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<インタビュー>春ねむりが、春ねむりとして存在しうるギリギリを極めたEP『INSAINT』



インタビューバナー

Interview:粉川しの
Photo:Shintaro Oki(fort)

 初めて全編バンド・レコーディングで制作された最新EP『INSAINT』は、春ねむりが自身の「解体」に着手したエポックメイキングな一作だ。コラージュとクロスオーバーを極めた前作『春火燎原』とは対照的に、ギリギリまで削ぎ落とされたパンク/ハードコアへと回帰を果たしたそのサウンドからは、彼女の熾烈なメッセージと燃えるようなポエトリーに直で触れることができる。

 タイトルの『INSAINT』は、「insane(狂った)」と「saint(聖人)」を組み合わせた造語だという。そこには社会の構造を疑い、その構造の外側にこそ宿る聖性を追い求めてきた彼女の不変のテーマが込められている。10月から約4年半ぶりとなるヨーロッパ・ツアーを完遂した春ねむり。走り続ける彼女の現在地を聞いた。

ポップスとの距離感

――『INSAINT』では、バンド・サウンドへの大きな方向転換がありましたね。EPのテーマありきでそういうサウンドになったのか、サウンドありきでテーマが決まったのか、どちらがニュアンスとして近いですか。


春ねむり:相互に作用している面があるとは思うんですけど、どちらかと言えばサウンドありきですね。前作の『春火燎原』はいろんなサウンドを使用した作品だったんですけど……当時は春ねむりというものが、様々な要素のコラージュによって成り立っているというか、コラージュの仕方そのものに、春ねむりらしさがあると考えていたんです。今回は逆に、どこまで解体し、引き算していったら春ねむりが春ねむりでは無くなるんだろう?っていうことに興味があって(笑)。ギリギリで春ねむりとして存在しうるラインは何処なのか、っていうのを見極めたかったというか。そうすると、自ずと自分のルーツであるバンド・サウンドでやるのがしっくりくる感じがあったんです。

――春ねむりが春ねむりとして存在しうる、ギリギリのラインは見つかりましたか?


春ねむり:今回のEPは最初のプリプロで、そこまで広くないスタジオで結構タイトに録ったんですね。でも、あまりいい感じに仕上がらなくて。いい曲だけど、普通にいい曲だなって(笑)。そこで思ったのは、春ねむりを春ねむりたらしめているものって、空間の広さなんじゃないかということだったんです。なので本番のレックでは広めの空間を意識して、かなりがっつりドラムにもリバーブを効かせてやったらしっくりきました。あと、リズムの気持ち悪さも春ねむりっぽさなんだなって。今回もベースやギターは全然難しいことをやってないんです。その分、ドラムがむっちゃ変っていうか。

――普通にいい曲だと物足りないという感覚はすごく春さんぽいですよね。


春ねむり:そういう引っ掛かりが欲しい、というのは常にあります。でも、プレイリストにのってみんなが面白いね、ってなるような引っ掛かりじゃなくて、プレイリストから弾かれるような引っ掛かりがすごく好きなんですよ(笑)。そこをなんとかギリ、プレイリストにのるレベルに仕上げるというのが課題です。それが自分のポップスとの距離感なんですよね。

――そうしたポップスとの距離感から『INSAINT』(insane+saint)というテーマが生まれたんでしょうか。


春ねむり:常に少し外したいと言うか、外れているものが好き、というのが根底にあるんですよね。今回の解体というテーマも、今ここで普通と思われているもの、一般的とされているものを、普通、一般とたらしめている基盤自体を解体したい、ということなので。一般か否か、ではなくて、そもそも「これが一般的」だと決めているものって何なんだろうね、っていう。

――1曲目の「ディストラクション・シスターズ」は、そうした「外れた場所」にいる人々に向けて<魂だけ持っておいでよ/きみを殺すもののすべてを/壊しにゆこう>と呼びかける、本作のテーマを象徴する歌ですね。歌詞を拝見すると、「シスター」とは対象を女性に限定するものではないのが面白くて。


春ねむり:「シスター」とするまでには、めちゃくちゃ悩んだんです。そこにはシスターという単語が女性ジェンダーしかインクルーシヴではないと思わせる問題点があるから。でも16、17くらいの自分に呼びかけるとしたら、どうしてもシスター以外になかった。だからおっしゃる通り、ここで歌う「シスター」はジェンダーとして限定したものではなくて、もしも私がここで歌っていることを一つでもわかってもらえるなら、あなたはもうこの列に並んでいるよ、っていう曲なんです。シスジェンダーの男性であっても、その構造に苦しんでいる方はいると思うから、この曲を聴いて自分もここに含まれていると感じてもらえたら、すごく嬉しいです。


「自分の苦しみはどこから来ているのか?」と考えることで生きてきた

――インダストリアルな1曲目に対して、2曲目の「わたしは拒絶する」はかなりオルタナティブなハードコア・チューンで。タイトルは漫画『BLEACH』の井上織姫のセリフから採ったそうですね。


春ねむり:ライターでアナーカ・フェミニストの高島鈴さんとたまに話すんですけど、彼女に「春ねむりの書く『BLEACH』のキャラソンが聴きたい」って言われて(笑)。

――(笑)。


春ねむり:その時話していたのが、井上織姫の詠唱が「私は拒絶する」なのがめっちゃいいよね、って話だったんです。少年ジャンプの漫画のヒロインで、少年の夢のすべてを詰め込まれた女の子キャラクターが、「私は拒絶する」って良すぎませんか?って。現実をこの体で生きている私からすると、そこに希望を見出してしまったというか……そうやって勝手に見出した希望を、勝手に歌にしたのがこの曲です。

――女性として生きていると、拒絶したくなる眼差しやステルスな偏見を日々感じずにはいられませんよね。


春ねむり:そうなんですよ。私は本質的にはめちゃくちゃ暴力的な人間なんですけど、こういうしゃべり方や、すぐに笑っちゃうところで侮られている節があって。あと、「賢そうだね」とか「自分のこと賢いと思っていますよね」みたいに言われることとか……それって逆説的に「私が賢くはないとお前は言ってるね?」って(笑)。そういう自分の内面の加虐的な部分と、周りから私の表皮や日々の振る舞いで判断されている部分との、ギャップみたいなものが常にありますね。

――破壊、拒絶といった強い言葉は、春さんのネガティブな感情をストレートに発したものですか? それとも、その先にポジティブな作用を期待するもの?


春ねむり:私自身が80%ぐらいネガティブな人間なので、そちらがより強く反映されているとは思うんですけど、残りの20%でネガティブなりにポジティブであろうとしているというか。このEPで歌っている「あなたを苦しめているものがあるので、それを壊しに行きましょう」って、すごく酷なことだと思うんですよ。自分を苦しめているものがあると知らずにいたほうが楽なのかもしれないから。でも私は、「自分の苦しみはどこから来ているのか?」ということを考えることによって、今まで生きてこれたという実感があるんです。だからこの歌では、私のようにそれを今必要としている人に届けばいいなと思っていて。

――春さんを苦しめているものの正体を、いつ頃から認識できるようになりましたか?


春ねむり:大きかったのは大学に入って自分の周りの環境がガラッと変わったことでした。先輩にいろんな音楽を教えてもらったり、哲学を勉強し始めたり。で、次の段階が最初のアルバム(『春と修羅』)を作り終わった後くらいに訪れて……あのアルバムに「鳴らして」という曲が入っているんですけど、あれは友達から電話で「中央線に飛び込めなかった」と言われた経験を元に書いた曲なんです。あの曲を作った後しばらくは、駅を歩くたびに、行き交う人の胸ぐらを掴んで「全部自分に関係しているんだからな!」って、言って回りたい衝動に苛まれていた時期がありました(笑)。その子が苦しんでいるのはその子が特別だからではなくて、その子もこの社会構造の中で生まれた被害の一つなのでは、みたいなことを逆説的に考えるようになったというか、個人的なことは、意外と社会と繋がっているという気づきがそこであったんです。

――「生存は抵抗」は本作で最もスローガン的な一曲ですよね。


春ねむり:そうですね。「生存は抵抗」は高島鈴さんのスローガンでもあり、それを曲にしたいと思って作りました。このスローガンについて、高島さんは「この世のすべてにくたびれ果てて、もう何もできないと布団に横たわっているその動きのない体から、静かに革命は始まる」みたいなことをおっしゃっていて。この歌でも、ただその意志を持って生き伸びていること自体が抵抗や革命に繋がるんだと示したかったですし、あまりにも行動主義的なこれまでのアクティビズムとは違う、この世の何かしらの制度や不合理にくたびれ果てている人全てに、通づるテーマなんじゃないかと思ったんです。

――春さんにとって音楽活動はアクティビズム的な何かだと言えますか?


春ねむり:そう、だとは思うんですけど……自分的には音楽を作る根本的な動機って、暴力的な感情をなるべく実際に加害しないやり方で表現したいっていうことなんです。でも結局それもまた暴力だし、それをどんな場であれパブリックな目に晒している以上は、やっている責任があるんじゃないかと思っています。

――そうした動機があるからこそ、ハードコアやパンクが最もご自身の表現にフィットするジャンルだったということでしょうか。


春ねむり:同時に、そうした音楽に影響されてこうなっているというのもあると思います。

――ハードコアやパンクの入り口はどこだったんですか?


春ねむり:大学のサークルの上の方の先輩に、54-71っていうバンドがいらして。そこが入り口で、フガジやマイナー・スレッド、レイジ・アゲインスト・ザ・マシーン、アット・ザ・ドライヴ・インとかを聴くようになったという流れですね。ハードコアに惹かれたのは、シンプルにリフがかっこよかったんです。私はポップパンクとかはそんなに好きじゃなくて、それってポップパンクで大事なのが多分コード進行だからだと思うんですけど。で、好きなハードコア・バンドたちがどういうアティテュードで音楽やってるのか知りたくて歌詞を調べると、ソリッドだけどエナジーを感じるそのサウンドが、思想に裏付けされたものだとわかって、さらに惹かれるようになった気がします。

――素晴らしいコラボだと思います。先ほど話にあった“自信”と“不安”について、もう少し聞かせてください。音楽活動のなかで自信を得られる瞬間は?


春ねむり:ライブの後は自信が持てますね。あとは楽曲が出来上がった瞬間かな。でも、歌詞がぜんぜん書けなくて1日つぶれたりすると、「私は向いてないんじゃないか」と気持ちが沈んでしまうこともあって。落ち込むことによって向上心も生まれていると思うんですけどね。

――自分自身のメンタルケアにも気を遣ってますか?


春ねむり:そうですね。歌詞が出てこないときは粘るのではなくて、いったん放っておくようにしていて。そうすると、次の日にいいフレーズがパッと浮かんできたりするんですよ。どうしてもそのときの状態が作品に出てしまうので、へこんでるときはマイナスな歌詞しか出てこなかったり…自分のご機嫌取りは大事です。

――しっかり睡眠を取ったり?


春ねむり:できれば8時間くらい寝たいです(笑)。あと、日記を朝書くようにしています。夜に書くとどうしても反省点を並べがちなんですけど、朝は「この1日をどれだけ良くできるか」という考え方になるので。日記に書いたことが歌詞のテーマになることもあります。


自分を閉じて、無でいないと生きていけない

――「サンクチュアリを飛び出して」は一番自伝的で、一番メロディックな曲ですね。


春ねむり:この曲をリードにしたほうが良かったんじゃないかって(笑)。でも、こういうJ-POPに一番近づいた曲が、リード曲ではなく収録されているのが逆にいいのかもしれない、と思ったんですよね。今一番このEPを聴いてほしい状況にいる子たちにも届くんじゃないかと。

――歌詞やタイトル、アートワークも含めて、本作で宗教的なモチーフが多く用いられているのは何故ですか?


春ねむり:外れたところにある聖性、というずっと考え続けてきたテーマでもあって、それって私は中高一貫のクリスチャンの女子高に通っていたことが基盤にあるのかもしれません。宗教というものの綺麗な抑圧性、あなたたちは愛だとしてそれをやるけれど、その愛ってめっちゃ家父長制的じゃね?みたいな。私は苦しかった時期にそのことを大人に教えて欲しかったし、大人になった今は、それを書くべきだと思ったんですね。

――今作の中で個人的に一番好きなのが「インフェルノ」なんです。歌詞も含めて最も映像喚起的なナンバーですよね。


春ねむり:実は、書いている段階から頭に絵が浮かんでいたナンバーなんです。

――その絵を説明できますか?


春ねむり:上昇することが落下することである、みたいな世界の話なんです。まず、天井のようなものがあって、何かに突き上げられるようにそこに向かって上昇していった結果、天井が割れて炎が降り注いで来て、この世が地獄になるという(笑)。よく言われる、「ガラスの天井」のモチーフも含んでいるんです。一番最初にガラスの天井を実感した人って、こういう気持ちだったんじゃない?って。自分で言うのもなんですけど、この美しい風景描写でそれをやっているというのがめっちゃウケるなって」

――この世は地獄だと思う局面は、日常に転がっていますか?


春ねむり:そうですね……だから私は、普段は自分の感情に蓋をして生きているのかもしれません。自分を閉じて、無でいないと生きていけないから。で、たまに感情的になって、自分を押さえてきたものが緩んでしまったりすると、「あー、地獄だもんな。知ってた」みたいな感じになるっていう(笑)。

――(笑)。ラストの「No Pain, No Gain is shit」もすごいですね。1分半の咆哮。


春ねむり:最初は「インフェルノ」で終わりにするのも考えていたんです。でも、そうやってキレイにまとまって終わるのもなんか違うだろうと。まとまっていることって、この世において全て良くないから(笑)。ここまで秩序立てて説明しておいて、結局のところ全然シッチャカメッチャカに生きている、っていう曲がやっぱ必要だと思ったんです。それで、最後は叫び散らかしている曲にしようとなったんです。他の曲はなんだかんだ言ってボーカルにメロディーラインがないようである作りになっているので、1曲くらいポエトリー・リーディングみたいな曲があってもいいんじゃないかと。

――『INSAINT』は春さんにとって、これまでのキャリアのアウトロですか? それとも今後のイントロですか?


春ねむり:イントロかもしれないですね。「解体」っていう今回のモードが続くという意味で。今、次の作品を作っているんですけど、今作とは全く違ったものになりそうなんですよ。なので「次は何やるんだろう?」って、しばらく楽しんでいただける時期になりそうです。

――『INSAINT』以降のテーマを「解体」とするならば、『春火燎原』までのテーマは何だったと言えますか?


春ねむり:魂と肉体の結合、ですかね。自分みたいなタイプの人間によくありがちだと思うんですけど、魂に肉体が追いつかないっていう実感があって(笑)。「春ねむり」は、『春火燎原』までの自分にとって、「こうありたい存在」だったんです。で、こうありたい自分に追いつくために先に精神を作って、そこに体を追いつかせていくみたいなやり方で、ようやく二つが結合したのが『春火燎原』だったと思っていて。そして今、魂と肉体が結合して一つになった先の、コアな自我の揺らぎをちゃんと見つめていたいし、記録したいっていうタームに来たんだと思うんです。

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