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<コラム>YUKI “スリット”は“自由”の表象――最新アルバム『SLITS』の12曲が描き出すストーリー
Text:矢隈和恵
YUKIの12作目となるオリジナル・アルバム『SLITS』。打ち込み音を入れた軽やかなダンスミュージック、ギターが炸裂するロック、鮮やかなサウンドに包まれるポップス、70年代のサウンドを感じさせるフォーク、愛が溢れるスウィート・ソウルなど、多彩なサウンドの中で、自身が求める自由や希望がYUKIの言葉で紡がれていく曲たち。YUKI20年間の変遷が反映されつつも、まだまだアップデートし続けるYUKIを象徴する、爽快でいて切ない一枚だ。
今作に収録されている楽曲は、YUKIが今歌いたい曲、作りたい音楽であるのはもちろんのこと、スタッフから提案された“こんなYUKIの歌が聴きたい”と選ばれた曲たちも収録。それによって、YUKIの魅力がより一層広がりを見せ、さまざまな表情が表れたアルバムとなった。
「ここ数年は、仕事とプライベートのグラデーションがマーブル模様みたいになっていて、作品作りは私にとって普通のこと、日常になっているんです。そこにリズムとメロディがあったら詩を書いて歌うというのが、私にとってはとても楽しいことで。何を見ても、聞いても、誰かと話しても、全てが曲作りにつながるんです」と語ったYUKI。YUKIにとって音楽を作ることは、もはや日常であり、日常から芽生えた想いが詩のテーマへとつながる。YUKIの手によって紡ぎ出されるリリックには、うまくいかないことも多いこの時代を乗りこなすためのポジティブな言葉と、心に情熱を灯し続けるためのメッセージが詰まっている。
深くスリットの入ったスカートを穿いている女性が目に入り、そのセクシーでカッコいい姿に“これだ!”と思って、『SLITS』をアルバムタイトルにしたというYUKI。「タイトスカートはスリットが入っていなかったら足が動かしづらいから、それを自由にするためにスリットが入っている。でも、自由にするためだけではなくて、強さや、自分のことをわかってほしい、見せたいという意思もあるなと思いました。スリットは私にとって自由を表すものだなと思ったんですけど、言葉の意味を調べたら、かすり傷や切り傷のような『傷』という意味もあって。今回、歌詞に『傷』という言葉がいくつか入っていますけど、私は歌詞で『残っていく傷たちが愛しいな』と振り返ることも多いので、今回は「自分の傷たち」もテーマにしようと思いました。『SLITS』には、ここ何年か私自身が感じていた閉塞感に『風穴を開けたい』という思いがあって、それはつまり『スカートに切れ目を入れることで足が動かしやすくなるのと同じように、不自由な部分を私が切り裂いて、より自由に、軽やかで、楽しい気持ちになりたい』という意味があります」。『SLITS』とは、YUKIにとって“自由”の表象なのだ。
『SLITS』 Teaser Movie
アルバム1曲目の「Now Here」は、自身の存在を凛とした表情で肯定しながら、YUKIの高らかな歌声で幕を開けるダンスミュージック。アレンジは、R&Bシーンから高い評価を得ているトラックメイカーのU-Key zone。メロディが縦横無尽に跳ね回りながら、言葉遊びのようにくるくると展開していくリリックがなんとも心地よい。ダンスミュージックでありながら、YUKIの日常から生まれた歌詞には、日々YUKI自身が感じていることや人生訓が見事に表現されている。
そのリズムに続くように始まる「雨宿り」は、オリエンタルな音色のフレーズが雨音を想像させるミディアムテンポのダンスミュージック。〈あ・あ・あ・あまやどり〉というフレーズがリズムのような響きで刻まれ、心地よく耳に残る。〈大切な人に 大切にされたいと思うから / 言われて嬉しい言葉 相手に 自分からも言ってあげなくちゃ〉というYUKIだからこそ生まれたリリック。日常の中で忘れてしまっている優しさを軽やかにメロディに乗せて届けてくれる。
続く「流星slits」はシンセの印象的なフレーズが一気にテンションを上げてくれる曲。「JOY」以降、YUKIが追求してきたダンスミュージックの進化系であり、YUKIの爽快なラップも飛び出す、遊び心が詰まった1曲だ。歌詞には、YUKIが普段あまり歌詞では使わない〈助けて〉という言葉も出てくるが、空しいことや諦めたくなる状況にあっても、決して希望を捨てないというYUKIの覚悟が込められている。
眩しいほどの輝きを放つ両A面シングル曲「Hello, it’s me」は、FANCL新スキンケア「toiro」CMソングにも起用されている、YUKIの極上ポップス。〈誰が何を言おうと 私は私だけのものなのだから〉という歌からは、他人と比べて落ち込むこともあるけれど、だからこそ自分は自分なんだという自信と、他人と比べることによって改めてわかる自分の良さ、私は私だけのものなんだという強さが聴こえてくる。ホーンが歌をさらに盛り上げ、YUKIのメッセージはまっすぐに伝わってくる。
続く「ユニヴァース」は、YUKIの歌を盛り上げるコーラスがグルーヴを生み出し、70年代のソウルミュージックを彷彿とさせる曲。今はもう会えない人たちともどこかでつながっているんだというYUKIの細やかな感情を、メロディを取り巻く音たちが丁寧に引き出している。「追いかけたいの」は、浮遊感のあるギターが印象的なラブソング。higimidariという2人組ユニットが作曲を手掛けた、ローファイなギターとドラムが癖になる1曲。淡々と紡がれる言葉が、YUKIのキュートさをさらにアップさせている。楽曲によってYUKIの歌声やボーカルスタイルが変化するのも、このアルバムの聴きどころのひとつと言えそうだ。
「金色の船」は70年代のバンドサウンドを思わせる、YUKIにしか作れないポップス。YUKIの歌を聴いてストリングスの譜面を書いたというトオミヨウのアレンジが、この曲をさらに壮大なものにし、ストリングスによって、詩の世界はさらに広がりを見せる。サビの〈戻れるなら〉の繰り返しが、締め付けられるような切なさを増幅させ、心奪われる。
YUKIの作詞作曲による「One, One, One」は、トラックを流しながら、メロディを歌って歌詞を乗せていくという、YUKIとしては初めての手法で制作された曲。トラックの上を、YUKIからこぼれ落ちたメロディと、言葉のカケラがハラハラと舞うように流れていくのが気持ちいい。「友達」は、ギタリスト・名越由貴夫がアレンジを手掛けた一曲。フォーキーなギターサウンドで、後ノリの独特のグルーヴ感が心地よい。懐かしく切ない、そんな世界観が、歌詞はもちろん、サウンドでも見事に表現されている。歌詞は、中学生の頃の友達を歌う内容で、自分たちが残してきた良いことも悪いことも、傷となって、この傷だけはずっと変わらない、と歌われている。消えることのない傷を自分の愛しいものとして受け入れる姿からは、前を向く強さをもらえる。
激しいギターがかき鳴らされるロックサウンドに乗せて、YUKIが創り出すストーリーと歌の世界観を楽しめる「パ・ラ・サイト」。物語の主人公は、〈フライデーナイトで知らない男〉〈ああ またやらかした〉と言いながら、〈ドラマの続き早く観たいや〉と、目の前のことを見ているようで、気づくと遠くを見ているような、現実と虚偽の世界を行ったり来たりしているような女の子。本当に好きな人とは手さえ繋げない彼女の気持ちを描いた〈地べた這いつくばって 呼び続けるのだ〉という歌詞に、胸をギュッと掴まれるような切なさを覚える。あっけらかんとした感情と、締め付けられるような切なさが同居する最高のラブソング。
両A面先行シングル曲「こぼれてしまうよ」は、YUKIの歌いたいこと、伝えたいこと、思っていることがリアルに詰まった独白のような曲。悲しみや空しさ、焦りや迷いといった、YUKIの詩にはあまり使われてこなかった言葉やネガティブな感情が描かれているが、そんな状況も吹き飛ばすようなパワーと、やはり最後は前向きに気持ちを着地させてくれるYUKIのエネルギーが溢れ出ている。ピアノ、ドラム、ギター、ベースというシンプルな音に乗るメロディは秀逸で、チェロの音色がさらにエモーショナルな気分を盛り上げる。
こぼれてしまうよ / YUKI
ラストは、アレンジャーにLITTLE CREATURESの鈴木正人を迎え、見事なアレンジで名曲へと昇華させた「風になれ」。まっすぐなメロディに、シンプルなようで複雑なベースライン、一筋縄ではいかないリズムを刻むドラムなど、歌の後ろで独創的なリズムが壮大な旋律を導き、サウンドまでもが「自由になれ」と高らかに歌っているようだ。〈未来は見えないから 不安ではなくて / どんとこい! と 準備をするだけだ〉という歌詞からは、大きな風に乗り、高らかに自由を歌いながら、どこまでも力強く進んでいく姿が浮かぶ。サウンドやアレンジのすごさもあるが、YUKIの豊かな表現力が歌に深みを持たせている。
YUKIにとっての“自由”が、リリックとなり、サウンドとなり、歌となって聴き手に投げられている12曲のストーリー。1曲1曲が強烈な個性を放つ今作は、切なくも力強い、YUKIのパワーと希望を全身で感じることのできる名曲揃いの珠玉盤だ。
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