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<対談>AFSHEEN×春ねむり 「世界を小さくする」共通するマインドを持つ二人のコラボ曲「No Muse」
Interview & Text: imdkm
Photo(春ねむり):Shintaro Oki(fort)
LAを拠点に活動するアーティストであり、ソングライター、プロデューサー、DJとしても活躍するAFSHEENが、ニューアルバム『SMALL WORLD』をリリースした。その先行シングルのひとつが、北米ツアーの成功をはじめ海外で高い評価を受ける日本のシンガー・ソングライターの春ねむりと共作し、共にマイクを握った「No Muse」だ。ドラムンベースを基調としたトラックと春ねむりの豊かなイマジネーションを詰め込んだ歌声の融合が印象的なこの曲は、AFSHEENの故郷であるイランで続く「女性、生命、自由(Woman, Life, Freedom)」運動に捧げたものだ(イランといえば、同国の人権活動家、ナルゲス・モハマディが2023年のノーベル平和賞を受賞したことも記憶に新しい)。2022年9月に起こった、ヒジャブのかぶり方をめぐってマフサ・アミニが警察に連行され、後に不審死した事件をきっかけに再燃したこのムーヴメントに寄り添い、自由を奪われた人びとに向けて壮大な風景を描き出す。今回の対談では、そんな「No Muse」の制作について二人に話を聞き、さまざまなエピソードと共に、音楽を通じてつながり、「世界を小さくする」ことについて語ってもらった。
※なお、本インタビューは2023年9月末に収録。
対照的なふたりの出会い
――今回「No Muse」の制作に至る、お二人が出会ったきっかけを教えてください。
AFSHEEN:春さんと出会ったきっかけは、今回通訳をしているジャスティンさんなんです。彼が僕のスタジオに来て、春さんのビデオをいくつか見せてくれました。そのときに初めて春さんの作品に触れて、彼女の音楽が大好きになりました。
春さんの音楽はとてもユニークだったし、これまで感じたことのない気持ちになりました。だから、どうにか彼女と仕事をしてみたかった。しばらく後、「God Is A Woman」という曲を、「女性、生命、自由(Woman, Life, Freedom)」運動をきっかけにリリースしました。すると、彼女のチームがその曲の別バージョンをつくれないかと考えたんです。その後、このインタビューみたいにZoomで話し合って、まったく新しい曲を最初からつくることに決めました。こうして、「No Muse」につながるアイデアが生まれました。
――春さんはAFSHEENさんの作品に触れて、どんな印象をお持ちになりましたか。
春ねむり:最初、AFSHEENの作品には自分が今までやったことのないジャンルの音楽が多かったので、一緒になにができるか、あんまり見えてなかったんです。でも、いちから新しい曲をつくることになってからAFSHEENが送ってくれたデモが、抽象的な風景を持っている感じがして。このニュアンスだったら、私もなにか書けるかも、と思えたんです。自分が考えていたものとは違う角度のものがAFSHEENから届いたのがすごく面白かったです。
私とAFSHEENは、人間的にもテンション感がめっちゃ違うんですけど、トラックで描いてる風景には共通するものを感じました。こうやって全然違う人同士が交錯する地点があるんだ、というか。私にはAFSHEEN的な要素はないと思っていたけど、実際にはあるんだ。反対に、AFSHEENも私みたいな要素は持っていないと思っていたけど、持ってたんだ。そういう印象の変化がありました。
AFSHEEN:すごい、とても美しい。それこそが、『SMALL WORLD』でやろうとしていることなんです。つまり、自分が居心地良く過ごせる場所の外に一歩踏み出して、自分が知らないものを探求する勇気を持つということ。たくさんの人が、新しいことに挑戦することに怯えてしまっています。私は春さんの音楽と芸術性をとてもリスペクトしているので、私を信頼してユニークなものを作ろうとしてくれたのはとても美しいことです。音楽の核は心から出てくるものであり、それこそが本当のつながりです。心と心、魂と魂がつながるわけです。どんなふうに聴こえるかじゃなくて、どんなふうに感じられるかが大事です。
サウンドを通してつながる
――春さんのお話を伺っていると、AFSHEENさんがなぜ「No Muse」のビートを春さんに渡したのか気になります。どのように春さんとコラボするビートを選んだんでしょうか。
AFSHEEN:一緒に仕事をするにあたって、まずそのきっかけになった「God Is A Woman」のことを考えました。春さんのハイ・エナジーなボーカル・スタイルに対して、あの曲のフィーリングを保ったものにしたかった。そこで、彼女の別の側面を引き出すにはどうしたらいいか考えたんです。多くの人がまだ知らないだろう、よりやわらかくてやさしい側面を。だから、ドラムンベースのスタイルで行くことにしました。春さんに聞かせるときはちょっと緊張しました。彼女が気に入ってくれるかわからなかったので。でも、彼女に聞いてもらったら、歯車が噛み合い出したのがわかりました。
――こうしてAFSHEENさんから受け取ったビートに春さんが歌詞とメロディをのせることになったわけですが、そのインスピレーションになったものはありますか。
春ねむり:トラックを聞いたときに、ちょっとSFチックな、「超エッジィな手塚治虫」みたいな風景を感じました。「アンドロイドの女神」というイメージが浮かんで。「ターミネーター」シリーズに、液体金属でできた女ターミネーターが出てきますよね。彼女みたいな存在が、核戦争後の荒廃した地球にぽつんと立っている。でも彼女は、実は銀河と繋がってもいる。そんな風景を描いてみるのがいいんじゃないかと思ったんです。
音には近未来っぽさがあるけれど、コード感はメロディアスな歌がのりそうで、新しさと懐かしさを同時に感じる。だから、近未来的な要素と、太古から変わらないと思えるような普遍的な要素の両方がないと、この曲は成立しないんじゃないかと思いました。メロディに懐かしさや普遍的なポップスとしての要素を残して、歌詞はとにかくその風景の美しさを描写することに努めました。
――この曲は、春さんだけではなく、AFSHEENさんもボーカルをとっていますよね。二人で歌う構成にしたのはなぜでしょうか。
AFSHEEN:もともとそのつもりだったわけではないんですが、春さんがデモを送ってくれた時、自分がコーラスを書けるんじゃないかと感じたんです。その歌詞は自分のなかから出てきたもので、すごくパーソナルなものだったから、自分で歌う必要があると思いました。あんな歌詞が自分で書けたことが嬉しいし、ありがたいです。まさしく私たち人間の、刻々と進んでいく旅そのものですから。あの歌詞がある意味すごいのは、あの曲を出してから、自分自身も変わったように感じられるところです。本当にクールですね。
ミューズはいない、ただ音楽がある
――AFSHEENさんのパートに、「No muse but the music」というタイトルにもなっている印象的なフレーズがありますね。楽曲の核となるテーマとつながる部分なのではないかと思ったのですが、「No Muse」というタイトルや、この一節について伺えますか。
AFSHEEN:私が送ったトラックを春さんが聞いたとき、彼女はただ「No muse」って言ったんです。それが始まりです。音楽や作曲については、説明しようがないこともあるんです。ただ感じるしかない。彼女がそう言ったとき、私は「よし、まずはそこから始めてみよう」って感じでした。そして彼女がデモを送り返してきたとき、私は「No muse」というフレーズを含む、この曲の焦点になるあのコーラスを作らなければいけない気持ちに駆り立てられたんです。
個人的には、「No muse」というのは本当ではなくて、自分にはなによりも音楽というミューズがいるし、ある意味ミューズとも言える女性もいます。でも、この曲では私も、自分たちにミューズがいるなんて感じられないイランの女性たちのフィルターを通さなければいけなかった。だから私も「No muse」と歌うんです。それでも、音楽が自分を前に進めてくれるんだと。いつもはこういうことを説明するのが好きではなくて、聴く人に自分なりの解釈をしてほしいんです。でもあの一節は大好きで、「No muse but the music」って書いてあるシャツをグッズにしたいくらいなんですよ。素晴らしいと思います。
――「No Muse」というフレーズは春さんからのものだそうですが、春さんはこの言葉にどんな意味を込めていたんでしょうか。
春ねむり:人間には、ふとしたときに、芸術に救われてしまう瞬間が訪れるものだと思います。自分がイメージしたアンドロイドの女神がいる風景って、そういう瞬間を捉えたものだと思っているんです。救われるその瞬間は、自分にとってある種宗教性を帯びているというか、女神様みたいに感じられる。でも、実際には神秘的な力のおかげで救われるわけじゃなくて、ただそこに芸術があり、その芸術を残すために誰かが存在してくれていたから救われるんだと思います。
実際、誰かをミューズと呼んだり、個人的な関係のなかでミューズとして扱うこと自体は構わないと思うんですけど、私は、自分を神秘によって守ってくれた人を、神秘性から解き放ちたい。そう思って、この風景の中にひとりで立つとはどういうことなのかを歌詞で描写しようとしました。ただ、私にしては珍しくストーリーテリング的で、余白がある歌詞だと思うので、そこを楽しんでもらいたいという気持ちもありますね。
AFSHEEN:そう、たしかに、リスナーの人にとってもなにかを感じる余白がたくさんあると思う。本当に、あの曲を何回聴いたかわからなくて、もしかしたら何千回も聴いているかもしれない。春さんが歌っていることはあまりわかっていなかったけれど、でも感じることは確かにできた。だからこそ、コーラスをああやって書くことができたんだし。春さんのストーリーテリングは素晴らしいから、もっとやるべきだよ。
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「女性、命、自由」運動と「No Muse」
――歌詞を通じて楽曲のテーマやメッセージについて伺いましたが、それを踏まえて、今回の楽曲に深く関わっているという、イランの「女性、命、自由」運動についてもお二人に伺えたらと思います。
春ねむり:イランで、ヒジャブのかぶり方が不適切だったと言われて警察に連行された20代前半の女性が、取り調べを受けて不審死するという事件がありました。そのニュースを見たのがきっかけです。「女性、命、自由」運動自体はそれより前からイランにあったんですが、事件をきっかけに抗議運動が広がりました。
私は、国家やこの世に存在している社会制度といった、人間を支配している仕組みが、めちゃくちゃ嫌なんです。本当に、嫌だ、の一言に尽きます。宗教の自由はあるし、人が何を信仰していても自由なんですが、宗教も制度や権力になってしまったら、単に信仰だけの話では収まらなくて、人が死んでしまうことになる。そういうことはやめてほしい。
AFSHEEN:そう、まったくその通り。100パーセント、いや1000パーセント春さんと同意です。去年のいまごろにこうした出来事が起こったので、いわば1周年です(※注)。『SMALL WORLD』の制作で5か国を訪問する旅が終わるころ、髪の毛を見せたという理由で殺された女の子のことを耳にしました。その後は、雪だるま式に革命へと繋がり、さらに子どもたちが殺されたと聞き、とても心が痛んで悲しくなりました。LAに戻ってきたときには、音楽を通じてこのことについてなにかしなくてはいけないと思っていました。世界は美しいですが、残酷でもある。それに、公平とはいえないことであふれている。自分ではなにをするか見当もついていませんでしたが、エナジーに突き動かされていました。
一年経って、その話をこうして春さんとしている。これこそ世界をより小さくすること、つまり『SMALL WORLD』です。春さんは、日本のアーティストだから、このことについて話す必要があるわけじゃない。なにもしなくてもよかったのに、行動してくれた。それは、私やこれを見るたくさんの若い女性たちにとってかけがえのないことなんです。世界中の誰もに真の自由が、誰かを傷つけるのでない限り自分のしたいことをできる自由がもたらされることを私は祈っています。これが「女性、命、自由」運動に対する私なりの作品だと思っています。
※注:本インタビュー収録時の2023年9月は、マフサ・アミニさんの死去からおよそ一年の節目にあった。
「世界を小さくする」ために
――続いて、AFSHEENさんは『SMALL WORLD』の制作にあたって世界中のアーティストとコラボし、春ねむりさんも海外のアーティストとのコラボやツアーを行って、世界に踏み出しています。自分の慣れ親しんだ国から外に出て活動していくことについて、お二人はどのようなことを考えていますか。
春ねむり:自分の音楽は、任意の社会Aがあったとして、そのなかの何パーセントかの人がマジで必要とする音楽だろうと思っていて。なので、いろんなところに行ったほうが、その社会ごとにいる何パーセントかの人たちに出会える確率がどんどん増えていくっていうふうに自分は考えています。あと、同じ場所にずっといるのがそんなに好きじゃなくて、もう、なるべくいろんなところに行きたい。
でも、むしろ日本の状況がすごく特殊な気がしていて。「超売れてる」でもなく、「始めたてでまだ5人くらいしか聴いてません」でもないミュージシャンって、どこの国に行っても一番人数が多いと思うんです。日本では、その一番多いところが、ただなんとなくみんな、日本から出ていかない。確かに日本以外の国でツアーする理由もないんだろうけど、日本以外の国でしない理由もないんじゃない、というミュージシャンが結構いるなと思っています。だから、自分は逆になんでだろうって疑問がありますね。他の国の人を見ていると、特に。
――AFSHEENさんはいかがですか。
AFSHEEN:アーティストにとって大事なのは、オープンに、他のアーティストとコラボレートできるようにすることや、普通はオーディエンスもファンもいるはずのないいろんなマーケットや国、都市に行くこと。あなたの音楽に触れる人が増えるし、自分にとっては、これが「世界を小さくする」方法なんです。それが『SMALL WORLD』の本当のメッセージであり、私の人間としての本質でもあります。様々な背景や国、ジャンルから人びとが集まってくるのを見るのが大好きです。音楽が面白いのは、まさに私たちを結びつけるところだから。自分の心地よく過ごせる範囲を飛び出して世界を広げることは重要だと思います。
――それでは最後に、今回のコラボレーションを経て、今後の活動にフィードバックされるような、インスパイアされたことはありますか?
春ねむり:「No Muse」でストーリーテリングや風景の描写をメインにしたことが、自分の作品としては本当に珍しくて。なぜかというと、自分にはそういう才能がないと思っていたから。だから公にはトライしてこなかった。でも、今回やってみて初めて、最初にしっかり風景が見えていなかったからうまくできなかったんだという実感が生まれました。逆に、風景が見えていれば書けるっていうことがよくわかりました。今後は、最初に風景をしっかり見るための感性を磨こうと思います。
AFSHEEN:それは美しいことです。私にとってコラボレーションのポイントはそこなんです。コラボレーションのおかげでお互いもっといい作家、もっといいアーティストになって仕事を終えられたら、成功っていうこと。歌うこと、デュエットすることは自分では思いもしなかったことだったけれど、春さんが「God Is A Woman」を気に入ってくれたおかげで力がわいたし、「よし、このコーラスを歌わせて」と言う勇気も持てた。私の声を気にいってもらえて本当にありがとうと言いたいです。春さんがいなかったら、こんなことしなかったかもしれないんだから。
No Muse feat. HARU NEMURI / AFSHEEN
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