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<インタビュー>塩入冬湖が語るメジャーデビューへの率直な想い、FINLANDSとしての線を引き直した新作EP『新迷宮』

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Interview:石角友香
Photo:Shintaro Oki(fort)

 2023年は過去曲や前身バンドの楽曲に再度フォーカスしたRe RECアルバム『SHUTTLE』をリリースし、バンド史上最多のツアーを完遂したFINLANDS。その後も配信シングル『東京エレキテル / クレア』をリリースし、東名阪ツアー、各地のフェスやイベントに出演するなど精力的な活動を続けるなか、最新EP『新迷宮ep』からメジャーレーベルとタッグを組むことを表明した。ここでは塩入冬湖になぜこのタイミングでのメジャーデビューだったのか? そして、FINLANDSを初めて知る人にも格好の入門編となり得そうな個性の際立つ4曲を収録したEP『新迷宮ep』について、各曲の着想も含めてじっくり聞いてみた。

守れるものはもう守れる

――昨年のRe RECアルバム『SHUTTLE』リリース後のFINLANDSは精力的にライブを行っていましたね。

塩入:そうですね。去年は1年間ライブをやれるだけやらせてもらおうということで動いたので。動き続けていましたね。

――10周年を越えてこんなに活動的になることを予想していましたか?

塩入:いつも話している通り、想像していないんですよね。1年後のことも10年後のことも。なので、予想外でも予想通りってわけでもなく、すごく自然な形ではあるかなと思っています。でも、やっぱりコロナ禍とか産休がなかったら、ちょっと違った未来があったんじゃないかなと思うこともありますね。





――むしろスムーズに動いていたら?

塩入:昨年のようにお誘いいただいたライブはほぼ受けるとか、過去最多ぐらいのライブをするということを、今このタイミングでしなかったのかなと思うこともありますね。

――活動が活発になってきたことと今回のメジャーデビューには何らかの関係がありますか?

塩入:関係あるのかなと思いますね。やったことがないことに対して良いイメージも悪いイメージもないときは一旦保留にすることが多かったんです。正直に言って、それがすごく良くなるか悪くなるかは分からなかったんですけど、現状サポートメンバーだったりスタッフだったり、自分の周りでFINLANDSを構築してくれている人たちは、一緒に何かをしていきたいということに一丸となってくれる人たちで、そこだけは完全に安心しきっているので。それは新しい環境に飛び込んだところで失うものではないような気がしていて。守れるものはもう守れるって態勢はとれていると思うので、そのうえでプラスアルファ面白いことや自分たちが望むものを手に入れられるんだったらいいかなという前向きな気持ちになれたのは、昨年を経たからなのかなと思います。

――こういうニュースがあると届く人も増えるのかなと。

塩入:そうですね。メジャーデビューということが私自身、ピンと来てない部分があるんだと思うんですけど(笑)、もちろんそれに対して喜んでくれる人も、逆に否定的な人もきっといると思いますし、それでもFINLANDSは止まらずに新しい形もとっていて、10年前と今とでまた違った形を構築してるんだということを届けられるのは、どっちの意味でも良いことだなと思います。




――FINLANDSとしての今のスタンスと今回のEPの内容が合致している気がします。しかし“新迷宮”って変わった言葉ですね。迷宮というものに対する共通の認識があるじゃないですか? そこに“新”とついている理由は?

塩入:迷宮ってもともと“一本道”という意味だったらしいんですけど、10何世紀ぐらいから迷路とか入り組んだ道という意味で使われるようになったらしいんですよね。でも、私は一本道だとしても、迷わなくていいところで迷っていたいという気持ちがずっとあって。そのほうが自分が選んでいるって感覚もあるし、自分がきちんと頭を使って生きているんだなって感覚があるので、私は迷路じゃなくてもセルフ迷路にしちゃっている部分がすごくあって。それってFINLANDSでずっと歌ってきたこととすごく似ていて、何もないのにそれを面倒ごとにしているというところがFINLANDSの歌のあり方かなと思うんですよね。だから、この迷宮というのは迷路って意味でもあるし、新迷宮というのは一旦戻ってすごくストレートな道という意味でもあって、『新迷宮』というタイトルにしました。

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迷わなくていいことで迷う

――楽曲の「新迷宮」自体は早い段階にあった曲ですか?

塩入:いや、この曲は三番目ですね。もともとちょっと歌謡曲っぽい曲を作っていた時期があって。その時期のかけらを残していて、それを聴いてどうにか形にしたいなというところでできたんです。もともとあった「スーパーサイキック」とか「HACK」とまた違った、かけらをちょっとずつ形にした感じだったので、できあがったのが遅かったですね。

――なぜ歌謡曲だったんでしょう?

塩入:なんか根っこにあるんじゃないかなと思いますね。昔って音楽番組がすごく多くて、それを見るのがすごく好きだったんです。バンドではないですけど、音楽というものに興味を持ったきっかけで、歌謡曲とかのキャッチーさがすごく好きだなと思っていて。私は自分が作る音楽に対してキャッチーでありたいと思っているんですよね。それを世の中がどう捉えるのか分からないですけど、口ずさめるリフであったり、耳に残るメロであったりしたいなと思うんです。なので、今でも学ぶべきことがすごくあって、ちょっと懐かしみのある音楽に自分が手を出してみたいなと思って作りましたね。




――どんな曲が好きだったんですか?

塩入:私、小林明子さんの「恋におちて -Fall In love-」がすごく好きだったんですけど、あの曲を初めてテレビで見て、すごく良い曲だなと小学生ぐらいのときに思って、それを言ったら母親に「これは不倫の曲なんだよ」と言われて。小さいときってそういう概念もないので分からなかったんですけど、大人になって読み返してみたら「なるほど」と思えることがすごく多くて、良い歌詞ですごくロマンチックな歌ですよね。五輪真弓さんの「恋人よ」もすごく好きでした。大人になってから歌詞に再度興奮するというか感動するというか、そういう経験があったのはその2曲ですかね。

――「恋におちて -Fall In love-」の渦中の心の動きは恨みがましくないし、描写が鮮やかだし。

塩入:そうなんですよね。ハッとするような衝撃的なワードを入れることによって、曲の色づけをすることって多くやられていることだと思うんですけど、そういうことじゃなくて、世の中にありふれた言葉だけで構築していく切なさだったり、薄気味悪さだったり、悲しみだったりに私はときめくので。そういうときめきがあふれている楽曲が歌謡曲は多いなと思います。

――「新迷宮」の歌詞は非常にFINLANDSらしいと感じました。

塩入:確かにFINLANDSらしいですね。EPのタイトルは後づけだったんですけど、この楽曲のタイトルは「新迷宮」と決めていて。さっきお話ししたみたいに迷わなくていいことで迷うとか、そういうところがすごく自分の生きづらさでもあるし、面倒くささでもあるし、自分のアイデンティティでもあるなと思っているんです。最近は「どんな自分でも自分を愛してあげる」とか、自分を肯定することが大事という、ありのままの自分を受け入れるということが悪いことだとは思わないですけど、私は苦手なんですよ。相手を受け入れるか受け入れないかということはまた別の話として、自分のすべてを愛すことは私はできなくて。逆に自分の至らない点とか劣っている点とか、こうしたいのにこうできないみたいなことに苛まれていたんですよね。小さくても大きくても。自分のできないところを改善しようとか、自分でこういうところがあるなと苛まれているほうが、私は頭をちゃんと使って生きていられるなと思うんです。だから、歌詞の中の<わたしがあなたを愛してる/それだけでいいと言え>という部分はすごく皮肉じみていて。私に愛されただけでいいわけないじゃんって。




――逆説的にね。

塩入:わたしが愛してるっていうんだから、それでいいと思ってよという気持ちももちろんあるし、私に愛されてるからってそれだけでいいわけないじゃんという気持ちもあって、それが私の中で迷路なんですよね。迷っているということであって、それが「新迷宮」の神髄だなと歌詞に関しては思っています。

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今年は一つひとつ丁寧に制作を

――「スーパーサイキック」は思い込みの怖さというか、エスカレートするとカルトになるような感じを受けたんですが、いかがでしょう?

塩入:「スーパーサイキック」はすごく好きな漫画『天国大魔境』を題材にした曲なんですけど、もともとあった曲で。ある企業と一緒に曲を作ろうということでやっていたんですけど、大揉めしまして。で、ボツになって。今考えたら私がめちゃくちゃいけなかったじゃんと思うことが多いんですけど、いつか形にしたいなと思ってずっと取っておいた曲で。そこからきっかけもなく、形にすることもなくずっと過ぎていて、最近曲を整理しているなかで「やっぱこの曲いいな」と思って。そのなかで私は去年『天国大魔境』にすごくハマっていたんです。もともとSF漫画がすごく好きなんですけど、こんなに素晴らしいものに出会って私は歌の一つでも書きたいものだ、私が書きたいこととマッチするなと思って、そこから制作し始めたら今まで足りなかった部分が一気に補われた感じがして。そこからすぐにこの曲ができあがりましたね。

――その漫画の何が後押ししたんでしょう?

塩入:『天国大魔境』は皆さんに読んでいただきたいので、あまり何も言いたくないんですけど、言わば何も知らない少年少女が閉鎖的な島で生まれて、何不自由なく教育を受け、近未来的なロボットがいて、人工知能が働いていて食べ物にも困らない、衣服にも困らない幸せな環境で学校みたいなところに通いながら成長する…というところからはじまる話なんです。だから、もちろん外部情報も一切ない。人を好きになる心とか恋愛感情も知らない。そういう環境で育ったなかでも、相手を好きだなと思ったときに、抱きしめるとかキスをするとか、「君のことを僕の心の中に閉じ込めておきたくなるんだよ」と言ったりとか、体は初期設定として人を好きになるという機能を持っているんだというところに再度すごく衝撃を受けたんですよね。私たちって育っていくなかで外部情報があって、好きな人ができたらこういうふうにして、こういうことを言って、付き合ったらこういうことをする、ある程度の年齢になったらこういうことをして、結婚をして子供を産んでとか、周りに転がってる情報で全部育っていくものだと思うんですけど、そういうことがなくても人間の本能として備わっている。本当に人間の本質なんだなあと思って歌詞を書いたのが「スーパーサイキック」ですね。




――なるほど! だいぶ穿った見方をしていました(笑)。「HACK」は今のSNSで展開されている女子のマウント合戦的なものも若干感じるのですが。

塩入:そうですね。これはけっこう自分が感じる世の中というか、身を置いているつもりはなくても、パソコンとか携帯を持っている時点でSNSのフィールドにもう身は置いているというか。そういうところで自分もすごく無関心で不寛容な人間だなと思っている部分がすごくあるんですけど、やっぱりもう他人ごとでもないんだなあと思いながら作りましたね。

――今の社会を否定する内容でもなくて。

塩入:本当に救いはないんですよね、見たことをそのまま歌っているので。別に誰かに「大丈夫だよ」と言ったり、そういう救いを持っている歌じゃ一切なくて。歌で人を励ましたりしたくないんですよね。その人のことを知らないし、勝手に励ましたところでただ責任がないだけなので。でも、今起こっていること、例えば今でもすごく覚えているんですけど、「ピース」って楽曲のレコーディング中にちょうどロシアの戦争が始まったんですよね。で、メンバーたちと戦争が始まってしまったという話をしたんですけど、そういう時勢の話をしたこと自体がFINLANDSとして珍しかったんですよね。でも、もうそうやって人と考える年齢にもちろん達しているし、SNSとか電波に乗せて発する気は一切ないんですけど、ただ考えるということはすごく大切だなと思って、この2年間ずっと考え続けたんです。戦争で今何が起こっているのか、ニュースで見る限りしか分からないけど、でも、やっぱりやる側もやられる側も加害者でもあるし被害者でもあるし、被害者でもあるし加害者でもあるという。それはSNSでも変わらないし、戦争でも変わらないし。そういうところにきちんと関心を持っていたいなと思って「HACK」を作りましたね。

――そして、それぞれのカラーが違うEPを象徴するのが「ひみつのみらい」だなと。

塩入:「ひみつのみらい」は、もともとこのEPを作るということになる前に、メジャーで初めてやってみることとか、いろんなことがあったときに、「何も変わらなくていいよ」と言われたんですよね。何も変わらなくて、何も変えなくていいと言われたんですけど、人間って不思議なもので(笑)、変わらなくていいと言われると「変われるところ変わってみたいな」と思ってきちゃうんです。今まで自分が手を出してこなかったようなところがあって、自分で勝手に線引いていたものってたくさんあるんですよね。線引くことって私はすごく大切だと思っていて、何でもかんでも世の中の流れに寄り添って手を出していくことが良いことだと思えないし、それをカッコいいと思えないから私はやっていない。でも、それって食わず嫌いしているだけだったなということも感じて。今まで自分の中で決めていたのが、一人称を自分が使っている一人称以外で歌わないとか、創作物だとしても自分の気持ちを自分の思っている通りに書く、自分の経験則に合わせたり、自分が想像できない気持ちは書かないようにしていたことなんです。だからこそ自分の一人称は私だし、女性である私という目線で曲を書こうと思っていたんですけど、でも、今回「スーパーサイキック」の一人称は“僕”であるし、「ひみつのみらい」は男性目線の曲で初めて歌を書いてみたいなと思って作った曲なんですよね。あまり気づく人はいないと思いますけど(笑)、今まで線を引いた部分を再度引き直したというか、今まで手を出していなかったところに手を出したというところですごく新しいなと思っています。

――正直気づきませんでした。

塩入:この曲の歌詞で書いているのは、愛されていることに甘えている人は多いなと思いますし、愛されていることに対して、それが当たり前だと思っている人って多いなということで、そういう人間にスポットライトを当てました。愛されていることが当たり前だったら愛されなくなってしまったという。両方愛しているからこそ未来が続いているわけで、どちらかだけが愛していったら未来は全く見えないという意味で「ひみつのみらい」なんです。見ることができない未来という意味で。




――今回のEPは4曲全てが人格を持っているというか、すごく濃いですね。

塩入:濃いですね。時間にしたら15分ぐらいなんですけどね。

――引き続き新曲は作っているんですか?

塩入:今、制作していますね。いろんな形でリリースしていければなと。今年はライブが去年ほどの量ではなくて、一つひとつ丁寧に制作をしていきたいなと思っているので、徐々に徐々に絶えず新しい曲を皆さんにお届けできればなあと思っています。私はシンプルに曲をいっぱい作りたいという気持ちもあるんですけどね。

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