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<わたしたちと音楽 Vol.15>芦澤紀子 アーティストのメッセージを広く平等に伝えていくために

インタビューバナー

 米ビルボードが、2007年から主催する【ビルボード・ウィメン・イン・ミュージック(WIM)】。音楽業界に多大に貢献し、その活動を通じて女性たちをエンパワーメントしたアーティストを毎年<ウーマン・オブ・ザ・イヤー>として表彰してきた。Billboard JAPANでは、2022年より、独自の観点から“音楽業界における女性”をフィーチャーした企画を発足し、その一環として女性たちにフォーカスしたインタビュー連載『わたしたちと音楽』を展開している。

今回のゲストは、Spotify Japanで音楽企画推進統括を担う芦澤紀子。Spotifyというプラットフォームの特性を活用した新進アーティストのサポートをはじめ、国内アーティストやその作品が国境や時代をも越え、新たなリスナーやファンに広げられるように様々な施策に取り組み、2023年度の【WIM】にも選出された。音楽を視聴するツールとして国内でもストリーミングサービスが普及していく過程を経験した彼女が見据える音楽業界の未来とは。 (Interview & Text:Rio Hirai[SOW SWEET PUBLISHING]/ Photo: Miu Kurashima)

Spotifyのランキングから見えてくる女性の“推す力”

――【WIM】への選出、おめでとうございます。日本人女性として初めての受賞となりますが、ご感想をお聞かせください。

芦澤紀子:まさか日本にいる私がこんな名誉な賞に選出していただけるとは全く予想もしていなかったので、びっくりしています。まだあまり実感が湧いていないのですが、Spotifyとしての日本における様々な取り組みを評価していただけたのだとしたら、非常に光栄です。


――Spotifyでも音楽分野における女性クリエイターの活躍を後押しする「EQUAL」というプロジェクトを世界規模で展開されてきたかと思いますが、これまでにどんな成果があったのでしょうか。

芦澤紀子:様々なジャンルを跨いで世界中で700組の女性アーティストがアンバサダーアーティストとして選出され、関連プレイリストには4000組以上がピックアップされてきました。日本でも2021年に「EQUAL Japan」をスタートし、日本の女性アーティストをフィーチャーしたプレイリストを展開したり、アンバサダーアーティストを選出するなどして、「現実は変えられる」といったメッセージを発信しています。これまでにCHAIさんやAwichさん、詩羽さん(水曜日のカンパネラ)といった多様な女性アーティストが登場しました。今後はさらにこのプログラム自体の認知を高め、アーティストにとっても参加する意義を感じていただけるものにしていきたいですね。


――Spotifyがそれだけの数のアーティストをフィーチャーしていると新たに発見される機会が増えそうですね。ちなみに、現状Billboard Japanのチャートでは、2022年の年間トップ100のチャートのうち、男性アーティストが58組、女性アーティストが27組、混合グループが15組というジェンダーバランスの不均衡が目立つ結果が出ています。Spotifyでもチャートを発表していらっしゃいますが、どんな傾向が見られるでしょうか。

芦澤紀子:Spotifyでは、毎年年末に様々な年間ランキングを発表しています。ジェンダーバランスの観点で改めて昨年のランキングを読み解くと、「国内で最も再生されたアーティストトップ50」で、女性アーティストはソロとグループ合わせて11組。女性がメインボーカルの男女混成グループを加えても14組という結果でした。「国内で最も再生された楽曲トップ50」を見てみても、女性アーティストの曲は50曲中10曲という、同じような結果に。「EQUAL」がスタートした年にグローバルで発表された比率でも、女性アーティストは男性の5分の1と言われていたので、世界的にもジェンダーバランスは依然として不均衡といえるかもしれません。ただグローバルと国内のランキングで大きな違いもありました。グローバルでは「最もシェアされたアーティストトップ5」を見てみると、1位がテイラー・スウィフト、4位がラナ・デル・レイと女性アーティストが上位にランクインしていた一方、日本の場合はJO1、BE:FIRST、INIのボーイズグループ3組がトップ3で、「最もシェアされた楽曲ランキングトップ10」の全てをこの3組の曲が占めていました。


――圧倒的な結果ですね。支持している側の属性もわかるのでしょうか。

芦澤紀子:彼らを支持しているのは、大多数が女性リスナーですね。いわゆる「推し活」的にストリーミングサービスで楽曲を聴いたりシェアすることで、自分が推しているアーティストを応援しようという機運が特にコロナ禍で高まりました。実際にこのランキングが発表されたときも、これらのグループの女性ファンたちが喜んでいる様子がSNSに多数投稿されていました。K-POPというジャンルを見てみると、もちろん女性アーティストも多く聴かれていて、リスナーには若い女性も多いです。ただ、ここからは推測ですが、その場合には応援しているという意思表示を積極的にするというよりは、共感や憧れも含め、「自分のために聴いている」という感覚があるのかもしれないと思います。


――女性のパワーで男性がチャート上位を占めている、というのは興味深いデータですね。Spotifyで最も再生された楽曲ランキングやアーティストランキングに関して、日本もグローバルも女性が5分の1程度であるという現状についてはどのように分析されますか?

芦澤紀子:恐らく、そもそものクリエイターの数にもジェンダーバランスの不均衡はあるのだと思います。テイラー・スウィフトやビリー・アイリッシュなどのスターに憧れて「自分もああなりたい」と志を抱く次の世代のアーティストやクリエイターも多数出てきていますが、この状況を変えていくにはもう少し時間がかかりそうな気がしています。


女性アーティストが世界にメッセージを発信する手立てになりたい

――音楽、エンターテイメント業界の制作側のジェンダーバランスに関してはどう思われますか。Spotifyは女性社員が多いというお話も伺いしました。

芦澤紀子:実際にSpotifyでも多くの女性が活躍していますし、Spotifyに限らずとも仕事の現場を見渡すと女性が少ないということは最近はあまり感じてはいないです。一方で、確かに業界のシニアマネジメント層をみてみると依然として男性が多いという印象があり、現場と管理職の間でも乖離があるのではないかと思います。


――芦澤さんご自身についても伺いたいのですが、そもそも「こんな女性になりたい」という憧れの女性像は持っていましたか。

芦澤紀子:あまり男性と女性を切り分けて考えるようなことはしてこなかったと思います。個人的には、女性であるということを特別視するような考え方に共感が持てるほうではないので、今でも1人の人間として、その時の状況を判断しながら目標を実現していくタイプの女性をリスペクトしています。例えば、小泉今日子さん。アイドルからアーティスト、俳優へと時代の流れと共に変化していきながら、常にトレンドを的確に捉え、やりたいことを切り拓き、かつ自然体でいるしなやかさと強さを感じます。Spotifyでも「ホントのコイズミさん」という、小泉さんが本への愛情や読書によって広がる新しい世界について楽しそうに語るオリジナルポッドキャスト番組を発信しており、いつも興味や探究心を追求される様子にリスペクトを感じますし、K-POPについて熱く語るチャーミングな一面もある。彼女は「人間力」が素晴らしいと思いますし、生き方がカッコいいですよね。


――確かに他人から押しつけられたイメージや既製の枠組みを飛び越えて「1人の人間として判断する」という価値観を貫いてきた方でいらっしゃいますよね。芦澤さんは、どのようにして音楽業界で働くようになったのでしょうか。

芦澤紀子:小さい頃から音楽が好きだったので、漠然と仕事にしたいとは思ってきました。洋楽も聴いてきたことから、英語に興味を持って大学時代に海外留学も経験したのですが、ソニーミュージックに入社し、洋楽部門でキャリアを積み重ねていくうちに、より制作に近い仕事に興味が湧いてきて、国内レーベルに異動してA&R業務を何年か担当しました。それからソニー・インタラクティブエンタテインメントに出向を命じられたときに、PlayStation Musicとしてデジタルプラットフォームの編成に関わるように。それまでアーティストと音楽を作ってそれを送り届けるレーベル側の視点しか持っていなかったものが、プラットフォーム側の視点で音楽と関わることになったんです。ちょうど日本でも、音楽を聴くツールがフィジカルからストリーミングサービスへと移行するのではないかと言われ始めた時期でした。その後PlayStation Musicの立場から、協業先であるSpotifyの日本ローンチにも関わったのち、出向期間を満了して前職に戻ったのですが、時代の変革と共に様々な価値観が変わっていく中で、改めて自分は何をやりたいのかを見つめ直した時に、ストリーミングは本当に音楽好きな人に好きな音楽を届けることができるサービスだという可能性を感じて、Spotifyへの転職を決意したんです。これまでハードルが高かったグローバルへのリーチも、ストリーミングサービスを活用すれば可能性が出てきます。実際に昨年起きた藤井 風さんの「死ぬのがいいわ」が、Spotifyの海外23の国と地域のバイラルチャートで1位を獲得し、世界中に拡散していった事例を見ると、日本の音楽業界にはまだまだたくさんの可能性があるし、未知なる夢を一緒に見ることが出来るのではないか、と思っています。


――日本でストリーミングが浸透するのは難しいのではないか、などと言われていた時期かと思いますが、英断されたのですね。結果、様々なアーティストのヒットを支えてこられましたが、今注目している女性アーティストを教えていただけますか。

芦澤紀子:Rina Sawayamaさんの活躍は最近特に目覚しいですよね。多様性について発信しているメッセージも多くの人に勇気を与えました。2020年にはSpotifyが今後の躍進を期待するアーティストを年間を通じてサポートする国内プログラム「RADAR: Early Noise」にも選出させていただいたのですが、今や世界で支持されるスーパースターです。今年の「RADAR: Early Noise」に選出させていただいた春ねむりさんなど、様々な角度で自分のメッセージを強く発信するタイプの国内アーティストが日本以上に海外で支持される動きが広がってきていてとても頼もしい状況ですし、このムーブメントを日本にも広げていきたいと思っています。

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