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<インタビュー>NHK大河ドラマ『どうする家康』劇中音楽に隠された徳川家康の一生――音楽・稲本響に訊く



稲本響インタビュー

Interview: 渡辺彰浩
Text: Mariko Ikitake

 現在放送中のNHK大河ドラマ『どうする家康』――松本潤が演じる徳川家康の生涯を新たな視点で描く本作を音楽面で演出するのが、ピアニスト・作曲家の稲本響だ。稲本が創案した「どうする家康 メインテーマ~暁の空~」には、天下人の人生、そして彼が抱いた希望や絶望が2分46秒に詰め込められ、視聴者の心を掴んできた。

 映像音楽は“最大の嘘”と話す稲本に「メインテーマ」に隠されたこだわりを聞いた。

――この取材は瀬名と信康が亡くなる第25回「はるかに遠い夢」のオンエア後に行っていますが、その回の前の第24回の終わりに流れた予告が瀬名たちの死を予感させる無音の演出で、深く印象に残りました。引き算の美学と言いますか、ここまで積み上げてきた稲本さんの音楽があるからこそできる一度限りの演出だと感じます。

稲本響:ありがとうございます。ドラマを作る時にはNHKの音響デザイナーとタッグを組みます。例えるならば、小説家とその担当編集者。どう見せたいかを話し合いながら一緒に曲を作っていて、「あの予告を無音でいかせてもらいます」って言ったのも彼なんです。ドラマとしても一番見せなきゃいけない、聞かせなきゃいけないところで、まさに引き算にいけたというのは、これまでの計算があってこそだと思うので嬉しかったですね。

――まずは、稲本さんが『どうする家康』の音楽に決まった時のことから教えてください。

稲本:『どうする家康』の制作発表が行われた時、僕は『ストレンジャー~上海の芥川龍之介~』などを一緒にやってきた制作チームがこのドラマに関わっていることを知らなかったんですよね。主演が松本潤さん、脚本が古沢良太さんとアナウンスされ、僕もやりたいと密かに思っていた時に、彼らから「一緒にやってほしいんだ」と誘われて、二重に嬉しかったです。最初の打ち合わせから、『どうする家康』がどういった作品になるかを聞き、「だったらこんな曲やあんな曲にしたい」というような本格的な打ち合わせになり、その翌週にはすでに2曲ぐらいを作っていましたね。

――それは「どうする家康 メインテーマ~暁の空~」とは別の曲ですか?

稲本:別の曲ですね。『オリジナル・サウンドトラック Vol.1』に収録されている「俺は寅の子 ~Hello World~」と「進!軍!~Awakening~」です。「Awakening」は言わば大河ドラマっぽい曲ですが、もう一つの「Hello World」はこれまでの大河のイメージとは打って変わって四つ打ちのリズムが入っています。そういう方向でいきたいなと。「メインテーマ」もドラムのキックが入っていますし、ここから派生したものなのかなとは思いますね。

――それではその2曲から派生して、「メインテーマ」を制作していったということですか?

稲本:「メインテーマ」ができたのは第1回目のレコーディング制作期間の最後のほうなんですね。「メインテーマ」の中には、ミュージカルの序曲じゃないですけど、本編に出てくるいろんなメロディーが少しずつ入っているんです。メドレーのようになっているだけではなくて、対旋律だとか合いの手だと思っていたものが実はその曲のメロディーを裏返した曲だったりと、いろんな仕組みで成り立っています。2分46秒のオープニングを毎週、50回近く聞いて、毎回新しい発見をしてほしいと思っているので、そこにいろんなメロディーを仕込んでいるんです。例えば、瀬名が亡くなった後の週では、家康の視点になって聞くと、同じ音源だけど先週とは違って聞こえてきたり、最終回と初回では聞こえ方が違ったり、実はここは瀬名のメロディーと同じ展開だということが漠然とでも感じていただけたら。

――「メインテーマ」の楽曲構成について詳しく教えてもらえますか?

稲本:裏テーマとして、ピアノは家康の象徴だと感じてもらえたらいいなと思っています。ピアノソロでイントロのフレーズが始まるのは家康の誕生、幼少期を含めた人質時代の家康から始まっていて、そこにクラリネットやストリングス、ホーンセクション、四つ打ちのキックが入ってくる。何も知らなかった一人の家康が、家族や人質として囚われている今川義元であったり、いろんな人に出会っていくわけですよね。その中で楽しいこともあれば、裏切りにあって、サウンド的にはまたピアノだけになる。義を貫くことがむしろ残酷なこともあったり、一筋縄ではいかない中での感情を家康は抱いていきます。天下統一に向けて、家臣団と共に奮闘する姿。そこに入ってくる手拍子は民意の象徴だと思って使っています。家康が戦国の時代にピリオドを打つことができたのは、民衆を惹きつけられる人だったからだと僕は思うんですよね。手に手を取りあえる時代を作った人だからこそ、その象徴として手拍子を取り入れて、しかもそれがいわゆる四つ打ち合わせで叩く単純な手拍子ではなく、途中で難しくなったりもして、しっかりと音楽に絡んで、最後は一緒に盛り上がっていく。民衆を巻き込んで、最後に大団円を迎え、天下統一を成し遂げるという、家康の生涯を表すような楽曲。家康はピアノで、その周りにホーンセクション、民衆の手拍子など、いろんな人が絡んできて、それを一つにまとめ上げたという意味で、家康の生涯を2分46秒で描ければ嬉しいなと思い、作っていきました。

――公式サイトには「STEP-1」「STEP-2」と手拍子講座の動画が公開されていますが、変拍子のリズムがなかなか難しいですよね(笑)。

稲本:そうですね(笑)。今年の3月に愛知県で開催された『どうする家康』のトークショーで、名古屋音楽大学オーケストラのみなさんと一緒に「メインテーマ」を演奏したんですけど、観客のみなさんの手拍子は完璧でしたよ! ちょっと難しいからこそ頑張ってくださって、本番では会場が一体となり、胸が熱くなりました。

――当たり前ですが、悲しい話の時も、コミカルな話の時も、タイトルバックで「メインテーマ」は同じものが流れますよね。普遍的でありつつ、そういった聞くたびに発見のある楽曲構成は様々なシチュエーションを想定して、ということでもあるのでしょうか?

稲本:そうですね。あとは、どこでタイトルバック、つまりは「メインテーマ」がかかるのかも回ごとに違うじゃないですか。その辺は演出と音響デザイナーの見せ所でもあると思うので、そこは「メインテーマ」という普遍的なものがあるからこその表現ができると思っています。音楽ってドラマの中では最大の嘘なんですよね。実生活において、セリフと同じ言葉を発したり、同じような体験をすることはあるかもしれないけど、感情の起伏や出来事に応じて音楽が流れ出すことはありませんよね。だからこそ、人物の感情だけでなく時間や時代を表現できるかもしれない。そういう素材として音楽を使ってもらえるというのは見ていて楽しいですね。

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――稲本さんが制作の上で挑戦的だと思う楽曲はありますか?

稲本:僕の中で大事にしたという意味では、ドラマと共に音楽も成長していきたいなと思っています。三河の土着武士だった頃の家康にかかる曲は、土と水を捏ねた泥団子みたいなものを「チャポン!」と投げて、リズムを作っていったんですよね。パーカッショニスト達と相談しながら「チャポン!チャポン!シャカシャカ!」とか、藁を土と水の上で「シャカシャカ!パンパン!ドン、パン!」とか。土着の、いわゆる原始的なリズムですよね。ウォータードラムと言って、アフリカの先住民族などでは、水面を叩いたリズムに乗せて洗濯をしたりするそうなんです。その同じリズムなりメロディーを家康の成長と共に、今度はシンプルな太鼓やハープといった原始的な楽器と呼ばれるものに近づけていく。シンプルな横笛から人工的なメカニズムが詰まったコントラファゴットなど、太鼓も泥団子の「チャポン!」からティンパニ、ドラムセットに置き換わったり。家康と信長がワインを飲むのと同じように、海外の珍しい楽器や民族楽器のバラフォン(木琴の下の共鳴部分が瓢箪でできている楽器)を鳴らしてみたり。また、家康を取り巻く環境も変わっていくので、それに合わせて同じメロディーでも秀吉、信長のテーマを家康のテーマと合わせて、アレンジを加えて、また別の楽曲を作ったりもしています。『スター・ウォーズ』でもメインテーマがダークサイドに行ったりすることがありますけど、放送の期間が1年あるからこそ音でいろんな変化をつけられる。今まではピアノで弾いていた瀬名のテーマを、バスフルートとかチェロの低音域でグワーッと弾くことで、瀬名に何かあったのかなと思わせ、信長の意を汲んで命を奪われていく瀬名の感情を表す一助になれればと思い、信長の曲に瀬名のモチーフを加えたりもしています。

――特定の曲がというよりかは、サントラもしくは楽曲群でグラデーションのように変化していっているイメージなんですかね。

稲本:単純にサントラのVol.1の全てが物語の前半に使われていて、Vol.2以降の曲が後半というわけではないので、だんだんと同じメロディーが――そういう意味では特定の曲が変わっていくというよりかは、全部の曲がどんどんシャッフルしていくような感じですよね。家康の曲にこの間までは瀬名のテーマが一緒に寄り添っていたけど、今度は家臣団のテーマが対旋律で入っていたり、家臣団を表す曲は家康のメロディーを伴奏にして家臣団のメロディーでホーンセクションが活躍する、というようにして、家康だけではなく、家臣団や敵対する武将のテーマの組み合わせを変えることによっても、また立体感が出てくるなと感じています。

――1曲1曲が繋がっていて、ジグソーパズルのように不可欠なピースなんですね。

稲本:家康の若い頃の楽曲には1989年製のピアノ(「F1」)を使っていて、家康が三河を束ね始める頃は1932年製のピアノ(「ラフマニノフ」)、大名になる頃には1912年製のピアノ(「CD368」)と、使用するピアノもどんどん年を取っていくわけですよね。つまりは、ヴィンテージが古くなっていく。最後の天下統一を成し遂げる頃は1887年製のピアノ(「ローズウッド」)を使っています。家康の人生は75年ですけど、ピアノは1989年から1887年なので、大体100年ぐらいのスパンで家康とともに4台のピアノをNHKのスタジオに持ち込んで、録音を続けているんですよね。視聴者の方々には誰もわかんないことかもしれないですけど、きっと美術や人物デザイン監修といった各セクションの方々も同じように、それぞれのこだわりを持って、『どうする家康』を作り上げていると思うんです。

――公式サイトのインタビューで4台のピアノを弾く理由に「弾く人がどういう気持ちにさせられるのか」が大切なことだとおっしゃっていましたもんね。Vol.2の中で稲本さんがピックアップするとすればどの楽曲になりますか?

稲本:「約束のくに」や「光芒」は家康が瀬名を思う曲として作っています。特に「約束のくに」は、「殿はみんなが手に手を取る時代を作れる人だと思う」という瀬名との約束、思いが家康に残っていく様子を表した楽曲です。それで言うと、「名残の指先」は家康の指先に瀬名がキスをするその名残の曲で、Vol.1とさらにVol.2にも「どうする家康ツアーズ」のバージョンとして収録されています。

――今もレコーディングを続けているということですが、現在は何台目のピアノで制作を行っているんですか?

稲本:曲によっても違いますが、瀬名が登場していた頃の楽曲は基本的に1932年が多いですね。Vol.1は1989年と1932年、Vol.2は1932年と1912年が少し。これから家康が天下統一を成し遂げる頃には1887年が出てくるので、最後は4台全部を使った家康の半生ではないですけど、集大成的な曲も作りたいと思っています。

――現段階で何曲ぐらいを作られているんですか?

稲本:本編としては150曲を超えたぐらいですね。でもまだ残りのレコーディングに向けて曲を書いてる途中で、脚本もまだ最後までいってないですから。脚本と音楽と、どっちが先に終わるんだろうって感じです(笑)。

――Vol.2以降の楽曲でこれから挑戦していきたいと思っていることはありますか?

稲本:手拍子は天下統一に向けての大きな鍵になってくると思いますし、「楽器博物館か!?」ってくらいにNHKのスタジオに楽器を持ち込んでます(笑)。トラックを重ねていってリズムを作り上げたり、四つ打ちも電子的な楽器も入ってきたりします。珍しいとか奇を衒っているというわけではなくて、一つの音楽としてそれが成立しているのが理想的かなと思いますよね。言われて初めてみんなが気づくような。そうなれれば、音楽が嘘を突き通せている証拠かもしれませんね。

――まずはレコーディングが優先かと思いますが、オンエアが終わった後は『どうする家康』の音楽をライブでも披露していきたいと考えていらっしゃいますか?

稲本:作曲者本人が大河ドラマのメインテーマのソリストとして演奏することは珍しいと聞いていますので、生きたサウンドトラックを常にやりたいなと思っています。今の自分が「メインテーマ」を弾くのと、去年初めて「メインテーマ」を録った時とはすでに違いますし、実際にスコアも変わってきているんです。愛知で演奏した時も、彼らはNHK交響楽団と演奏した時の楽譜をもらって弾いていたんですけど、僕の中ではそれも変わってるんですよね。シンガーソングライターの人たちもライブのたびにいろんなバージョンがあって、同じ曲でも、その時のお客さんや場所によって変化をつけて歌っていると思うんです。『どうする家康』も、いろんな人に愛されていくドラマであり音楽であるというふうに、ずっと生き続けてくれたらいいなと思いますよね。自分が弾くからこそ、それを残していきたい。ショパンやベートーヴェンも、自分が弾くために作った曲だけれども、彼らが死んでしまった時点で楽譜は止まっている。クラシックの世界では、それが資料となっていろんな人がそれぞれの解釈のもとで演奏しますが、自分が生きている限りはこの『どうする家康』という曲を弾き続けて、育てていきたいなと思っています。

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