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<インタビュー>栗山夕璃、“自身を構成する”ボカロ楽曲&Pたちから考えるボカロシーンの楽しさ
Interview&Text : 森朋之
ボカロ文化の祭典【The VOCALOID Collection ~2023 Spring~】が3月18日から21日にかけて開催される。
【The VOCALOID Collection】、通称【ボカコレ】は毎年春と秋に行われるボカロ作品投稿イベント。開催期間中には、「TOP100」「ルーキー」「REMIX」「演奏してみた」「MMD&3DCG」の全5カテゴリで順位を競うランキング企画を実施。「TOP100」「ルーキー」で1位を獲得した楽曲は、スマホゲームプロジェクト『プロジェクトセカイ カラフルステージ! feat. 初音ミク』内で実装される。そのほか、「超会議2023テーマソング」コンテスト、「ボカコレ&歌コレ&踊コレ」コラボ企画などボカロカルチャーを多角的に楽しめるイベントだ。
【ボカコレ】の開催に先駆け、ボカロPでありVan de Shopのメンバーとして活動している栗山夕璃にインタビュー。影響を受けたボカロ楽曲やボカロP、今後のボーカロイドシーンの展望などについて聞いた。
自由で表現の幅が広いボカロシーン
――数多くのボカロ楽曲のなかから、栗山さん自身の思い入れのある曲、影響を受けた曲を選んでいただきました。まずは「メルト」(2007年)。ボカロPのryoさんを中心としたクリエイター集団supercellの結成のきっかけになった楽曲です。
栗山夕璃:初期のボカロ曲はすごく早口だったり、人間では歌えない音程だったりするものが多かったんですよ。つまりソフトの特徴を活かした曲ということですが、「メルト」はそうじゃなくて、どちらかというとゆったりしたメロディの曲なんです。人間が歌っても成り立つような素晴らしい曲だし、ryoさんのすごさが出ているなと。初音ミクのピッチもよくて。最初の頃は音程がズレている楽曲がけっこうあって、そこに違和感を覚えていたんです。「メルト」にはそれがまったくないし、自然に聴こえるんですよね。supercellの曲でいえば『従属人間』『君の知らない物語』も好きです。ryoさんはボカロシーンからメジャーシーンに活動の幅を広げた最初のアーティストのひとりですよね。
――「last Night good Night」(2008年)はkzさんのソロユニットlivetuneの楽曲。そして「マトリョシカ」(2010年)は、ハチさんの代表曲の一つ。ハチさんはその後、“米津玄師”として活動をスタートさせ、日本を代表するアーティストに駆け上がりました。
栗山:「last Night good Night」は初音ミクの声にオートチューンをかけているんですよ。kzさんにお会いしたときにオートチューンを使った理由をお聞きしたら、「ピッチが気になったから」とおっしゃっていて、なるほどと。この曲を聴いて初音ミクの声が好きになったし、さらにボカロシーンにハマったんですよね。「この曲がなかったら、ボカロを聴いていなかったかも」というくらいのレベルで影響を受けています。ハチさんの「マトリョシカ」は、自分が好きなボカロ楽曲の完成型という感じですね。丸サ進行(椎名林檎の「丸ノ内サディスティック 」に代表される、J-POPで頻繁に使用されるコード進行)を使いながら、すごく新しいことをやっていて。「THE WORLD END UMBRELLA」はドラムのフレーズなども面白いんですよ。実際に叩こうと思ったら手が4本くらいないとダメなんですけど(笑)、コンピューターならではのアレンジになっていて。、感情がダイレクトに伝わる感覚がしてとても好きです。「ワンダーランドと羊の歌」などもそうですけど、ハチさんがボカロシーンに与えた影響はすごく大きいと思います。
――そのほか、自然の敵P(じん)の「日本橋高架下R計画」(2012年)、クワガタPの「君の体温」も。
栗山:じんさんは『カゲロウプロジェクト』(じんの楽曲をもとに、小説、漫画、アニメなどに発展させたプロジェクト)がとにかく素晴らしくて。しかも同じような曲調がないんですよ。曲によってコード進行やサウンドが違うのに、全部いい曲っていう。「日本橋高架下R計画」はアニメーションのMVと楽曲の融合も素晴らしいです。それ以前のボカロ曲は一枚絵のイラストや、良い意味でアマチュアっぽいアニメが多かったから、このMVを観たときは「プロだ!」と思いました(笑)。「君の体温」はピアノとギターが共存していて、この楽曲も丸サ進行だったかと思いますがピアノのリフを押し出していて、こういうやり方があるんだなと思ったし、アレンジ面で影響を受けているかもしれないですね。
――さらに“好きなボカロP系のアーティスト”として、ササノマリイさん、sasakure.UKさんを挙げています。
栗山:ササノマリイさんは以前、「ねこぼーろ」名義でボカロPとして活動されていて。楽曲はもちろん、サウンドメイクやミックスも素晴らしいんですよ。ミックスにはいくつかの段階があって、イヤホン、ヘッドホン、スピーカーなどいろいろな聴き方を想定しながら作っているんですが、ササノマリイさんはどんな環境で聴いてもいいんですよね。好きな曲はたくさんあるんですが、去年の夏は「game of life feat. ぼくのりりっくのぼうよみ」をずっと聴いてました。Diosというバンドもやっていて、いろんな形で活動しているのもいいなって思います。sasakure.UKさんもめちゃくちゃ好きです!僕らのバンド(Van de Shop)は全員、有形ランペイジ(sasakure.UKを中心としたバンド)が大好きで。ボカロPとバンドを両方やっていて、どちらもすごくテクニックがあって。Sasakure.UKさんみたいな活動をしたいとずっと思っていたし、実際にお会いしたときは、いろんなことを質問させていただきました(笑)。
――syudouさん、神山羊さん、ぬゆりさん、はるまきごはんさんなどにもシンパシーを感じているそうですね。
栗山:みなさんボカロPして活動されていて、同じ名前でソロ活動をやったり、別名義のユニットを立ち上げたりしていて。やり方はそれぞれ違うんですが、自分で曲を書いて歌うという行為は共通しているんですよね。 そこには色々な思いがあるとは思うのですが、僕自身はボカロで勉強できた音と活動や環境を変えて学べる音が確かにあったので、もっと深く音楽を楽しめると感じました。音楽の表現の幅は広がれば広がるほどいいと思っています。そのうえでテンプレにならずに学んだ事を取り込んだボカロの楽曲も作っていきたい。YOASOBIさん、DUSTCELLさんみたいにボカロPと女性シンガーのユニットも、形だけを見ればボカロと作曲者の関係ですが、普段ボカロを聴かない方々にも音を届けてくれていると感じまして。その新しく知ってくれた方がボカロを好きになってくれたなら、こんなすごい事はないです。もしかしたら米津さんも「ただいま」という感じでいつかボカロ曲を出してくれるかもしれないし、今のボカロシーンはすごく自由で楽しいなと思ってます。
――アイドルやバンドの楽曲に関わるボカロPもさらに増えて、ジャンルのクロスオーバーが進んでますからね。
栗山:そうですね。自分の場合はバンドの曲を作っていると「ボカロやりたい」って思うし、その逆もあって。人間の表現と機械の表現を行き来するのが楽しいし、チョコとポテチを順番に食べ続ける感じです(笑)。
同じことをやりたくない気持ちから生まれた音楽への追求
――ここからは栗山さんの楽曲について聞かせてください。まずは「ライムライト」(2017年)。蜂屋ななし名義で投稿され、自身初のミリオンを達成しました。栗山さんが得意としているエレクトロスウィングの楽曲ですね。
栗山:エレクトロスウィングはもともと、昔のスウィングジャズの音源またはそこをルーツとしたオリジナルの作曲にエレクトロの編曲を加えた音楽で。最近は、全部打ち込みのスウィング風のポップスも増えているんですが、僕がやりたいのは前者なんです。実際に演奏して、それをあえて古いマイクで録って、意図的に音質を劣化させたりしています。「ライムライト」は、それを個人でやってみた楽曲なんですよ。もちろんミュージシャンの仲間に手伝ってもらったんですけど、作曲やアレンジは自分のアイデアだけで戦ってみたくて。グリッチホップ、ダブステップの要素も入れて、面白い曲になったと思います。
――「ノイローゼ」(2019年)は“初めてのラブソングです”というコメントとともに投稿された楽曲。そして「ジターバグ」(2019年)はエレクトロスウィングの進化型とも言える楽曲だなと。
栗山:「ノイローゼ」は失恋したときに書いた曲で。ジャンル分けすると、BPM200のロック。あまり難しいことは考えず、好きなように作った曲ですね。ギターはレスポールを使っていて、ちょっと変わった音になっています。「ジターバグ」は「ライムライト」を踏まえて、もう1回、エレクトロスウィングをやってみようと思って作った曲。リズムをかなり難しくしていて、ゲーム『Project DIVA MEGA39‘s』に収録していただいたときに、「『ジターバグ』が難しすぎる」ってツイッターで話題になっていて。僕はリズムゲームが苦手なので、「僕も同じ気持ちだよ」と思っていましたね(笑)。
――そして2022年3月に投稿された「フェレス」は、ジャズやロックの要素を取り入れた楽曲。ミステリアスな歌詞の世界観も印象的です。
栗山:仮面バトル漫画プロジェクト『GABULI』のために書き下ろした曲で、作品の世界観をしっかり表現できたと思っています。歪み系のギターを前に出していて、スウィング感もあって。“ロックスウィング”という感じもあるし、新しいことをやれたのかなと。できるだけ同じことはやりたくないんですよね。やったことがないアプローチを試したいし、前回できなかったことがある場合は、それをクリアしたいと思うので。
――生楽器のテイストを取り入れた楽曲が多いし、手間とコストをかけてますよね。
栗山:ボカロ界隈にはあまりいないタイプかもしれないですね。友達と話していて、「何時間もスタジオに入って、お金をかけて録るよりも、ネットで音源を探したほうがよくない?」とか「そこまでこだわっても、リスナーには違いがわからないんじゃない?」と言われることもあって。そのときは「まあね」と思うし、「こんなにこだわってバカみたいだな」という感じもあるんだけど(笑)、わかってくれる人は絶対にいると思っているんですよね。
――今後のボカロシーンの展望については?
栗山:ボカロの流行りや“メタ”というかテンプレは2年周期くらいで変わると感じてまして。もちろんずっと変わらない素晴らしいコードやスタイルもあるのですが。ここ数年はDTM打ち込みの音、EDM寄りの楽曲が多くて、生音が弱い時代だなという印象があったんですよね。でも、最近は新しい要素を取り入れた曲が増えてきて、「今の自分の“好き”はこれ!」という感じになっていて。やりたいからやっているというか、みんなの熱い気持ちや“好き”の押し付け合いみたいになってるのがいいな、と。ここからまた、新しいものがどんどん出てくるだろうなと思っています。
――最後に【ボカコレ】に期待することを教えてもらえますか?
栗山:以前から「ボカロのホームはニコニコ動画だよ」と思っているので、ニコニコ超会議から派生したイベントが続いているのはうれしいですね。ただ、「音楽で食べていくための登竜門」みたいな側面が前に出てきて、再生数や“いいね”の数字を意識してギスギスしてくると、楽しい魔法が消えちゃうというか、雰囲気が一気に冷める気がして。楽しみ方は自由でいいと思うけど、お祭り、無礼講みたいなイベントであってほしいですね。僕自身お祭りが大好きだし、ボカロが好きな人たちの「これが面白い」「楽しい」が集まる場所はすごくキラキラしていると思います。
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