Text：金澤寿和

　今、J-FUSIONが盛り上がっている。筆者のように70年代中盤からその手の音楽に触れ、黎明〜進化〜発展〜飽和〜衰退〜再評価の流れをつぶさに見ていると、「シティポップが再評価されるなら、それも当然」と思ってしまうが、果たしてその再浮上の経緯を探ってみると、やはり似たり寄ったりで…。ただそこにインストゥルメンタルだったり、ジャズ寄りだったりと、フュージョンならではの要素が加味されて、現状のリヴィジテッドに繋がっている。それではまずJ-FUSIONの成り立ちについて検証しておこう。

　海外のフュージョンは、マイルス・デイヴィスの電化とジャズ・レーベル＜CTI＞に代表されるジャズのイージー・リスニング化から始まったと言える。しかし当時の日本のジャズ界は、些か古めのモダン・ジャズに固執する勢力が強く、むしろジェフ・ベック『Blow by Blow』(75年) に衝撃を受けたロック・ファンからの反応の方が早かった。ラリー・カールトンやリー・リトナーの人気がシーンを先導するようになったのも、ギター・ヒーローを求めるロック・ファンの指向性が強く影響している。

　日本でその先陣を切ったのは、新鋭ジャズ・ギタリストとしてデビューした渡辺香津美を例外とすれば、高中正義、森園勝敏、大村憲司、鈴木茂など、いずれもロックやポップ・フィールドからシフトしてきたギタリストたちだった。そしてわずかに遅れ、渡辺貞夫 (Sax.) や日野皓正 (Tp.) 、深町純 (key.) らがそこへ参入する構図。いわゆる和ジャズの世界にも、オーセンティックな4ビートから脱却しようとするトライアルはあったのだが、伝統にこだわるあまりに異端と捉えられ、大きな勢力にはならなかった。それに対して自由度の高いロック方面では、70年代半ばから細野晴臣や鈴木茂が結成したティン・パン・アレー、森園がいた四人囃子がフュージョン寄りのアプローチを開始していたのが興味深い。

　ただしその頃は、まだ“フュージョン”という呼称はまだ使われていなかった。一般的には“クロスオーヴァー”と呼ばれていて、ジャズを中心にロックやソウル、ファンク、ラテン、アフロなどのミクスチャーであることが強調されていた。平たく言えば、クロスオーヴァー、フュージョン、どちらも大きな違いはないものの、時代の流れと共に様々なスタイルの融合が深化していったのだ。当初は実験要素が強く、しばしば火花を散らすようなインタープレイが展開されたものの、それが徐々に均衡が取れ、聴きやすく成熟していく。それに連れてフュージョンという名前に置き換わっていった。“交錯”と“融合”というコトバの変化は、そのまま音楽的進化のステップを言い表していた。それが70年代後半の話である。

黎明を飾ったJ-FUSIONが本格的に展開し始める

　そうして黎明を飾ったJ-FUSIONが本格的に展開し始めるのが、PRISM、カシオペア (現CASIOPEA-P4)、THE SQUARE（現T-SQUARE）ら、新しい世代のバンドがデビューした70年代末だ。そこに渡辺香津美が坂本龍一らと組んだKYLYN、ベテラン・ジャズ奏者が集まってスタートしたネイティヴ・サン、ラテン・ピアノの第一人者である松岡直也率いるウィシングなどが加わり、いよいよ国産フュージョンが広く注目され始めた。

　この頃になると、従来の演奏スキルの高さに加え、ポップなメロディ、スピード感溢れるリズム、緻密かつコンパクトに構築されたアレンジなど、日本人ミュージシャン特有のセンスが楽曲や作品に反映。それが楽器や機材の進化と歩調を合わせたこと、ライブ・ツアーやTV-CMなどでミュージシャン自身が身近で人気を集めやすかったことなどが相まって、日本独自のフュージョン観が形成されていく。これが80年代に入って大きなムーヴメントとなった。日本ではインストゥルメンタルを積極的に流すラジオ局など深夜帯にしかなかったが、優れたメロディやアレンジが施された楽曲はCMや各種ジングルに切り取られ、あるいは広くBGMに使われて、いつの間にかポピュラリティーを得ていった。

　が、80年代後半になると、コマーシャリズムが過ぎたか、あるいは急進的過ぎたのか、カシオペアやTHE SQUAREといった人気バンド、ナベサダや香津美といった安定のベテラン勢以外を除くと押し並べて人気が低迷。90年代もUKクラブ・シーンでカシオペアの人気が高まったりしたが、いずれも次元的かつ局地的な動きに留まった。結局のところ、現在の再評価に繋がる胎動が始まったゼロ年代後半になるまで、J-FUSIONは一部マニアのための音楽に過ぎない状態に陥ってしまっていた。　

　そこに変化を与えたのがインターネット。とりわけYouTubeやSNSが普及し、日本国内では軽んじられていたJ-FUSIONの魅力が世界各地の音楽ファンに認められ、逆輸入されるカタチになったのだ。その発火点たるものが、ネット上のコミュニティから生まれ、主にパソコン上で素材の加工とコピペで制作されるようになったヴェイパーウェイヴ、である。

　更にそこから派生したフィーチャー・ファンクは、ジャズ・フュージョンやブラック・コンテンポラリー、AORなどがその素材に選ばれた。特にターゲットとされたのが、後に一大ブームとなったシティポップとJ-FUSION。流行りの音楽に対するアンチテーゼから発生し、80〜90年代へのノスタルジーと自嘲を含んだそのスタンスには、外国人にとって匿名性が高くミステリアスな反面、音楽的魅力をコンパクトに凝縮していた日本の音楽が格好の材料だった。

　こうしたオタク的ルートと並行して、クラブの現場でもJ-FUSIONへの注目度は高まった。アシッド・ジャズやジャズ・ファンクと密接に関係したUKクラブ・シーンの動きは、時を経て世界的潮流となり、レア・グルーヴの名の下、ヒップホップの参考資料にされた。その大きなポイントは、グルーヴ感があって踊れること。これは何も激しく踊れる必要はなく、気持ちが乗ってきたらチョッとステップを踏む、それくらいがちょうど良かった。そしてサンダーキャットのようにJ-FUSIONに対する深い愛情を示すリアル・ミュージシャンも現れ、諧謔（かいぎゃく）的だったスタンスが急速に親和的に変質していったのだ。

そして世界的に評価されるJ-FUSION

　昨今の世界的J-FUSION再評価で最も注目されるのは、カシオペアと高中正義である。カシオペアの82年作『MINT JAMS』、高中の初期ベスト『ALL OF ME』（79年）の動画再生回数は揃って数百万回を越え、今もウナギ登り状態。火がつき始めた頃のオリジナル・アナログ盤の中古盤高騰には、たいそう驚いたものだ。ご存知のようにカシオペアは、活動停止期間～CASIOPEA 3rdを経て、現在はリーダー野呂一生を中心とするCASIOPEA-P4として再生。全盛期の他のメンバーも再集結し、かつしかトリオとして結成２作目のアルバムを出したばかりだ。また多くの固定ファンを持つ高中も、“初期キティ時代”の作品を中心に再び人気を盛り返し、積極的なライヴ活動を展開している。

　THE SQUARE改めT-SQUARE、スタンダードに凝り固まっていたジャズ・ヴォーカルをポップ・フィールドに着地させた阿川泰子、現在はプロデューサー／アレンジャーとして活躍する鳥山雄司（Gt）らの動向も目が離せない。T-SQUAREはF-1グランプリのテーマ「TRUTH」の圧倒的浸透度に加え、結成以来の中心人物離脱をバネにフォーマットの自由度を高め、新たな領域に踏み込んでいる。

　阿川泰子は名曲「LA Night」のコンピ需要が未だ高く、鳥山は現在、神保彰とのユニットであるPYRAMIDで最近型フュージョン・サウンドのあり方を模索中。こうしたベテラン勢の活発さは、カタログ作品中心に動いているJ-FUSION再評価の潮流を現在進行形に置換する意味で極めて重要だ。

　その一方で、リスナー世代が移り変わったことで、かつてのフュージョン人気とは違った斬り口で再評価が進んでいることも認めなければならない。でもそこはネガティヴではなく、ひとつの新しい視点、言わば“気づき”として、オールド・ファンも肯定的に捉えたい。実際、アルバム・リリース時には軽くスルーされたり、斬新すぎて理解されなかった作品が今は高人気、という例が少なくない。ハイ・クオリティながら当時はBGMとして軽く扱われがちだった堀井勝美プロジェクトの一連作や、ピアニストの野力奏一が率いるNORIKI、同じくピアニストの大徳俊幸によるサファリみたいな作品が結構な人気を集めているし、本格的なのにマニアックな人気に止まった菊池ひみこ、難解とされたマライアやその中核だった清水靖晃（Sax）のソロ作品群などは、当時とは逆転した不可逆的評価の高さに驚かされる。

　その頃はニューエイジやアンビエントと受け取られた進化系ミュージシャンのエクスペリメンタル作が、“バレアリック”というニュー・ストリームで海外評価が著しいのも注目点。何より一番驚くのは、イージー・リスニング的なBGM作品やオーディオ・レコードなどにも、少なからず人気盤があること。当時は“音楽を聴く”という自覚的行為にさえ含まれず、都市生活のインテリアに溶け込むため、あるいはその質的向上に寄与すべく創られた音楽が、今は新たなリスニング潮流として面白がられている。

　AIの進化と普及で、今また音楽の危機が叫ばれ始めた現代。確かにベッドルーム・ポップと呼ばれる究極のホームメイド・ミュージックが世界のポップ・シーンを席巻するのを見るにつけ、その将来には不安を禁じ得ない。しかしそのライヴ・パーフォーマンスには、落胆させられる場面も少なくない。演出やライティングは素晴らしくても、音楽自体はプログラムされており、ほぼすべてが予定調和。人間同士の交流によるヒューマン・ケミストリー発生の余地は薄いと言わざるを得ない。リアル・ミュージシャンがフェイス・トゥ・フェイスの環境下で、アイディアと音楽スキルを絞り出した時に生まれるケミストリー、そこから誕生した音楽はやはり普遍なのだ。これはAIからは生まれ得ないし、その叡智と技術を結晶させた音楽がジャズ・フュージョンだと言える。しかもそれがオーディエンスの目の前で、瞬時に交わされていくライブ・ステージは、これから最も多くの新しい可能性を秘めたフィールドになり得る。現にジャズを通った若い日本人ミュージシャンたちは、国内外で目覚ましい活躍を始めている。いま徐々に、でも着実に盛り上がっているJ-FUSIONは、これからの日本の音楽シーンの未来を占うモノかもしれない。