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<インタビュー>pachaeが3分に込めた愛のカタチ――アニメ『妻、小学生になる。』オープニング「アイノリユニオン」

インタビューバナー

Text & Interview: 本間夕子
Photos: 辰巳隆二

 これまたなんと面白い才能が現れたことか。ありとあらゆる音楽要素をアクロバティックなまでに詰め込みながら、ソングライティングを一手に担う音山大亮(Vo. & Gt.)の唯一無二のセンスと、メンバー全員の卓抜した演奏テクニックでもって極上のポップスへと見事に昇華させる尋常ならざる手腕に唸らずにはいられない。その才能の名はpachae(パチェ)。2020年に開催された【murffin discsオーディション】にて結成わずか3か月で準グランプリに輝くという快挙を成し遂げ、以降、目覚ましい勢いで活動の幅を広げ続けている大阪発の3人組バンドだ。

 10月7日にリリースされた4作目のデジタルシングル「アイノリユニオン」がアニメ『妻、小学生になる。』のオープニング・テーマにも大抜擢され、ますます注目度を高めるpachaeが満を持してBillboard JAPANに初登場! 結成の経緯や音楽歴から新曲までたっぷりと語ってもらおう。

左から:バンバ(Gt.)、音山大亮(Vo. & Gt.)、さなえ(Key)

──まずは結成の経緯などプロフィール的なところからお話を聞かせてください。

音山大亮:昔、弾き語りみたいなことをしていた時期があったんですよ。言ってしまえば趣味なんですけど、なかなか上手く歌えなくて、公園でいつも練習してたんですね。そしたら、ある日、歌えるようになった瞬間があったんです。急に鼻の奥が開通した感じになって、高い声も出るし音程も合う、みたいな瞬間が。それまで音楽に関しては別に自分が歌わなくても曲を作るだけでいいと思っていたんですけど、これだったら俺が歌う世界線もあるのかもしれないって思ったときに、ちょうど当時のドラマーに「歌、上手いっすね」って話しかけられたんですよ。まったくの初対面でしたけど、それをきっかけにバンドを組もうという話になって、そいつが当時のベースとギターのバンバ、僕がほかのイベントで出会っていたキーボードのさなえに声をかけて、5人でスタートしたのが最初です。

──そうだったんですね。そこから活動していくなかで今の形になられた、と。

音山:はい。

──みなさんのそもそもの音楽歴は?

音山:中学生のときにMr.Childrenにハマったのがきっかけですね。ただ、当時は自分が音楽をやるという感覚がなくて、バンドという単語も知らないくらいだったんですけど、どこかのタイミングで自分も同じところに立てるんじゃないかっていう何の根拠もない自信が生まれてきたんですよね(笑)。そこから、さらにいろんな人の曲を聴くようになって、DTMで曲を作り始めて。当時はただ曲を作るのが好きっていう感じだったんですけど、今も作り方は変わってないです。

バンバ:僕は小学生の頃からYouTubeでandymoriとか観ていたんですよ。andymoriってギターボーカルのバンドじゃないですか。それでギターを手にしたんです。でも、そのときはFコードが弾けなくてすぐにやめたんですよね。中学生になって受験勉強をやりたくなかったときに、たまたま「そういやギターがあるな」と思ってまた触り始めたあたりが本当のスタートだったのかなって。

さなえ:私は3〜4歳くらいからずっとピアノとエレクトーンを続けてきたんです。仕事もエレクトーンのデモンストレーターをやっていて。本当にピアノとエレクトーンの世界しか知らなかったんですけど、このバンドに入ったことで新たに音楽の世界が広がりました。

──音山さんから誘われたときはどんな気持ちでしたか?

さなえ:めっちゃ嬉しかったです! 声をかけてもらったのがイベントで会ってから1年後だったんですけど、思い切って飛び込んでみて本当によかったです。

──pachaeというバンド名の由来も教えてください。

音山:半濁音が人の耳にいいらしいっていう話を何かで知って、パ行の名前にしたいなって思ったんですよ。いろいろ考えて、やっぱり「パ」がいいなと思ったときに、組み合わせていちばんかわいかったのが「チェ」だったんですよね(笑)。

──“pachae”という綴りもひと捻りされていますよね。普通は“pache”となりそうなところですが。

音山:“chae”の“a”がないと、検索したときにほかの言葉もヒットしてしまうんです。例えば韓国語で白髪ネギをパチェって言うんですけど、アルファベットだと“pache”って書くらしくて。もしも僕らが日本でいちばん売れたとしても、ネギのほうが絶対有名じゃないですか。そしたら、僕らの写真とか記事の間にネギもきっと挟まってくるし、ネギを調べたい人にも迷惑な話やなと思ったので。

バンバ:そういうこと(笑)?

音山:でも“a”を入れたことで、よりかわいくなったからいいかなって。僕はすごく気に入ってるんですけどね。

さなえ:うん、私も。

──そして結成3か月で、所属事務所であるmurffin discsのオーディションで準優勝を獲得されたわけですね。

音山:僕、結成3か月ってずっと言ってきてたんですけど、よく考えたら全然3か月じゃなかったなってさっき気づいて(一同爆笑)。当時のメンバーで初めて集まったのが2020年の6月か7月末で、初めて練習スタジオに入ったのが8月末なんですよね、たしか。それを9月結成と捉えるなら、12月末に所属させていただいたので、一応結成3か月になるんですけど。

バンバ:9月にしときましょう(笑)!



──初めて一緒に音を出してから3か月で準優勝って十分すごいですよ。その時点で手応えがあったのでしょうか。

音山:あんまり何も考えていなかった気がします。僕の作るデモが結構難しかったですし、人力で弾けるのか正直わからなかったんですよね。だから不安もあったんですけど、変にテンションが上がっていたので「ま、なんとかなるっしょ」みたいな(笑)。そしたらオーディションがあったので「なら、出しとくっしょ」って応募したら、ありがたいことに順調に進んでいったというだけなんですよね。とにかく時の流れが早かったですし、余裕はまったくなかったです。

──音山さんのデモを実際に演奏するってやっぱり難しいんですか?

さなえ:めっちゃ難しいです。

バンバ:今でも難しいですよ、必死ですもん(笑)。一生懸命練習してます。

さなえ:でも楽しいです、すごく。自分には思い浮かばないフレーズもあったりするので、そのたびに「あ、こういくんや! 面白いな」ってワクワクしながら弾いてますから。

バンバ:特にみんなで合わせるときはワクワクしますね。一発目に全員で曲を合わせる瞬間が本当に楽しい。

──ちなみにデモ1曲完成させるまで、音山さんの場合、どれくらいかかるんでしょう。

音山:爆速だったら3時間くらいかな。でも時間がかかるときは何日間もずっといじり続けてるので、バラバラですね。

──曲はふと思いつくタイプですか? それともイメージを練り上げてイチから構築していくタイプ?

音山:パッと思いついたメロディを「これはAメロやな」「これはサビやな」みたいに保存していっているので、思いつくタイプですかね。でも正直、それ以外に方法がないんですよ。こんなメロディにしようって考えてから作るにしても、そのときにふと鼻歌で出てくるメロディのほうが結局、人の耳には残りやすい気がしますし。理論立てて緻密にメロディを組み立てていくような作り方をまだしたことがないだけなんですけどね。今のところ、できる限りは思いついたままのアイデアでいきたいんです。

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──今回リリースされる4作目の配信シングル「アイノリユニオン」はアニメ『妻、小学生になる。』のオープニング・テーマとして書き下ろされたんですよね。pachaeとしては初のタイアップ曲だとのことですが。

音山:そうなんです。なので、時間はすごくかかりました。最初に原作を最後まで読ませていただいて、これは僕自身の気持ちではなく、作品のキャラクターの気持ちをメインで書いたほうがよりアニメ自体が際立つなと思ったんですよ。原作からセリフを抜き出してみたりしながら、何十回も書き直して……。

──そんなに!

音山:アニメの1話から最終話までずっと流れるわけだから、曲で次の展開を予測させたくはないじゃないですか。だからと言って、特定の場面をピンポイントで描くようなものにもしたくない。アニメのストーリーのどのタイミングに聴いても感動して、作品がよりよく見えるような歌詞にするというのが思っていた以上に複雑な作業でしたね。歌詞以外の部分でも普段の曲作りに比べたら相当時間がかかっていて……展開がすごく多い作品だったから曲調にもすごくいろんな要素を入れましたし。最初のタイアップとしてはなかなか難しい作品が来たなと思いつつ、かなり力を入れて作らせてもらいました。苦労はしたけど、すごくやりがいがありましたね。『妻、小学生になる。』という作品を好きになれたからこそ作れた曲ですし、本当に作品のおかげやなって思ってます。


Ⓒ村田 椰融/芳文社・妻小プロジェクト

──お二人はいかがでした?

さなえ:原作を読み進めれば進めるほど、気持ちがすごく動いていくんですよ。最後は特に自分が予想していた展開と違うものだったこともあって、一気に感情が高まってしまって。なので、この曲を演奏するときはめちゃくちゃ物語を思い浮かべてます。歌詞も自分のなかにインプットしながら一緒に歌うような気持ちで弾いてますね。

バンバ:展開の多い物語に合わせて、曲でも展開が多いので、同じ曲なのにセクションによって弾いていても違う感覚がありますし。

──本当に驚くほどたくさんの要素が入っていますよね。もともとpachaeの音楽はいろんなものが凝縮されていて密度がとても高いですけど。

音山:ちょっと足しすぎですけどね(笑)。本当はもっと引き算もしたいんですけど、今はまだpachaeというものがどんな形なのか探っている段階なのかもしれへんなって自分では思ってるんですよ。なので、できるだけゴチャつかないことを前提にしつつ、今は思いついたものをいろいろ足しまくってる感じで。


──それにしても、よくぞ1曲にまとめあげましたよね、この曲を。Aメロ、Bメロ、サビ、間奏が、それぞれここまで違う曲はそうないと思いますよ。Bメロは♪ダッタカ、ダッタカとハイテンポな疾走感で進むのに、間奏ではいきなりジャジーな広がりを見せたり、イントロにしてもこのままずっとインストゥルメンタル曲で進めてもいいんじゃないかと思わせるような完成度で。

音山:作品の展開に曲が負けないように、みたいな気持ちもあったんですよ。アニメでこの曲を知ってくれる人の大半はpachaeのことを全然知らないと思うんですよね。アニメのショートバージョンを聴いて、そこからフルバージョンの音源にたどり着いてくれる人もきっといるはずなので、そのときに「え、全然違うことをしてる!」って驚いてほしいし、楽しんでほしいんですよね。絶対、飽きてほしくもないですし。

──飽きるどころか発見だらけでしょう。しかも、こんなに詰め込んでもトータルがたったの3分って驚異ですよ。

音山:僕も歌っていてめっちゃ長く感じるんです(笑)。でも、自分で作る曲は絶対に3分前後がいいなって思ってるんですよね。それが唯一のこだわりかもしれない。これだけガチャガチャ要素を足すから、せめて時間ぐらいは引き算しよう、みたいな気持ちもありますしね(笑)。聴き終わったときに「めっちゃ長く感じたな」と思ってパッと時間を見たら実は3分くらいだったっていうのが理想かな。

──5分くらいかと思って3分だったら、ちょっとお得な気もします。

音山:その2分を趣味の時間に充てられますしね(笑)。

──この曲のなかで個人的に気に入っているところや、特に注目して聴いてほしい箇所などあればぜひ教えてください。

さなえ:私はやっぱりイントロですね。すごく特徴的だと思うので、ぜひじっくり聴いてみてほしいです。

バンバ:さっきおっしゃっていただいたBメロ、♪ダッタカ、ダッタカ……のところが僕はめちゃくちゃ好きで。でも、弾いてること自体はシンプルなのに、やたらとムズいんですよ。

音山:Aメロまではノリノリなんですけど、Bメロで「あれ?」ってなっちゃうんだよね。めっちゃテンポが速くなってるぶん、逆に遅く感じちゃうというか、「これ、遅すぎん?」って思って測ってみたら速かった、みたいな(笑)。この曲自体、たぶん聴いて感じる100倍は難しいんですけど、Bメロはその2億倍難しい(一同爆笑)。

──作ったご本人が言うんだから相当ですね。

音山:楽器が弾ける人はぜひ試してみてほしいですね、きっとBメロで同じことを言うはずだから。せめて、この曲を世界でいちばん上手く弾けるバンドでいたいと思って、今、頑張って練習してます(笑)!

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pachaeにとっての愛とは

──歌詞についても伺いたいのですが、サビの最後の〈僕らは僕らの愛には敵わない!〉という一文がすごく深いですよね。人によっていろんな解釈ができそうな気がして。

音山:最後まで作品を読んだり、しっかりアニメを観たりしていただければ、何かしら答えみたいなものが伝わるんじゃないかと僕は思ってるんですけどね。実際、作品を観て、この素晴らしい家族の物語に触れたら、きっと感じてもらえるものがあるんじゃないかなって。たしかに、あえてややこしい言い回しにはしているので、解釈は自由でいいとも思ってるんですけど、逆にピンと来ないまま物語に入っていくのもアリだと思うんです。作品にのめり込んだときに何かが伝わる一文にはなっていると思うので。だから最後の決めゼリフ的な位置に持ってきたというのもあるんですけど。

──そうだったんですね。もうひとつ、すごく細かいことをお聞きしてもいいですか? この一文も含め、音山さんの書かれる歌詞って最後に“!”がつくことが多いですけど、何か意図されていることがあるのでしょうか。

音山:意図は特にないですけど……でも〈僕らは僕らの愛には敵わない!〉みたいな言葉を言うときって冷静なはずがないなと思っていて。だから“!”が付かないほうが違和感を感じるんですよね。なんなら顔文字や絵文字なんかも入れたいくらいで(笑)。歌詞って感情を表しているものじゃないですか。少なくとも僕にとってはそうなので、そこで変にカッコつける必要はないかなって。もちろん歌詞としての限度はあると思いますけど、それが自分にとっていちばんしっくりくる表現なら使っていきたいって思うんですよね。

──カッコつけずに、感じたことをなるべくそのまま伝えたい。

音山:はい。それに、この歌詞の場合は、僕じゃなくてキャラクターたちの感情なので、なおのこと“!”が一個じゃ足りないくらいだなって思いながら書いてました。

──楽曲全体として、今まで以上に愛というものと真正面から向き合ったものになっていると感じるのも、書き下ろしが大きな理由でしょうか?

音山:そう思いますね。この作品の家族のおかげです。

──ジャケットのアートワークもハートですし。

バンバ:お! ジャケットのことには初めて言及されました。

音山:ホンマやな。これ、僕が描いたんですけど、綺麗なハートにするのが大変だったんですよ。寸分の狂いなく左右対称のハートを鉛筆で描いてから“アイノリユニオン”って文字を虫みたいなサイズで描きまくっていって。

バンバ:ちょっとキース・ヘリングみがあっていいですよね。

──このジャケットからも、愛というものに真っ直ぐ向き合おうというバンドの意志を感じたんです。

音山:ただ好きとか愛してるとかじゃない、結構、現実的で、かつ、しっかりと思想を持った価値観がこの作品には描かれているから、曲としても単純な愛の歌みたいなものにはしたくなかったんですよね。まさに『妻、小学生になる。』という作品の力のおかげなんですけど。

──では最後に……みなさんにとっての愛とはなんでしょうか。すごく大きな質問ですが。

バンバ:うわ、ムズっ! 僕には難しすぎる問題かもしれないですね。愛を語るにはまだ若すぎるかも(笑)。

さなえ:本当にいろんな愛の形があるから、私も今これっていうのは難しいかな。これから生きていくなかで見つけていけたらと思っています。

音山:俺にはひとつあるんです、俺の愛とはこれ、っていうのが。ざっくり言えば、その人を愛しているっていうのは二度とその人に会わなくてもいいことやと思うんです。その人がいないと生きていけないっていうのも別に悪いことではないし、そんな境地に僕自身も達していないですけど、二度と会わなくても大丈夫っていうところまで思えるのが完全なる愛かなって。極端に言えば愛とはそういうものかなって感じてますね。

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