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<インタビュー>音楽を一枚の絵に――『ブルーピリオド』山口つばさ、描いた曲は「はじめて買った音楽」 / YouTubeチャンネル『EGAKU』が目指す“旧譜の活性化”

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Interview:森朋之

 人気のマンガ家、イラストレーター、アニメーターが好きな楽曲をイメージしたイラストを描くYouTubeチャンネル『EGAKU -draw the song-』(ソニー・ミュージックエンタテインメント)。2021年10月にスタートし、milet「Grab the air」、乃木坂46「君の名は希望」などの楽曲をテーマにした動画が公開された。

 今年10月7日から2nd Seasonがスタートし、山口つばさや板垣巴留など話題の作家が出演する動画を4夜連続公開して注目を集めた。“既存の楽曲を新たな視点で楽しんでもらうこと”を目標に掲げた『EGAKU -draw the song-』について、ソニーミュージック・エンタテインメントの原田絵美氏、動画制作を手がけるzonaの狩野嵩大氏、区美珊氏に聞いた。

 また、特集の後半には、『山口つばさ draws ポルノグラフィティ「月飼い」』に出演した山口つばさのコメントも掲載。イラストの選曲理由や制作エピソードなども明かしているので、ぜひ最後までチェックしていただきたい。

プロセスも作品の一部

――YouTubeチャンネル『EGAKU -draw the song-』を立ち上げた経緯を教えてもらえますか?

原田:ソニー・ミュージック内の新規プロジェクトの公募があり、ストリーミング時代を踏まえて、旧譜の活性化をテーマにしようと思ったのがきっかけですね。私は普段、テレビアニメやゲームなどの主題歌タイアップを担当していて。作品に合わせてアーティストの方々に楽曲を制作してもらうコーディネートを行っているんですが、その逆があっても面白いのかなと。そこから「すでにある楽曲をクリエイターのみなさんに選んでもらい、それをイメージした絵を描いていただく」というアイデアにたどり着きました。それを動画にすることで、楽曲に対する新たなストーリーも生まれるし、作家さんのファンの方、楽曲のファンの方の両方にリーチできるんじゃないかと。

――なるほど。動画は映像制作会社zonaが担当。

原田:前職でWeb CMを作っていたとき、zonaと何度かご一緒したことがあって。zonaはハイブランドを扱うファッション誌の動画なども手掛けているんですが、『EGAKU』には「漫画家、イラストレーターが絵を描くプロセスをカッコよく撮りたい」というビジョンがあったので「一緒にやりませんか?」とお声がけしました。

狩野:CMの場合はクライアントの意向を汲み取りながら制作を進めるわけですが、『EGAKU』はそうではなくて。我々としてもYouTubeコンテンツを0から立ち上げるのは初めてだし、打ち合せの段階から楽しかったですね。

:最初の段階では、「難しそう」と思いましたね。1枚の絵を描き上げる過程を1曲のなかで伝えられるんだろうか、さらに楽曲を訴求して、クリエイターの方の仕事場の雰囲気も入れ込むとなると、かなりハードルが高いなと。

原田:企画を立てたときは「スタジオで撮影すれば、1日に2~3組くらいは撮れそうだな」と思っていたんですよ。でも、打合せを重ねるなかで「やっぱりご本人の仕事場で撮らせてもらいましょう」ということになって。クリエイターのファンの方はお部屋の雰囲気も観たいでしょうし……。ただ、さらに制作難易度がアップしましたけど(笑)。




2nd Season トレーラー|EGAKU -draw the song-


――マンガ家、イラストレーターの方の創作プロセスを見られることも興味深いですが、ファンの方は「仕事場の雰囲気を感じたい」という気持ちもあると思います。

狩野:完成品だけでなく、試行錯誤を見せることが恥ずかしいと思う作家の方もいらっしゃると思うんですよ。ただ、最近は“お絵かき配信”も増えているし、“プロセスも作品の一部”という流れもあって。

原田:作業を見るだけでも楽しいですからね。個人的な話ですけど、コロナ禍のなかで海外の方が黙々と料理している動画などをよく見てました。

狩野:DJのプレイをそのまま流しているコンテンツなども面白くて、けっこう見ちゃうんですよ(笑)。『EGAKU』はそうじゃなくて、あくまでも抜粋、ダイジェストなんです。撮影自体は5~6時間かかるんですよ。作家方によってペース配分も違うし、どの要素をピックアップするか、それをどうまとめるかは我々のディレクションにかかっていて。

:どの部分を使うか、どういうテンポ感でつなぐかについても、みなさんと話しながら進めていきました。曲のBPMと作家さんが絵を描くスピードのバランスだったり、「サビの盛り上がりに対して、カットが地味だね」ということもあったり。使ってる道具や絵の描き方もそれぞれ違うし、例えば目の描き方にしてもすごく個性が出るんですよ。仕事場にあるものも取り入れるようにしています。資料本などが映っていると、「これを参考にしてあの作品を作っているのかな」という想像も楽しいのかなと。

――クリエイターの創作の背景も見えてくるというか。楽曲をフル尺で使うのも『EGAKU』のこだわりだとか。

原田:そうですね。「フル尺は長いんじゃない?」という意見もあったんですが、楽曲のストーリーや世界観はワンコーラスだけでは伝えきれないので。“作家さんに好きな曲を選んでもらう“ということにもこだわっています。ひとつずつ許諾を取るのはとても時間がかかるんですが、やはり好きな曲をテーマに描いてもらうのが一番いいと思うので。

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進化した2nd Season

――『EGAKU』の最初のコンテンツは、2021年10月31日に公開された『相原実貴 draws RHYMESTER「逃走のファンク」』。実際のブッキングや撮影はどのように進めたのでしょうか?

原田:まずサンプルとなる動画を作ってから、出演してほしいクリエイターの方々にオファーしました。快諾された方にヒアリングして、好きな曲を選んでいただき、撮影するという流れですね。1回目に登場してもらった相原実貴先生(『ホットギミック』『5時から9時まで』など)もRHYMESTERが大好きだそうで。1回目がレーベル移籍済みのアーティストというのはどうなんだろうとも思いましたが(笑)、実現できて本当に良かったです。




相原実貴 draws RHYMESTER「逃走のファンク」 | EGAKU #1


――これまで公開された動画コンテンツのなかで、特に印象に残っているものは?

:白浜鴎先生(『とんがり帽子のアトリエ』など)がmiletさんの「Grab the air」で描いた動画ですね。アナログと言いますか、つけペンで描かれていて、すごく臨場感があって。デジタルとは違う良さがあるんだなと実感しました。作業部屋も白浜先生のセンスが感じられたし、ペットのワンちゃんも撮らせていただいて。撮影も編集もすごく楽しかったし、再生回数もかなり伸びたんですよ。

狩野:鹿子さん(『満州アヘンスクワッド』など)もよかったですね。電気グルーヴの「いちご娘はひとりっ子」で描いてもらったんですが、実は彼とは学生時代の友人で。以前『キングダム』(原泰久)のアシスタントをやっていたんですが、『満州アヘンスクワッド』が話題になって。『EGAKU』の相談をしたら「ぜひやりたい」と乗ってくれたんですよ。

原田:鹿子先生は、楽曲の言葉遊び的な歌詞をすごく忠実に表現した、とても面白い絵を描いてくれました。2nd Seasonで公開した山口つばさ先生(『ブルーピリオド』)の回(『山口つばさ draws ポルノグラフィティ「月飼い」』)も印象的でした。ほとんどの方は構図をあらかじめ決めていたり、下書きを済ませていらっしゃるんですが、山口先生は紙切れに構図ラフをたくさん描くところから始めて。しかも色塗りの途中で「やっぱり描き直します」と最初から始めたんですよ。一連のプロセスすべてが、リアル“ブルーピリオド”だなと思いました。




白浜鴎 draws milet「Grab the air」| EGAKU #3



鹿子 draws 電気グルーヴ「いちご娘はひとりっ子」| EGAKU #7


――『ブルーピリオド』は美大を目指す若者を描いた作品ですからね。2nd Seasonにおけるポイントは?

原田:動画の構成を少し変えています。1st Seasonでは10秒くらいのイントロダクション映像から始まって、そのあいだは無音だったんですが、2nd Seasonは冒頭から曲を流してます。

狩野:当初はどちらかというと映像メインの感覚が強かったんですが、2nd Seasonでは楽曲のファンの方にもさらにアプローチしようと。冒頭から曲を使っているのも「早く聴きたい」という要望に応えているんですよね。

:見せ方の幅も広がっていると思います。吉河美希先生(『ヤンキー君とメガネちゃん』『カッコウの許嫁』など)の回(『吉河美希 draws ORANGE RANGE「以心電信」』)では、吉河先生ご本人の提案でコメディっぽい見せ方になっていて。

原田:動画の最後でちょっとしたお芝居をしていただいたんです。さすがラブコメの名手の吉河先生だなと。




吉河美希 draws ORANGE RANGE「以心電信」| EGAKU #15


――演出や見せ方のバラエティが広がることで、コンテンツからの離脱を防ぐ効果もありそうですね。

原田:完成した絵が映ったところで離脱するユーザーの方が多いので、最後まで観てもらうための工夫もいろいろと試しています。山口先生の回では、最後に先生が飼ってらっしゃるフクロウが出てくるんですよ。そういう絵的な変化も必要なのかなと。

――漫画家、イラストレーターと楽曲のコラボを軸にした『EGAKU』は、コンテンツとして大きな可能性を秘めていると思います。今後のビジョンを教えてもらえますか?

原田:最初にお話しした通り、第一の目的は旧譜の活性化。『EGAKU』で改めて楽曲の魅力を知っていただいて、ストリーミング・ヒットなどにつなげたいと思っています。もう一つは、描いていただいた絵の活かし方。展覧会やグッズなど、いろいろなビジネス展開ができると思うので。

狩野:動画をアーカイブして、積み上げていくことも大事だと思っています。たとえば30曲分の絵があれば、画集など別の形にすることも可能なので。展示に関しては、インスタレーション的な見せ方もいいですよね。絵そのもの、途中経過を見せるだけではなく、空間自体を作品にすると言いますか。

:絵、動画、歌詞などを含めて、リアルな展示でもいろいろなやり方があるのかなと。本数を重ねてそこまで持っていきたいですね。

原田:参加されたクリエイターのみなさんが楽しんで描いてくださっているほか、アーティストの方々にも喜んでもらえているのが嬉しいです。山口先生の動画に対して、ポルノグラフィティの岡野昭仁さんが「私自身がこの曲を歌う時のイメージをさらに拡大して頂けました。ミュージシャン冥利に尽きます」という言葉をくれたり。そうやってクリエイターとアーティストの双方の役に立つコンテンツにしたくて。もちろん面白がってくれる視聴者がいてこそなので、しっかりプロモーションして『EGAKU』を多くの方に届けたいと思っています。

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山口つばさ - コメント

――YouTubeチャンネル『EGAKU』の第一印象は?

山口:絵を描き始めた頃の気持ちを思い出すような企画で非常に興味深かったです。

――ポルノグラフィティ「月飼い」を選んだ理由は?

山口:私にとってはじめて買った音楽CDで、特に大好きなB面でした。

――楽曲のどんな部分をイラストに昇華させようと思いましたか?

山口:印象的な場面がいくつもでてくる歌ですが、その中でも主人公が今後も何度も思い出すであろうシーンを私なりに形にしたいと思いました。




山口つばさ draws ポルノグラフィティ「月飼い」| EGAKU #12


――インタビュー内で「途中で描き直し始めた」というエピソードが明かされましたが、何故ですか?

山口:線画を描いていたインクが耐水性ではないことに気づき、その後のクオリティに影響が出そうだったので描き直しました。

――『EGAKU』の今回の創作と普段のご自身の創作で、共通する点と異なる点がそれぞれあれば教えてください。

山口:共通する点は、ロマンチストであること。異なる点は、失恋を愛せていること。

――あなたにとって“音楽“とはどんな存在ですか?

山口:耳からトリップさせてくれるものです。

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