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<インタビュー>木村弘毅(MIXI)×増井健仁(WMJ)~コミュニケーションの価値を国内外に届けるために
スマホゲーム「モンスターストライク」(通称モンスト)を立上げ、累計収益100億ドルを突破する世界的コンテンツへと導いた木村弘毅。2018年6月からは代表取締役社長に就任し、スポーツビジネスに力を入れている。モンストを単なるゲームに留まらずリアルイベント、音楽、アニメを内包する総合エンタメへと発展させた経緯やその狙い、また彼が考えるスポーツと音楽の未来について、増井健仁(ワーナーミュージック・ジャパン)を聞き手に迎え、話を聞いた。(Text:ヒガキユウカ l Photo:Tatsuro Kimura)
スマホアプリという質量ゼロの世界になったことで、爆発的に流行った
増井健仁:木村さんは現在MIXIの社長ですが、もともとのキャリアはゲームプロデューサーです。まず、木村さんがゲーム事業に参入しようと思った理由をお聞かせください。
木村弘毅:もともと、SNSに関する企画に携わっていたので「(インターネットを通じた)コミュニケーションって、おもしろいな」と思っていました。そしてスマホが初めて発売された時、もっとみんなで楽しく遊べる場所や機会が提供できるんじゃないかと考えたのが、本格的にゲーム業界に入ったきっかけです。
増井:個人的には、初めてスマホを見た時に良い意味でも悪い意味でも「ヤバい」と思ったんですよ(笑)。そこで周りのIT業界の方々に話を聞いていくと、皆さん「景色が変わる」と思うと。業界によって感じ方が違いましたよね。
木村:僕は「イノベーションが起こるな」と思いましたね。イノベーションといっても、まったく新しい発明というわけではなく、すでにあるものをいかに転用できるか。僕が好きな「オズボーンのチェックリスト」に則って考えたときに、スマホは「いろんなものを『縮小』できる」と思いました。
たとえば当時PSPで流行っていた『モンスターハンター』。350万本以上のヒットとなっていましたが、操作が複雑だし、ソフトを買う必要があるし、製造して、配送して、お店まで買いに来させなきゃいけない。ネットゲームのようにFree-to-playで初期費用を無料にして、配信型にしちゃえば、手に取る人が爆増するんじゃないか。スマホならそれが全部できるんじゃないかと。
増井:その発想がモンストに繋がっていき、木村さんが企画を立ち上げられるんですね。ゲームデザイナーには、「ストリートファイターⅡ」や「バイオハザード」の開発者である岡本吉起さんを起用されています。当時、岡本さんはカプコン独立後に設立した会社の経営難があり、17億円もの借金をしている状態でした。そのタイミングで、岡本さんをモンストのゲームデザイナーに起用した理由は何だったんですか。
木村:僕が昔から岡本さんの大ファンだったんです。「カプコンのどの社員よりも岡本さんのことを理解しているんじゃないか」と考えてしまうくらい信望していて、「この人はもっとすごいことができるはずだ」とずっと思っていました。実際モンストの前にもいくつか一緒にプロジェクトをやったことがあるんです。
だけど、結果が出ていなかった。それまで岡本さんとはブラウザゲームを作っていたんですけど、それも全然当たらなくて。でも岡本さんの才能は、ブラウザよりも複雑なことができるスマホのネイティブアプリの方が活きるんじゃないかと。
増井: 実際モンストは6年間で売上1兆円を達成する大ヒットとなり、岡本さんは17億円を完済できてしまうわけです。率直に、それほど多くのユーザーの心をつかんだ理由はどこにあると思いますか。
木村:やっぱり誰しも、気心の知れた仲間といつもつるんでいたいじゃないですか。むしろつるむための言い訳を探しているというか。大人だったら「こんな仕事あるんだけど、一緒にやらない?」っていうきっかけを作れますが、子どもたちにとっても一緒に遊ぶ言い訳になるものが必要だと思うんですよね。今までは質量のあるゲームがそこを満たしていたけど、スマホアプリという質量ゼロの世界になったことで、爆発的に流行ったんじゃないかなと思います。
増井:モンストの大ヒットを機に、MIXI社の時価総額も約200億から約6,000億、実に30倍になります。このとき木村さんはまだゲームクリエイターだったわけですが、まわりの環境が大きく変化するなかで、ご自身の中でも何か変わっていったことはありましたか?
木村:海外を見るようになったのは大きかったですね。2015年にスマホアプリの年間売上で世界一位になったんですけど、売上のメインは日本での売上でした。日本国内だけをターゲットにビジネスをしていても、すぐそこに限界が見えている。でもコミュニケーションツールというのは日本人だけでなく、いろんな国の人が必要としているものです。それで「海外もいけるんじゃないか」と考えるようになってから、アメリカ、韓国、中国など、海外へ行く回数が激増していきました。
バイイングのメディアだけだと起こせない熱量というものがある
増井:2018年ぐらいからは、モンストが単なるゲームではなく総合エンターテインメントに変わっていきます。音楽との関わりもすごく増えていきますよね。
木村:ゲームから、さまざまなエンタメへと広げていったのは、メディアミックスの力を使って、誘う言い訳を、たくさん作ることを意識していたからです。そうしたら、「ゲームはちょっと苦手」という人でも、手を出してくれるきっかけになるかもしれないと思っていました。
増井:モンストのニュースを発信するためのオウンドメディアとして、モンスト公式のYouTubeチャンネルがありますが、現在チャンネル登録者は133万人です(2023年9月現在)。その後「モンストアニメTV」というチャンネルも立ち上がりました。こちらも登録者数が64万人(2023年9月現在)いて、アニメが話題になった結果、劇場版の映画にもなりましたよね。
木村:アニメ展開の背景には、コラボの存在も大きかったですね。遡ると2014年4月の『あらいぐまラスカル』からIPコラボが始まり、2015年5月の『エヴァンゲリオン』からはモンストの中でキャラクター販売をしました。コラボ相手のキャラクターを目当てに来てくださる方ももちろんいますし、何よりも「モンストで〇〇コラボあるらしいぜ」と言って、また集まる言い訳になる。
物語の力がここまでゲームに付加価値をもたらすのであれば、自分たちもストーリーを作っちゃおうと思ったのがアニメ展開の始まりです。モンスト自体はシンプルなアクションゲームなので、ストーリーを仕立てたり感情移入をさせたりするのは得意じゃなくて。
増井:木村さんはキャリアのスタートこそゲームクリエイターでしたが、この頃ぐらいからもう総合的なエンターテインメントプロデューサーに切り替わっていきます。ゲームのことだけを考えているわけじゃなく、どんどん景色を塗り替えることについて考えている。音楽にも参入していきますが、最初は「モンスターストライクオーケストラ」でした。
木村:オーケストラの企画については『ドラゴンクエスト』を参考にしました。モンストはゲーム音楽の作りがオーケストラ構成だったので、ドラクエみたいにオーケストラで演奏したら、かっこいいんじゃないかと思って。
増井:ゲームに登場するキャラクターたちが音楽活動を始める、スピンオフ「モンソニ!」も生まれます。ゲームの登場人物がアーティストに切り替わって、オリジナル曲を発表する。この戦略の狙いは何だったんですか。
木村:自分たちの精神の中に「ユーザーサプライズファースト」というものがあって、「次はどんなことをやったらユーザーの皆さんが驚くだろう」ということを日々考えています。「オーケストラは驚いていただけただろう。じゃあ次は」と考えたときに、ポップミュージックとコラボしたら、おもしろいんじゃないかと思いました。
少し下心も明かすと、ポップスやアイドル、バンドって、楽曲だけではなくアーティストのファンになる方も多いですよね。オーケストラだとそういう盛り上がりは、あんまり見受けられません。だったらゲームの登場人物をアイドルにすれば、音楽的な楽しみも生み出しながらキャラクターとしてもヒットするんじゃないか。そして、そのユニットをまたゲームの中で販売すればいいんじゃないかと。音楽としての新しい届け方と、ゲーム内の新しい商材の開発、その2軸で企画しました。
増井:ゲームのキャラクターが人格を持っていて、アニメで彼らが喋る。同じ声優で歌も収録して、リアルのアーティストと同じようにフィジカルのCDを出す。それらの人格がちゃんと一気通貫しているんですよね。アニメ発のアーティストはいるけれど、その前に原作としてゲームがあるのはそうそうない面白さだと思います。
一方で、2016年からは【XFLAG PARK】というライブエンターテインメントショーを開催されます(のちに【DREAMDAZE】に改名)。これはどんな狙いがあったのでしょうか?
木村:これも、やっぱり「集まる言い訳になれたらいいな」ですね。テレビCMを打ったり、Webで宣伝をしたりという普通のマーケティングをしていてもあまり熱量を上げきれなくて、何か現象を起こしていかないといけないんだなと思ったんです。人がわーっと集まって、もみくちゃになって、そこから熱狂が生まれるような。
「コンテンツマーケティング」というとちょっとドライに聞こえるかもしれませんが、どうしてもバイイングのメディアだけだと起こせない熱量というものがあるんですよね。それは、コンテンツを通じて生み出していくことでしか起こせないんじゃないかなと思いました。
増井:僕も2019年の【XFLAG PARK】に行き、幕張メッセですさまじい景色を見せていただきました。eスポーツもあるし、オーケストラのステージもあるし、「モンソニ!」のバーチャルアーティストたちが演奏するステージもあるし、はたまたXFLAGエンターテインメントパートナーの氣志團が出演するステージもある。一般的な音楽フェスだったら基本的に収支が合うように立て付けられるんですが、これはすごく贅沢なつくりですよね。
木村:「回収はゲームでする」という考えなので、チケットだけで回収しきれない部分はあります。先日の【DREAMDAZE】では、ルシファーの”獣神化・改”という形態を発表したんですけど、その後のキャラクター販売は非常に好調でした。その回収があるので、イベントは大きなコストをかけてでも見たことがないものを作ろうとしています。
コミュニケーションの価値をグローバルに届けていきたい
増井:実際、2019年の【XFLAG PARK】の集客が4万人、生配信の同時接続が34万人で、音楽の有名フェスの規模に匹敵しています。友達を誘うきっかけづくりのためにこうした仕掛けを幅広く打ってこられたと思いますが、普段まったく違うジャンルに住んでいるファンたちを結びつける難しさなどはありませんでしたか?
木村:コンフリクトはあまりないんじゃないかなと思っています。モンストって基本、友達や家族とその場でスマホを持ち寄って楽しむものなんですよね。そういう意味ではオンラインゲームじゃなくて、オフラインゲームなんです。
その中で、もしかしたら「このアーティストは、好きじゃないんだけどな」と感じることもあるかもしれませんが、友達と対面するやりとりの中で共感しながら一緒に消費すると好きになっちゃうことも多いと思います。カラオケに行って、みんなでそのアーティストの曲を歌うだけで共通言語化して盛り上がるとか。だから、「モンスト」は音楽やアーティストとの相性がすごくいいんじゃないかなと。
増井:アニメでは『推しの子』とYOASOBIが世界でヒットしたように、モンストがきっかけで世界に出ていくアーティストが今後生まれたらいいですよね。
モンストが総合エンタメとして成熟した後、2019年にはスポーツ業界に参入されました。最初はB.LEAGUEの千葉ジェッツを買収され、エンターテインメントパートナーとしてきゃりーぱみゅぱみゅを起用されています。
木村:スポーツも、1人で見るよりみんなで見たほうが楽しいと思うんです。海外だとスポーツバーに集まったりしますが、日本のスポーツはまだそこまで成熟しきっていないと思っていて、「みんなで集まる場所ができれば」と思ったのが一番のポイントです。
古参ファンの世界じゃないですが、スポーツにはどこか排他的な姿勢があります。「最近ファンになったやつらは分かっちゃいねえ。俺は昔から応援しているのに」みたいな。それを、きゃりーぱみゅぱみゅや打ち上げ花火など他のエンターテインメントと掛け合わせていくことで、新しいファン層が入ってきやすくなるはず。ゲームを総合エンタメにしていったのと同じ発想でスポーツも幅を広げていったら、気軽に集まって見に行く動きがもっと普及するんじゃないかと考えています。
増井:続いてFC東京からサッカーに参入されて、FC東京では国立競技場でのキックオフ前のパフォーマンスの機会を作っておられますよね。アーティスト側としても「国立競技場で歌う」のって、ひとつの夢じゃないですか。そう考えると歌う側もお客さん側も楽しめていて、非常にシナジーがあると思います。今後も「スポーツ×音楽」は、どんどん密に接せられるとお考えですか。
木村:セレブレーションとして使われる、スタジアムに集まっている数万人が試合の前に音楽を聴いてテンションを上げる。そういうふうに、スポーツの前に行われるひとつの儀式のような形は、音楽とすごく親和性があると思っています。
増井:直近ではyamaが出演しましたよね。レーザーがバキバキにセッティングされていて、花火もばんばん上がって。特効にかなりコストをかけていらっしゃるなと感じたと同時に、エンタメに対する、木村さんたちからの「場の提供」を強く感じました。これは誰にでもできることではないと思うので、木村さんにはどんどんやっていっていただきたいと思っています。最後に、木村さんの今後の海外展開に対するお考えをうかがえますか。
木村:今後も変わらず、「コミュニケーションの価値をグローバルに届けていきたい」という思いはあります。その中で今フォーカスしているのはアジアですね。そもそも人口の数が多い。とくにインドは14億人と世界有数の人口大国で、しかも赤ちゃんが毎年2,500万人生まれています。強烈な人口ボーナスがこれから出てくるなかで、もしかしたらアメリカやヨーロッパより強烈な経済圏がアジアにできてくるんじゃないかと見ています。
スマホを使ったコミュニケーションに絞っても、インドはスマホの普及率が46%、利用者数で見ても中国についで2番目なんですよね。それに、政治的な背景があって、インドではTikTokなど中国製のアプリがBANされてしまっているんです。中国が参入していけないなか、日本企業としては非常にビジネスチャンスがあるのではないかと思います。