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<コラム>二つの個性が相乗する、“岡野昭仁と新藤晴一のアルバム”としてのポルノグラフィティ最新作『暁』について
Text:蜂須賀ちなみ
際立つ二つの個性
聴き手を限定しないポップ・ミュージックを志向するアーティストであればあるほど、認知の拡大に伴い、曲あるいはアーティスト・イメージが一人歩きしていくような印象がある。しかし、デビュー20周年を越えた先でポルノグラフィティが生み出した最新アルバム『暁』から立ち上がってくるのは、漠然とした、莫大なイメージとしてのポルノグラフィティ像ではなく、ボーカリストとしての岡野昭仁、ギタリスト/作詞家としての新藤晴一の姿だった。
真っ先に飛び込んでくるのが岡野の歌だ。フェードインするストリングスとともにドラマティックに幕開ける1曲目「暁」からして、ボーカルはかなりエネルギッシュ。もともと記名性の高い歌声の持ち主だが、その声質にクリアな発音、息の初速の速さが伴うことで生まれるスコーンと突き抜ける高音は、鋭さも伸びも以前より増している。
ポルノグラフィティ『暁』MUSIC VIDEO
しかし、それだけではない。ひんやりとした低音域からこれまで積極的に採用されてこなかった高音ファルセットまで、今作では多彩な歌声を聴くことができるのだ。そういった“らしさ”には留まらない部分も含め、声の扱い方が柔軟になっている印象。全体として岡野のボーカルは熱量に満ちているが、それはテンション云々の話ではなく、“この曲に対してどうアプローチしようか”という思考の跡が見える、歌に対する熱意が詰まっているという意味であり、もちろん静かな曲でも同様。全15曲、曲調は様々だが、どの曲でもボーカルが先頭に立ち、バンド全体を牽引している様が頼もしい。
15曲すべての作詞を新藤が手掛けているのが今作の大きな特徴だ。その結果、新藤特有のダーク・ファンタジー的な世界観を突き詰めた曲や、自分の心の底から出てきた言葉を歌詞にした曲が増えた印象。初恋を悪霊になぞらえ、あえて仰々しい言葉選びで描写する「悪霊少女」はまさにダーク・ファンタジーといった感じだし、動物が数字を盗む物語は何らかのメタファーなのか、聴き手に解釈を託す「ナンバー」もユニーク。また、新藤自身「比較的熱い言葉を素直に使うようにした」と語っていた「証言」では生身の言葉が並んでいる。
ポルノグラフィティ『悪霊少女』MUSIC VIDEO
風に流れてやがて霧散する雲と一度データをアップしさえすればずっと残り続けるクラウドを重ねながら、終わった恋に想いを馳せる「クラウド」は着眼が素晴らしく、作詞家としての才をひしひしと感じさせるが、一方、最初から最後までゲームの話のみに焦点を当てた「バトロワ・ゲームズ」のような曲も。その多彩なアウトプットから、自由にのびのびと筆を走らせる新藤の姿が透けて見える。
王道を更新した最新作
ボーカリストとしての岡野昭仁、ギタリスト/作詞家としての新藤晴一のキャラクターが際立つアルバムになった要因はいくつか思い当たる。一つ目は、2020年以降活発化し、今も継続中であるそれぞれの個人活動。岡野は様々なアーティストとコラボしながらソロとしてのオリジナル曲を制作したほか、YouTubeでのカバー動画(スペースシャワーTVと連携し発信している音楽番組『DISPATCHERS』)も話題になった。今の立ち位置に驕ることなく、若手からも積極的に吸収する謙虚だが貪欲な姿勢が、岡野の歌をさらに良くさせたのだろう。一方、新藤はnoteにアカウントを開設し、様々な執筆活動を始めるなど、文筆に勤しんだ。それによって独自の作家性がより色濃く表出するようになったのだろう。
11thアルバム『BUTTERFLY EFFECT』以来、約5年ぶりのアルバムということで、シングル曲/タイアップ曲を多数収録している今作。あるコンセプトに向かって物語を描いていくというよりかは、単曲集中型で制作に臨まざるを得なかったその性質上、1曲1曲、心の赴くままにアウトプットできた側面もあったのかもしれない(一方、共通するモチーフが歌詞に登場する曲を連続で配置するなど、アルバム全体のストーリー立てにも余念はないが)。そして言うまでもなく、2020年春を境に世界全体が大きく変わった。自身の道を極めんとする音楽家としての自分。混沌の時代を生きる、いち生活者としての自分。両方の観点から各々が自分を見つめ直したからこそ、このようなアルバムが生まれたのではないだろうか。
『暁』と題されたこのアルバムには、“こんな時代だけど誰かの心に一縷の光を灯せたら”といった彼らの願いが込められているという。悲しみの渦の中から歌う「証言」をはじめ、新藤の心から滴り落ちた高純度の言葉の雫は分かりやすくポジティブなものではないが、確かに希望を求めている人の声であり、岡野が歌うことでどの言葉も明るく響く。影の存在が光を際立たせるように、新藤の綴る物語があるからこそ、岡野の歌はさらに無二のものになる。そう考えると、個人の研鑽と進化が見て取れる今作の中でも、やはり岡野と新藤は相互に関係しあっていて、つまり、二人を結ぶ信頼の上にポルノグラフィティという音楽は成り立っている。
ポルノグラフィティ『証言』MUSIC VIDEO
“ポルノグラフィティのアルバム”というよりも“岡野昭仁と新藤晴一のアルバム”と呼んだほうがしっくりくるアルバムなのに、各々が個性を追求するからこそ、ポルノグラフィティはよりポルノグラフィティになっていくという、パラドックス的な現象が起きているのが興味深い。世間がイメージするポルノグラフィティの王道を今の二人で更新する表題曲「暁」のインパクトが絶大である所以は、この辺りにありそうだ。
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