑)、一生懸命その場でその場でプレイするだけなんですよ。
――海外ミュージシャンとコラボすると、さかいゆうのどんな部分が引き出されるんでしょうか。
さかい:それは言語化が難しいですね。でも、海外の方がすごいとか、そういうふうには思っていないんです。日本でも日本なりの音がしますから。アメリカの音楽は好きですけど、特定の民族のファンというわけじゃないですしね。本当に憧れていたらギタリストの山岸潤史さんのようにニューオーリンズに行くと思うんです。向こうに住んで活動してると思う。でも、僕はアメリカより、(高知県の)足摺岬の方が好きなんで。機会と縁があったらセッションをして、今の自分の音楽を紡ぐだけっていう感じなんですよね。
関連商品

