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<特集>全米チャート連覇の注目株スティーヴ・レイシーを紹介



コラム

 ハリー・スタイルズ「アズ・イット・ワズ」が今年最大のロングヒットを記録するなか、勢いを増しているのがスティーヴ・レイシーの「バッド・ハビット」だ。ひそかに思いを寄せていた人が、「実は自分のことを好きだった!」と知った時のことを、ファンキーなサウンドと力が抜けた美声に乗せて届けるこの曲で、スティーヴは自己最高のヒットを記録している。

 プロデューサーとして多くの作品に関わる、才能あふれる若きシンガー/ギタリストのキャリアとバイオ、7月にリリースされた2ndアルバム『ジェミニ・ライツ』を紹介。最新アルバムには、双子座(Gemini)であるスティーヴのパーソナリティを知ることができる楽曲も含まれており、積極的ではなく、むしろシャイなスティーヴにも親近感を持つことだろう。(Text:本家一成)

 スティーヴ・レイシーは、1998年生まれ、米カリフォルニア州コンプトン出身のシンガー・ソングライター。R&Bやヒップホップなどブラック・ミュージックにカテゴライズされることが多いが、オルタナティヴ・ロックやジャズ、ワールド・ミュージックまでを網羅したジャンルにとらわれない“独自のスタイル”が高く評価され、カニエ・ウェストなど多くのトップ・アーティストからも絶賛されている。端正でエキゾチックなビジュアル、フォーマルからカジュアルまで柔軟に着こなすセンスを活かし、有名ブランドのショー・モデルを務めたこともあるというから驚きだ。多様性と向き合うファッションは、彼の音楽性に精通していると言えなくもない。

 フィリピン系の父とアフリカ系の母の間に生まれたスティーヴは、複雑な家庭環境の中でも豊かな人間性と音楽性を養い、10代の頃からパソコンやスマートフォンを使って曲作りをはじめたという。影響を受けたアーティストには、エリカ・バドゥやファレル・ウィリアムス、サンダーキャットといった“らしい”ラインナップを挙げているが、音楽をはじめたキッカケが「ゲーム音楽」だったというのはなんとも現代の若者“らしい”筋書き。

 高校時代に所属していたジャズ・バンドで、そのサンダーキャットの弟で元メンバーのジャミール・ブルーナーと出会い、17歳でジ・インターネットにギタリストとして加入。スティーヴが初めて参加したアルバム『エゴ・デス』(2015年)は過去2作から大きく飛躍し、米ビルボード・アルバム・チャート“Billboard 200”で89位、R&B/ヒップホップ・アルバム・チャートで9位、R&Bアルバム・チャートでは3位にそれぞれ初ランクインを果たし、翌16年開催の【第58回グラミー賞】では<最優秀アーバン・コンテンポラリー・アルバム>にノミネートされるという偉業を達成した。


▲『スティーヴ・レイシーズ・デモ』

 『エゴ・デス』の成功を経て、2017年にはメンバーのシド・ベネットとマット・マーシャンズ、そしてスティーヴもソロ・プロジェクトを始動。2月に発表したソロ・デビューEP『スティーヴ・レイシーズ・デモ』は、ジ・インターネットの作品と一線を画す素晴らしい出来栄えだった。そのほとんどをスマートフォンで制作したという経緯も話題を呼び、本作からは「ダーク・レッド」がTikTokでバイラルを起こしている。同年には、タイラー・ザ・クリエイター&フランク・オーシャンとコラボした「911/Mr.ロンリー」が、Hot 100にランクインしていない曲によるバブリング・アンダー・Hot 100で1位を記録し、Billboard 200でNo.1に輝いたJ. コールの『4・ユア・アイズ・オンリー』や、ケンドリック・ラマ―の『ダム』で客演したことでも知名度を高めた。


 翌18年には、ジ・インターネットとして約3年ぶり、4作目のアルバム『ハイヴ・マインド』をリリース。スティーヴがほぼ全曲の制作に携わった本作は、Billboard 200で26位と、グループの最高位を更新し、辛口の音楽誌からも軒並み高い評価を得た。同年に発表したブラッド・オレンジの『ニグロ・スワン』やカリ・ウチスの『アイソレーション』、故マック・ミラーの『スウィミング』への提供曲も素晴らしく、才気が溢れた2019年3月にはポップ・バンドのヴァンパイア・ウィークエンドと「サンフラワー」でコラボし、その直後に満を持してソロ・デビュー・アルバム『アポロ21』を発表した。


▲2019年2月26日、東京・新木場STUDIO COAST
Photo by Masanori Naruse

 その『アポロ21』には、「ライク・ミー」や「ベースメント・ジャック」といった自身のセクシャリティ=バイセクシャルとしての思想や体験を歌った曲も収録されていて、より濃密なスティーヴ・レイシーを体感することができる。妹の部屋で単身レコーディングしたというエピソードには度肝を抜かれたが、モダン・ファンクやインディ・ロック、クラシックの要素も織り交ぜた色とりどりのサウンドは決してチープではなく、2020年1月開催の【第62回グラミー賞】で<最優秀アーバン・コンテンポラリー・アルバム賞>にソロとして初めてノミネートしたのも納得できる。その後、本作をひっさげて開催した初の来日公演も大盛況を収め、カルヴィン・ハリスによるプロジェクト=ラヴ・リジェネレイター名義のシングル「リヴ・ウィズアウト・ユア・ラヴ feat. スティーヴ・レイシー」では、UKチャート(イギリス)で初のランクインを果たした。

 そして今年の夏、パンデミックを経て前作から約3年ぶりに2枚目のスタジオ・アルバム『ジェミニ・ライツ』をリリースしたスティーヴ・レイシー。7月30日付のBillboard 200では初登場7位に、ソロとしては初のトップ10入りを果たし、アルバムからのリード・シングル「バッド・ハビット」も、4月16日付から通算15週間1位を死守していたハリー・スタイルズの「アズ・イット・ワズ」から遂に首位を略奪し、10月8日~22日付までの3週間Hot 100でトップに立ったのも記憶に新しい。

 Hot 100に初めてエントリーしたタイトルが首位を獲得したのは、2020年10月17日付でジョーシュ685&ジェイソン・デルーロ「サヴェージ・ラブ(ラックスド - サイレンビード)BTSリミックス」が達成して以来、約2年ぶりで、ゲストが参加していない曲としては、2019年11月に3週をマークしたルイス・キャパルディの「サムワン・ユー・ラブド」以来、約3年ぶりの快挙。主要チャート以外にも、ロック&オルタナティブ・ソング・チャート、ロック・ソング・チャート、オルタナティブ・ソング・チャート、R&Bソング・チャート、R&B/ヒップホップ・チャートの5つのチャートで1位を獲得した史上初のタイトルに輝いている。


 前述のとおり、キャリアをスタートさせてから今日に至るまで、様々な功績を残してきたスティーヴ・レイシーだが、「バッド・ハビット」もアルバム『ジェミニ・ライツ』の収録曲のどれも「ヒットさせよう」という意識をもって制作してはいないという。それだけに、この成功を他人事のように端から笑い「不思議」だとしているが、SNSやクラブで盛り上がっていることについてはリスナーに感謝を述べていた。そんな“普通っぽい”キャラクターも、多くのファンを獲得した要因といえる。

 「バッド・ハビット」の大ヒットは、新旧の良質なエッセンスを取り込んだサウンド・プロダクションもさることながら、誰もが共感できる歌詞にもある。シンプルに解釈すれば「気になる相手が自分のことを好きだったなんて知らなかった」という“すれ違いの両想い”的なものだが、スティーヴはその相手を世界中のリスナーに置き換え、アーティストとしての自信に繋げたという。それぞれの立場で、それぞれの受け取り方ができる“あるある”がこの曲の魅力であり、ブレイクした最大の理由だ。前作に収録された「ラヴ・2・ファスト」では好きになるのが早すぎたことを嘆き、「バッド・ハビット」では気持ちに気づくのが遅いことを嘆いている……というのも面白い。


 『ジェミニ・ライツ』には、「バッド・ハビット」の他にも「スタティック」や「ヘルメット」、「コディ・フリースタイル」といった性別や状況など“対象とするもの”を置き換えても頷ける共感ソングがいくつかある。サウンドも、ボサノバ風の「マーキュリー」や、ファルセットを活かしたネオソウル調の「バトンズ」、フーシェイと交互で歌う心地良いチル・アウト「サンシャイン」など、ジャンルをクロスオーバーした正に“オリジナリティ”溢れる傑作が揃っている。ストリーミング対策で無暗に曲数を増やすアーティストが多い中、たった10曲で勝負するその真摯な姿勢からも、一曲一曲に対する愛情、作品への自信を感じる。『アポロ21』も無論すばらしいが、『ジェミニ・ライツ』はさらに芸術性と可能性を広げた大傑作だ。本作のアナログ盤は来たる11月4日にリリースされる。

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