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<コラム>和ぬかが2ndアルバム『審美眼』で表現する人生の身近に存在する“愛”とは
Text:小町碧音
<本当に本当に大切なのは/目の前の人を見つめることで/生まれた愛をそう壊さないで>(「笑われ者」)
これは、和ぬかが、8月9日にリリースする2ndアルバム『審美眼』の最後から2番目の「笑われ者」の歌詞の終盤に待っている歌詞だ。美しいものや価値あるものを識別する眼識の意味を持つ『審美眼』というアルバムタイトルのとおり、今作で和ぬかの表現したいことはすべてここに凝縮されていると思う。
2020年に現役大学生として突如ネットシーンに現れたシンガーソングライター・和ぬか。もともとはTikTokに自身で作詞作曲した楽曲の弾き語り動画を投稿していた。イラストのミュージック・ビデオや個性的なサウンドからはボカロとの親和性も読み取ることができるが、実際はボカロPや歌い手とは毛色の違う唯一無二のシンガーソングライターといえる。まだ無名だった和ぬかの名前が瞬く間に知れ渡るきっかけになったのは、自身初のオリジナル曲「寄り酔い」。本楽曲は、2021年11月にTikTokでショートバージョンが公開された。<酔いで寄りたいの/ごまかしてキスしたいの>と酔いに任せて好きな人に寄りたいものの、好きな人を前にするとそれを実行することが難しい。そんな現実のもどかしさを歌っている。アコースティックギターの素朴な音色、‟和”を彷彿とさせるコード進行、ゆったりとしたシャッフルビート、至る所で繰り返されるサビのメロディ……耳に残りやすいサウンドメイクだ。本楽曲を使用した動画の総再生回数は1か月後には1億再生を突破。和ぬかの名前はその後も注目を集めることになった。
「寄り酔い」ミュージック・ビデオ
楽曲ごとに異なるアーティストやクリエイターを迎え、コラボ楽曲を発表するMAISONdesでは、作詞作曲を和ぬかが手がけ、大阪在住22歳シンガーソングライター・asmiをフィーチャリングした「ヨワネハキ feat. 和ぬか,asmi」が2021年5月19日に配信リリースされ、Billboard JAPANチャートにおけるストリーミングの累計再生回数は昨年2月に1億回を突破。ほかにも、SixTONESに楽曲提供をおこなったり、川谷絵音が制作する楽曲ごとにボーカリストを迎える美的計画の「まだ浅はか(feat. 和ぬか)」に作詞、ボーカルとして参加するなど、その音楽の才能は幅広いシーンから高い評価を受けている。
MAISONdes「ヨワネハキ feat. 和ぬか,asmi」ミュージック・ビデオ
そんな和ぬかが、‟新章”と掲げ、昨年、3か月連続リリースとして発表した配信シングル「絶頂讃歌」「真っ裸」「もったいぶり」などの既発曲、歌い手・Souをフィーチャリングゲストに迎えた「ざわめけ feat. Sou」を含めた新曲を織り交ぜた2ndアルバム『審美眼』をリリースする。ヒットソング「寄り酔い」からタイアップ曲までもが収録された1stアルバム『青二才』以来の約1年ぶりとなる待望のアルバム。和ぬかの楽曲を通して伝えたいメッセージ性がパワーアップして反映されている印象を強く受けたのが実際のところである。「寄り酔い」をはじめ、和ぬかの楽曲は、恋心を持つ多種多様な男女が主人公であることが多く、‟愛”をテーマに歌っているのがひとつの特徴。そのコンセプトは今作も変わらない。
1曲目「審美眼」からキャッチーでファンキーなメロディーラインに引き込まれる。ステップしたくなるリズムパターンや、サビを印象付けるフレーズのリピートが和ぬかの楽曲の魅力のひとつだが、今作でも顕在だ。ダンスミュージック、踊れるロックサウンドに対し、温かみのある和ぬかの歌声は、聴きやすく、セクシャルな表現が使われているが、嫌な感じはしない。一方で、伝えたいメッセージが増えた分、「審美眼」や、ラテン調でブラスが華やかなミドルナンバー「絶頂讃歌」をはじめ、愛を表現するための言葉に欲望があふれだし、攻めの姿勢になっているようにも感じる。
<貴方の本音を暴いて/いっぱい燃やして/ほら全裸を晒して/もっと奥突いて/世は建前なんでいっぱい燃やして/綺麗事なんて要らねぇ黙って>(「審美眼」)
「審美眼」ミュージック・ビデオ
<願うは三度の絶頂を/胸の中で至る/今宵も僕らは繁栄の/ために愛を放つ>(「絶頂讃歌」)
「絶頂讃歌」ライブ・ビデオ
和ぬかの歌声の妙味が表れているのは、ジャジーな「ふにょい」。<不幸になっちゃった>とネガティブイメージのワードをあえて明るいメロディーに乗せて歌ったり、囁くような歌声に乗せたサビの<超ズッコケた僕を早めに探してよ>の語感の良さは、奇を衒ったギミック。ホーンセクション、ストリングスアレンジが魅せる愛の讃美歌「LOVE is」でのファルセットも雲のように柔らかい。曲ごとに登場するそれぞれの主人公を彷彿とさせる歌声を生み出していることで、各物語が目に浮かびやすくなる。カホンや和の音色を取り入れた「隣人さん」はサウンドも歌詞の内容も実験的だ。
「ふにょい」ミュージック・ビデオ
「LOVE is」ミュージック・ビデオ
なによりも、恋心を持つ各曲の主人公のそれぞれに、いつかの自分や友人、過去の恋人、あるいは現在の恋人を重ねて楽曲を聴いてしまい、脳内でドラマ化してしまう要素があることが面白い。裏切る男性に対して、相手の女性が吐く刺激的な言葉の数々が並ぶ「審美眼」。振り向いてくれない女性に対して自分の可愛そうになった姿になら振り向いてもらえるかもと自身を最大限に演じるものの、女性はピクリともせず本当に可愛そうに見えてくる男性の心境を歌った「ふにょい」。自身の中に純白と漆黒の2人の人間を飼っている感覚を描いた「隣人さん」。<この足に羽根などないのに/君に会える日は身体弾むよ>と大好きな人に会える幸福感を丁寧に綴った「LOVE is」。容易い女じゃない振りをしつつも、隙ある情けない男性を放っておけなくなる大人の女性が主人公の「真っ裸」。もったいぶるのが上手な女性に完全に心を奪われてしまっている男性が主人公の「もったいぶり」――そのどれもが、どこかの誰かを彷彿とさせる歌詞になっている。
しかし、それ以上の面白さがその先にある。「もったいぶり」までの計8曲を経てからの9曲目「笑われ者」、最後の収録曲「ヒロイック」にかけての流れがとくに秀逸だ。冒頭にも触れた<本当に本当に大切なのは/目の前の人を見つめることで/生まれた愛をそう壊さないで>という歌詞は、生まれたいろんな愛の形を綴っている今作を総称した1曲に思える。愛は形には見えないが、見えないものこそ大切で儚いものであり、価値があることを歌っている。まさに、美しいものや価値あるものを識別する眼識の意味を持つ『審美眼』というアルバムのタイトルに立ち戻ると、目で見えるものではなく、その人の心そのものを愛すことが本当の愛と呼んだ上で、人対人においてどこを見極める必要があるのかを教えてくれているよう。今作にとっての審美眼の答えが最終的に「笑われ者」で表現されているのだろう。絶妙に並べられた収録曲順が『審美眼』の魅力を増幅させている。さらに特筆したいのは、アルバムの締めくくり方。シンプルなギターロックがライブ映えしそうな「ヒロイック」で、それまで見てきた誰かのドラマから一瞬で自分が主人公のドラマになる。
<「らしさ」が煌めくこの夢よ/僕は僕が導く/恐れは臆病だ 読まれるよ/生かされないで生きろ馬鹿/己のまま息をさせて>(「ヒロイック」)
「ヒロイック」ミュージック・ビデオ
生きづらい世の中に誰しもが感じる想いを綴った歌詞は、万人の心に刺さる歌詞だ。和ぬかは、自分の人生を生きろとそんなメッセージを最後に残している。自分の人生の身近に存在する愛について改めて見直してみるいいきっかけになるのが『審美眼』なのかもしれない。欲望があふれた人間くさい歌詞とメロディが聴き手の背中を力強く押しながら、優しく包み込んでくれる。
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