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<インタビュー>由薫 本能と理性、きらめきと現実、陰と陽を言葉に変えて完成させたEP『Wild Nights』

インタビューバナー

Text & Interview: 後藤寛子
Photos: 森好弘
Hair & Makeup: 小嶋克佳、根津佑奈(アシスタント)
Styling: 今福幸奈

 TBS系金曜ドラマ『笑うマトリョーシカ』の主題歌として話題を集めた「Sunshade」収録の同名EPリリースから半年、シンガーソングライターの由薫から、早くも新たなEP『Wild Nights』が届いた。収録されているのは、スウェーデンに実際に赴き、現地のクリエイターとコライトした5曲。Netflixシリーズ『BEASTARS FINAL SEASON』Part1エンディング主題歌「Feel Like This」をはじめ、北欧の風を感じるメロウなエレクトロ・サウンドを軸に、由薫の繊細な歌声と表現力が開花している。スウェーデンでどんな刺激を受け、そこからどんな気持ちを曲にしていったのか。じっくり語ってもらった。

──ニューEP『Wild Nights』は、前作『Sunshade』から半年でのリリースとなりますが、制作時期も近いのでしょうか?

由薫:歌詞を書いて曲を完成させたのは『Sunshade』のリリース後なんですけど、デモ自体はすべて一昨年の夏にスウェーデンで作ったものなんです。1週間弱くらい滞在して、その期間に色々な作家の方といっぱい曲を作ってきた中から選びました。スウェーデンの作家の方々は、制作のスピード感や考え方が日本のアーティストとやっぱり少し違って。サウンドの選び方から全然違うので、すごく刺激的でしたね。

──そうだったんですね。どうしてスウェーデンに?

由薫:スウェーデンに行ったのは初めてだったんですけど、結構ラフなノリで決まったんです。スタッフさんから「由薫にはスウェーデンの音楽が合うんじゃないかなと思うけど、行ってみる?」と言われて、「行きます!」って(笑)。

──(笑)。実際に行ってみて、スウェーデン特有の空気を感じましたか?

由薫:日本から見たらすべて“洋楽”とまとめられますけど、やっぱりスウェーデンの音楽はアメリカともイギリスとも違う空気があります。スウェーデンの有名なアーティストでいうとABBAが好きなので、そこに通じる音楽性を感じたりしました。あと、距離としては遠い国ですけど、国民性は日本人とフィットする部分も多くて、不思議なリンクを感じました。特に今回コライトしたアーティストは日本のアーティストにも楽曲提供をされていて、J-POPに縁のある方々だったので、意外と親和性を感じながら制作できてよかったです。

──シングルを作ろうとか、タイアップの曲だとかは意識せずに作っていってたんですか?

由薫:何も意識せずに作っていました。なんとなく作りたい曲調などは出発前に伝えていたんですけど、トラックを用意してくれている方もいれば、本当に真っ白な状態で待ってくれている人もいて。「はじめまして」と挨拶した流れで、すぐに曲のかたちやコードを考え始めて、メロディを紡いでいくというやり方でやっていきました。

──スピード感がある制作ですね。

由薫:そもそも日本と働き方の違いがあるみたいで。スウェーデンの方々は、ギュッと集中して仕事をしてあとは遊ぶ、というスタイルの方が結構多いんですよ。作業も直感型というか、色々なことをスパッと決めていく判断力がすごい。最初はびっくりして「あ、えっと……」となりましたけど、途中から私も直感を信じて「こっちはAで、そっちはBで」みたいなスピード感になっていって、おもしろかったです。日本だとコライトする時も話し合いながらじっくり時間をかけるので、どっちもよさがあると思いました。じっくり作るスタイルでしか生まれない曲もあるし、スウェーデンのスタイルでしか生まれない曲もある。曲作りに対する意識の違いもすごく勉強になりました。

──そうして作り溜めた曲から、どういうコンセプトで『Wild Nights』という作品にしていったんですか。

由薫:歌詞をあとから書くにあたって、EP全体のテーマを考えた時に“夜”にしようと思ったんです。というのも……私はデビューしてからずっと制作とリリースを続けてきたので、一度立ち止まって自分のアーティスト性や強みを考えてみようと思って。そうしたら、自分の特徴は“陰と陽”でいうと陰の要素があることなのかなと。ミュージシャンの方やボイトレの先生に「陰りを含んだ声」と言われることが多いし、昔ひとりで書いていた曲も暗い曲が多かったんですよね。そういうところから、改めて“夜”をテーマにしてみたいと思いました。『Wild Nights』というタイトルは、エミリー・ディキンソンという詩人の言葉からです。大学で英文学を専攻していた時に知った詩人なんですけど、歌手になるか悩んでいる中で彼女の詞にインスピレーションを受けて「音楽を本気でやろう」と決めたことがあって。「Wild Nights」は“嵐の夜”という意味なので、今回のイメージにぴったりだなと思ってタイトルにしました。

──前回は『Sunshade』で太陽の下というイメージがあるので、対比にもなっているように感じました。

由薫:『Sunshade』はJ-POPがテーマになっていたんですよね。スウェーデンで作った曲たちはやっぱり洋楽に寄ったサウンドになっているので、それをリリースする前に、J-POP的な自分の側面の結晶を作りたいと思ったのが『Sunshade』なんです。だから歌詞も結構まっすぐな表現だったんですけど、『Wild Nights』のほうはちょっと攻撃的だったり野性的だったりして。そういう意味で対比にはなっていると思います。

──「Feel Like This」はNetflixシリーズ『BEASTARS FINAL SEASON』Part1のエンディング主題歌ですが、タイアップだからJ-POP方向に行くのではなく全編英語詞というのは攻めてますよね。

由薫:そうですよね。アニメの制作サイドから「英語詞でお願いします」と言われたんですけど、いいなと思いました。日本のアニメが世界中に見られているという証拠ですし、そういう作品のエンディング・テーマに選んでもらえてうれしかったです。それに、スウェーデンでなんとなく英語詞のイメージで作った曲ではあったので、英語のほうが書きやすかったと思います。作品のことを汲むタイアップの作詞は好きなので、楽しみながら書けました。

──『BEASTARS ビースターズ』は、学園もののラブストーリーでありつつ、差別などの社会問題やアイデンティティの在り方など、さまざまな切り口で楽しめる作品ですよね。作詞では、どういうところをフィーチャーしようと思ったんですか。

由薫:おおかみである主人公の好きな相手が草食動物のうさぎで、自然界では食う・食われるの関係性なのに、恋愛要素があるのが大きな特徴です。そこにおける理性と本能の対比がすごく大事だと思ったんです。作品全体が人間社会の問題を比喩的に書いているんですけど、その中でも誰しもに当てはまるテーマなんじゃないかなと思って。たとえば、やりたいことが本能、やらなきゃいけないことが理性だとしたら、やらなきゃいけないことのためにやりたいことを犠牲にしている人はたくさんいると思う。本能を抑えることも大事だけど、やっぱり自分の声を無視しすぎると、どこかでダメになってしまうって、自分自身もそう感じながら生きてきたので、そういう想いをベースに、英語で対比するような表現や、遊び心もちりばめて書いています。


──英語詞だからこその表現を楽しんでいると。

由薫:英語のほうが遊ぶ隙がある気がしますね。英語圏の方にはダイレクトに伝わったと思うんですけど、日本でも、初めてライブで「Feel Like This」を歌った時に「歌っていて気持ちよさそうに見えた」とか「一番好きな曲だった」といった感想をいただいて。英語の意味をすべて読み取れなかったとしても、その場の空気感や曲自体が持つメッセージは言語関係なく伝わっているんだなと思うと、うれしかったです。

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──2曲目の「Dive Alive」も引き続き英語詞ですね。

由薫:メジャーデビューしてから大きく環境が変わって、「この音楽が好き」という立場から、自分の音楽が評価される立場になって。“ちゃんとした人にならなきゃ”って一時期は疲れてしまっていたんですけど、最近は乗り越えて、いい意味で“Let Go”できるようになってきたんです。そういう変化を書いた歌詞ですね。

──たしかに、ご自身の葛藤とともに強い気持ちが伝わってきます。

由薫:今はSNSで何か話題になると一気に広がるじゃないですか。それは、話題になっている人がどうというより、目の前の情報に飛びついてすぐ反応してしまう人が多いからなのかなと思って。詞に出てくる“YOU”はそういうタイプの人をイメージしていて、YOUに対して「あなたが目先のことに飛びついている間に、私は船を作って、航海に出る準備をしているんだ」と歌っているんです。でも、だからと言って「バイバイ」じゃなく、「あなたはそれでいいの?」「一緒に何かを目指して行こうじゃないか」というメッセージを込めました。「Dive Alive」=“生きたまま飛び込む”というタイトルどおり、傍観者でいるより、自分の人生に自分で飛び込んで、自分自身は何を大事にしてどうなっていきたいのかをみんなで考えたいと思ったんですよね。私の世代だと、ついSNSで見た他人のことを話題にして影響を受けてしまうことも多いから。友達とも、わかった気になってしまったり、想像力が足りなくなるのは危ないよねって話をしたりしていて。自戒も含めて、ちゃんとダイブして目的を持って生きたい、という想いを書きました。

──続く「1-2-3」はポップパンクに仕上がっていて、印象がガラリと変わりますね。1曲はバンドサウンドを入れようと思ったんですか?

由薫:この曲は、「Feel Like This」と同じくデイヴィッド(・フレンバーグ)さんと作ったんです。メインは「Feel Like This」だったんですけど、「その曲だけに集中しているといいものができないから、全然違うもので少し遊んだ後に、もう一回『Feel Like This』の作業を進めよう」ということになって生まれた曲です。「Feel Like This」と「1-2-3」は、1日でできたんですよ。

──すごい! 衝動的にできあがったんですね。

由薫:勢い曲です(笑)。デイヴィッドさんはKISSのカバーバンドをされている方なので、こういう世界観が出てきやすかったみたいです。できた時はリリースするかどうかも考えていなかったんですけど、ライブでやりたいと思って、EPに入れることにしました。

──由薫さんの曲としては意外な気もしますが、ご本人としてはどうですか?

由薫:楽しいですね! ほかの人に変身した感じがするというか、〈いたいけなのmy heart〉みたいな詞はこういう曲じゃないと出てこないから、歌っていても楽しい(笑)。自分とはあんまりキャラクターが似ていない女の子の目線なんですけど、「私って最高!」みたいな無敵キャラは、誰しも心の中にはいると思うので、そういう子を引っ張り出してみました。

──間奏で「♪Fu~」と入れるノリとかも新鮮で。

由薫:そうなんです。デイヴィッドさんに「恥ずかしがらずに『Fu~♪』って歌って」と言われながら(笑)、遊ぶみたいに作っていきました。夜がテーマと言いましたけど、もちろん落ち込む夜もあるし、逆にワクワクしている夜もあるじゃないですか。明日の洋服を準備している時や、頑張りたい時にこういう曲を聴いてテンションをあげることもよくあったので、自分らしくないとは思わないです。

──「Mermaid」は一転して浮遊感のあるエレクトロ・ナンバーで、ロマンチックなラブソングですね。これは人魚姫というモチーフが先に出てきたんですか?

由薫:「Fish」というインディーズの時に初めて配信した曲があって、その曲の“オトナになった私バージョン”というイメージで作りました。改めて自分ひとりで作っていた昔の曲を聴き返していたら「Fish」が出てきたんです。「Fish」はお気に入りの曲だったので、「もう一度こういう色の歌詞を書こうとしたらどうなるかな?」と思って書きました。


──今度は過去の自分とコライトするような。

由薫:まさにそうですね。切ない恋愛ソングという部分は共通しているんですけど、成功もしていないし終わってもいない、現在進行系の絶妙な女心のニュアンスを表現しました。「Fish」の時はもっとファンタジーな世界観で、“あなたになら殺されてもいいわ”みたいな詞だったんですけど、今回はもう少しリアルな世界観ですね。頭ではダメだとわかっているのに立ち切れない恋愛をしていて、プライベートでは沈んでいってしまう女の子。でも、次の日にはきっと普通に会社に行くんですよ、偉いから(笑)。それこそ女心だなと思うし、ファンタジーじゃない恋愛のきらめきと、うまくいかない現実みたいな曖昧なものを書いてみたかったんですよね。あまりそういう感情を書いたことはなかったので。

──そういう曖昧な感情には、やっぱり日本語詞が合いますよね。

由薫:たしかに、ダメっぽい恋愛は日本語のほうが書きやすいです(笑)。英語では「I LOVE YOU」で終わるところでも、日本語ではいろんな言葉を使って表現できるから。この詞で一番の「I LOVE YOU」は、〈あなたにキスしたら泡になれるかな〉かもしれないです。この関係を終わらせるより、自分がパッといなくなれたらいいのに……って、リアルな女の子の心情だと思うんですよ。英語でひとこと「I LOVE YOU」で済んでしまう感情ではない。そういう深みを出せるところは、やっぱり日本語のおもしろさですね。

──今作は、英語詞と日本語詞のバランスがいいですよね。最後の「Silent Parade」は、日本語だからこそのメッセージ性や意志の強さが伝わってきます。

由薫:パレードと言っても、テーマパークのきらびやかなパレードではなく、デモ行進みたいな意味で使っています。最近、世界中でいろんなことが起きているからか、何か主張を掲げて歩く姿がすごく心に残っていて。自分の意志を主張するって、すごいことじゃないですか。でも、ふと考えたらシンガーソングライターも似ているところがあると思ったんです。シンガーソングライターはひとりでやり始めるけど、だんだんリスナーの方やスタッフなど、いろんな人が関わってくれることで音楽が続けられて、少しずつその列が長くなっていく。最初はたったひとりの静かなパレードでも、今はいないパレードの仲間たちを想像できるか、信じていられるかということなのかなと思って。だから、“Alone”ではなく“Silent”なんです。

──なるほど。

由薫:一歩踏み出そうとしている人は孤独だと思うけど、ちゃんと前を見て歩いている人の後ろには未来の仲間たちが一緒に歩いているんだよ、というエールを込めました。私自身、最初はひとりだったはずなのに、今では由薫という名前のもとにスタッフさんや応援してくださる人がたくさん集まってくれています。この曲を作る中で、改めてその有り難みに気づけたし、由薫というパレードをより大きくしていきたいと思いました。


──ご自身の背中も押せる曲になったんですね。

由薫:はい。歌詞がなかなか書けなくて、夜の公園に繰り出して書いたんですけど(笑)。誰もいない暗闇を見ていたら、ランタンみたいな照明を持って歩いている人のイメージが湧いてきて。だんだん人が増えて列になっていったら綺麗だろうなと思いながら、公園で書いたのを覚えています。

──まさに“夜”というテーマに相応しいエピソードですね。今作をひっさげて東名阪ツアーがありますが、どういうツアーにしたいですか?

由薫:ファイナルのリキッドルームは何度もライブを観てきた場所なので、「自分がそこに立てるんだ!」っていう期待感があります。あと、ツアーの大きなテーマとして、スウェーデンの作家とスタジオのパソコンで完結させた『Wild Nights』の曲たちを、どうやって生の音でお届けできるかを考えていて。考えた結果、ギターとベースとドラムとキーボードと私、というバンド編成で回るんですけど、音源にバンドの生音を上乗せするんじゃなく、ちゃんとバンドの音楽として成立するものを作りたいんです。そうして初めて『Wild Nights』が完成すると思っているので、みなさんも期待してほしいです。自分にとって節目となるライブになりそうですし、来る予定の方はもちろん、迷っている人には、ぜひ今のライブを観てほしいとお伝えしたいです。

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