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<インタビュー>Issei Uno Fifth “ありのままでやってみることも大切” ――1stアルバム『Dear Mama』で届ける “Be Myself”のメッセージ

インタビューバナー

Interview & Text:高橋梓
Photo: Haruta Taguchi
Hair&Makeup: YUSAKU
Stylist: codan



 HIPHOPやR&Bのテイストを取り入れた音楽を発信しているアーティスト・Issei Uno Fifth。2021年からアーティスト活動をスタートさせると、すぐにTikTok主催の音楽プロジェクト『TikTok Spotlight』で優勝。Rodeoとのコラボ楽曲「Outta Time(feat. JP THE WAVY)」がCMソングに起用されて一気に注目を集めた。そんなIssei Uno Fifthは中学、高校時代をアメリカ・シカゴで過ごし、高校卒業後に帰国。2月19日に1stアルバム『Dear Mama』をリリースした。記念すべき同作にはどんな思いとメッセージが込められているのだろうか。彼が歩んできたこれまでと併せて、本人にたっぷり語ってもらった。

僕自身が『Be myself(自分らしくある)』という姿勢を貫く決意を形にした

――1stアルバムのリリース、おめでとうございます。同作は「一人の息子から母親への誓い」として制作されたそうですが、そういった作品を作ろうと思った理由から教えてください。

Issei Uno Fifth:中学と高校をシカゴで過ごし、2023年末に本帰国をしたのですが、それと同時に音楽活動を本格始動させました。ですが、はじめの頃は音楽活動をすることに両親が猛反対していて。うちは親戚含め、全員医療関係者なんです。なので、みんなはっきり口には出さないけど暗黙の了解で「医療関係の仕事に就くんでしょ?」という雰囲気がずっとありました。親戚の集まりに行っても、僕だけ髪の毛を染めていてピアスを開けているので、かなり浮いてましたね(笑)。


――ご家族はIssei Uno Fifthさんがアーティストになるとは思っていなかった、と。

Issei Uno Fifth:そうですね。初めてアーティストになると切り出したのは17歳で1曲目「Could do better」を書いた後でした。先輩アーティストや音楽会社の方から1曲目をリリースした後にいきなり声を掛けていただけたので、僕としても「アーティストとしてやっていけるのかも!」と思っていた矢先、そこで初めて暗黙の了解に触れたんです。両親と一緒に食卓についている時に、いきなり「俺、学校辞めるわ。音楽だけでやるわ」って(笑)。そうしたら両親は「え、医療関係の仕事に就かないの!?」って驚いてしまって。

 そこから丸3年間、音楽活動をするのは反対だという話しかしませんでした。でも、僕のあまりにも音楽への執着と本気度を認めてくれ、今では両親ともに応援してくれるようになりました。  そして今回アルバムという規模が大きな作品を作ることになって、自分が伝えたいことはなんだろうと考えた時、お母さんに対して「俺の音楽のスタートはここだよ」と誓いたいなと思ったんです。


――そういった経緯があったのですね。そもそもの質問なのですが、Issei Uno Fifthさんはどんな幼少期を過ごしてきたのでしょうか。

Issei Uno Fifth:ストレスを抱えたり、悩んだりしていたわけではないのですが、「正しくないといけない」と思って正解を追い求めていたような子どもでした。親から直接言われたわけではないですが、「あるべき姿でありなさい」、「失敗はダメ」という圧は感じていましたね。代々受け継がれる伝統的な家系のような雰囲気でした。生まれた瞬間から「言わなくてもわかるでしょ」という。今回のアルバムは「僕自身が『Be myself(自分らしくある)』という姿勢を貫く決意を形にしたもの」なのですが、このメッセージを掲げたのも、音楽で自由を知ったことがこういった幼少期を送ってきた自分にとってすごく大きな出来事だったからなんです。音楽にはそもそも正解がないし、正解を追いかけることもない。僕の楽曲を聴いてくれたリスナーの反応を見て、「俺、これでいいんだ」って思えたんですよ。それがこのメッセージに繋がっています。


――なるほど。各曲を見ると様々な形の「愛」について歌われているだけでなく、アーティストとしての成長や葛藤、決意なども伝わってきます。制作過程で価値観や考え方に変化はありましたか?

Issei Uno Fifth:制作を進める上でこれまでの出来事を振り返っていたのですが、「愛」というものに向き合っている時に「今までは受け身な部分があったな」と思ったんですね。自分1人が愛を持っていても、相手がいないと「愛」って確認できないよなと思っていた部分があったんです。でも、それって受け身じゃないですか。相手がいなくても自分次第で愛を伝えることはできるし、制作を通してそれに気づけたのは大きいです。例えば「Mama I Can Fly」では、家族への愛をしっかり表現できました。他にも「Black & White」という信頼と疑念の間で揺れる感情を表現した時もそういう気づきがありましたね。


――愛について考えていく中で成長があった、と。そして、収録曲「CHA CHA 愛feat. LEX, JP THE WAVY (Prod. A.G.O)」はすでに配信リリースされていますね。「CHA CHA 愛」という言葉はIssei Uno Fifthさんの造語とのことですが、どんな時に思いついたのでしょうか。

Issei Uno Fifth:この曲を作ろうとしていた時期にたくさんの方が話しかけに来てくれたり、仲良くなろうとしてくれたりしていたのですが、「この愛は偽物か、本物か」がわかってしまうようになっていました。その感情を曲にしようと思って、一番最初に思い浮かんだのは「フェイクラブ」や「プラスチックラブ」という言葉。でも僕のクリエイティブのジャッジ的にしっくりこなくて。何度もトラックを聴いているうちにサビのメロディーあたりで〈CHA CHA〉=茶々というワードが浮かんできました。そこから「CHA CHAか。CHA CHA……『CHA CHA 愛』でいっか!」みたいな(笑)。



Issei Uno Fifth - CHA CHA 愛 feat. LEX, JP THE WAVY (Official Lyric Video)


――天才の思考ですね(笑)。

Issei Uno Fifth:プロデューサーのA.G.Oさんに「俺、『CHA CHA 愛』って言葉作っちゃいました」と言ったら、「いいねぇ!」と言ってくれてすぐに決まりましたね。


――たしかに「フェイクラブ」や「プラスチックラブ」はクールな印象を受ける語感ですが、「CHA CHA 愛」はファニー要素が加わって曲の広がりやすさを感じますね。

Issei Uno Fifth:そうなんです。それに「フェイクラブ」、「プラスチックラブ」というタイトルにしていたら、もう少しダークになっている気がしていて。「CHA CHA 愛」にしたことでおもしろさが加わって、ダークな感じが緩和されたのかなとも思っています。


――そのバランスが絶妙ですよね。「CHA CHA 愛」のカバーアートはご自身で作られたとか。

Issei Uno Fifth:「愛」がテーマなので自分で何か作ろうと思っていたのですが、他のアーティストがやらないようなことがいいな、と。スタッフさんの家に行ったら、いきなり12色の粘土を渡されて「とりあえず作ってみよう」ってぶっつけ本番で作りました。結構似てません(笑)?


――めっちゃ特徴を捉えていると思います!

Issei Uno Fifth:ですよね。小さい時によく図工で粘土を使った作品を作っていたのですが、10年以上ぶりに触ったら楽しくなっちゃいました。それにHIPHOPに馴染みがない方にも聴いてもらいたかったので、親しみやすい粘土でカバーアートを作ってみました。



「CHA CHA 愛」


――愛溢れる「CHA CHA 愛」ですが、LEXさん、JP THE WAVYさんとコラボレーションをされています。どういった経緯からコラボに至ったのですか?

Issei Uno Fifth:村上隆さんの『村上隆 もののけ 京都』にJP THE WAVYくんが主題歌でジョインした時に、僕とLEXを呼んでくれてライブをしたことがあって。それぞれで仲は良かったのですが、3人で集まったのはそこが初めてでした。その後、時間を開けずにJP THE WAVYくんからライティングキャンプに誘ってもらってまた3人で集まったのですが、そこで僕の直感で「次の自分の曲はこの3人で出そう」と思ったのがきっかけです。


――3人で出そうと思ったのは、バイブスが合ったから?

Issei Uno Fifth:それもありますが、ライティングキャンプでお互いの雰囲気と制作の様子を知れたことで、「この3人ならいい作品ができそうだな」と思ったからですね。


――学びになったことも多そうですね。

Issei Uno Fifth:2人とも媚びないんですよ。自分のものは自分で守って、武器にして戦うというか。周りに媚を売りにいかないスタイルはとても勉強になりましたし、自分もそうでありたいと思いました。


――さらに「Pop Out」ではOZworldさんともコラボしていますね。

Issei Uno Fifth:OZworldくんは2年前くらいからSNSでは繋がっていたのですが、実際に話したことはなかったんですね。でも、僕が帰国した後に会うことができて。お話してみたら「何をしたら怒るんだろう」と思うくらい、めちゃくちゃ優しい方だったんです。そこから交流させてもらっていて、アルバムを作ることになった時に声を掛けさせていただきました。


――他にも、A.G.Oさん、HYESUNGさん、Iamdlさん、Peakboyさん、KESSOさんという錚々たるプロデューサー陣が参加されていますが、彼らの参加を知った時にどう感じましたか?

Issei Uno Fifth:まず、素晴らしいプロデューサーの皆さんとご一緒できたことを本当にありがたく思いました。A.G.Oさんは国内外の著名アーティストの楽曲を手掛け、HYESUNGさんは最近ではBTSのVさんのクリスマス楽曲で話題に。IamdlさんはBIBIさんの楽曲を長年手掛け、Peakboyさんはシンガーソングライターとして活躍し、パク・ソジュンさん、BTSのVさん、チェ・ウシクさん、パク・ヒョンシクさんと共演した「IN THE SOOP」にも出演。KESSOに関しては、僕にとって親友であり、最も近くで作業をしてくれる戦友のような存在…など、皆さんそれぞれ有名なアーティストを手掛けている方ですから。

 実は、『Dear Mama』の制作前に韓国に行って、全員と直接お会いしました。遊びながらバイブスをチェックさせていただいたのですが、皆さん本当に素敵な方ばかりで、すぐに一緒に音楽を作りたいと感じました。その後、作りたい曲のイメージをしっかり共有すると、すぐに完璧なトラックが送られてきて、制作は驚くほどスムーズに進みました。 さらに、自分とは違うアイデアを持つ方々がプロジェクトに加わることで、音楽に新たな広がりが生まれたことも楽しかったですね。多様な才能が集まることで、想像以上に深みのある作品になったと感じています。


――A.G.Oさんは昨今日本国内で様々なアーティストとタッグを組まれていますよね。彼と一緒に作った「SLIDE pt.2 - Last Dance」はどのようにブラッシュアップしていったのですか?

Issei Uno Fifth:実は、その裏側を公開したいなと思って、オリジナルの「SLIDE」を作ったKESSOと今回パート2を作ったA.G.Oさんと3人で対談をしたんです。また後日でるのでぜひそこでぜひ詳細チェックしてもらいたいです! まず、A.G.Oさんと作る前に、僕の中で30分で「SLIDE」を書いていた頃からアーティスト活動を本格始動させるまでの変化を表したいという話をしました。「SLIDE」はギター音は一切入っていないのですが、「今回はロックっぽい音を入れて違う雰囲気にしてみよう」、「オリジナルの雰囲気も残そう」、「“大人になりました感”が表現できる音色にしてほしいです」など、様々なアイデアを出してブラッシュアップしていきました。


――最後のセリフ部分も印象的ですよね。

Issei Uno Fifth:「どうしてこんなことになったんだろう……」みたいなのですよね。あれ、音源を提出したらスタッフさんからすぐに電話がかかってきて、「メンタル大丈夫?」と言われました(笑)。「SLIDE」ではダークな面を一切見せていなかったので、今回は見せてやろうと思って送ったのですが、唐突すぎたみたいで。「え、何が起きたの!?」とみんなを驚かせてしまいました(笑)。ただ、音の流れを一回止めた後に音声をミックスしてくれたので、良いスパイスになってまとまりが出たと思っています。


――そんな「SLIDE pt.2 - Last Dance」含め、今作には10曲が収録されています。『Dear Mama』からIssei Uno Fifthさんを知る方に向けて、まずはこれを聴いてほしいという1曲をピックアップするとしたら?

Issei Uno Fifth:個人的に自分でも度肝を抜かれたのはHYESUNGさんが作曲を手掛けた「Black & White」かな。この曲は音色がR&Bなのですが、日本語でR&Bを表現するのがすごく難しいんです。というのも、R&Bは感情的で親密な雰囲気があるので、日本語に落とし込むのが難しくて。それが初めてスムーズにできたのが「Black & White」なのですごく気に入っています。でも、正直1から10がストーリーでつながっているので流れで聴いてほしいです。全てに意味があるから。


――必聴ですね。ちなみに、「このアルバムは、僕自身が『Be myself(自分らしくある)』という姿勢を貫く決意を形にしたもの」というメッセージに掛けて、Issei Uno Fifthさんが一番自分らしいと感じるのはどんな時ですか?

Issei Uno Fifth:ステージに立っている時です。音楽を始めるまでは人前に立つのが苦手で、自分らしさを小出しにしかできなかったんですね。でも、ステージに立っている時はどれだけ自分らしさを出してもいいと思えます。あとは友達と飲んでいる時(笑)。いろんな人を巻き込んで止まらなくなっちゃうんです。小さい頃からありがたいことに周りにたくさん仲間がいるので、みんなといる時は自分らしいなと思うことができています。


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世界はすごく広いから、絶対に自分を受け入れてくれる場所があるはず

――では、Issei Uno Fifthさんご自身についても質問させてください。これまでどんな音楽に触れてきたのでしょうか?

Issei Uno Fifth:幼稚園から小学生の頃は洋楽のポップス、小学校高学年でEDMを聴いていました。中学に入るとバンドをやっていて。


――何のパートだったんですか?

Issei Uno Fifth:ギターとボーカルです。なので、ロックを聴くようになって。アメリカに行ってからはHIPHOPとR&Bをメインに聴いていました。今では全ジャンル聴いています。


――その中で、ご自身の音楽性に一番影響を与えた曲は何でしょうか。

Issei Uno Fifth:めっちゃ悩みますが、FUN.の「Some Nights」。人生の中で一番初めに聴いた洋楽です。「Some Nights」を聴くまで日本の音楽を聴いていたので、耳が邦楽に慣れていたんですね。でも友だちが「Some Nights」を流した時に衝撃を受けました。英語がわからなかったので何を歌っているかはさっぱりでしたが、すごく刺さってしまって。そこから洋楽ポップスにのめり込むことになりました。なので、今の自分を作るきっかけになった曲です。「Some Nights」が収録されているアルバムがあるのですが、今でもドライブの時に流してエモい気持ちになっています。


――幼少期からいろんな音楽を聴いていらっしゃるので、音楽との距離はずっと近かったと思いますが、アーティスト活動を始めたのはなぜだったのでしょうか。

Issei Uno Fifth:コロナ禍の時、アメリカにいることができなくて3カ月くらい日本に閉じ込められていたのですが、家からも出られないし暇だったんですね。そこで「よし、曲を作ってみよう」と思ったのが始まりです。その時に作ったのが「Could do better」です。


―― 一発目でこれ!? すごすぎませんか!?

Issei Uno Fifth:(笑)。今となれば、YZERRさんの曲をプロデュースしているLAZEが中学のバスケ部の1個上の先輩なんです。当時、LAZEもコロナ禍で暇だったみたいで「こういう感じの曲を作ってよ」と僕がお願いしてできたのが「Could do better」でした。


――LAZEさん然り、『Dear Mama』の楽曲然り、Issei Uno Fifthの人脈から素敵な曲がたくさん生まれていますね。「Could do better」以降、HIPHOP曲も多く誕生しています。HIPHOPの魅力はどこにあると感じますか?

Issei Uno Fifth:正解がないこと、自由なこと、何でも言えることが魅力だと思います。洗練されたポップスばかり聴いてきた中で、シカゴに行ってHIPHOPを初めて聴いた時に「こんなこと言っていいんだ」と衝撃を受けました。「ここまで自分をむき出しにしてもいいんだ」と思って感銘を受けたというか。そこに魅力を感じて、僕もHIPHOPをやりたいと思うようになりました。


――日本もアメリカも経験しているIsseiさんだからこそ、日本と海外のHIPHOPシーンの違いも感じていそうですね。

Issei Uno Fifth:そうですね。シカゴのHIPHOPコミュニティってものすごく狭いんです。なのでたくさん知り合いがいますが、みんな死に物狂いなんですよ。音楽で稼ぐためだったら何でもやるし、時にちょっと暴力的になったりもするし。「生きるため、食いつなぐため」という思いがすごく強いです。でも僕はそれを見た時に、「影響は受けても、本場を真似してそうなりきろうとしなくてもいいんじゃないか」と感じました。

日本のHIPHOPシーンは、帰国して1年くらいなのでまだまだ見えていないことが多いです。その中で感じているのは、イミテーションとインスパイアは違うということ。

例えば、帰国して気付いたのが、ヘアスタイルの取り入れ方です。海外では、それぞれのスタイルが持つ文化的背景が強く意識されることが多いですが、日本では新しい解釈で自由に取り入れられていると感じました。もしシカゴにいたら、そうした違いが際立つこともあるかもしれません。

もちろん、いろんなバックグラウンドがあるので、良い・悪いという単純な話ではないし、僕は判断できる立場ではないし、お互いに判断すべきでもないと思うし、判断するのはオーディエンスなので自由にやっていいとも思います。ただ、僕はインスパイアの方を目指したいと思っていて。文化へのリスペクトと、自分が作りたいものへの執着のバランスが大切だなというのをアメリカと日本、両方のHIPHOPシーンを見て感じました。


――Isseiさんならではの視点です。そしてHIPHOPの他にR&Bの要素もお持ちですよね。HIPHOPと他ジャンルを融合していきたいという気持ちがあったりも?

Issei Uno Fifth:あります。自由であることをHIPHOPから学びましたが、僕は楽曲を作る上でジャンルにこだわりはあまりなくて。例えば、ポップスの音色でHIPHOPみたいなことを言ってもいいと思っているんです。それが結果的にジャンルとジャンルとの融合になっていくんだろうなと考えています。


――そういったスタンスをお持ちだからこそ、いろんな色の楽曲が生まれるのですね。ちなみに、2023年末に本帰国されましたが、アメリカでアーティスト活動しようとは考えなかったのでしょうか。

Issei Uno Fifth:もちろん最終的に海外にも自分の音楽が届くようにしたいのですが、アメリカからスタートして日本であまり知られないって悲しいな、と。日本が自分のルーツだからこそ、完全に帰国して日本で活動をスタートさせることにしました。


――本帰国後PLAYCODEと契約をして、本格的に活動をスタートさせましたが様々な部分で変化があったのでは?

Issei Uno Fifth:音楽への向き合い方は変わりましたね。例えば「SLIDE」を作っていた頃は何も考えずにやっていましたが、今自分には音楽しかなくて。「音楽しかない」という怖さもありますし、だからこそ感じられる楽しさもあります。何も考えずに「SLIDE」を作っていた時とは音楽への向き合い方がまったく変わりました。


――その後、活動を続けてすでにイベントなどにも多々出演されていますが、ライブの時のルーティーンはありますか?

Issei Uno Fifth:トイレ!


――トイレ!?

Issei Uno Fifth:トイレは外にいる時は唯一の自分だけのパーソナルスペースなので、世界で一番のセーフゾーンなんです。そこで気持ちを切り替えています。ライブが終わった後も、毎回トイレに行って一旦落ち着いています。顔洗って鏡で自分と向き合って気合いれて出ます(笑)。


――ルーティーンがトイレ、は初のパターンでした(笑)。様々な経験をされているIssei Uno Fifthさんから同世代の方にメッセージをいただければ、と!

Issei Uno Fifth:なにか行動することを怖がるのではなく、一旦ありのままでやってみることも大切ですと伝えたいです。やってみてから世間や周りの人の反応を見て考えればいいと思うんですよね。というのも、僕は考えることが先走ったことで怖さを感じてしまって行動が遅れたのですが、今は「もっと“Be myself”でいれば良かった」と思っています。世界はすごく広いから、絶対に自分を受け入れてくれる場所があるはず。例えば家族や学校では不正解と言われていることでも、一つ外の枠に移動すれば正解になることもたくさんあります。とりあえず、ありのままでいることを恐れないでください!


――ありがとうございます。では最後に、今年の目標を教えてください。

Issei Uno Fifth:一人前のアーティストになります! 今年一年で日本の方に知っていただけるように頑張りたいです。僕は曲を作って反応がないと悲しいタイプなので、たくさんの反応がもらえるようになりたいですね。悩んでいる人にとってのセーフティプレイス(安全な場所)になれるアーティストとしてみんなを守るので、ついてきてください。よろしくお願いします!



Issei Uno Fifth - Mama I Can Fly (Official Music Video)


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