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<インタビュー>大事なのは、自分の曲を無限に好きで居続けられるか――「はいよろこんで」が国内外で注目、こっちのけんとが語る創作美学と兄弟愛



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Interview:Takuto Ueda


 動画プラットフォームで爆発的な広がりを見せている「はいよろこんで」。マルチクリエイター・こっちのけんとが5月27日にリリースした本楽曲は、総合ソングチャート“JAPAN Hot 100”と、世界でヒットしている日本の楽曲をランキング化した“Global Japan Songs excl. Japan”の両方でトップ5入り。ダンサブルな曲調に隠された切実なSOSが、国内外で共感を集めている。

 大阪府出身、菅生家の次男として生まれ、兄に菅田将暉、弟に菅生新樹を持つこっちのけんと。大学時代にアカペラサークルにて音楽活動を始め、2022年よりオリジナル曲のリリースをスタート。いまだアーティストとして謎多き彼に、自身の創作のルーツや家族観、「はいよろこんで」のヒットについての所感など、たっぷり語ってもらった。

アーティスト・こっちのけんとが生まれるまで

――まずは音楽活動を始めた経緯から教えてください。

こっちのけんと:大学1年生のときにアカペラサークルに入って、カバーという形で歌を続けて、その延長線上でオリジナル曲を出し始めたのが2022年でした。

――きっかけはアカペラだったんですね。

こっちのけんと:そうですね。もともと歌は好きだったんですけど、どちらかというとヒカキンさんがやっていたようなビートボックスがきっかけでアカペラサークルに入ったんです。その結果「ちょっと歌、得意かも」と思い始めて、表現力を鍛えていきました。

――音楽の楽しさや魅力に気づいた最初の体験は?

こっちのけんと:二つあって、一つは父が音楽が好きだったこと。家でよくギターの弾き語りをしていました。車の中では知らない音楽がたくさん流れていましたね。あと小学校4年生のときにサッカーを習っていたんですけど、うちのチームのオフェンスが強すぎて、ディフェンスが暇すぎたので、僕がくるくる回って踊っていたらしいんですよ。で、両親が「あの子、サッカーよりダンスとかのほうがいいんじゃないか」と思って、ダンスを習わせてもらって。身体で音楽を体感したり、表現することのきっかけはそれでしたね。

――家や車で流れていたのはどんな音楽でしたか?

こっちのけんと:吉田拓郎さん、小田和正さん、さだまさしさんとか。あとは、習い事のダンスで聴いていた洋楽とか。基本はヒップホップだったんですけど、ダンスの先生がフリースタイルだったので、ポップだったりロックだったりパンキングだったり、いろんなジャンルを教えてもらっていて、そのなかで聴いていた曲もたくさんありました。

――けんとさんが思う自身のアーティスト、シンガーとしての個性や強みってどういうところだと思います?

こっちのけんと:生まれ持った声の特徴はあると思うんですけど、アカペラサークルで4年間ずっとディズニーソングのカバーをやってきたので、そこで培った感情的に歌うことと、それでもピッチを外さないこと、この2軸をちゃんと捉えられているのは、自分の強みだと思います。

――ちなみに、アーティスト名の“こっちのけんと”の由来は?

こっちのけんと:大学を卒業した後に、普通に就職してサラリーマンを1年間やっていたんですけど、スーツを着てネクタイを締めている自分が背伸びをしているというか、素の自分じゃないなと思って、"あっちのけんと"みたいだなって考えていたんです。それに対して、じゃあ歌ってるときの自分はけっこう素だなと思って、“こっちのけんと”って名乗るようになりました。

クリエイティブの源は家族愛
「世の中にもっと菅田将暉を増やしたい」

――こっちのけんと名義では「Tiny」が1stシングルになりますが、最初に作ったオリジナル曲ではない?

こっちのけんと:ではないですね。本当に最初に作ったのは、サラリーマン時代に毎日があっちのけんと過ぎて、うつ病になっちゃった経験から作った曲です。表に出す曲としてはなんか違うなと思ってリリースはしませんでした。

▲「Tiny」

――「Tiny」はお兄さんのことを歌っているかと思いますが、この楽曲を制作したきっかけは?

こっちのけんと:1stシングルとして自分自身しっくりくるものを考えたときに、兄弟についての曲を書いてみたいなと思ったのがきっかけです。今まで兄の吸収してきたものを服みたいにおさがりでもらっていた感覚があって。それを自分の組み合わせで世に出していこうと思って作ったのがあの曲でしたね。兄からもらってきたものを自分なりにどうやったらお返しできるだろうって考えたときに、自分を表現することが良いお返しになるだろうと兄を見ていて感じたんです。「ありがとう」というより、それをもらって「俺はこうしてるぜ」みたいな。

――芸能人や有名人の兄弟、家族がいることを明かさない人も多いじゃないですか。でも、けんとさんはそういった部分を肯定的に捉えてオープンにしていらっしゃいますよね。そこに至るまでに葛藤はありましたか?

こっちのけんと:ありましたね。自分自身もですけど、兄に迷惑がかかってしまうって悩んでいました。でも、兄が「けんとはけんとらしく自由にやったらいいよ」って言ってくれたんです。むしろ僕の場合、兄が菅田将暉だということを知ったうえで僕のことを見るのと、知らないうえで見るのでは、曲の感じ方も変わってくるぐらい重要な要素だと思うので、何だったら知っておいていただいたほうが楽しめると思っています。そのほうが理解しやすい気がするんですよね。僕の曲を聴いて「あんなすげえ人の弟はやっぱりこんな感情になるんだな」とか「だったら俺もそうしよう」みたいなことを感じてくれたらうれしいです。

――「Tiny」は、聴いていてあたたかくなるような曲であり、自分のつらい経験に対して贈ってあげたい曲でもあり、それ以降のオリジナル曲にも通ずるマインドを感じます。けんとさんが音楽を通して伝えたいこと、表現したいことってそういう部分にあるんだろなと。

こっちのけんと:そうですね。こっちのけんとを通して、力を与えられる人がいるんだなって曲を出すたびに感じてきています。

――特に印象に残っているリスナーの反響を挙げるとしたら?

こっちのけんと:2ndシングルで「死ぬな!」って曲を出したときに、毎日何十件のコメントや連絡をいただきました。「踏みとどまりました」という声もあれば、「私はこう思ってるから死のうと思ってます」という声もあったり。そういったコメントや連絡をいっぱいいただいたときに、自分の考えも落ち着きましたし、うそでもお世辞でも人のことを救えているんだなって思ってうれしかったですね。

▲「死ぬな!」

――けんとさんは、自身の個人的な価値観や体験に基づいて曲を作られているイメージがあるのですが、それはどの曲も一貫しているんですね。

こっちのけんと:両親の教育が良かったと思っていて、菅生家の考え方、六法みたいなものを人に伝えていくのは良いことなのかなと思ってます。兄も弟も悩み事はあるけど元気に生きているから間違ってはいないんだろうと。僕もそれを信じて、その要素を曲に散りばめています。

――自分の近しい人たちから光を当ててもらって、それを照り返すように角度を変えて他の人にも当ててあげたいと。

こっちのけんと:そうですね。変なことを言うと、世の中にもっと菅田将暉を増やしたいと思っています(笑)。あの人が増えたらさすがに地球、良くなると思う。

――けんとさんが家族として見るご兄弟の姿とパブリックイメージは違うと思うので、それはけんとさんだからこそ伝えられるメッセージですね。

こっちのけんと:確かに。自分は昔からずっと菅生家の中で劣等感を感じていたんです。父は営業マンとして世界で表彰されるぐらいすごくて、母ももともとはお店を持っていてすごい繁盛していたり。兄もすごいし、弟はコミュニケーションの達人で。自分にできることは何もないと思っていたんですが、うちの家族の良さを一番見てきているからこそ、それを広める役としては僕が一番適してるかもしれないですね。

――「死ぬな!」は、動画プラットフォームでのバズもあったと思うのですが、音楽の発信の仕方でこだわっているポイントはありますか?

こっちのけんと:「死ぬな!」以降は、いろんな人に聴いてほしいし広まってほしいからこそTikTokでダンスをつけたりしているんですけど、それ以前に自分が作った曲を無限に聴けるかどうか、無限に好きで居続けられるかどうかが大事だと感じています。「はいよろこんで」もたくさんの方が踊ってくれていますが、いまだに自分も普段から聴くぐらいに好きでいられているというのがこの曲のすごいところだと思います。他の人と一緒にダンスしたり、アカペラで歌ったり、英語バージョンで歌ったりするなかで、自分がその曲に飽きちゃうと心を込めてできなくなるんですよね。そうすると視聴者側もわかっちゃう。「この人、なあなあでやってんな」「こすってんな」って。自分が本気で無限にその曲のことを好きでいれるかというのは一番大事なことだと思います。

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「はいよろこんで」はもともと違うテーマだった?

――「はいよろこんで」は8月14日公開の”JAPAN Hot 100”で5位を獲得し、ピークを更新する形で大きな広がりを見せています。この曲で最初に手ごたえを感じたのはいつでしたか?

こっちのけんと:リリースしたその日ぐらいから聴いてくださる方が多かったですね。ほぼ半年くらい曲を出せていなかったので、新曲を楽しみにしてくださった方がたくさんいたのかなと。あとTikTokで振り付けを出したら、まだ誰ともコラボしていないのにその動画がけっこう伸び始めて、「あれ、もしかしたらもしかするかもしれない」って思いましたね。何より今回、MVをかねひさ和哉さんにお願いしたんですが、かねひささんが予定よりも1か月ぐらい早く納品できる形にしてくださって、そのときのメールの文面に「筆が止まりませんでした」「めちゃくちゃ曲も良くて、こっちも感じていることをそのまますんなり絵にできました」って書いてくださったんです。そして納品データを見たときに、これは絶対に人に届くなって感じましたね。

▲「はいよろこんで」

――MVのコンセプトやテーマはけんとさんの提案? それともおまかせ?

こっちのけんと:サビはキャラクターに踊ってもらいたいとか、細かい注文もお送りさせていただきましたが、それ以外はおまかせでした。それと今回は『サザエさん』のエンディングを模したいという考えがあったんです。”サザエさん症候群”という、日曜日に『サザエさん』を見ていると休日の終わりを感じて気持ちが沈む、って意味合いの言葉があるんですが、それって一番身近なうつだなと。その感じがこの曲に合うなと思って、かねひささんにお願いしました。感じるように描いてくださいってお願いして作っていただいた結果、完璧すぎて何も言うことがありませんでした。

――もともと楽曲自体はどんな曲にしようと考えていたんですか?

こっちのけんと:スタートは少し違うテーマでしたね。最初はうつ病になって自殺をやめて、がんばって生きたと。そのときは「死なないで」って言われたから、「わかったじゃあ死なないよ」って死なずに生きてたら、生きてる僕にみんなが慣れて、気が付いたら何かを求められ始めるんですよ。「せっかく今、生きていて時間が空いてるんだったら何かバイトしてみたら」みたいなことを言われ出して、僕としては「いやいや、生きるって選択でもう自分はゴールだから」みたいな。「死なないで」って言われたから死んでないだけで、それ以上言われても困るぜ、みたいな曲でした。「いるだけでいいから、いったん生きておくのもひとつの選択肢としてあるんじゃない」って結論の曲にしようとしていたんですけど、もっとSOS寄り、助けを求める曲に徐々に変えていきました。

――生きること自体がギリギリなのだと。

こっちのけんと:そうですね、結局はそこでしたね。

――作曲・編曲には「死ぬな!」でもタッグを組んだGRPさんが参加していますが、どんなやりとりがありましたか?

こっちのけんと:曲の始まり方はGRPさんがすごい凝っていました。Aメロの〈はいよろこんで〉の後の空白の部分を、当初僕はラップっぽく全部埋めていたんですが、GRPさんはその後にカッコ、カッコみたいな音を入れていて、空白を効かしたいんだろうなと思ったので、歌詞をなくして〈はいよろこんで〉だけにしました。

――たしかにAメロはボーカルとビートの掛け合いみたいになってますもんね。

こっちのけんと:オープニング感がより強くなっているので、それはお互いのやりとりが功を奏しましたね。あとサビ前の〈・・・ーーー・・・〉のところで、後ろでカウベルみたい音が鳴っているんですけど、それも「起きて」ってフライパンを叩く音みたいに聴こえて良いなと思って。それを生かすためにギリギリ聞こえるぐらいの歌にしました。

――7月末には英語バージョンもリリースされましたが、どういった経緯があったのでしょうか?

こっちのけんと:もともとサビの〈ギリギリダンス〉は〈Get it done〉、やり遂げろって意味で書いていたんです。でも、MVやアートワークの絵柄は和風だし、サビが英語なのはちょっと違うなと思って、表記は〈ギリギリダンス〉にしました。発音が一緒なのに日本語と英語バージョンが別であると面白いから、制作段階からいつか英語バージョンも作ってみたいと思っていました。そうしたら運よく海外の方からのコメントがどんどん増えてきて、レーベルとも相談して、英語バージョンのリリースが決まりましたね。

▲「はいよろこんで」English Ver.

――今まさに海外のリスナーがどんどん増えてきていると思うのですが、グローバルでの反響は想定していましたか?

こっちのけんと:想定外でしたね。届いたらいいなとは思っていたけど、日本で流行ってから海外に広がるくらいの順序だと思っていたのがほぼ同時だったので、もうただただ運が良かった。SNSの時代を感じましたね。

――最後に、今後の展望や叶えたい夢、目標があれば聞かせてください。

こっちのけんと:昔からずっと考えているのは、深夜ラジオを持ちたい。僕の音楽を楽しむうえで、やっぱり僕のことを知ってもらえているほうがより楽しいと思うので、自分の素の部分をもっと出せるようになりたいと思っています。音楽的なことで言うと、兄が武道館でライブをやっていて、歌った後の兄に話を聞いたら「武道館でのライブはただただ楽しいとかよりプラスアルファが大きすぎる」って言っていて。それを僕も経験して兄と語りたい。最近はテレビで歌わせていただいたり、兄が今までがんばってきた世界に足を踏み入れられるようになって、そこで感じたことを兄と一緒に話すのがめちゃくちゃ楽しいんです。だから武道館で自分も歌ってみて、それを兄と共有したいですね。

――深夜ラジオでいうと、それこそ『オールナイトニッポン』とか。

こっちのけんと:そうですね。『オールナイトニッポン』で兄弟3人で共演するというのが一番大きい夢かもしれません。3人で顔を突き合わせてしゃべるのはこっぱずかしいので、ラジオでふざけた感じでやるのが一番合うなと思います。僕のことを応援してくださってる方々にも、兄と僕の掛け合いを死ぬまでには見せておきたいとは思うので、実現できたらいいなと思います。

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