Billboard JAPAN


Special

<レポート>人の絆が育む沖縄クラブサーキット型フェス【Sakurazaka ASYLUM】

インタビューバナー

 沖縄県那覇市で行われたクラブサーキット型フェティバル【Sakurazaka ASYLUM】は今年17年目を迎える。2日間にわたる同フェスでは、ライブハウス、喫茶店、バー、映画館、駐車場、映画館の入口など13の会場でアーティストやパフォーマーによるライブ、DJ、人形劇、古武道、タップダンス、そして映画上映が行われる。フェスの開催地となる桜坂は、国際通りから少し外れた、まさに坂道沿いにある桜坂劇場を中心としたエリアで、桜坂劇場向かいの広場では、手作りのクッキー、ハンバーガー、雑貨などを販売する色とりどりの店が軒を連ねたマルシェがオープンし、ライブ観戦中の空腹を満たしてくれる。桜坂劇場内の一角ではCross Talkと呼ばれるトークセッションが開催、テーマに関心のある来場者がゆったりと着席して耳を傾ける場が設けられている。(Text:関根直樹)

映画祭がテーマのCross Talk


 このようにライブ、トークセッション、マルシェ、パフォーマンスなどが半径300メートル以内に凝縮された文化の祭典が【Sakurazaka ASYLUM】といえる。


 【Sakurazaka ASYLUM】に初年度から関わり、同フェスの名付け親でもあるプロデューサー野田隆司氏と「Sakurazaka ASYLUMを深堀する」と題したトークセッションで公開取材を行う機会を得た。この記事はその取材をもとに構成されていると考えて読んで頂きたい。


 そもそも【Sakurazaka ASYLUM】は“荒野のアサイラム”というイベント名で、2007年に同イベントの共同企画者であるアーティスト、タテタカコ氏とeastern youthのツーマンライブを実施するという案から始まった。たまたま同じ時期に画家の奈良美智氏のドキュメンタリー映画が公開、eastern youthの楽曲がテーマソングに起用されたことと、奈良氏の友人の齋藤浩氏が青森県弘前市でASYLUMというバーを経営していて、野田氏とタテ氏が共に彼と知己を得ていたのがきっかけで、ASYLUMというネーミングに決めたのだという。Asylumにはギリシャ語で「避難所」、「保護施設」という意味がある。そこから転じて、Sakurazaka ASYLUMは現代に生きる人々の葛藤や日常に寄り添う場所という願いを込めてはエンタテインメントを発信していった。当時は趣旨に賛同したアーティストに参加してもらった手作りのイベントだったという。


 これまで出演したラインナップをみると、モンゴル800、BRAHMAN、細美武士、羊文学など著名なアーティストが数多く参加しているのがわかる。現在アーティストの出演基準は特に設けず、ただ新たなアーティストを全国からフラットに公募することにはこだわっている。1日目に行われた“Great Female Voices”では、沖縄のjimama、タテタカコ、さらさなど錚々たる顔ぶれに加えて友利あゆ、のような新人アーティストも出演し、ショーケースの場としても機能していると感じた。


Great Female Voicesの模様


 ちなみに、野田氏は毎年沖縄市コザで【Music Lane Festival】という日本と海外のアーティストを相互交流させるショーケース型フェスを開催しており、積極的に海外アーティストを沖縄に招聘、また日本のアーティストが海外のフェスに出演するきっかけ作りの場を提供している。台湾などアジア圏と物理的に近い沖縄に拠点を置く彼の、海外との人脈ネットワークは広く、深い。翻って、話を聞くうちに感じたのは、出演者選定の背景に野田氏やスタッフが直接ライブに足を運んで見極めたり、信頼できる周囲からの紹介という、血のつながった基準が確かにあるということである。


 【Sakurazaka ASYLUM】ではクラウドファンディングも実施している。当初、フェスの運営のためであれば、人気のあるアーティストラインナップにこだわり、それに呼応してチケット価格を上げればいいのではないかと思った。だが野田氏としては門戸を広げ老若男女問わず、なるべく多くの人に来場して欲しいという気持ちがある。そのためにはチケット価格を最小限に押さえ誰でも気軽にエンタテインメントカルチャーに触れる機会を創出しなければならない。このように沖縄県民、那覇市民のためのフェスとして継続することに重きを置いたのだ。クラファンの目的は、Sakurazaka ASYLUMに共鳴し、共に盛り上げてくれる協力者を募る狙いがあったという。野田氏の言葉から、賛同者が増えれば沖縄のエンタテインメントカルチャーへの寄与発展のため、町全体が手を取り合って継続運営してくれるのではないか、という期待をはっきりと感じた。


 ちなみにチケット価格は2日通し券で7,000円、20歳以下は半額、中学生以下は無料という破格の設定である。昨今の音楽フェスティバルでは資材高騰、人材不足に伴う人件費の上昇、出演費のアップなどでコロナ前に比べチケット価格が20~30%の上昇率となっており、参加すること自体、学生にとっては高嶺の花となっている。一方で、情緒多感な10代の若者に音楽を聴いてほしいという業界全体の願いもある。最近では学割やU-20, U-18チケットを設定しているフェスが徐々に増えつつあるが、【Sakurazaka ASYLUM】はまさに青少年にとっての音楽文化育成の場になっていると実感した。


 ところで、クラブサーキット型フェスティバルは、渋谷、新宿、下北沢、吉祥寺など首都圏でもカウンターカルチャーが70年代から萌芽していたエリアで行われているのが実情である。そこでは大小のライブハウスが点在し、動員を増やそうと意気込むバンドやアーティストがひしめき合っている。全国から人が集う人口密度の高い東京都心ならではの音楽イベント形態だと思っていたが、那覇市内でクラブサーキット型フェスが成立し、かれこれ20年近く経過しているのを知り、驚いた。


【Sakurazaka ASYLUM】2025タイムテーブル


 野田氏曰く「始めた当初はクラブサーキット型フェスなどまったく意識していなかった。年を重ねていくごとにアーティスト数も増え、ライブパフォーマンスが可能な場所を探していった結果いまのような形態になった」。前述したよう、ライブハウスと呼べる会場は桜坂セントラル、Outputの2か所のみ。それ以外はバー、映画館、駐車場、喫茶店で、楽器や機材を持ち込むことでライブ会場としての機能を成立させている。場所によっては狭小なスペースもあるが、どの会場でも来場者の顔は笑顔で溢れ、心から楽しんでいる様子がうかがえた。そして、映画館の支配人やバー・喫茶店のマスターなど人々が町ぐるみで協力している姿勢が感じられた。


 また、沖縄には古くから島唄があり、島唄に合わせて島人(シマンチュ。沖縄方言で島に住む人)が踊る音楽文化が脈々と根付いている。泡盛を飲んで三線を弾き始めると、誰かれ構わず踊り出す。こうした沖縄特有の音楽文化的背景がクラブサーキット型フェスの成立を那覇でも可能にしたのではないかと推察する。タテタカコ氏を中心に企画・運営している【Sakurazaka ASYLUM】に共鳴した各地の主催者が、福島、いわき、越谷、それぞれの住む町でASYLUMを始めた。さらに今年は弘前でも開催される。


 タテタカコ氏本人にとって【Sakurazaka ASYLUM】とは何なのか、と最後に尋ねてみたところ以下のような回答が得られた。「この場所に来ると、子供から大人までたくさんの方がボランティアで参加してくださっています。【Sakurazaka ASYLUM】が成立しているのは私だけでなく、こうした方たちの支えがあってこそだと毎年感じています。そして他の出演者の方のライブを観て、心の純度の高さに触れて、自分自身に立ち返ることもあります。【Sakurazaka ASYLUM】は私にとって、人の繋がりや思いやり、心の輝きの大切さをそのたびごとに自身で確認する場所だと思っています。それほどこのイベントは私にとって尊い存在であると感じます」。人のつながりや思いやりに触れることの少なくなった現代、【Sakurazaka ASYLUM】は単なるクラブサーキット型フェスに留まらず、人との触れあいや温もり、人の素晴らしさを実感できる数少ないコミュニティの場であるとイベント全体を通して感じたのだった。


関連キーワード

TAG

ACCESS RANKING

アクセスランキング

  1. 1

    【ビルボード 2025年 年間Top Lyricists】大森元貴が史上初となる3年連続1位 前年に続き5指標を制する(コメントあり)

  2. 2

    【ビルボード 2025年 年間Artist 100】Mrs. GREEN APPLEが史上初の2連覇を達成(コメントあり)

  3. 3

    【ビルボード 2025年 年間Top Albums Sales】Snow Manがミリオンを2作叩き出し、1位&2位を独占(コメントあり)

  4. 4

    【ビルボード 2025年 年間Top Singles Sales】初週120万枚突破の快挙、INI『THE WINTER MAGIC』が自身初の年間首位(コメントあり)

  5. 5

    <年間チャート首位記念インタビュー>Mrs. GREEN APPLEと振り返る、感謝と愛に溢れた濃厚な2025年 「ライラック」から始まった“思い出の宝庫”

HOT IMAGES

注目の画像