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<コラム>宇多田ヒカル、Netflixシリーズ『First Love 初恋』で再注目されている「First Love」に秘められた巧妙な歌詞



コラム

Text:つやちゃん

 近年の英米ポップミュージック・シーンにおける大きな潮流として、あなたはどのような変化を体感しているだろうか?レゲトンの流行、ポップパンクの新解釈、ロンドンから生まれる先鋭的なグルーヴ、TikTokによる新たなヒット・トレンド――どれも面白いムーブメントだが、もう一つ、アジア人アーティストの躍進についてもその熱を肌で感じているに違いない。2010年代後半以降、アジア人が生み出す音楽が世界的に見直され、ストリーミングによる視聴環境も整ったことでますます存在感を増している。中でも、パンデミック禍で揺らぐ心情を繊細なダンスサウンドで表現した「Somewhere Near Marseilles -マルセイユ辺り-」をはじめとした曲群が注目を集める音楽家・宇多田ヒカルの存在感は特筆すべきものがあるだろう。2022年にリリースされたアルバム『BADモード』は、多くの音楽フリークの支持を獲得した。

 フローティング・ポインツやA.G.クック、小袋成彬といったプロデューサー陣と作り上げ、私たちを微分化されためくるめくリズムの迷宮へと誘い込むビザールな作風が注目を集めている宇多田ヒカルだが、英米においてゲーム『キングダムハーツ』シリーズのテーマ曲として認知を得ている「Face My Fears」、「Simple And Clean」といった曲をリリースするより遥か以前に、普遍性の高い名曲を作り上げていたことを忘れてはならない。

 それこそが、本稿の主題となる「First Love」である。実は、この曲が今アジア各国で大ヒットを記録しているのだ。Apple MusicデイリーTop 100とSpotifyデイリーランキングでは香港、台湾といった国で1位、2位を記録。韓国やインドネシアでもみるみるチャート順位を上げ、日本にとどまらない国境を越えた熱狂的なリバイバルを生んでいる。トレンドの震源となったのは、11月から配信されているNetflixのドラマシリーズ『First Love 初恋』。宇多田ヒカルの「First Love」「初恋」という2曲に着想を得た本ドラマは、楽曲の持つ狂おしいほどの切なさと相乗効果を発揮し、こちらもアジア各国でヒットを呼んでいる。




『First Love 初恋』特別映像「First Love」ロング版 - Netflix


 2022年にコーチェラ・フェスティバルのメインステージから全世界へ向けて披露された「First Love」だが、この名曲が初めて日本のリスナーを虜にしたのは1999年のことだった。宇多田ヒカルは当時16歳であり、それ以来この曲は時空を超えて多くの物語を作り出すことになる。同様に、ドラマ『First Love 初恋』ではまさに過去と現在という時代を行き来しながらストーリーが紡がれていく点で、「First Love」の数奇な運命とも共振する。

 「First Love」の数奇な運命――それはリリースから23年が経った今でもアジア各国でリバイバルヒットしている現象からも分かる通り、この曲がある種の普遍性を持っていることを表している。

 「First Love」は、ピアノとベース、ドラムス、アコースティックギターという極めてシンプルな構成によって、その歌唱を最大限引き立てるフォーマットが採られている。デビュー初期曲にして宇多田ヒカルのボーカル表現の感性が極まったパフォーマンスは、このたび完全生産限定盤としてリリースされた7インチシングル収録の「First Love (A Cappella Mix)」でもじっくりと堪能することができる。ぐらぐらと揺れながらも決して落ちない緊迫した綱渡りのような歌唱は、感嘆するほかない。

 特に注目すべきは、ブレス=息づかいの妙である。全編通して、Aメロの息づかいのみが一風変わったアプローチで披露されているのだ。「最後のキスは/タバコのflavorがした/ニガくてせつない香り」という浮遊感漂う冒頭の歌唱において、「さ」と「いごの」の間にブレスを入れ、「キス」の前にも再びブレスを挟むことで恋愛による落ち着かない鼓動を表現する。だが、直後の「タバコ」の発音では、音は切られるもののブレスは披露されない。「タバコ」の間に入る一瞬の間(ま)、息づかいまでもが止まったその瞬間的な沈黙は、口づけを交わす際の時間が止まった様子を見事に表現している。さらに、二番のAメロでは「立ち止まる時間が/動き出そうとしてる/忘れたくないことばかり」という歌詞がはっきりとしたブレスとともに歌われることに驚く。口づけの時に一瞬止まっていた時が、ブレスとともに「動き出そうと」するのである。宇多田ヒカルはこの二つのメロをa-i-o(「最後の」と「立ち止」)の韻で繋げるが、そこには決定的な変化が起こっているのだ。もちろん、これらブレスのあり/なしは、先日新たに陽の目を見たドルビーアトモス版の「First Love(2022 Mix)」でもしっかりと踏襲されている。

 「First Love」は、従来の日本語には存在しない独自の音の切り方やブレスの入り方が斬新だった、という評が頻繁になされる。しかし、手法それ自体よりも、実はそれら息づかいを歌詞世界と共振させることで「タバコの香りがほのかに香る口づけの瞬間の、時が永遠に止まったような錯覚」、あるいは「恋愛の終わりを知った時の、時が動き出してしまう切なさ」を表現しきった点にこそ意義がある。なぜなら、それらの感情はいつの時代においても、多くの人にとって言語化しづらいが忘れがたい体験として共有されているからに他ならない。「First Love」は、私たちの記憶の中でインパクトを持ちつつも霧散したままの感情を、息づかいによって鮮やかに蘇らせる。それは普遍的な――あるいは不変的な――芸術の力として、今後も時代や国境を超えますます共通言語となっていくだろう。

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