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<インタビュー>米津玄師、「KICK BACK」が日本語詞初の米レコード協会ゴールド認定 「日本語で曲を書く」ことへのこだわりと、意味を超えて伝わるもの
Interview & Text:柴那典
米津玄師の「KICK BACK」が米レコード協会(RIAA)によりゴールド認定を受けた。日本語詞の楽曲がゴールド認定を受けたのは史上初となる。
「KICK BACK」はTVアニメ『チェンソーマン』のオープニング・テーマとして書き下ろされ、2022年10月12日にデジタル・リリースされた楽曲。同作は北米でも人気が高く、アニメをきっかけにこの曲を知ったリスナーも多いはずだ。
RIAAのゴールド認定は、米国内で50万ユニット以上を記録したことを意味する。J-POPの楽曲としてアメリカのマーケットで初の快挙を成し遂げたこの曲について、改めて米津玄師に語ってもらった。
ゴールド認定の知らせを受けて
――ゴールド認定の知らせを受けて、まずは率直にどういう感想を持ちましたか?
米津玄師:嬉しかったですね。ひとえに『チェンソーマン』のおかげだと思います。そんなに実感はないんですけど、とにかく嬉しかったです。
――今回はアメリカのマーケットにおける記録ですが、アメリカの音楽シーンやリスナーについての思いにはどんなものがありますか。
米津:アメリカのポップ・ミュージックは子供の頃からよく聴いていたので、そこで受け入れられたというのは、本当に喜ばしいことだと思います。どういう人たちが自分のことを好きでいてくれるのか、顔をつき合わせて聞いてみたいと思ったりしますね。まだアメリカに行ったことはないんですが、いつかライブとかで行ってみたいなとは思っています。
常田大希とのやり取りも含めて、友達と遊んでいるような感じも同時にあった
「KICK BACK」は作詞、作曲を米津玄師が担当し、楽曲のアレンジは米津と常田大希(King Gnu/millennium parade)が共同で行っている。原作連載時から『チェンソーマン』に強い思い入れを持っていた米津自身にとっても、アニメのオープニング・テーマを手掛けたことは意義深い経験となったようだ。
モーニング娘。の「そうだ!We’re ALIVE」をサンプリングしていることも話題となったこの曲。ドラムンベースを基盤にしつつ、たびたび転調を繰り広げ、突飛な展開を詰め込んだ曲調もとてもユニークだ。楽曲制作時の思いについても改めて振り返ってもらった。
――「KICK BACK」は『チェンソーマン』のオープニング・テーマとして書き下ろされた曲です。米津さんはもともと原作に思い入れがあったということですが、作品への思いについて、今はどう感じていらっしゃいますか?
米津:今も漫画『チェンソーマン』の連載が続いているので、毎週欠かさず読んでいます。ずっと面白いし、本当に稀有な漫画だと思います。こういう素晴らしい作品に関わることができたのはポップソングを作ってきた身としてすごく光栄なことだし、そういう実感が日に日に大きくなる感じがしますね。
――曲を作った時のことについても改めて聞かせてください。振り返って、どういうものを作ろうという思いがありましたか。
米津:まず、生半可なものは作れないし、漫画自体がすごく素晴らしい作品なので、自分が関わることによって台無しにしたくないという気持ちがあったのは覚えていますね。自分としてもすごく楽しくやれたと思います。仕事というより、編曲に一緒に入ってくれた常田大希とのやり取りも含めて、友達と遊んでいるような感じも同時にあった。すごく幸せな時間だったなと、今になって強く思います。「KICK BACK」を作っている時は、ふざけるというか、ムチャクチャやってやろうぜというか、そういうものが満ちている感じがあって。またこういうことをやりたい気持ちが強くなってきていますね。
歌ったり演奏したりする上での喜びが、大きく日本語に結びついている実感がある
「KICK BACK」の歌詞は日本語で書かれている。日本語で曲を書くということへのこだわりについて、また、言葉によらない音楽の魅力が伝わっていくことの実感についての米津の発言も、とても印象的なものだった。
――「KICK BACK」は、日本語詞の楽曲としてRIAAにゴールド認定を受けた初めての楽曲になりました。日本語の曲が国境を越えて海外に広がっていくということについての実感には、どういうものがありますか?
米津:自分は日本人として32年間生きてきて、真から日本語というものにアイデンティティを明け渡しながら生きてきた人間なので。曲を作るにしても、自分の中での方法論とか、自分がやりたいこととか、歌ったり演奏したりする上での喜びというものが、大きく日本語に結びついている実感があるんですね。それがいちばん自分にとってしっくりくる。もっと言うと、そこ以外だと神通力が宿らないんですよ。だから、そういう風にずっと自分自身に向き合いながらやっていけたらいいなとは思っていますね。ただ、それがどういうふうに国外の人、それこそ今回のようにアメリカの人たちに届いているかというのは、正直、全然よく分からない。この曲を好きでいてくれる人に、実際に会って話を聞いてみたいなという気持ちはありますね。
――音楽には、たとえ言葉の意味がわからなくても伝わる感情やエネルギーがあると思います。この曲に関してはどうでしょうか。
米津:自分自身、何を言っているか分からないような曲を聴いて「何かいいな」と思うことがよくあって。「何かわからないけどいい」というものを大事にしたいなという気持ちは最近すごく強いですね。SNSを見ていても、価値とか意味とかを見出してひとつのところによっていく態度が常態化してしまうと、そういう根源的なところがどんどん見えなくなってしまうような気もするので、日本語がわからない人たちがこの曲を聴いて「何かいいな」と思ってもらえたのであれば、作った甲斐があったと思います。そういう風に捉えていてもらえていたらありがたいですね。
「KICK BACK」の映像が出来て、これ以上はないなという感じがした
写真家/映像監督の奥山由之が監督を手掛けたミュージックビデオも大きな反響を呼んだ。MVには米津玄師と常田大希が出演する。筋トレを重ねるふたりというインパクトにとどまらず、衝撃的な展開を繰り広げる映像は、米津自身にとっても感慨深い体験だったようだ。
――この曲のミュージックビデオのコメント欄にも各国からコメントが集まっています。相当インパクトのある映像でしたが、振り返っていかがですか?
米津:あれはすごかったですね。あれは監督の奥山さんの手腕で、こんなに素晴らしいミュージックビデオが出来上がったのは、すごく幸せなことだと思います。それまでの自分のモードとして、曲やミュージックビデオの中にユーモアや笑える要素を取り入れる、それによって自分を俯瞰から眺めることで作り変えていくみたいなことを2、3年くらいやってきたんですけれど、「KICK BACK」の映像が出来て、これ以上はないなという感じがした。そういうエポックメイキングな出来事でした。やりきった感しかないですね。
KICK BACK / 米津玄師
「KICK BACK」を作ったことによって、いろんなことを再確認した
2023年に入っても米津玄師の充実した活動は続いている。3月21日には「LADY」、6月26日には「月を見ていた」(英題「Moongazing」)、7月17日には「地球儀」(英題「Spinning Globe」)と3曲の新曲がリリースされた。
「月を見ていた」はアクションRPG『FINAL FANTASY XVI』のテーマソングとして書き下ろされた楽曲。「地球儀」は、12月8日にアメリカで公開される宮﨑駿監督の映画『君たちはどう生きるか』(英題『THE BOY AND THE HERON』)の主題歌だ。どちらもグローバルな話題曲となっている。
そんな現時点からの「KICK BACK」という曲の位置づけ、そしてこの先についても語ってもらった。
――改めて「KICK BACK」は自身のキャリアの中でどういう位置づけの曲になったと思いますか?
米津:今言ったように自分のひとつのモードを終わらせた曲でもあるし、自分の客観的なイメージを掻き乱してくれた曲でもあるとも思うし。この曲を作ったことによっていろんなことを再確認したというのもあります。こういうものをみんな求めてたんだなと思ったし、自分はこういうものを好きな人間なんだなとも思った。全部ひっくるめて、すごく大事な曲になったと思っています。
――今後の展望については、どんなことを考えていますか?
米津:最近も海外旅行とかに行ったりして、凄くいい体験になったんです。自分のキャリアがとかそういう話じゃなくて、とにかく言語も通じない、文化も全然違うところで育ってきた人達が作り上げた町の中で過ごすっていうのはどういう体験なのかなっていう。そういう興味の方が強いというか、とにかくもう何だろうな。いいものが作りたいですね。それができたら、それでよしっていう。そういう風にちょっとずつ自分の感覚が変わっていって、というのがないと、いいものも作れなくなるような気もするし。何か楽しくやれたらいいなと思っていますね。そのために必要なことであれば、どんどんやっていきたいという気持ちはあります。
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