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<インタビュー>甲田まひるが語る、次のステップを提示した新作『夢うらら』
甲田まひるが2ndデジタルEP『夢うらら』をリリースした。
2018年5月に“甲田まひる a.k.a. Mappy”名義でジャズ・ピアノ・アルバム『PLANKTON』をリリースした彼女。2021年11月には“甲田まひる”名義のデビューEP『California』を発表し、ポップもオルタナもコラージュ感覚で融合させるマルチな音楽性を開花させた。より自由な表現を楽しむシンガー・ソングライターとしての2作目『夢うらら』の表題曲は、アレンジにお馴染みのコラボレーターであるGiorgio Blaise Givvnに加え、初タッグの成田ハネダ(パスピエ)を迎えて制作。彼女なりのポップスをさらに突き詰めた1曲となっている。
前作『California』からの歩み、改めて音楽と楽器に向き合った日々について、そして今回も新しい表現に着手した今作について、話を訊いた。
(Interview & Text:Takuto Ueda / Photo:Yuma Totsuka)
歌と作曲に夢中
――甲田まひる名義のデビューEP『California』のリリースが昨年11月。それからの日々はどのように過ごしていましたか?
甲田:今作は『California』を出してすぐ、年末頃に取り掛かり始めたんですけど、やっぱり制作が中心だとピアノに触る時間も多くて、自分の技術や作曲についてすごく深いところまで考えたりして。もちろん練習もしたし、好きな音楽を研究したりした期間でもあったかなと思いますね。
――研究というと?
甲田:次どんな曲作ろうかなあって音楽をいろいろ聴いたり、ボイトレやダンスレッスンに力を入れたり。リリース関係なくそのときの自分のムードで曲を作ったりしていました。
――その過程で今作「夢うらら」ができあがった感じ?
甲田:わりと「夢うらら」はがっつり制作に打ち込んで、そのときのテンションで一気に作り上げた曲です。それから少しだけ間が空いて、改めてブラッシュ・アップして、アレンジして今に至るって感じですね。
――もともと甲田さんはジャズ・ピアニストとして活動していました。“シンガー・ソングライター”としてデビューした今、ピアノとの向き合い方も変わったり?
甲田:甲田まひる名義で活動を始めてからは「歌をやる!」って自分の中で覚悟を決めて、そっちに時間を割いてきたので、ジャズのアルバムを作っていた頃と比べたら、やっぱり練習量も全然減っていて。その時やりたいことしか見えなくなるタイプなので、歌と作曲に今は夢中になっていますね。
――前回の制作で見つかった課題に対して、今作でしっかりコミットしてきた感覚もある?
甲田:そうですね。ボーカルの理想像があったので、今回は絶対にそこをクリアしたいなと思ってました。前回はMVもちょっとダークで不思議な感じでしたけど、歌い方もわりと雰囲気を重視していて。なので、今回はちゃんと歌詞を届けたいという意識をすごく持っていました。
――音楽活動以外の時間で、この約9か月間はどんな過ごし方をしていましたか?
甲田:えー、なんだろうな。私は夏でも行動的にならないんですよね。なので毎年、楽しかった夏の思い出ってほとんどなくて。今年もそのまま終わる感じはあります。ちょっとハマっていたのが、ジャズ喫茶に一人で行くこと。いわゆるジャズ・クラブは今までも演奏したり、見に行ったりもしてましたけど、あの独特な緊張感に包まれたジャズ喫茶って、自分がずっといた世界とすごく近かったはずなのに、実は一人で行ったことがまったくなかったので。レッスン終わりに寄ったりして、お店で本を読んだりしてから帰る、というのをけっこう楽しんでいました。
――いいですね。では、楽曲について掘り下げていきましょう。前回のインタビューでその後の展望を伺ったとき、一番やりたかったことができたので、珍しく「次はこれがやりたい!」と思うことがないとおっしゃっていました。でも、次の制作はすぐスタートしたんですよね?
甲田:あはは。たしかに「次、どうしよう」と模索するなかで、明るい曲というイメージはけっこう最初からありました。シンプルにそういう気分だったというか、ベルがシャンシャン鳴っていて、ちょっとマライア・キャリーのクリスマス・ソング的なテンション感の曲をなんとなく書き始めたら、そのままこれになったみたいな。
――まさしくイントロでベルの音色がフィーチャーされています。そのあたりは前作のほの暗い世界感からの反動というか、意図的にコントラストを作った部分もある?
甲田:それはありますね。もうちょっとポップな曲をやりたいなって気持ちはずっとあったので。それを早い段階で表現できたらいいなと思いながら作りました。
――とはいえ、それこそ「恋人たちのクリスマス」のようなハピネスに溢れているかといえば、そうでもなくて。前回もいきなりポップスを100%表現するのではなく、自分の好きなアンダーグラウンド感ともミックスしたいというようなことをおっしゃっていましたが、そのバランス感は今回も意識されましたか?
甲田:そうですね。今回もああいう“普通じゃない感”はあっても全然いいなと思って。それで間奏のインストのセクションを入れたんです。
――逆にポップス感を担保している要素を挙げるとすれば? 冒頭のベルもそうだと思いますが。
甲田:2Aのリズムが入ってくるところですかね。あそこはデモの原型に一番近い部分でもあって。あとは、歌詞とかメロディーで自分が思うJ-POP感を出しました。
前向きに応援できる曲
――作詞作曲は甲田さんで、アレンジは成田ハネダさん、Giorgio Blaise Givvnさんのお二人。成田さんは初参加ですよね。どういう経緯で起用されたんですか?
甲田:もともとスタッフさんと「次からアレンジャーを迎えたいね」という話をしていたんですよ。それで話し合っていくなかで成田さんのお名前が出て、私も音源をいろいろと聴かせていただいたんですけど、キャッチーなイントロに掴まれたというか、すごくポップスなのに、それと同時に変拍子も使ったりもしていて。なんかコネクトしそうだなという感覚があったし、実際にお話してみたらすぐにイメージも掴んでくださいました。
――アレンジャーを迎えたいと思ったのはなぜ?
甲田:ずっとポップスをやってきている方々の感覚って、やっぱり私たちにはないので、どうやったら届くかとか、どうやってまとめるかとか、けっこう悩んだりしていて。そのなかでちゃんと(ポップスの)楽器的なアレンジができたり、コード・ワークを理解している方がいたらよさそうだよねって話をしていました。
――具体的なアレンジの流れは?
甲田:まず自分の作ったトラックにメロディーとか適当な日本語歌詞を入れたものをお渡しして、アレンジしてくださったものをこっちで分解したりして、けっこう自由にやらせてもらいました。ナリハネさんも「それでいいですよ。好きなとこだけ使ってください」みたいな感じで。なので、大まかな形を作るまでは2往復ぐらいのやり取りで終わりましたね。
――前作から引き続き、今回も甲田さんのコラージュ感覚が発揮されているなと。
甲田:この曲を作り始めたときは、1A~2A~ドロップ程度の構成だったんですよ。あとはラップ。さっきも話した中間のインスト部分、ヴォーグ・セクションって呼んでるんですけど、そこはもともと別曲のアイデアだったんですよね。私がヴォーギング(マドンナの“Vogue”のMVで世界的に知られるようになったダンサーの腕の動きが特徴的なダンススタイル)というダンスをちょうど習っていて、その踊りがしたいと思ってからヴォーグの曲を制作しました。そしてたまたまBPM120という部分が一緒で、その一部をここに持ってきたという感じです。
――成田さんとコラボしてみて、何か得たものや発見はありましたか?
甲田:めっちゃありました。最初に私が入れたシンセのメロとかリフを、別の部分でも引用してくださったりして、そうやって統一感が出すんだな、とか。ナリハネさんも「軸になるひとつのメロディーがあったので、そこをちょっと展開させてみました」みたいな言い方をされていて、すごく勉強になりました。
――歌詞の手応えはいかがですか?
甲田:自分にとって夢とか目標ってやっぱり大きくて、そういうのを優先して今まで生きてきたところもあるので、みんなが持っている夢や目標をずっと追いかけていこうよ、というメッセージがとにかく伝えたいと思っていました。元々明るい曲を書きたいというのもあったし、作詞に取り掛かったのが春前頃だったので、新生活が始まるタイミングだったり、新しい環境に移る人が多い時期でもあったので、やっぱり前向きに応援できる曲を書きたいなって。そこから“春うらら”という言葉に着想を得て、夢を合体させた“夢うらら”というワードを考えて。
――けっこうスムーズに書けました?
甲田:“夢うらら”というテーマが決まってからはけっこう早かったとは思います。書き方としては独り言みたいな、自分の中で悶々としているイメージで、それが1A、2A、3Aと少しずつ前向きになっていく感じは意識していて。私も物事が全然うまくいかないときもあるので、わりと自分自身に向かって書いているというか、自分を奮い立たせて勇気を出したいときに聴きたい曲になったと思います。
気持ちは自作を見据えて
――カップリングの楽曲は「ごめんなさい」。こちらはどんなコンセプトで書いていきましたか?
甲田:一番最初の2行がデモの時点からあって、歌詞はそこから広げていきましたね。その場しのぎで“ごめんね”を言うことってあるじゃないですか。それって自分にとっていいことなのかなって考えたりして。世界観は恋愛がテーマになってはいるんですけど、日常生活で「なんで私ばかり謝ってるんだろう」と思いつつ、それがよくないことだと気づく、そんな主人公の曲になっています。
――<ごめんねばっかり言われて/だんだん呆れてくるよね(それもごめんね)>という最初の2行。かなりニヒルな主人公ですね。
甲田:ふふふ、超弱気ですよね。自分でも面倒くさい子だなって思います(笑)。
――日常の中でインスパイアされるものがあったのでしょうか?
甲田:もともとそういうタイプだったというか。自分もけっこう“ごめんなさい”ってすぐ言っちゃうんですよね。なので、着想は自分自身の中にあった感じです。
――どこかで気づきがあった?
甲田:むしろずっとあって。それであるとき、同じような気持ちを抱いている人がほかにもいるんじゃないかなってふと思って。きっとみんな「それじゃだめだ」と思っているはずなのに、なかなかできないんですよ。でも、それって自分を大切にできてないなって思うし、自分でもそろそろ気づかなきゃなって。それを曲ではちゃんと言おうと思って。
――サウンド面の着眼点は?
甲田:ラテンっぽい曲を作りたかったんですよ。個人的にそういうのが好きで。でも、ドロップはちょっと中東っぽい感じ。いろいろ似たようなオリジナル曲をストックしていたので、その中から詰めていきました。
――イントロのスキャットも印象的です。
甲田:キャッチーなメロディーにしたいなと思って、最初はピアノを触りながら考えていったんですけど、できたものをギターで鳴らしたら面白いかもなって感じで、さらにスキャットも入れてみたりして。この曲はとにかく自由に好き勝手やった感じでした。
――そして、4曲目には「Yume ooh la la.pf」。前作に続き、表題曲のピアノ演奏音源です。
甲田:「夢うらら」も「ごめんなさい」も人と協力して完成させましたけど、このピアノ・バージョンに関しては1から10まで自分で完結させています。クラシックをやっていた頃、湯山昭さんというピアニストが好きだったのを思い出して、なんとなく世界観がリンクしたんですよ。なので、そのときの感覚を思い出しながら作りました。ちょっとジャズっぽいクラシカルな感じを意識しています。
――EP全体の仕上がりに対する手応えをいかがですか?
甲田:今回はやっぱり、全体的にすごく前向きな作品だなと思うし、今後の曲作りをしていくにあたって、すごく大事な作品になるだろうなって感じがしています。次のステップに向かって、最初に提示したかったものというか。
――すでに次作を見据えたモードに入っている?
甲田:気持ちはかなり次に行ってますね。音源もどんどん出していきたいし、もちろんライブもやりたい。もし次のリリースが冬になるなら、クリスマスっぽい曲とか作ってみたいです。
甲田まひる(Mahiru Coda) - 夢うらら
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