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<コラム>メランコリックな世界観を歌う――新星シンガーソングライターなるみやとは



コラム

Text:小町碧音

 20歳の女性シンガーソングライター・なるみやが、3月26日に1st EP『まどろみの記憶』をリリースした。TikTokフォロワー27万人、YouTube登録者17万人、Xフォロワー約5万人と、ドリーミーな白い部屋で一輪の花が咲く瞬間を待つシンガーソングライターだ。光が当たる場所があれば、その裏には影があるものだが、なるみやの音楽は、そんな“陰”に寄り添う。




1st EP『まどろみの記憶』トレイラー


 2020年以降、TikTok発の弾き語りシンガーソングライターがメディアに登場する機会は、ごく一般的なものとなった。直近の例としては、昨年の『第75回NHK紅白歌合戦』に出演したtuki.が挙げられる。2023年にTikTok公式アカウントで公開されたサビ音源が話題となり、ストリーミングサービスの上位に食い込んだ「晩餐歌」を手がけた15歳の女性シンガーソングライターだ。tuki.が投稿しているショート動画に映るのは、主にJ-POPをギターやピアノで弾き語る自身の首から下の上半身。近年注目されるシンガーソングライターは、このように顔を公開しないアーティストが圧倒的に多い。「晩餐歌」がバズを生んだ要因のひとつは、22秒という限られた尺の中で、視聴者に一瞬でフックのあるメロディや言葉を残すことに成功したこと。次々とスワイプされるTikTokのホーム画面上で、一瞬で心をつかむインパクトのある仕掛けが、バズを加速させる。2021年にオリジナル曲「好きだから。」が国内外でバイラルヒットした『ユイカ』や、2020年にファンから募集した曲名で決定した「浮気されたけどまだ好きって曲。」がスマッシュヒットしたりりあ。なども、この系統に分類されるシンガーソングライターだ。

 こうした流れがあるなかで、なるみやもTikTokに弾き語り動画を投稿しているシンガーソングライターのひとり。ショート動画には、白を基調とした作業部屋で自由奔放に弾き語る姿が映し出されている。2023年10月には【TikTokソング・チャート“TikTok Weekly Top 20”】で、ボカロPの羽生まゐごが編曲を手がけた、和楽器が軽快な音色を響かせる「可愛いあの子が気にゐらない」が、2週連続5位を記録。高校生からアーティストとしてのキャリアを開始した彼女は、ピアノや琴を取り入れたスタイルで、従来の弾き語りとは完全には重ならない独自のルートを切り拓いた。



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 TikTokでは、2022年6月にスマートフォンのデフォルトの「着信音」をテーマにしたオリジナル曲を投稿。ファンから寄せられた「よければ着信音とか作ってくださいませんか?」というコメントをきっかけにサビ部分が制作され、その後「着信」という曲名でフルサイズがYouTubeにも投稿された。ほかの楽曲もこの形式で作られることが多いのだが、なるみやの優れた手腕は、ファンの声を受け取り、それをまるで魔法のように芸術へと見事に昇華させるところにある。しかし、それだけではなく、強力なファンダムを形成する投稿スタイルでありながら、どの楽曲も一度聴くとやみつきになるほどの強烈なフックを持っている点がポイントだ。「着信」のもとになったTikTokのショート動画では、本楽曲がApple純正のDAWソフトウェア「GarageBand」で制作されたことがわかるが、さまざまな音色やエフェクトを駆使したサウンドメイクは、自由度が高く、ボカロ曲や界隈曲のエッセンスも感じられる。現にボカロP兼サックスDJのなみぐるが編曲を手がけた「らくらく安楽死」では、界隈曲つながりの歌い手・x0o0x_や歌い手のsekaiとコラボレーションもしている。

 <幸せになりたい>――そんな弱者の言葉が最後に残る「だって、優等生」が1曲目に収録された1st EP『まどろみの記憶』。新曲の2曲を含む全5曲が収められている。「だって、優等生」もファンのコメントをきっかけに生まれた楽曲だ。親や勉強に追い詰められたときの苦しい心境が、メルヘンチックなリズムと流麗なピアノの旋律にのせて綴られている。とりわけ、“なるみや節”を炸裂させているのが、サビの<ああ、自由に生きる君が私よりも 幸せにならないでね!>という皮肉の効いたフレーズ。2023年にTikTok発の爆発的ヒットを記録したHoneyWorksの「可愛くてごめん」が、自分の可愛さに自信を持つ女子目線の楽曲であったのに対し、その正反対の視点に立ったような「醜形恐怖症」も「だって、優等生」と似た世界観にある。<つまり顔面失敗作の僕だから 一生報われないのです!>というフレーズが象徴的な本楽曲も尖った視点がかえってユニークな極み。恋の喜びや切なさを中心に表現する弾き語りシンガーソングライターが多い中、なるみやはその裏にいるシニカルな"陰"の人物を描く。このメランコリックな世界観は、いわゆる陰要素のあるボカロシーンなどで支持されるものといえる。




「だって、優等生」ミュージック・ビデオ


 さらに、YouTubeに投稿されているミュージック・ビデオにも、特別な演出が随所に施されているのが印象的だ。例えば、2023年6月に投稿された「永眠のすゝめ」のミュージック・ビデオには、字幕をつけることで本編とは異なる世界線のストーリーが流れるというギミックが仕掛けられている。字幕には日記のような一人称視点の物語が綴られ、最後には<今日の日記、曲にできそう おやすみなさい>という、なるみやの言葉が添えられている。音源だけでなくミュージック・ビデオを通しても作品の魅力を包括的に伝え、幾通りの解釈を与えるスタイルは、ボカロシーンでもよく見られるアプローチといえるだろう。

 3拍子のワルツが採用されている点は「だって、優等生」と共通しているが、この浮遊感の演出がここではないどこかへ連れて行ってくれる。そこにアラームや猫の声といったサウンドエフェクトが効果的に配置されていることで、新鮮さと心地よさが共存しているのも特徴。メルヘンチックな世界観に寄り添うなるみやの歌声はもちろん、自身が物語の主人公になったかのような没入感を届けるブレス表現まで、楽曲を創り上げる際のアイデアの豊かさには驚かされる。




「永眠のすゝめ」


 また、「死ぬのが怖い私のために曲を作ってほしいです」というコメントを受けて制作された「死が僕らに恋してる」は、本作を締める1曲だが、なかでも特筆したいのは、なるみやの持ち味である余白を生かしたポエティックなリリックが一層際立つ一曲となっていること。<偽れない僕らはそう、 いつも不幸でいたがるから。 黒い感情を大事に抱いて離さず 思わせぶりをしてるからさ、相応さ、 死が僕らに恋してる。>というサビのフレーズや複数の解釈が生まれる余地のある曲名は、どこか前向きな響きを持つ。闇に落ちたとしても、そこから救う優しさを内包していると感じられるのが、「死が僕らに恋してる」だ。




「死が僕らに恋してる」


 キラキラとした生活を切り取って見せるSNSとは違い、綺麗ごとばかりでは済まされないのが現実。そんな甘くない世界(闇)を“恍惚としたメルヘンチックなメロディ”で包み込み、そこに本当の幸福感を導き出そうとする——それが、なるみやの描きたい景色なのかもしれない。ファンとのインタラクティブなやりとりを通じて、希望された楽曲を見事に芸術へと昇華させてしまうフェアリーのような存在だが、自身の経験や感情も織り交ぜながら楽曲を生み出しているのが作品を通して伝わる。その絶妙なバランスこそが、なるみやの音楽に可憐な花を咲かせる原動力となっていくのだろう。

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